第八十一章:孫権の使者は、俺たちの火薬より先に炊事場を見た
孫権の使者が来たのは、雨がやんだ午後だった。
呉の旗を掲げた一行は立派な衣を着ていたが、港の泥を避けることはできなかった。
俺が案内役を務めると、使者は最初に火薬の工房を見せてほしいと言った。
俺は断った。
代わりに炊事場へ連れていった。
兵が順番に椀を受け取り、病人用の柔らかい粥が別の鍋で温められている。
「これが劉備軍の秘密ですか」
使者は不満げだったが、一時間後には黙っていた。
食事を終えた兵は持ち場へ戻り、記録係は配給数を照合する。
欠けた分はその場で補充され、翌日の仕込みに反映される。
使者は「呉でも飯は食わせています」と言った。
俺は「もちろんです。ただ、誰が食べられなかったかを知る仕組みが必要なんです」と答えた。
使者はその言葉を何度か口の中で繰り返した。
使者が帰った後、呉の若い役人から小さな手紙が届いた。
炊事場の札を真似たところ、港の荷が以前より早く動いたという。
俺は返事に、失敗した点も教えてほしいと書いた。
うまくいった話だけでは制度は育たない。
龐統は「敵味方を問わず役に立つ仕組みは、やがて天下を変える」と言い、孔明は「まずは同盟を長持ちさせましょう」と笑った。
劉備と孫権の使者が向かい合った作戦を詰める席では、同盟の条件が話し合われた。
曹操の南下を止めるには互いの力が要る。
しかし、呉は劉備軍の新兵器を恐れていた。
使者は火薬の譲渡を遠回しに求めた。
孔明は扇を動かさず答える。
「技術を渡せば信頼が生まれるとは限りません。共に守るものを先に定めましょう」
龐統は「曹操を退けた後の港と商路の扱いも、今決めておくべきです」と付け加えた。
俺は同盟軍のために共通の補給札を提案した。
呉の舟で運んだ米が劉備軍の陣に着いても、記録の仕方が違えば行方不明になる。
木札に積み地、荷の種類、受け取り先を記し、双方の担当者が確認する。
簡単な仕組みだが、実際に試すと荷の取り違えが減った。
呉の若い役人は悔しそうに「なぜこんなことを思いつく」と聞いた。
俺は笑って「何度も失敗したからです」と答えた。
同盟の話がまとまる前、呉の使者の随員が炊事場で声を荒らげた。
木札を渡したのに、麦の袋が一つ足りないという。
こちらの兵は受領済みだと主張する。
使者は眉をひそめ、「この程度の荷を数えられぬ軍に、川を任せられるか」と言った。
俺は二人を叱る代わりに、札を並べてもらった。
荷を積んだ船の番号は合っている。
だが呉の札は袋数、こちらの札は中身の重量を記していた。
同じ十でも意味が違ったのだ。
俺が双方の記録に単位を書き足すと、消えた袋は隣の船で見つかった。
使者はしばらく無言で札を見てから、「戦の前に、こんな争いで味方を失うところだった」と呟いた。
夕刻、呉の炊事係が俺を訪ねてきた。
彼らは魚を干すのが上手いが、雨季には塩の消費が増えるという。
俺は豆と干し菜を混ぜた汁を試してもらった。
向こうは魚の骨から取った出汁を鍋に足した。
最初の一口で、互いの兵が顔を見合わせた。
塩を増やさなくても味が濃い。
張飛が二杯目を求め、呉の兵が笑った。
「作戦会議より先に鍋が同盟したな」
笑いが広がると、張り詰めていた港の空気が少し緩んだ。
ただし、同盟軍の食料を一つの倉にまとめる案には俺が反対した。
敵の火矢や増水で倉を失えば、両軍が同時に飢える。
呉の役人は管理が煩雑になると渋ったが、孔明は「煩雑さを引き受けて、破綻を避けるのです」と援護してくれた。
川上と川下に小さな倉を分け、舟ごとに二日分の食料を持たせる。
俺は木札の書式を揃えた。
使者が帰るとき、彼は派手な火薬の見本ではなく、使い古した札を一枚所望した。
工房では船に積む防水覆いを改良した。
火薬を見せびらかすつもりはない。
だが湿気に弱い荷を安全に運ぶ知恵は、薬草や穀物にも役立つ。
俺は使者にその用途を説明した。
「戦が終われば、同じ箱で食料を運べます」
使者は初めて興味を示した。
技術は奪い合うだけのものではないと、少しは伝わったらしい。
夕食の席で張飛は呉の使者に大きな椀を差し出した。
「遠慮するな。食わねば話もできん」
使者は戸惑いながら受け取り、一口飲んで目を丸くした。
「魚の臭みがない」
俺は下処理と香草の使い方を変えたことを説明した。
関羽が静かに「戦場で背を預けるなら、同じ釜の飯を食うのも悪くない」と言った。
使者は深く頭を下げた。
夕方、船着き場の料理人から声を掛けられた。
孫権の使者との交渉の最中には言えなかった話があるらしい。
俺は腰を下ろし、相手が話し終えるまで口を挟まなかった。
そのあと炊事場の湯気の置き場所を変えた。
ほんの小さな手直しだったが、次の当番の顔が少し明るくなった。
孫権の使者は炊事場で豆の煮汁を味見し、顔をしかめた。
「呉では魚を合わせる」
張飛が横から椀を奪って飲み、「うまいなら何でもいい」と笑った。
使者は初めて肩の力を抜いた。
会談より先に、一つの椀が場を和ませた。
「これを見てください」と俺は炊事場の湯気を示した。
孫権の使者との交渉で使うつもりだったが、船着き場の料理人には別の使い道があった。
俺が驚くと、相手は当然のことのように手順を説明した。
俺は炊事場の湯気を手に取り、船着き場の料理人のところへ歩いた。
「孫権の使者との交渉の間、何が一番困った?」と聞くと、答えは将たちの協議で想像したものとは違っていた。
使者の出立を見送ると、張飛が炊事係の少女に「江東へ持っていく味噌はないのか」と聞いた。
少女は「将軍が昨夜、全部食べました」と答えた。
張飛は咳払いし、孔明は扇の陰で笑った。
龐統が「ならば次の同盟交渉では将軍の食欲を条約に入れましょう」と言うと、少女は真剣に「一人前の上限を決めてください」と返した。
俺は笑いながら、使者に渡す料理の作り方をもう一通書き直した。
海を隔てた相手と、まず同じ味を知る。
小さなことだが、敵味方を決める前にできることはある。
同盟の話が進むほど、現場では小さな摩擦が増えた。
呉の兵は川で育ち、劉備軍の兵は陸で鍛えられている。
互いの言い方が気に入らず、荷の積み順を巡って口論になった。
俺は双方の班長を呼び、誰が何を困っているのかを紙に書いた。
呉の兵は舟の重心を心配し、こちらは食料を早く下ろしたかっただけだ。
理由が分かれば、順番を変えることで済んだ。
龐統は「敵を騙すより味方の誤解を解く方が難しいこともある」と笑った。
孔明は「その難しさを放置しない軍が勝つ」と答えた。
夜が明けると、使者は孫権への書状を持って出発した。
内容は俺には分からない。
ただ出立前、彼が炊事係に調理法を書き留めてもらっていたことは知っている。
孔明はそれを聞き、「同盟の最初の橋は、案外小さな椀だったようです」と笑った。
遠い江東で、まだ会ったことのない周瑜がこの報告を読む。
俺はその先に待つ赤壁の戦いを思い、胸の奥が熱くなった。




