第九十六章:曹操の名将が、関羽との決戦に挑んだ
曹操軍の将は、関羽を侮らなかった。
前衛に長槍を並べ、左右に弓兵を置き、青龍偃月刀の間合いへ入らせない布陣だった。
関羽は敵の陣を眺め、「よく学んだ将だ」と呟いた。
関羽のそばにいた若い兵は、敵の長槍を見て唇を噛んだ。
関羽はその肩に手を置き、「恐れるなら、隣の者に知らせよ。恐れを隠した兵から陣は崩れる」と静かに言った。
若い兵が頷くと、関羽は初めて刀の柄に手を掛けた。
張飛が笑い飛ばそうとしたが、関羽は首を振る。
「強い敵を弱いと言えば、こちらの兵が死ぬ」
孔明は正面からの突破を禁じ、黄忠に敵の弓兵を抑える役を託した。
俺は関羽の兵が使う盾を点検した。
新しく作った木盾は軽いが、濡れると継ぎ目が開く。
工房の職人は油を塗ることを提案したが、油は炊事にも灯火にも必要だった。
そこで布と薄い革を重ね、盾の縁だけを補強する。
試験では矢を完全に防げないものもあった。
関羽は傷のついた盾を持ち上げ、「防げぬと分かるのも役に立つ」と言い、前衛の配置を変えた。
戦が始まると、敵将は関羽の旗へ兵を集中させた。
だが旗の下にいたのは盾兵で、関羽自身は川岸の葦の間を迂回していた。
黄忠が矢で敵の伝令旗を射落とす。
敵の左翼が合図を見失った瞬間、関羽の騎兵が斜めから突入した。
それでも敵将は崩れず、槍を並べ直して踏みとどまった。
関羽は二度目の突撃を止め、後続が揃うのを待った。
決着は夕方だった。
敵の弓兵の矢が尽きかけ、こちらの盾兵が一歩ずつ前へ出る。
関羽は敵将と刃を交え、馬を退かせた。
敵将が兵をまとめて撤退すると、関羽は深追いしなかった。
「勝つために兵を使う。誇りのために兵を捨てぬ」
その夜、俺は破れた盾の数を書き留めた。
改良すべき箇所が、勝利の数字よりはっきり見えた。
俺たちが向かったのは襄陽の南の平野だった。
名将・徐晃が精兵を率いて劉備軍の進路を塞ぐ。
赤壁で曹操の大艦隊を破ったとはいえ、荊州の城や街道がすべて味方になったわけではない。
戦が長引けば、せっかく救った民がまた飢える。
俺は地図の端に、兵糧の残りと一日の消費を小さく書き込んだ。
関羽の偽退却は、敵将に見破られた。
徐晃の槍兵は追わず、かえってこちらの負傷者を狙う位置へ陣を移した。
俺が改良した盾は雨で重くなり、後送の歩みも鈍い。
関羽は勝機を逃すと知りながら、本隊を負傷者の前に戻した。
「敵の策を褒めるのは後だ。今は味方を帰す」
黄忠は矢を節約するため敵の旗綱だけを狙い、魏延は退路のぬかるみに板を敷いた。
敵を破ったのは一度の妙策ではなく、崩れかけた陣を立て直した者たちの仕事だった。
俺の仕事は防具の紐と盾の持ち手を改善し、負傷者の搬送具を増やすことだった。
職人を呼び、炊事係と荷運びの兵を集める。
机の上の図では簡単でも、現場で使える形にするには手間がかかる。
最初の試みでは思うように進まず、年配の職人が「手を動かす前に現物を見ろ」と叱ってくれた。
やがて、徐晃は兵をまとめて退き、関羽軍が戦場を制した。
報告を受けた劉備は、勝利を祝う前に「民に被害はないか」と尋ねた。
俺は負傷者の名簿を持って前へ出た。
完璧な戦などない。
だから、少しでも被害が小さく済んだことを確かめるまでは喜べなかった。
黄忠が静かに弓を置いたとき、若い兵が弦の手入れを申し出た。
