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転生したら三国乱世だった件  作者: レモンティー


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第九十章:関羽は荊州の城門を、剣を抜かずに開かせた

赤壁の戦いが終わっても、戦場の匂いはすぐには消えなかった。

俺は夜明け前の陣を歩き、積み直した荷車の数を確かめた。

勝利の報告は華やかだが、明日の朝に食べる麦がなければ軍は一歩も進めない。

城門の脇で、敵方の若い兵が槍を捨てずに立っていた。

関羽は剣の柄から手を離し、「その槍で守りたいのは城か、城内の家族か」と尋ねた。

兵は答えず、門の内側へ目をやった。

そこには幼い妹がいた。

関羽は一歩退いて道を開けた。

若い兵が槍を置いたのは、命じられたからではない。

妹が自分の足で兄のもとへ走れたからだった。

俺たちが向かったのは江陵近郊だった。

城門の前に難民が滞留し、守将の韓徳が糧秣を抱え込んでいる。

赤壁で曹操の大艦隊を破ったとはいえ、荊州の城や街道がすべて味方になったわけではない。

戦が長引けば、せっかく救った民がまた飢える。

俺は地図の端に、兵糧の残りと一日の消費を小さく書き込んだ。

劉備は城外の避難民の列を見て、作戦会議の順序を変えた。

「攻め口を決める前に、あの人々が今夜どこで眠るか決めよう」

関羽は自分の兵の幕を空けると申し出た。

龐統は市場へ通じる裏道に印をつけ、城内から食料を運び出せる道を探した。

「今回は関羽が要になります」と孔明が告げた。

龐統はすぐに「ただし敵の思う通りには動かぬことです」と付け足した。

二人の言葉は短いのに、いつも俺の頭の中にいくつもの仕事を生む。

策の中心は、難民を先に救い、城内の兵にも食を保証して降伏を促すことだった。

武器を見せつけるだけでは敵は意地になる。

逃げ道を塞ぎすぎれば、追い詰められた者が無茶をする。

だから孔明は敵が退ける道を残し、龐統はその道を選びたくなる理由を用意した。

「門を破れば半日だ」と張飛が言うと、避難民の少年がその袖を引いた。

「中に母ちゃんがいるんだ」

張飛は大きな手を止め、しばらく少年を見つめた。

「ならば門は壊さん。俺の顔を見せて、向こうの兵をびびらせるだけにしておく」

少年は怖がるどころか、初めて笑った。

俺の仕事は城内の井戸と倉を点検し、粥に豆と乾燥野菜を足すことだった。

職人を呼び、炊事係と荷運びの兵を集める。

机の上の図では簡単でも、現場で使える形にするには手間がかかる。

最初の試みでは思うように進まず、年配の職人が「手を動かす前に現物を見ろ」と叱ってくれた。

炊事場の床に置いた木箱は、難民の子供が腰掛けると底板が抜けた。

職人頭は「荷箱を椅子にするな」と怒ったが、俺は板を一枚足し、箱を裏返して座れるようにした。

子供たちは順番に腰を掛け、食事を受け取った。

戦に役立つ工夫ばかり考えていた俺には、その小さな歓声が妙に誇らしかった。

粥を配るとき、黄忠は自分の椀を後ろの老人に渡した。

「弓を引く腕はまだある。先に食べるべき者はほかにいる」

俺がもう一杯差し出すと、魏延が「この爺さんは遠慮が過ぎる」と笑った。

黄忠は魏延の額を小突き、ようやく椀を受け取った。

俺は二人が同じ陣に立つ姿を、まだ知らぬ未来のように眺めた。

夕刻、城内から白布を掲げた使者が出てきた。

守将は食料を渡す代わりに難民の引き取りを求めていた。

龐統は条件を読み、「人を荷物のように扱う書き方ですな」と顔を曇らせた。

劉備は使者を責めず、避難民の名を記録して家族を探すことを先に約束した。

火薬を積んだ荷車は陣の後方に留めた。

江陵の城壁の内側には民家が密集している。

大きな音で門を開かせることはできても、火が飛べば避難民を救うどころではない。

俺は運搬係に待機を命じ、代わりに白い布と食糧の荷を前へ送った。

夜が明けると、関羽は兵に刃を抜かせず、城門までの道に並ばせた。

張飛は門の正面で大声を張り上げたが、罵声ではなかった。

「腹が減ってるやつは出てこい! こっちの鍋は空にせんぞ!」

城壁の上で笑いをこらえた兵の肩が揺れ、やがて一人が兜を脱いだ。

昼前、城内の兵が数人、門の脇から出てきた。

武器を持たず、手には空の椀がある。

龐統はその椀を見て、すぐに炊事係を呼んだ。

兵の一人が「食べたら戻ってもいいか」と聞いた。

劉備は頷いた。

「戻って家族に伝えてくれ。門を開けば、食べ物も約束も同じように届くとな」

門の内側で争う声が上がった。

強硬派の兵が閂を守ろうとしたが、避難民の家族を抱えた守備兵たちが止めた。

関羽は動かず待った。

やがて閂が外され、重い門が少しずつ開いた。

張飛が真っ先に走り出そうとしたとき、関羽がその襟をつかんだ。

