第13話
帝都へ着いて十日目、私は大評議会ホールの傍聴席にいた。
高い天井。白い大理石の柱。正装した貴族たち。
今日はポップコーンを置いてきた。
緊張で喉が渇き、朝のお茶もあまり飲めなかったくらいだ。
代わりに膝に載っているのは、記録具の資料だ。
キリアンの隣ではなく、技官席のすぐ後ろ。必要があれば上映の補助をしてほしいと頼まれていた。
昨日、傍聴の説明を受けた際、記録映像の拡大方法について、つい口を出してしまったのだ。
王国で使った投射機と同じ系列の機材だったので、できることとできないことは分かる。
私が座る前、キリアンは小声で尋ねた。
「本当に、引き受けていいのか」
「手が空いていますし。お役に立てることなら」
「客人として来たんだぞ」
「ずっと案内していただくばかりでも、落ち着きません」
そう答えたら、少し困ったように笑われた。
帰りに約束の劇場へ寄る。その約束をして、彼とは席を分けた。
中央で、審理官が資料を開く。
被告席には、ベルンハルト公爵が座っていた。
先帝の親族で、キリアンの即位後も人事に口を出し続けていた人物だという。権限を削られたことを恨み、一派とともに暗殺を計画した。
署名入りの密書と、金を受け取った使用人の証言。
それらが順に示されても、公爵は首を横に振った。
「部下が勝手にしたことです。私の名を使えば、話が通りやすいとでも思ったのでしょう」
私は手元の資料を押さえた。
場所が変わっても、同じ言い訳をする人はいるものだ。
続いて、封印された透明な箱が運ばれた。
中には、紫水晶の指輪が入っている。
拘束された日に公爵から押収したもので、調査の結果、宝石の下に液体を送る魔導の仕掛けが見つかった。
技官が、指輪と杯に残ったものが同じ毒だったと説明する。
私は唇を引き結んだ。
飲む前に異変へ気づいた給仕がいた。そのおかげで、キリアンは今、あそこに座っている。
「仕掛けのことなど、私は知りません」
公爵が言った。
「贈られたものを身に着けただけです。細工した者をお調べになるべきでしょう」
誰かが椅子の上で動いた。
審理官は頷き、技官へ映像の再生を求めた。
夜会の光景が、壁に映る。
大勢の客の中に、軍服姿のキリアンがいた。少し離れた場所で公爵が杯を掲げ、その指に、紫の石が光っている。
私は技官へ目で合図した。
映像を止め、全体像と、手元だけを大きくしたものを並べる。
昨日、一緒に何度も試した映し方だ。拡大だけすると手の動きがどの場面のものか分からなくなるので、元の映像も残しておく。
「画面の中央、親指の動きをご覧ください」
技官が指し示した。
公爵の親指が、指輪の台座の下へ回る。
飾りの位置が変わった。
「こちらの部品を動かさなければ、仕掛けは働きません。通常、杯を持つ時に触れる場所でもありません」
公爵が顎を上げる。
「指輪がずれたから直したのです。そんな指の動きを、暗殺と結びつけるとは」
私は審理官に向け、小さく手を上げた。
昨日の説明で確認したことがある。許可されてから、立ち上がった。
「もう少しだけ、続きを映してもよろしいでしょうか。全体の方も、合わせて」
映像が動く。
公爵は指輪から手を離した後、キリアンの杯を見ていた。
給仕がその杯を取ると、公爵は一歩近づき、何か言っている。
『それは陛下のお杯だ。下げるな』
記録の声が響いた。
証人席にいた給仕が、背筋を伸ばす。
「はい。お止めになりました。ですが、陛下の手袋へこぼれた滴が変色したため、私は杯を下げました」
キリアンは給仕に退くよう命じ、毒を疑って宴を中断していた。
全体を続けて見ると、それまで平静だった公爵だけが、杯の行方を追っていたことが分かる。
審理官が尋ねた。
「なぜ、そこまでその杯を気にされたのですか」
「無礼だと思ったからだ!」
公爵の声が荒くなる。
「そこの小娘が映像をいじったのだろう。小国から来て、陛下に取り入るために――」
喉が、ひゅっと狭くなった。
反論しようとした時、キリアンが口を開いた。
「映像を確かめたのは帝国の技官だ。原本もここにある。異議があるなら、その箇所を指摘しろ」
大きな声ではなかった。
でも、私の方を向いていた人々の視線が、公爵へ戻った。
「それから、彼女には名がある。シビル嬢だ」
私は資料を握り直した。
技官がこちらへ小さく頷く。私は頷き返し、座った。
続けて示されたのは、指輪の細工を依頼した書面だった。
すでに押収されていたそれを、公爵は部下の偽造だと主張していた。
けれど、知らなかったと言う仕掛けを自分で動かし、杯が下げられるのを止めた姿は、全員の目に残った。
審理が終わる頃には、公爵も、後ろに座る一派も、こちらを見なくなっていた。
暗殺計画への関与が認定され、拘禁は継続。爵位と役職の剥奪が告げられ、刑の確定は正式な判決へ委ねられた。
衛兵に立つよう促され、公爵はゆっくりと椅子を離れた。
* * *
ホールを出たところで、キリアンが待っていた。
私は資料を抱え直し、彼の前に立つ。
「陛下」
「助かった。あの見せ方は、分かりやすかったな」
「難しい調査をしたのは技官の方々です。私は、見やすくしただけですから」
「それを頼んだんだ。ありがとう」
嬉しかった。
できることをやって、その分をきちんと受け取ってもらえる。それが、こんなに気持ちのいいことだとは知らなかった。
それでも、さっきの映像が離れない。
「……杯に気づいてくれて、よかったです」
言った途端、声が少し震えた。
「もし、そのまま飲んでいたら」
キリアンが、私の抱えた資料を脇の卓へ置いた。
空いた手を、両方とも握られる。
「ああ。俺も、そう思う」
彼は笑わなかった。
「今なら、なおさらな」
私は彼の軍服の袖をつかんだ。
人が通る廊下だったけれど、少しだけ額を寄せる。
「長生きしてください。まだ、一緒に行きたいところがあります」
「まずは劇場か」
「今日は、静かなところがいいです」
彼の手が、私の背へ回った。
「分かった。予定を変えよう」
ためらった後、私は顔を上げた。
「二人で、お茶を飲みたいです」
初めてのお誘いを思い出したらしい。
キリアンは少し笑って、私の額にそっと唇を当てた。
「今度は、その誘い方で合っているな」




