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悪役令嬢の断罪劇、有料観覧席からポップコーン片手に見物してます  作者: 九葉(くずは)


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14/15

第14話

帝都へ来て、皇宮の客間で暮らし始めてから、ひと月が過ぎた。

客人として迎えられたはずなのに、私の部屋には、なぜか皇妃の礼装の見本が届いている。


「……まだ早いです」


仕立屋へ返す手紙にそう書いて、私はペンを置いた。

大評議会で少しお手伝いした話が、いつの間にか『皇帝を救った令嬢』という大げさな噂になっている。

市場で見かけた菓子にまで、神眼の令嬢という名前がついていた。

ただの干し葡萄入りの焼き菓子だった。美味しかったのが、余計に困る。


キリアンに話したら、本人も噂に困っているらしかった。


『俺は、毒を飲んで倒れたことになっていた』

『私が解毒したんですか?』

『そうらしい』

『私、火傷の軟膏くらいしか作れませんよ!』


あの時の彼の笑い声を思い出し、つい口元が緩む。


卓の端には、父と母から届いた手紙があった。

帝都の滞在用の屋敷で暮らす二人は、こちらの市場と食べ物にすっかり慣れたらしい。父は領地から届く報告を読み、紹介された経営の専門家に相談しながら、少しずつ立て直しの準備をしている。


『陛下が、先日持ってきてくださったお酒を一緒に飲もうと仰ってね』


父の字が、そこだけ楽しそうに大きかった。

仕事の相談のはずが、途中から私の子供の頃の話になった、と続いている。


何を話したのか、帰ったら問い詰めなければ。

お酒一本で、娘の秘密を売らないでほしい。


その隣には、コンスタンツェ様からの手紙。

同封された布は、つややかな白い絹だった。


『ドレスにでも、何にでも使ってちょうだい。用途を決めるのは貴女よ』


そう書いておいて、末尾には小さく、『婚礼なら早めに知らせてね。最前列を頂くわ』とある。


本当に、抜け目のない人だ。

でも、彼女自身も元気そうだった。学園の監査を手伝った経験を生かして、公爵家の仕事へ本格的に加わるという。

誰かの婚約者としてではなく、自分の名で呼ばれる仕事が増えたと、嬉しそうに書いてあった。


私は返事を書き始めた。

近況なら、いくらでもある。

劇場へ行った。今度はきちんと最後まで芝居を見た。

工房で新しい記録具を見せてもらい、私が質問し続ける間、キリアンは隣で待っていた。

彼の仕事が終わらず、一緒に食べるはずの夕食が遅くなった日もあった。


あの日、彼は謝りながら部屋へ来た。

冷めた皿を下げようとする給仕を止め、二人でそのまま食べた。肉が硬いと言ったら、陛下もだいぶ疲れた顔をしていますと返してしまい、むせるほど笑われた。


派手な出来事ばかりではなかった。

私は、その夕食のことを何度も思い出している。


返事の途中で、廊下の時計が鳴った。

庭で会う約束の時刻だ。


私が外套を取ると、侍女が微笑んだ。


「陛下は、もうお待ちです」

「また早くいらしたんですね」

「今日は、少し落ち着かないご様子で」


私は手紙を伏せた。

胸が、何かを先に知ったように鳴った。


* * *


庭に面した小さなテラスで、キリアンが振り返った。

夕方の光が、黒髪の端を赤く染めている。


「待たせました?」

「いや」


いつもなら隣へ来るのに、その日は少し離れたままだった。

私は手すりに指を置いた。


「……何か、お話が?」

「ある」


キリアンが内ポケットへ手を入れた。

取り出した小箱を見て、息が止まる。


蓋の内側に、琥珀色の石があった。

夕陽を受けて金色に光る、小ぶりな指輪。


「星彩石という。帝国で採れる石だ」


彼が言った。


「もっと大きいものを勧められたんだが、お前は道具を触る時に邪魔だと言いそうでな」

「……言いますね、きっと」


私は笑った。

笑ったら、鼻の奥がつんとした。


キリアンが、私の前に片膝をついた。

何か言おうとして、言葉が出ない。


「最初は、俺の隣でよく笑う女だと思った」


彼は私を見上げた。


「近くにいたくて、何度も会いに行った。会うとまた、次の約束を取りつけたくなった。帝都へ戻ってからは、手紙の返事を待つのが長かった」


ああ、同じだったのだ。

窓の外の足音がすると顔を上げたこと。封筒を開く前に、手を拭き直したこと。

私だけではなかった。


「昨日、執務が終わって部屋へ戻る時、考えたんだ。お前にくだらない話をして、寝る前に笑ってもらえたら、どんなにいいかと」


彼がひとつ息をついた。


「皇妃の役目には、気の重いこともある。何もかも楽しいとは言えない。それでも、分からないことは一緒に覚えていきたい」


伸ばされた手へ、私も手を重ねた。


「シビル。俺の妻になってくれ」


指先を握る力が、少し強くなった。


「お前に、隣にいてほしい」


用意していたはずの返事が、いっぺんに飛んだ。

機転の利いたことを言いたかった。いつもみたいにからかって、笑わせて、それから頷くつもりだったのに。


「……私も、です」


声が小さくなった。

私は一度息を吸って、彼を見た。


「美味しいものを食べると、陛下も好きかしらって考えます。面白いことがあると、後でお話ししようって。最近は、何をしていても」


キリアンが、私の手を両手で包んだ。


「だから、はい。お受けします。ずっと、一緒にいてください」


彼が目を閉じた。

ほんの短い間だった。それから顔を上げた時、見たこともないくらい嬉しそうに笑った。


「もちろんだ」


指輪が、右の薬指へ滑り込む。

試作品の寸法を、侍女に相談しながら合わせたのだと、少し照れた顔で教えてくれた。

知らないところで準備してくれていた、その手間が嬉しかった。


立ち上がった彼へ、私から一歩近づいた。


「ひとつだけ、お願いしてもいいですか」

「何でも」

「また、朝食を作ってください。今度は、私も手伝います」

「焦がしてもか?」

「そこは、気をつけていただいて」


彼が笑い、私も笑った。

頬へ手が添えられる。

私は自分から目を閉じた。


最初の口づけは、思っていたより短かった。

離れた顔がすぐ近くにあって、名残惜しいと思ったら、今度は少し長く重なった。


「愛している、シビル」

「私も。……キリアン様」


初めてそう呼ぶと、彼の耳が赤くなった。

私は、それを忘れないようによく見ておいた。


婚礼の日取りは、これから決める。

両親へ話して、コンスタンツェ様へ知らせて、覚えることも準備することも、たくさんある。


でも今は、もう少しここにいたかった。

つないだ手をほどかずにいると、キリアンも何も言わず、私の隣へ座ってくれた。

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