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転生したら三国乱世だった件  作者: レモンティー


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第八十四章:曹操は水上なら火薬を恐れぬと言い、龐統は笑った

曹操軍から流れてきた噂は、奇妙な自信に満ちていた。

「劉備軍の火薬は陸では恐ろしい。だが川の上なら威力は落ちる」

曹操の将たちは兵を励ますためにそう語っているらしい。

張飛は聞くなり「ならば教えてやればよい」と言った。

孔明は首を振った。

「敵が恐れなくなったなら、今はその自信を大切にしてもらいましょう」

龐統は扇を持たずに笑った。

「自分で作った安心ほど、人を鈍らせるものはありません」

俺は敵の言葉に油断しなかった。

火薬は万能ではない。

水や湿気に弱く、誤って扱えば味方を傷つける。

だからこそ孔明は、火薬そのものを勝敗の唯一の鍵にしない。

呉の水軍の機動力、岸辺の地形、曹操軍の長い補給路。

それらを組み合わせて敵の選択肢を狭めていく。

俺は作戦会議の隅で、地図に補給船の到着予定を書き込んだ。

職人たちは新しい器具の試験に夢中になり、休むことを忘れかけていた。

俺は作業表に休憩を入れ、親方に交代を頼んだ。

親方は渋い顔をしたが、次の日の朝には「疲れていない手の方が、仕上がりがよい」と認めた。

孔明は試作品を見て、「強い軍は、休むことまで計算に入れるのですね」と感心した。

船大工たちは傷んだ船底の補修に追われていた。

俺は工房で作った交換しやすい金具を持ち込み、修理時間を短くできないか相談した。

親方は最初「素人が口を出すな」と怒ったが、実際に試すと予備の部品が使える場面があった。

「全部変える必要はねえ。使えるところだけ使う」

その言葉に俺は頷いた。

現代知識を押しつけるより、現場の知恵と合わせる方が強い。

昼食には、船酔いの兵にも食べやすい柔らかな麦粥を出した。

生姜に似た香りの根を少量使うと、匂いが気になる兵も食べられるという。

俺は効果を大げさに言わず、本人の様子を見ながら調整した。

関羽は自分の椀を持って炊事場に現れ、「兵と同じものを」と頼んだ。

炊事係が緊張して匙を落としかけたが、関羽は静かに拾って渡した。

大将のそういう振る舞いが、軍を支える。

曹操の水軍がこちらの小舟を追い払った翌日、呉の若い将が悔しそうに机を叩いた。

「敵は火薬を恐れていない。川に落とせば消えると思っている」

龐統は笑みを消し、「恐れていない相手に、恐怖を売りつけても無駄です」と言った。

孔明は船列の間隔を見ていた。

「では、恐れているものを探しましょう」

敵が嫌うのは火ではなく、船が動けなくなることだった。

大船の間に小舟が挟まれば、櫂を出す余地がない。

俺は実物の舟を並べた訓練で、その危険を確かめた。

訓練は順調ではなかった。

合図の旗が夕日と重なり、後列の舟に見えなかったのだ。

二艘が接触し、舷側の板が割れた。

船頭は怒鳴り、兵は互いに責任を押し付けた。

俺は破損した板を持ち帰り、旗の色と掲げる高さを変えた。

夜は音の違う鐘と太鼓を組み合わせ、誤認したときは前進せず停止する規則を決める。

周瑜は「臆病な決まりだ」と言ったが、翌日の訓練では衝突がなくなった。

「臆病で船が残るなら結構です」と俺が返すと、彼は初めて笑った。

火薬を積む舟には、炊事用の火を持ち込まないことにした。

火薬は既にある兵器だが、使う場所を誤れば味方を傷つける。

俺は兵器係と炊事係を別の船に乗せ、積み荷の目印を大きくした。

張飛は「敵より先に俺たちが自滅しては笑えん」と真顔で言った。

敵の大艦隊を見渡すと、数の差は埋まらない。

それでも一つずつ事故の芽を摘むたび、こちらの船団は少しだけ速く動けるようになった。

午後、龐統は呉の商人たちから川の浅瀬と夜間の舟の動きを聞き取った。

彼は一見無駄な話まで丁寧に聞く。

商人が「夜は灯が増えると、どの舟がどれか分からなくなる」と言うと、龐統は目を細めた。

「なるほど。見えるものが多いほど、見失うこともある」

孔明はその報告を受け、伝令の合図を整理した。

敵の混乱を誘う一方で、味方の混乱を防ぐ。

それが二人の仕事だった。

曹操軍は大艦隊を誇示するように川へ進めた。

対岸から見ると、船の列は果てがない。

若い兵が「勝てるでしょうか」と聞いた。

俺は「勝つ準備はしている」と答えた。

孔明も龐統も、根拠のない勇気を求めない。

俺たちが配った食料、整えた舟、繰り返した連絡訓練。

その一つずつが答えになる。

日が傾くころ、船縁の見張りが濡れた帆布を運んできた。

曹操の水上戦術が終わったあとも仕事は残る。

俺たちは互いに手を貸し、壊れたものとまだ使えるものを分けた。

曹操軍の船から矢が届き、帆の端が裂けた。

船大工は破れた布を捨てようとしたが、龐統が止めた。

「敵が狙う場所が分かった」

布を広げると穴が一列に並んでいた。

俺たちは防御の位置を変え、次の斉射を待った。

その晩、俺は船縁の見張りと火を囲んだ。

曹操の水上戦術で怖かったことを聞くと、最初は誰も口を開かなかった。

やがて一人が濡れた帆布を指し、「これがあって助かった」と呟いた。

俺は大げさな返事をせず、次に備えて不足しているものを確かめた。

朝の点検で、濡れた帆布の扱いをめぐって小さな言い争いが起きた。

船縁の見張りは曹操の水上戦術の経験から譲らず、別の兵も自分の理屈を持っていた。

夜番の交代時、俺は若い兵に何が一番怖いか尋ねた。

彼は敵船ではなく、暗闇で味方を見失うことだと答えた。

俺はその声を連絡係へ伝え、誰がどの舟へ戻るのかを示す札を見直した。

大きな作戦を詰める席では出てこない不安だった。

龐統は「人は知らないものを恐れます。ならば、知るための道を作ればよい」と言った。

俺は彼の言葉に頷き、伝令が一人欠けても情報が途切れぬよう、予備の担当者を決めた。

華々しい勝利を支えるのは、こういう準備なのだ。

夜の将たちの協議で龐統は曹操の船団を指し、「大きいものは、動き始めるまでに時間がかかります」と言った。

孔明は静かに扇を開いた。

「では、動く時を我々が選びましょう」

周瑜は二人を見て笑い、劉備は頷いた。

俺は手元の表に最後の印をつけた。

戦場に響く音はまだない。

だが勝負は、もう始まっている。

周瑜の配下が、矢の届く距離を測った縄を持ってきた。

昼の潮位で測った数字を、そのまま夜の作戦に使うつもりらしい。

俺は縄の結び目を見て首を振った。

「潮が満ちれば、同じ場所でも船の高さが変わる」

周瑜は測り直しを命じた。

敵の射程を読み違えれば、火を放つ前にこちらの船が沈む。

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