第八十七章:曹操の大艦隊が崩れ、赤壁に勝利の旗が上がった
赤壁の二日目、曹操軍の船列はすでに乱れていた。
敗れた先鋒が後ろへ下がろうとし、後続の船は命令が届かぬまま進もうとする。
川の上に道はない。
船が互いの進路を塞げば、大軍の強みは消える。
龐統は報告を聞き、「敵が自分の数に押し潰され始めました」と言った。
孔明は頷き、周瑜へ合図を送った。
呉の水軍は正面から無理にぶつからず、曹操軍の動きが鈍った場所へ次々と姿を現した。
孔明が用意した火薬の轟音は、敵の指揮をさらに混乱させる。
だが勝敗を決めたのは音だけではない。
関羽が岸辺の進路を守り、張飛が敵の上陸を阻み、周瑜が水上の主導権を握る。
龐統は曹操軍の将たちがどの順に退却を選ぶかまで読んでいた。
すべてが噛み合った時、二十万の軍勢は一つの軍として動けなくなった。
修理した船の試験航海に俺も乗った。
船大工は川の音だけで板の具合を確かめ、俺には分からない変化を次々に言い当てる。
俺が驚くと、親方は「お前に記録があるように、俺には耳がある」と笑った。
現代の知識を持っていても、知らないことは山ほどある。
だから職人の声を聞く。
俺は後方で負傷者を迎えた。
濡れた兵が担架で運ばれ、治療係が名前を尋ねる。
返事のできない者には、所属を示す札を確かめた。
勝利の報告が続いても、目の前の一人を後回しにしてはいけない。
呉の治療係と劉備軍の兵が一緒に水を運び、温かい布を渡した。
俺はその姿を見て、同盟が本当の意味を持ったと思った。
昼過ぎ、曹操軍の主力が退き始めた。
遠くの川面には煙が立ち、残された船が流れに押されている。
張飛は追撃を求めたが、孔明は「逃げる敵を深追いすれば、勝った者が疲弊します」と止めた。
龐統も「曹操には敗北を持ち帰ってもらいましょう。その知らせは、どんな伝令より速く広がります」と言った。
関羽は静かに頷き、兵を整列させた。
勝利を確かなものにするのは、勝った後の節度だった。
夜が明けると、川には折れた櫂と焼けた板が流れていた。
勝利を知らせる旗が上がっても、俺はすぐには喜べなかった。
敵の船を破ったことと、川沿いの村が無事であることは別だ。
周瑜は追撃を命じかけたが、孔明が下流の浅瀬を示した。
「逃げる敵を追って座礁すれば、勝った軍が救助を求めることになります」
龐統は「追う舟と拾う舟を分けましょう」と提案した。
張飛は追撃隊を率いて戻るなり、戦果より先に腹を鳴らした。
「魚はあるか」
俺が干し魚の汁を出すと、彼は一口飲んで眉をしかめた。
「塩辛い」
船の水が減ったため、いつもの量の水で煮られなかったのだ。
俺は慌てて水の配分を見直し、炊事係に無理をさせたことを詫びた。
張飛は「謝る暇があれば、次はうまく作れ」と笑った。
その横で負傷兵が椀を受け取る姿を見て、俺は鍋の大きさより、残りの水を正しく知ることが大切だと思った。
曹操軍から逃げ出した水夫が、岸で降伏を申し出た。
呉の兵は疑ったが、その男は近くの村の井戸の場所を知っていた。
俺たちは案内を受ける代わりに、村から食料を奪わないと約束した。
村人は初め警戒したものの、負傷した子供を連れてくると、治療係に道を開いた。
赤壁での勝利が本当に意味を持つのは、こうした村が次の朝を迎えられたときだ。
川岸の倉を開けると、乾いた麦袋の下から濡れた布が見つかった。
倉番は戦に勝ったからと気を緩めていた。
俺は怒鳴りかけて、止まった。
ここ数日、彼もほとんど眠っていない。
交代の者を呼び、二人で袋を運び出す。
勝利の翌日に食料を腐らせたら、明日を守れない。
孔明は倉の戸口に立ち、黙って作業を手伝った。
周瑜は呉の将たちを集め、「赤壁は守られた」と宣言した。
兵たちの歓声が川岸まで届く。
劉備は孔明と龐統に礼を述べ、二人は互いを称えた。
孔明は「水を知る周瑜殿の力がなければ成りませんでした」と言い、周瑜は「敵の心を知る鳳雛の目も、火薬を使いこなす臥龍の知恵も欠かせなかった」と返した。
俺は少し離れて聞きながら、勝利が誰か一人のものではないことを嬉しく思った。
夕食には、兵にも漁師にも同じ温かい麦飯を配った。
戦の間、仕事を失っていた村人が手伝いに来てくれた。
老人は「川が静かになれば、また網を下ろせる」と言った。
俺は頷いた。
「そうなってほしいです」
大勝利の祝宴に豪華な料理はなかった。
それでも誰も不満を言わなかった。
食べ終えた兵たちは、川の向こうに沈む夕日を見つめていた。
岸へ戻った小舟には、浮き具が一つしか残っていなかった。
船頭は「もう一つは敵兵に渡した」と言った。
俺が頷く前に、救われた敵兵が舟べりを握って頭を下げた。
勝敗を問う余裕のない川で、あの浮き具だけは敵味方を選ばなかった。
救い上げた敵兵は、こちらの旗を見るなり顔を背けた。
俺が水を差し出すと、彼は小さく「弟も川にいる」と言った。
勝利の歓声が岸に響いていた。
俺たちはもう一度小舟を出し、漂流者を探した。
救助された兵は、岸に上がっても川から目を離さなかった。
「まだ声がする」
俺たちは火を消さず、もう一度舟を出した。
曹操艦隊の崩壊で見た光景がまだ頭から離れないのだろう。
俺は救命用の浮き具を脇に置き、温かい飲み物を差し出した。
何か言うべきか迷ったが、相手が自分から話し始めるまで待つことにした。
俺が救命用の浮き具の数を数えていると、水面に取り残された兵が戻ってきた。
曹操艦隊の崩壊では大将の号令より、足元の泥や手の冷たさが厄介だったという。
船の修理に使う木材が足りなくなると、兵の一人が近くの民家を解体してはどうかと言った。
俺は即座に止めた。
守ったはずの村から家を奪っては、何のための勝利か分からない。
周瑜は倉庫にある古い資材の使用を許し、孔明は別の港からの輸送を手配した。
時間は少しかかったが、民家には手をつけずに済んだ。
龐統は「勝った後の振る舞いは、次の敵を作ることも味方を作ることもできます」と言った。
俺は修理を終えた船を見ながら、その言葉を忘れまいと思った。
夜、俺は記録台帳しい頁を開いた。
『赤壁、勝利』と書きかけて手を止める。
その下に、救助した人数、使った食料、戻った舟、修理が必要な道具を記した。
孔明が覗き込み、「勝利の次に何を書くのです」と尋ねた。
俺は答えた。
「明日の仕事です」
龐統が声を上げて笑った。
「天下の大戦の翌日にも、あなたは変わりませんね」
変わらないのではない。
戦いに勝っても、人は明日また腹が減るのだ。