老将は笑って「手入れを覚えるなら、まず自分の弓からだ」と返した。
関羽はそのやり取りを黙って見ていた。
俺は道具箱を抱え、矢羽の傷んだものを分けた。
勝利の知らせより、次の戦で同じ失敗をしない準備が先だった。
関羽の作戦には一つだけ危うい点があった。
敵の左翼が崩れずに踏みとどまれば、葦の中を進む騎兵が逆に川岸へ押しつけられる。
孔明は予備隊を用意したが、関羽は「予備をすべて我がために置くな」と言った。
「黄忠の隊が苦しくなれば、そちらを助けよ」
俺はその会話を聞き、前衛へ届ける盾と矢の数を見直した。
使える盾が足りず、傷の浅いものを修理して回すことになった。
戦の途中、黄忠の弓兵が予想より早く矢を使い切りかけた。
敵は旗を何本も立て、どれが本物の伝令か分からなくしたのだ。
黄忠は射手を二列に分け、合図の旗を狙うのをやめた。
代わりに敵の前進を抑える場所へ矢を集中させた。
魏延が低い土手を越え、敵の弓兵の側面へ出る。
敵将はその動きに気づき、関羽を追う兵を一部戻した。
その一瞬だけ、川岸の圧力が弱まった。
帰営した関羽は、俺が差し出した新しい盾を見て「まだ重い」と言った。
工房の職人は悔しそうに唇を噛んだ。
関羽はすぐに続けた。
「だが今日、この盾のおかげで帰った兵がいる。次はもっと良くしてくれ」
俺は矢の刺さった盾を並べ、傷の位置を数えた。
机の上で考える改良と、戦場で必要な改良は違う。
戦に勝った日の夜こそ、作り手には眠れない理由がある。
工房では盾の重さをめぐって職人と兵が言い争った。
軽ければ割れやすく、厚ければ走れない。
関羽は両者の話を聞き、実際に盾を持って泥道を走った。
息を切らした彼が「戦場で走るのは若い兵だ」と言うと、職人たちは笑った。
俺は重さだけでなく、腕にかかる負担も記録することにした。
強い武器より、生き残れる道具を作りたい。
盾の試験に使った矢は、折れた軸だけ取り替えて再利用した。
黄忠は矢羽の向きを揃え、若い兵に射程の違いを教えた。
小さな修理が次の戦の備えになる。
関羽の兵は敵将の強さを語り合っていた。
俺は勝者の口から敵を讃える言葉が出ることに安心した。
侮れば次は自分たちが倒れる。
工房の職人は盾の縁に薄い革を重ね、もう一度試した。
今度は矢が滑った。
完全ではないが、昨日より良い。
俺は試験結果をそのまま残した。
敵将は退いた後も、負傷兵を回収するため小隊を戻してきた。
味方の兵は弓を構えたが、関羽は手を上げて止めた。
白布を掲げた者だけを通し、武器を持つ者は川向こうで待たせる。
黄忠は高台から見守り、魏延は退路を確保した。
日が暮れるまでに敵味方の負傷者が運ばれ、川岸には静けさが戻った。
俺は担架の紐が足りなくなったことを記録した。
戦いの終わりにも、備えの不足は容赦なく現れる。
夜が明けると、敵将から短い書状が届いた。
負傷者を返してくれた礼と、次に戦場で会えば手加減しないという宣言だった。
関羽は読み終えて笑った。
「それでよい。戦うなら互いに全力だ」
俺は書状を帳面にはさみ、救護所の水桶を増やすよう頼んだ。
次の戦でも、人を救う仕事がなくなるわけではない。
救護所の入口で、敵兵の子が父を探して泣いていた。
関羽は名を尋ね、捕虜の列を自分で確かめた。
父子が抱き合うと、関羽は何も言わず背を向けた。
その赤い耳を見て、俺は少しだけ笑った。




