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転生したら三国乱世だった件  作者: レモンティー


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第九十五章:孔明は講和の裏で、曹操の補給網を断ち切った

講和使節が往復する間にも、曹操軍は穀物を集めていた。

孔明は偵察で確かめた三つの倉を示し、「兵糧を焼けば早い。しかし民の冬も焼くことになる」と言った。

龐統は川港に指を置いた。

「奪うべきは麦ではありません。麦を軍へ運ぶ権利です」

俺は荷車の通行札を用意した。

農民の荷は通し、曹操軍の徴発札を持つ荷だけを止める。

現場で見分けられるよう、札には村と日付と積荷を記す欄を設けた。

作戦の初日、検問の兵が老農の荷車を止めた。

札の文字が読めなかったのだ。

俺はその場で絵印を追加した。

麦は穂、豆は莢、塩は小さな升。

孔明は「書を知らぬ者に伝わらぬ命令は、命令ではありません」と言った。

翌日から混乱は減ったが、偽札も現れた。

龐統は札そのものより荷の行き先を調べるよう指示し、村長たちの証言を照合させた。

曹操軍の輸送隊は、劉備軍が川の渡しを押さえたことに気づくと別の浅瀬へ向かった。

そこには魏延が待っていた。

彼は敵を襲わず、渡河に使う筏を先に岸へ引き上げていた。

敵将が怒鳴る間に趙雲の騎兵が後ろへ回り、輸送隊の護衛だけを武装解除した。

麦袋は一つも破れなかった。

俺は倉の扉に封をし、民の所有分と軍の徴発分を分けて数えた。

三日後、曹操軍の前線から「配給を半分にした」という情報が届いた。

劉備は喜ばなかった。

「飢えた兵を追い詰めれば、民を襲う」

俺たちは捕虜を受け入れる炊事場を増やし、降伏した者には故郷へ戻る道を示した。

孔明は作戦用の板から補給線を一本消した。

俺にはその一本の向こうに、戦わずに済んだ無数の顔が見える気がした。

俺たちが向かったのは襄陽へ向かう水陸の輸送路だった。

講和の使者が往来する間に敵が兵糧を集め直している。

赤壁で曹操の大艦隊を破ったとはいえ、荊州の城や街道がすべて味方になったわけではない。

戦が長引けば、せっかく救った民がまた飢える。

俺は地図の端に、兵糧の残りと一日の消費を小さく書き込んだ。

策の中心は、戦闘員を避けて渡し場と空の荷車を確保し、輸送路を封鎖することだった。

武器を見せつけるだけでは敵は意地になる。

逃げ道を塞ぎすぎれば、追い詰められた者が無茶をする。

だから孔明は敵が退ける道を残し、龐統はその道を選びたくなる理由を用意した。

俺の仕事は船着場に簡易滑車を導入し、荷下ろしを速めることだった。

職人を呼び、炊事係と荷運びの兵を集める。

机の上の図では簡単でも、現場で使える形にするには手間がかかる。

最初の試みでは思うように進まず、年配の職人が「手を動かす前に現物を見ろ」と叱ってくれた。

やがて、曹操軍の前線は糧食不足で撤収を余儀なくされた。

報告を受けた劉備は、勝利を祝う前に「民に被害はないか」と尋ねた。

俺は負傷者の名簿を持って前へ出た。

完璧な戦などない。

だから、少しでも被害が小さく済んだことを確かめるまでは喜べなかった。

封印した麦倉の前で、農民が俺の袖をつかんだ。

「これが春まで残るのか」

俺は記録台帳き、食用と種用の袋の数を指で示した。

農民は字を読めなかったが、袋の結び紐の色は分かった。

赤は食用、青は種。

小さな区別を守ることが、戦に勝つのと同じくらい難しかった。

ところが川港の検問には思わぬ副作用があった。

曹操軍へ納めるつもりで麦を運んでいた農民が、帰り道を失ったのだ。

荷を引き返せば村で罰せられ、進めばこちらに疑われる。

俺は検問所に長椅子と湯を置き、事情を聞く役を設けた。

兵は「敵に情報を与える」と反対したが、龐統は「何も聞かずに敵を増やす方が危うい」と言った。

農民の証言を記録すると、曹操軍が村ごとに違う徴発命令を出していたことが分かった。

孔明はその記録を見て、徴発の仕組み自体を揺さぶる策を立てた。

村へ「兵糧を納めなければ罰する」という命令が届く前に、劉備の保護状を配る。

だが保護状だけでは腹は満たせない。

俺は奪還した麦の一部を種として封じ、春まで食べてはいけない袋を別にした。

飢えた家族を前に種を残すのは酷なことだ。

だから食用の豆と干し野菜を同時に配り、春の収穫までの見通しを村長と計算した。

夜、魏延が「敵の荷車を焼けばもっと早い」と言った。

俺は反射的に首を振った。

「荷車は戦が終われば村でも使えます」

魏延はしばらく考え、「ならば車輪だけ外して隠す」と答えた。

孔明は笑った。

「敵の進軍は止まり、荷車は残る」

作戦の翌日、曹操軍の兵糧輸送はさらに遅れた。

だが村の市には荷車が戻り、子供たちが麦袋の隙間で遊んでいた。

俺にはそちらの光景の方が、戦果の数字より嬉しかった。

川港の倉を閉じる前、俺は封印した種麦の袋をもう一度確かめた。

飢えた兵が袋を開けたくなる日が来るかもしれない。

だから鍵を増やすだけでなく、何のための麦なのかを説明する札を下げた。

若い番兵が「春になれば畑が生き返るんですね」と言った。

俺は頷いた。

兵糧を奪う作戦の終わりに、次の収穫の話ができたことが救いだった。

倉の麦を量る升が村ごとに違い、記録上の数字が合わなかった。

俺は共通の升を作り、村の古い升との違いを表にした。

争いの原因は悪意だけではない。

魏延は輸送隊から外した車輪を、川港の倉に積んだ。

荷を取り戻しに来た農民には車輪も返す。

敵の道を止めても、民の道まで止めてはいけない。

捕虜の一人が配られた豆を見て泣いた。

故郷で母が煮てくれたものと同じだったという。

俺はその話を聞き、鍋の中身が人を敵と味方に分けないことを思い出した。

最初の報告は小さなものだった。

敵の斥候が引いた。

次に、別の道で荷車が止まった。

そして昼過ぎ、敵の主力が思い描いていた場所から動いた。

孔明は「今です」と静かに言った。

遠くで合図が上がり、兵たちが一斉に動く。

火薬の轟音が響いたのは、その直後だった。

狙いは敵を無差別に傷つけることではなく、進路を誤らせ、隊列を乱し、戦う意思を折ることだ。

敵兵が立ち止まる隙に関羽が前へ出て、張飛が逃げ道を見せる。

龐統の使者が降伏の条件を告げると、敵の旗が一つずつ下がり始めた。

川港では倉の番人を交代制にした。

夜通し見張らせると、疲れから封の確認を忘れる。

俺は刻ごとに印を押す表を作り、二人が互いに確かめるようにした。

最初の夜、番人が眠り込み、印が一つ空白になった。

責めるより先に勤務を短くした。

夜が明けると、記録はすべて埋まった。

孔明は「人が失敗する前提で仕組みを作るのですな」と頷いた。

俺は火薬庫にも同じ方法を使おうと考えた。

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