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転生したら三国乱世だった件  作者: レモンティー


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第七十章:曹操軍十万が国境を越えた日、俺は朝飯の献立を変えた

曹操軍十万の先鋒が国境を越えた。

村から避難してきた老人は、土間に座り込んで「畑を捨ててきた」と泣いた。

作戦図では一本の赤線にすぎない進軍路に、人の暮らしがあった。

俺は兵糧係に命じ、朝の粥へ豆と刻んだ干し菜を足した。

夜番明けの兵にも温かい椀を渡す。

敵の数を聞いた若い兵が手を震わせたので、俺は椀を持たせて言った。

「十万を数えるより、まず一杯を食べろ」

孔明は平原を捨て、背後に丘と二本の街道を持つ陣地を選んだ。

龐統は曹操軍の先鋒に、こちらが火薬を使い果たしたという偽りの噂を流す案を出した。

だが孔明は首を振る。

「使い果たしたと思わせるより、どこにあるか分からぬと思わせた方がよい」

龐統は笑った。

「では敵に三つの道を見せ、どれも安全に見せましょう」

二人は俺の作った補給表を挟んで、出陣の日を決めた。

俺が改良した折り畳み式の防護板が前線に届いた。

板の継ぎ目を補強し、車から降ろせば盾となり、並べれば負傷者を運ぶ目隠しにもなる。

職人の老人は「立派な兵器より、持ち帰って直せる道具が強い」と胸を張った。

俺は板に番号を振り、壊れた箇所を戻してもらう仕組みを作った。

火薬はすでにある。

いま必要なのは、使う兵が無事に帰るための工夫だった。

兵糧倉の外では避難してきた家族が列を作っていた。

俺は軍用と民用の配給札を分けたが、鍋は同じ火で温めた。

幼い少女が「兵隊さんの分がなくならない?」と尋ねる。

俺は在庫表を見せ、「なくならないように数えているんだ」と答えた。

少女は難しい顔で数字を追い、やがて頷いた。

昔の俺は数字が命を救うなどと考えたこともなかった。

今は一つの数字を間違えれば誰かの夕食が消えると知っている。

避難してきた農夫が炊事場で怒鳴った。

「畑を焼かれた俺たちに、粥一杯で帰れと言うのか」

俺は言い返せなかった。

配給を受け取っても、明日の種籾は戻らない。

倉庫を調べると、軍馬の餌用に確保した雑穀があった。

種に回せる分を選び、劉備へ相談する。

「軍の備えを削ってもよろしいですか」

劉備は農夫の荒れた手を見て、「兵が守るべきものを忘れてはならぬ」と言った。

配る量は少ない。

それでも農夫は袋を抱え、初めて顔を上げた。


翌日、俺は軍用の食料表とは別に、帰村する家族の種と道具の記録を作った。

十万の兵を追い返しただけでは、村は生き返らない。

畑から戻った一家は、炊き出しの列の前で足を止めた。

父親が土のついた手を見つめていると、娘がその手を引き、「今日は食べよう」と言った。

国境を越えた敵軍で見た光景がまだ頭から離れないのだろう。

俺は避難民の朝粥を脇に置き、温かい飲み物を差し出した。

何か言うべきか迷ったが、相手が自分から話し始めるまで待つことにした。

夕暮れ、敵の先鋒は村を焼こうとして進路を変えた。

しかし関羽の隊が村人を後方へ逃がし、張飛の隊が街道の出口に現れる。

孔明は火薬の轟音を一度だけ響かせた。

敵将はそれを主攻撃の合図と思い、兵を丘へ向けた。

丘には誰もいない。

反対側から張飛の怒号が上がり、先鋒は武器を捨てて退いた。

戦場に残ったのは敵の旗と、焼かれずに済んだ麦畑だった。

勝報に沸く陣で、劉備は避難民の帰村を優先した。

俺は捕虜にも粥を配った。

関羽は「明日はもっと大きな軍が来る」と言い、張飛は「ならば明日はもっと大きな鍋だ」と笑う。

孔明と龐統はすでに次の地図を広げていた。

十万の敵が来た初日、俺たちは敵を追い返しただけではない。

