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転生したら三国乱世だった件  作者: レモンティー


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第八十九章:曹操は赤壁から逃れ、孔明は次の勝利を宣言した

曹操が赤壁から退いたという確報が届いた朝、陣の空気は不思議なほど静かだった。

勝ったのだ。

二十万の大軍を南へ進ませた曹操が、船を失い、兵をまとめ直しながら北へ戻っていく。

張飛は「追いかけてもう一度叩こう」と言ったが、関羽は「兵を休ませるべきだ」と答えた。

孔明は斥候の泥だらけの靴を見つめ、龐統は曹操の退路に残る城を数えていた。

俺は二人の顔を見て、赤壁が終わりではないと悟った。

劉備は将たちの協議で、勝利を追いかけるより先に江沿いの村を守ると決めた。

荒らされた畑、壊れた渡し場、逃げていた商人。

戦が去っても暮らしはすぐに戻らない。

俺は工房の荷車を使い、穀物と工具を村へ運ぶ手配をした。

兵士たちは最初、勝利の後に土木仕事かと驚いたが、村の老人が頭を下げると黙って鍬を取った。

関羽も自ら橋の修理を見回った。

出立前、龐統は俺に一枚の紙を渡した。

そこには敵将の名ではなく、荊州の町で不足しているものが書かれていた。

塩、鍬、種、薬草、修理用の木材。

「これが次の戦場です」と龐統は言った。

孔明は頷き、「城門を開くのは剣だけではありません」と続けた。

俺は紙を受け取り、新しい記録台帳いた。

曹操軍が残した船には、まだ使えるものもあった。

俺は勝手に解体せず、呉の担当者と所有や修理の扱いを相談した。

周瑜との約束を守ることが、次の戦いの前に必要だった。

船大工は「敵の船を直すのか」と首を傾げた。

俺は「戦が終われば、船は荷物を運べます」と答えた。

水軍の強さは、戦う船の数だけでなく、川を使える人の数で決まる。

炊事場では、漁師が分けてくれた魚と保存していた麦を使い、兵と村人のために大鍋を作った。

長い避難生活で弱った人には柔らかい粥を渡し、働く者には豆を増やした。

張飛は大鍋を見て「またお前の戦だな」と笑った。

俺は「これだけは何度勝っても終わりません」と答えた。

張飛は豪快に笑い、配膳の列を整えるのを手伝った。

曹操が北へ退いたと聞いた夜、劉備は祝宴を小さくするよう命じた。

川沿いでは焼けた舟を片づける者がまだ働いていたからだ。

張飛は不満そうだったが、次の朝になると自ら丸太を運び始めた。

関羽は難民の名簿を読み、趙雲は帰る道を失った子供を護衛した。

俺は兵糧倉の前で、帰郷を望む兵と残留する兵の数を分けて記した。

勝利の後には、別の種類の忙しさがある。

作戦を詰める席では、荊州の城をどう扱うかが議題になった。

呉の将は赤壁の功を主張し、こちらの将は劉備の民への約束を持ち出した。

声が荒くなったところで龐統が、二つの記録を卓へ置いた。

一つは戦果、もう一つは避難民の数だった。

「この二つを同じように扱えば、次の戦が始まります」

孔明はまず道と港を守り、住民が冬を越せるようにすべきだと提案した。

周瑜は容易には頷かなかったが、議論を打ち切らずに持ち帰った。

俺は江陵へ向かう輸送隊の荷を確かめた。

武器より先に種籾と鍋を積んでいるのを見て、若い兵が不思議そうに尋ねた。

「次も戦なのに、こんなものが要りますか」

俺は空になった畑を思い浮かべた。

「次の戦を減らすために要るんだ」

兵は納得したような、しないような顔で鍋を運んだ。

遠くで関羽の号令が聞こえる。

赤壁は終わった。

だが天下が平らになったわけではない。

午後、孔明は俺を呼んで新しい地図を見せた。

赤壁の勝利で曹操の南下は止まった。

しかし荊州にはまだ争いの火種があり、北へ向かう道には堅い城が並んでいる。

「ここからは勝つだけでなく、勝った土地を守る必要があります」

龐統は「城を落とすより、城が自ら門を開く方が早い」と言った。

二人の視線が俺へ向く。

「あなたの食料と道具の仕組みを、今度は町の暮らしに広げたい」

俺は考えた。

兵糧を数える記録は、町の備蓄にも使える。

負傷者を運ぶ荷車は、病人や穀物も運べる。

火薬を使う軍の防火訓練は、町の火事を防ぐ仕組みに変えられる。

戦のために生まれたものを、戦のない日々へ戻す。

その考えに胸が熱くなった。

劉備は俺の提案を聞き、「よい。勝利を民のものにしよう」と言った。

荊州へ向かう準備を進めると、戦場とは違う問題が次々に現れた。

壊れた道をどう直すか。

種を失った農家へ何を渡すか。

治療所の人手をどこから集めるか。

俺は一つずつ紙に書き、孔明と龐統へ渡した。

二人は戦の地図の横に町の地図を広げた。

孔明は「勝った土地を守れなければ、次の勝利は空しい」と言い、龐統は「人が自ら門を開くような国にしましょう」と笑った。

俺は新しい荷車の設計図を見つめた。

次に運ぶのは火薬だけではない。

鍬と種と、明日の食事だ。

帰港した舟の帆には、赤い糸で縫い合わせた跡があった。

岸で待っていた娘が、その縫い目を見て父の舟だと気づいた。

「お父さんが直した帆だ」

舟から降りたのは父ではなく若い水兵だった。

娘は泣きながらも、その水兵に水を差し出した。

帰港した船の数を数える家族がいた。

一隻戻るたびに歓声が上がり、戻らない船の名が呼ばれた。

俺は曹操を追う算段より先に、その名を一つずつ聞いた。

赤壁の勝利を、失った者の数で測りたくはなかった。

俺は破れた帆を手に取り、帰港を待つ家族のところへ歩いた。

「赤壁の戦後処理の間、何が一番困った?」と聞くと、答えは将たちの協議で想像したものとは違っていた。

夕方、帰港を待つ家族から声を掛けられた。

赤壁の戦後処理の最中には言えなかった話があるらしい。

俺は腰を下ろし、相手が話し終えるまで口を挟まなかった。

そのあと破れた帆の置き場所を変えた。

ほんの小さな手直しだったが、次の当番の顔が少し明るくなった。

夕暮れ、川辺に立つ孔明と龐統の姿が見えた。

孔明は「次の戦は、赤壁ほど派手にはならぬかもしれません」と言った。

龐統は笑って「ですが敵には、もっと厄介でしょう。戦う前に負けを悟るのですから」と続けた。

俺は二人の間へ歩み寄り、明日からの補給表を渡した。

「では、まず腹を満たすところから」

孔明は扇を開き、龐統は肩を揺らして笑った。

その夜、俺は控えに赤壁編の最後の記録を残した。

勝った戦、戻った兵、修理した舟、村へ渡した麦。

そして次の頁には『荊州へ』と書いた。

火薬はすでに俺が作った。

だがそれを使いこなす孔明と、敵の心を読む龐統が加わったことで、俺たちの戦い方は変わった。

これからは、勝利を重ねるだけでなく、勝った土地を豊かにする。

川の向こうで夜明けを待つように、次の戦が静かに近づいていた。

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