「剣より先に鍋を入れよ」

張飛は舌打ちしながらも、荷車を通す道を空けた。

江陵へ近づく途中、道端で老いた弓兵が一人、倒れた荷車の車輪を支えていた。

兵は彼を黄忠と呼んだ。

護衛にいた若い男は魏延と名乗り、守将の命令より避難民を先に通したため叱責を受けたという。

関羽は二人の腕を見て、すぐに軍へ誘うことはしなかった。

「まず、ここにいる者を安全に通せ」

黄忠は黙って弓を背負い直し、魏延は「命じられずとも」と答えた。

二人がどちらの旗の下で戦うかは、まだ決まっていない。

俺は彼らに粥を渡しながら、車輪の軸が熱を持っていることを教えた。

魏延は「直せるなら、荷を置いて逃げずに済む」と言った。

黄忠は椀を受け取って、「老いた者にも食わせてくれるのか」と笑った。

俺は「働いた分だけではありません。生きるために食べるんです」と返した。

彼の笑いが一瞬消えた。

関羽が戻ってきたとき、黄忠は自分から尋ねた。

「劉備殿は、本当に城の民を守るおつもりか」

関羽は短く「見て確かめられよ」と答えた。

やがて、城門が内側から開かれ、無血で第一の拠点を得た。

報告を受けた劉備は、勝利を祝う前に「民に被害はないか」と尋ねた。

俺は負傷者の名簿を持って前へ出た。

完璧な戦などない。

だから、少しでも被害が小さく済んだことを確かめるまでは喜べなかった。

城の近くには、戦の行方を恐れて隠れていた家族がいた。

劉備が安全を約束すると、子供を抱いた女が恐る恐る道へ出てきた。

兵たちは武器を下げ、水を差し出した。

その光景を見て、俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。

黄忠が初めて俺の干し肉を噛んだとき、眉を寄せた。

「硬いな。歯の弱い古参兵にはつらい」

魏延は横から「水で戻せばいい」と言ったが、黄忠は首を振った。

「敵の矢が飛ぶ最中に湯を沸かすのか」

俺は二人の言い分を帳面き、薄く切って蒸してから干す試作を始めた。

黄忠は翌朝それを食べ、「これなら若い者にも負けん」と笑った。

魏延が「もとから負けていないでしょう」と返すと、古参兵たちまで声を上げて笑った。

勝ったその日のうちに炊き出しを始めた。

鍋の底に残った麦まで無駄にしない。

炊事係は水の量を量り、傷病者には食べやすい柔らかな粥を用意する。

俺は兵と民の列を分けず、ただ必要な人から配るよう頼んだ。

順番を巡って揉めないよう、理由も説明した。

夜、龐統がやって来た。

「あなたは勝った日ほど忙しそうですな」

俺は苦笑した。

「勝った土地で飢える人を出したら、俺たちの勝ちではありません」

彼は少し真顔になり、「だからこそ、あなたの記録が必要なのです」と言った。

孔明も加わり、次の戦場について話した。

地図の上では一本の線でしかない街道にも、宿場があり、井戸があり、畑がある。

軍を進めるなら、そのすべてを傷つけずに使う方法を考えなければならない。

二人の天才は戦の勝ち方だけでなく、戦を終わらせる順序まで議論していた。

俺は記録の端に新しい欄を作った。

食料の在庫、荷車の修理、治療の必要な人、戻れる農民の数。

以前の俺なら、勝利とは敵軍を退けることだと思っただろう。

今は違う。

戦場の後ろにいる人たちの暮らしまで含めて、ようやく一つの勝利なのだ。

夜が明けると、張飛が炊事場で大きな声を上げた。

「おい、俺の分もあるか!」

炊事係が笑いながら椀を差し出す。

関羽はその隣で黙って麦餅を受け取り、出発する兵へ先に渡した。

こういう光景が続く限り、俺たちは前へ進める。

後になって関羽の無血開城が語り草になったとしても、現場にいた俺にはそんな大げさな実感はなかった。

泥に沈んだ車輪を押し、焦げた鍋を洗い、疲れた兵に休むよう言う。

歴史に残るのは将軍の名だろう。

それでいい。

俺は明日の朝、誰も空腹で倒れないことの方が大切だった。

この戦いで関羽が示したのは、勇敢さだけではなかった。

兵を信じ、退くべき時には退き、敵にも選択の余地を残す。

その判断があったから、勝利のあとに街を焼かずに済んだ。

俺はそのことを忘れないよう、記録紙の端に小さく書き留めた。

劉備は皆を集めて告げた。

「我らは次の地へ向かう。だが、ここに残る者を見捨てぬ」

その言葉に、兵も民も深く頭を下げた。

孔明は扇を掲げ、龐統は新しい使者を呼んだ。

俺は荷車の最後尾を見届けてから、もう一度だけ炊事場を振り返った。

遠くの道はまだ霧の中にあった。

曹操は敗れてもなお強く、孫権もまた自らの国を守ろうとしている。

けれど俺たちには、孔明と龐統がいる。

そして何より、腹を満たして歩ける兵たちがいる。

次の勝利は、すでに今日の鍋と書付から始まっていた。

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