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悪役令嬢の断罪劇、有料観覧席からポップコーン片手に見物してます  作者: 九葉(くずは)


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第11話

翌朝、階段を下りると、我が家の台所から聞き慣れない声がした。


「火が強い。いったん外そう」

「はい、陛下!」


……陛下?


私は寝癖を押さえていた手を止めた。

居間へ入ると、父がきちんと礼服を着て座り、母が台所の入口で布巾を握りしめていた。

いつもと同じ、少しがたつく食卓。その上に、やたらと上等なジャムの瓶が並んでいる。


「おはよう、シビル」

「おはようございます。……朝食は、もう少し後では?」

「陛下が、お手伝いしたいと」


母の返事と同時に、台所からキリアンが出てきた。

白いシャツの袖をまくり、花柄のエプロンを着けている。

両手には、卵とベーコンを載せた皿。


私はしばらく、エプロンの花を数えそうになった。


「何をしていらっしゃるんですか!」

「見れば分かるだろう。朝食を作っている」

「食べにいらしたんですよね!?」

「早く来すぎた。待っているより手を動かした方が落ち着く」


彼の後ろで、我が家の料理人が小さく頷いた。

この家に二十年勤めている彼女が、こんなにきっちり背を伸ばしているのは初めて見た。


「手持ち無沙汰だから、焼くところだけでもと仰って……」

「遠征先では、自分でやることもあった。焦がさなければいい程度の腕だが」


そう言いながら、彼は皿を置いた。

卵の白身はきれいに固まり、黄身はまだ柔らかそうだ。

焦がさなければいい、の基準が、私よりずっと高い。


「お父様、そんなに固まらなくても」

「お前は、よく平気で話せるな……」


父は震える手で、水のグラスを持った。

二度のお茶で少し慣れたと思ったが、皇帝が自宅のエプロンを着るところまでは想定していなかったらしい。

私もだ。


キリアンはエプロンを外して椅子へ掛け、父と母に向き直った。


「早朝から騒がせてしまいました。申し訳ない」

「い、いえ! とんでもない!」

「お邪魔でなければ、また伺いたいのですが」


母が、そこでようやく笑った。


「では次は、座って召し上がってくださいませ。私どもにも、ご馳走する楽しみを」

「……承知しました」


キリアンが素直に頷く。

昨夜までの私なら、自分の耳を疑ったかもしれない。でも今は、そういう返事をする人なのだと知っている。


食卓につくと、私の前へ小さな瓶が置かれた。

中身は、琥珀色をしている。


「キャラメルクリームだ。昨日、西通りの店で見つけた」

「あのポップコーンのお店ですか?」

「隣で売っていた。店主に、パンにも合うと言われてな」


蓋を開けると、甘い香りがした。

焼きたてのトーストへ塗る。バターが溶けて、端から少し垂れた。

慌ててひと口かじると、隣から低い笑い声が聞こえる。


「美味いか」

「……美味しいです」

「なら、よかった」


それだけ言って、キリアンも自分の皿へ手を伸ばした。

私が何を好きなのか、わざわざ覚えて、店まで探したのだ。

キャラメルのせいだけではなく、胸のあたりまで温かくなった。


父が、ナプキンを膝へ広げた。


「陛下。娘の名誉を守っていただき、ありがとうございました」


その声は、さっきよりもしっかりしていた。


「賠償も正式に認められました。家の負債を整理する目処が立ち、娘に、これ以上肩身の狭い思いをさせずに済みます」


領地経営の失敗で抱えた借金は、父の失敗だ。

ただ、その弱みを使って私を黙らせた人たちのことまで、父が一人で背負う必要はない。判決を読んでから、父はやっとそう思えるようになったらしい。


「立て直しに詳しい者が必要なら、紹介はできます」


キリアンは言い、すぐに付け加えた。


「条件を聞いてから、お決めください」


私は彼の横顔を見た。

こちらに聞く前に何でも決めそうな人が、ちゃんと待っている。


母が卓の下で、私の膝を軽く叩いた。

見ると、何も言わずに微笑んでいる。

何ですか、その顔。トーストを食べてください。


朝食の後、私はキリアンと庭へ出た。

小さな庭の奥には、父が何度直しても少し傾く長椅子がある。

二人で座ると、いつもより大きくきしんだ。


「……申し訳ありません。皇宮の椅子とは違って」

「壊れたら直す」

「まず壊さないでくださいね」


彼が座る位置をそっとずらしたので、笑ってしまった。


「来週、帝都へ戻る」


キリアンが言った。

私は膝の上で指を止めた。

ずっと王都にいるわけではない。分かっていたのに、急に庭が静かになった気がした。


「シビル。帝都へ来ないか」


返事を急かさず、彼は続けた。


「まずは客人としてだ。父上と母上も一緒に。帝都の屋敷を滞在先に使ってもらえる」

「……行って、何をするんですか」

「劇場に行く。茶を飲む。お前が望めば、魔導具の工房も案内する」


あの物騒な誘いから、ずいぶん変わったものだ。

けれど、いちばん聞きたかったことは、まだ聞けていない。


「お仕事で、忙しいでしょう?」

「忙しい。それでも、時間を作りたい」


キリアンが、こちらを向いた。


「お前と会うために」


膝の上の指を、ぎゅっと握った。

聞きたかったのはそれなのに、言われると、目を合わせていられない。


「両親に相談します。旅支度にも時間がかかりますし」

「別便でも迎えを出す。都合がついてからでいい」


私は頷いた。

それから、少しだけ彼の方へ体を向ける。


「でも、私自身は、行きたいと思っています」


キリアンが顔を上げた。


「陛下と、劇場へ行きたいです。今度こそ、本物のお芝居を見に」


彼が笑う。

嬉しそうなその顔を、私は今度はちゃんと見ていられた。


「最前列で?」

「ええ。でも、舞台に近すぎて見えない席は駄目ですからね」

「お前と相談して決めよう」


差し出された手へ、私は自分から指を重ねた。

家の中から、母が父を呼ぶ声がした。

振り返ったらきっと、二人とも窓のところにいる。

今だけは、気づかないふりをすることにした。

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