第八十三章:孔明は赤壁の勝ち方を変え、俺は水軍の朝食を変えた
赤壁での決戦を前に、孔明は将たちの協議で意外なことを言った。
「敵船をすべて沈める必要はありません」
張飛が目を丸くした。
「船が残れば逃げるだろう」
龐統は笑う。
「逃げ道があるからこそ、人はその道へ殺到するのです」
周瑜は地図に指を置き、「こちらが守りたいのは川そのものだ」と言った。
俺はその言葉を聞き、勝利の意味が変わっていくのを感じた。
俺たちの目的は、曹操軍の南下を止め、江東と荊州の民を守ることだ。
敵を追い詰めて無理な戦いを続ければ、川沿いの村まで焼けてしまう。
孔明は主力の進路を制限し、呉の水軍が優位な場所で戦う策を組んだ。
龐統は敵がどの知らせを信じ、どこへ援軍を送るかを予測する。
俺はそれぞれの部隊に必要な水と食料を数えた。
誰かが役割を果たせなければ、勝利は砂のように崩れる。
戦の前に、俺は船を降りた兵の足元を見た。
濡れた履物で長く歩けば皮膚が傷む。
俺は乾いた布を用意し、交代で足を休ませるよう頼んだ。
張飛は「そんなところまで気にするのか」と呆れたが、関羽は「足を失えば槍も運べぬ」と言った。
些細な工夫が、翌日の進軍を支える。
俺はそれを誰より知っていた。
船上での朝食は大きな課題だった。
火を使える場所が限られ、揺れが激しい日は鍋をひっくり返す危険もある。
俺は陸の炊事場で食事をまとめて準備し、保温できる容器で船へ届ける仕組みを試した。
干し魚を細かくほぐし、豆と麦の粥に混ぜると、兵たちは意外そうに食べた。
「こんなに温かいものが船で食えるのか」
その声を聞いた炊事係が嬉しそうに笑った。
新しい装備として、濡れた甲板でも足を滑らせにくい履物と、救助用の浮き具を試作した。
職人は「兵器ではない」と首を傾げたが、俺は「戦場で命を守る道具も立派な装備だ」と答えた。
火薬を使う以上、火災への備えも欠かせない。
各船に水桶と砂を備え、誰が消火を指揮するかを決める。
孔明は訓練を見て「戦う前に混乱を減らす。あなたの得意な策ですね」と言った。
朝食の試験は思いがけず失敗した。
乾かした麦を熱湯で戻すつもりが、船底の揺れで鍋が傾き、半分が灰の上へこぼれた。
兵たちは笑ったが、俺は笑えなかった。
戦の最中なら火傷人が出る。
船乗りの老兵が、鍋の取っ手を縄で吊るせと言った。
試すと揺れに合わせて鍋が動き、こぼれにくい。
俺は木工係に低い炉台も作ってもらった。
「前世の知識だけでは足りませんね」と言うと、老兵は鼻を鳴らした。
「川は昔からここにある」
その日の将たちの協議で、孔明は敵の大型船に目を留めた。
重い船は安定するが、急には向きを変えられない。
周瑜は火攻めを主張し、龐統は曹操軍が船を寄せ集めた理由を探った。
北から来た兵は船酔いがひどく、揺れを減らすため船同士を近づけているという。
俺は自軍の船酔いの記録を差し出した。
朝食を抜いた兵ほどふらつき、見張りの交代も遅れる。
周瑜は一瞬意外そうな顔をしたが、すぐに地図を引き寄せた。
「敵も同じ弱さを抱えているということか」
俺は船酔いする兵に無理に食わせるのをやめ、少量ずつ分けて配ることにした。
水は川から汲んだまま飲ませず、煮沸したものを冷まして渡す。
燃料が足りないという反論には、炊事の時間を船団ごとにずらして応えた。
大鍋を運ぶ舟を減らし、湯を入れる器を増やす。
小さな改善だが、午後の訓練で倒れる兵は減った。
孔明は報告を受け、「船を動かすのは風だけではありませんね」と言った。
俺は濡れた帳面かしながら、「腹と足です」と答えた。
一方、曹操軍では南方の水に慣れない兵が体調を崩していた。
偵察から戻った兵がそう報告すると、張飛は笑った。
しかし俺は笑えなかった。
病気は敵味方を選ばない。
自軍でも飲み水を汚せば同じことが起きる。
俺は水汲み場と汚物の処理場所を分けるよう徹底し、病人が出た船の記録を毎日集めた。
周瑜は「兵を休ませるのも策のうちか」と頷いた。
夕暮れ、孔明は俺を呼び、火薬の残量を尋ねた。
俺が数字を答えると、彼は半分以上を予備に残すと言った。
「全部使えば勝てる戦いでも、全部は使いません。次の戦があるからです」
龐統が横から「敵には全部使ったと思わせればよい」と付け加える。
二人の言葉は違うようで、同じ場所へ向かっていた。
相手の判断を制し、こちらの力を残す。
それが圧倒的な勝利を重ねる方法なのだ。
船の厨房で、孔明と龐統が魚の汁の味を巡って言い争った。
孔明は干し生姜を、龐統は酢を推す。
周瑜まで呼ばれ、「江東の魚にはこちらだ」と香草を投じた。
俺が三つの鍋を並べると、張飛は全種類を飲み干し、「結論は、もっと魚を獲れ!」と宣言した。
周瑜が笑い、孔明も龐統も言い返せなかった。
だが俺は、三つの味を日替わりで出すことにした。
水兵が飽きずに食べられるなら、勝者は誰でもいい。
「これを見てください」と俺は干した魚と豆を示した。
水軍の朝食改革で使うつもりだったが、船酔いした新兵には別の使い道があった。
俺が驚くと、相手は当然のことのように手順を説明した。
船酔いした新兵は、朝飯の魚を前に青い顔をしていた。
俺が量を減らすと、隣の古参兵が「食わなきゃ力が出ない」と怒った。
孔明は二人の椀を見比べ、「同じ量が公平とは限りません」と言った。
俺は食事を二種類に分けて配ることにした。
日が傾くころ、船酔いした新兵が干した魚と豆を運んできた。
水軍の朝食改革が終わったあとも仕事は残る。
俺たちは互いに手を貸し、壊れたものとまだ使えるものを分けた。
その晩、俺は船酔いした新兵と火を囲んだ。
水軍の朝食改革で怖かったことを聞くと、最初は誰も口を開かなかった。
やがて一人が干した魚と豆を指し、「これがあって助かった」と呟いた。
俺は大げさな返事をせず、次に備えて不足しているものを確かめた。
その日の夜、俺は漁師の家を訪ねた。
戦が始まってから舟を出せず、家族は蓄えを切り崩して暮らしていた。
老人は「どちらが勝っても、網が破れたままでは食えん」と言った。
俺は工房に残る麻糸を回せないか考えた。
軍の道具を優先する必要はある。
それでも少しの修繕で暮らしが戻るなら、その価値は大きい。
夜が明けると、職人たちが網の補修を手伝うと、老人は何度も礼を言った。
孔明は報告を聞いて「民の心を得るとは、こういうことなのでしょう」と呟いた。
その夜、劉備は兵たちの前で短く語った。
「我らは江を守る。勝った後、この水で再び商いができるように」
歓声が上がる。
俺は川辺の村で干された網を見た。
漁師たちは戦が始まると舟を引き上げ、仕事を失っている。
明日、彼らがまた川へ戻れるように。
俺は最後の食料札を確認し、灯を落とした。




