↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の断罪劇、有料観覧席からポップコーン片手に見物してます  作者: 九葉(くずは)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/15

第12話

三週間後、私は帝国の船の上にいた。


両親との相談を済ませ、領地の留守を代官へ頼み、支度をしているうちに、そのくらい経ってしまったのだ。

先に帝都へ戻ったキリアンからは、出発までに何通も手紙が来た。


最初は、いかにも皇帝らしい立派な便箋だった。

次からは、少し小さくなった。

私が『あんな紙だと、お返事を書く手が震えます』と書いたせいらしい。


内容も、天気と旅の手配に加えて、夕食に何を食べたか、庭で何の花が咲いたか、そういうことが増えた。

一番新しい手紙の最後には、短く、こうあった。


『早く顔が見たい』


私もです、と返事を書いた。

書いてから、便箋を畳むまでに少し時間がかかったことは、誰にも言っていない。


その本人が、今は目の前にいる。

近郊の港の視察を終え、私たちの船へ途中から乗り込んできたのだ。


「視察を、わざとこの日に合わせました?」

「ああ」

「隠さないんですね」

「会いたかったのでな」


ほら、そういうことを何でもない顔で言う。

私は紅茶へ口をつけた。船旅の間に慣れておこうと思っていたのに、本人を前にしたら、手紙は少しも練習にならなかった。


客室の向こうから、父の笑い声がする。

母と二人で、船室の窓から景色を見ているらしい。今回は長い滞在になるが、領地は手放さず、帰りの予定も家族で決めてある。

そのことが、私の足元を落ち着かせてくれた。


テーブルには、スコーンとサンドイッチが並んでいた。

キリアンがスコーンを割り、片方へクリームを載せる。


「食べるか」

「いただきます」


手を伸ばしたら、彼は皿に置かずに、こちらへ向けたまま止まった。


「……陛下?」

「一度くらいは、いいだろう」


何が、と聞くのは、さすがに意地が悪い。

私は周りを確かめた。給仕の人は、海を見ている。とても丁寧に、海だけを見ている。


「一度だけですからね」


小さくかじる。

口の端へクリームがついたのが分かり、急いでナプキンを取った。

キリアンは、まるで自分が食べたみたいに満足そうだった。


「……楽しいですか」

「かなり」


私だって、少し楽しい。

そう言うのは悔しいので、もう半分のスコーンを彼の皿へ置いた。


* * *


お茶の終わりに、船の連絡係が私宛ての郵便を持ってきた。

いくつかの封筒に交じって、王宮監獄の検閲印が押されたものがある。

鉱山へ移送される前に書かれ、ブラント家からこちらへ転送された手紙だった。


差出人を見た途端、手が止まった。


「受け取りたくなければ、係へ戻せる」


キリアンが言った。

私は少し考え、封を切った。


『シビルへ。

 あの日は、うまく話せなかった。

 北部へ出立する日が決まった。父はもう会いにも来ない。俺の服も指輪も、すべて取り上げられた。

 お前は帝国へ行くのだろう。皇帝が頼みを聞いてくれるなら、俺を王都に置くように頼んでくれ。

 昔、お前が持ってきた菓子を、今でも覚えている。

 返事を待っている』


短い手紙だった。

クッキーは、まだ彼の中では、私を呼び戻すための道具なのだろう。


私は便箋を封筒へ戻した。


「お返事はしません」


係の人へ渡し、今後、あの人からの私信は届けないでほしいと頼んだ。

手続きに必要な連絡なら、父と正式な窓口を通してもらえばいい。


それで済んだ。

思っていたより、ずっとあっさりと。


キリアンは何も尋ねなかった。

私が冷めた紅茶を飲もうとすると、給仕へ新しいものを頼んでくれた。


「……手紙を読む前に戻れたら、と少し思いました」


口にしてから、自分でも意外だった。

もっと平気な顔をしていたかったのに。


「せっかく、楽しくお茶を飲んでいたので」

「では、続きをやろう」


キリアンが菓子皿を見る。

スコーンは、もうなかった。


「追加を頼むか」

「さすがに、お腹いっぱいです」

「そうか」


彼は少し考えて、手を差し出した。


「甲板を歩くのは?」

「……はい。そちらがいいです」


外へ出ると、風が思ったより強かった。

キリアンが私の風上に回り、外套の襟を直してくれる。


「寒くないか」

「大丈夫です」


二人で手すりに並んだ。

船の舳先の向こうに、白い城壁と細い塔が見える。帝都だ。


胸が弾んだ。

あの街で、私はまだ行ったことのない場所へ行く。知らない人に会う。うまくできないことも、きっとある。

その最初の日を、この人と迎えられるのが嬉しい。


「陛下」

「何だ」

「私も、会いたかったです」


言えた。

言った途端、風の音が大きくなった気がした。


キリアンが私を見る。

それから、握っていた手を少し持ち上げ、指先に唇を触れさせた。


「手紙より、直接聞く方がいいな」

「……私も、そう思います」


海を見ているふりをした。

でも、手は離さなかった。

城壁が少しずつ近づいてくる間、キリアンもずっと、同じように握っていてくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。