恐怖で固まっていた兵の手に、もう一度温かい椀を取り戻したのだ。

村の入口で、俺は壊れた水桶を抱える老人に会った。

井戸は無事だったが、汲み上げる縄が切れ、逃げ戻った家族は水を運べずにいた。

俺は軍の予備縄を一本渡し、兵二人に井戸の修理を頼んだ。

老人は「軍が村を直すのか」と驚いた。

劉備軍に来る前の俺なら、戦争は敵を倒すだけのものだと思っていた。

だが村が戻らなければ、軍の勝利に意味はない。

修理を終えた兵は、子供たちから小さな野菜を一つずつ渡されて困っていた。

俺は笑って「受け取って、今夜の鍋に入れよう」と言った。


その晩、張飛はいつもの大声で勝利を語ろうとして、ふと口をつぐんだ。

避難してきた少女が眠っていたからだ。

張飛は小声で「俺の声で起こすところだった」と言い、関羽に笑われた。

孔明は二人を眺め、「勇猛な将が子供の眠りを守る。それが我らの戦です」と言った。

龐統は「ならば明日は、敵にもよく眠ってもらいましょう。敗北の後で」と冗談を言った。

皆が笑い、俺は鍋の火を少し弱めた。

俺は翌日、避難民の帰村について現場の者から話を聞いた。

作戦図の上では整って見えたことも、実際には小さな不都合がいくつもあった。

誰かが道を間違え、誰かが荷を落とし、誰かが食事を後回しにしていた。

俺は一人ずつ理由を尋ね、怒る前に仕組みを確かめた。

失敗した人間を叱れば、その日は静かになる。

だが次から失敗が報告されなくなる。

それでは軍は強くならない。

兵の一人が「こんな細かい話まで聞くんですか」と不思議そうにした。

俺は答えた。

「細かいことが積み重なって、最後に大きな差になるんだ」

孔明はこの戦いで得た報告を机に並べ、次の一手に必要な情報だけを選んだ。

龐統は誰も気に留めなかった小さな証言を拾い上げた。

二人の意見が割れた時、俺は現場で見た事実を伝えた。

話し合いはそこからやり直しになった。

俺が配給所に戻ると、さっきの農夫が鍬の柄を抱えていた。

「種はもらった。だが畑まで戻れる保証はあるのか」

答えに詰まった俺の横で、劉備が護衛の人数を尋ねた。

関羽は街道の安全を確かめてから村人を送り届けると申し出た。

勝利を知らせる旗より先に、帰郷の道を開く。

俺は護衛隊の弁当を握り飯から乾飯と豆の包みに変え、帰路でも食べられるようにした。

夜の配給で、弟を背負った少年が列の端にいた。

弟の椀を先に満たすと、少年は自分の分を受け取るまで一度も鍋から目を離さなかった。

十万の軍勢を前にして、俺がまず守るべきものはこの列だと思った。

次の朝は家族ごとに札を分け、取り残しがないか確かめる役を増やした。

夜が明けると、手元の紙の最初の行に俺は日付とこの日の出来事を書いた。

勝利の記録だけでは足りない。

食べられた兵の数、戻ってきた荷車、治療を受けた負傷者、帰る場所を失わなかった民。

これらを残しておけば、次に同じ危機が来た時、誰かがもっとよい選択をできるかもしれない。

孔明は俺の台帳を覗き込み、「これは後の世に残すべきものです」と言った。

龐統は肩をすくめた。

「後の世より、まず明日の戦に役立てましょう」

俺は二人の言い分に笑った。

たぶん、どちらも正しい。

夜半、避難民の少年が炊事場へ戻ってきた。

昼に渡した配給札を握りしめ、「弟の分が一枚足りません」と言う。

記録を照合すると、俺が家族の人数を聞き違えていた。

すぐに一椀を足すと、少年は礼も言わず駆け出した。

責める気にはなれなかった。

数を扱う者の間違いは、誰かの空腹になる。

次の朝から配給札には人数だけでなく、受け取った者の印も残すことにした。

孔明がその小さな変更を見て言った。

「戦場の一歩先を読むのが策なら、鍋の一椀先を読むのも策です」

俺は頷いた。

十万の敵より、目の前の一人を見失う方が怖かった。

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