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転生したら三国乱世だった件  作者: レモンティー


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第五十九章:孔明の火薬戦術が炸裂し、敵軍五万が総崩れになった

夜明け前、谷は霧に沈んでいた。

俺は火薬を納めた箱の封印を確認し、運搬係に念を押した。

「合図があるまで動かさない。煙が出たら、旗ではなく太鼓の方を聞く」

「分かっています」

兵の声は震えていた。

俺だって怖い。

何度使っても、火薬の力に慣れていいとは思わない。

谷の向こうには曹操軍五万がいる。

昨日、龐統の偽情報に振り回された敵将は、今日は何としても前へ進もうとしていた。

「火薬を恐れるな! 敵は少数だ!」

遠くから叫び声が聞こえた。

孔明は扇を閉じ、関羽へ合図を送った。

高台の関羽軍が旗を上げる。

敵はそこを主力と見て、盾兵を向けた。

だが関羽は正面から斬り込まない。

敵の視線を集めたまま、少しずつ横へ動く。

「敵がこちらを見ている間に、張飛将軍が動きます」と孔明。

俺は谷の南側を見た。

張飛の隊は夜のうちに回り込み、まだ姿を現していない。

龐統が言った。

「敵将は昨日の失敗を取り戻そうとしている。勝てると思った瞬間が、一番危ない」

最初の轟音は、敵の先頭ではなく、谷の外れで響いた。

俺たちがすでに使い慣れた火薬を、孔明は敵の進路を迷わせる合図として使った。

煙が立ち上り、敵将は高台に火薬隊がいると思い込む。

盾兵がそちらへ向きを変えた。

「今です」

孔明の声と同時に、張飛が現れた。

「劉備軍、続け!」

張飛の隊は敵の側面へ突入した。

昨日の訓練で決めた通り、深追いせず、敵の列を切り離しては戻る。

敵はどこへ向けばよいか分からず、命令が次々に食い違った。

戦が終わっても、仕事は終わらなかった。

谷に散らばった矢や壊れた車輪を拾い、井戸に泥が入っていないか調べ、畑へ戻る村人の道を確保する。

俺は工房の職人たちに、使える木材を選り分けてもらった。

戦の残骸も、橋を直す材料になる。

職人頭は「壊すのは一瞬、直すのは三日だ」とぼやいた。

龐統は捕虜の列を見ながら、「五万を倒したのではない。五万が一緒に動けなくなったのだ」と言った。

孔明は頷いた。

「だから次は、曹操が隊を分けて動かすでしょう」

俺は二人の顔を見た。

勝利の余韻に浸る間もなく、次の敵の学習を考えている。

夜、張飛が負傷した兵の椀を運んでいた。

兵は恐縮して受け取ろうとしない。

張飛は怒鳴った。

「食え! お前が治らんと次の訓練で俺が困る!」

兵は笑いながら椀を受け取った。

俺はその光景を見て、勝った日の軍に必要なのは大声の祝勝ではなく、こういう小さな世話なのかもしれないと思った。

俺のいる後方にも矢が飛んできた。

護衛が盾を上げ、救護係が負傷者を伏せさせる。

俺は箱を守ろうとして足を滑らせた。

「火薬より先に自分を守れ!」

職人頭が襟首をつかんで引き戻した。

矢が地面に刺さる。

「すみません」

「生きて謝れ。それが一番だ」

その言葉に、俺は息を呑んだ。

どれほど計画を立てても、戦場は人の命を簡単に奪う。

関羽が動いたのは、敵の前衛が張飛を追おうとした瞬間だった。

青龍偃月刀が朝日に光り、関羽の隊が谷の出口を押さえる。

ただし退路を完全には閉じない。

武器を捨てた兵が通れる道を残した。

「降る者は追うな!」

関羽の声が響いた。

敵将はなおも兵を集めようとしたが、伝令は混乱し、補給隊は昨日の偽情報で遠回りしている。

前へ進む兵と戻る兵がぶつかり、五万の大軍は一つの軍として動けなくなった。


午後、敵将が撤退を命じた。

だが命令は全軍へ届かず、各隊はばらばらに退き始めた。

張飛が追撃を求める。

「今ならもっと討てる!」

孔明は首を振った。

「追えば我らの隊列も伸びます。今日の勝ちを明日の負けにしないでください」

張飛は悔しそうに槍を握り、やがて頷いた。

「分かった。戻るぞ!」

戦後、俺は救護所で包帯を数えた。

負傷者は敵味方を分けずに運ばれてくる。

炊事係が大鍋で豆の汁を煮ていた。

昨日より薄い。

捕虜が増えたからだ。

「足りますか」と俺。

「足りるようにするのが、あんたの仕事だろ」と炊事係。

「その通りです」

俺は荷車の追加を手配した。

勝利の報告より先に、夕食を間に合わせなければならない。

勝利を祝う夜、張飛は新しい麦団子を十個並べた。

「これなら行軍中でも腹が減らん!」と豪語し、十一個目に手を伸ばしたところで料理番に木匙で手を叩かれた。

「それは明日の見張りの分です」

屈強な将軍が素直に手を引く姿に、周囲が笑い崩れた。

俺は配給札を見せ、「強い将軍でも、一人分は一人分です」と告げる。

張飛は不満そうに唸ったあと、自分の皿の最後の一個を夜番の若い兵に渡した。

「腹を鳴らして敵を起こすなよ」

笑い声が、静かな感謝に変わった。

夕暮れ、劉備が戦場を見渡した。

「五万を退けた。だが、ここに残る者の数も忘れてはならぬ」

孔明は静かに頭を下げ、龐統は何も言わず谷を見た。

関羽は兵を整え、張飛は負傷者を運ぶ荷車を押していた。

俺は思った。

臥龍と鳳雛が揃った劉備軍は、確かに強くなった。

けれど本当に誇りたいのは、勝った後も人を見捨てずに動けることだ。

夜、火薬庫の記録を閉じた。

使った量は少ない。

戦場を変えたのは、その一瞬を待てた人間たちだった。

北の空に、遠い曹操軍の烽火が上がった。

敵はまだ終わらない。

だからこそ、俺たちも明日の飯を炊く。

夜半、孔明は俺の記録台帳き、「今日の勝利を何と書きますか」と尋ねた。

俺は少し考えて『五万の進軍を止め、村の収穫を守る』と書いた。

龐統が横から「火薬の使用量も忘れるな」と言う。

俺は笑って数字を添えた。

戦の終わりはまだ遠い。

それでも、守れたものを一つずつ数えていこう。

夜が明けると、村の長が劉備のもとへ来た。

「兵が畑を踏まずに通ってくれた」と礼を言う。

劉備は「当然のことだ」と答えたが、長は首を振った。

「当然にしてくれる軍は少ない」

俺はその言葉を聞いて、戦場の地図に描いた細い迂回路を思い出した。

あの遠回りが、誰かの一年を守ったのだ。

孔明は戦後の報告を読み、火薬を使った地点より、使わなかった地点に印をつけた。

「ここで鳴らしていたら、関羽将軍の退路を塞いだでしょう」

龐統は「敵も次はそれを考える」と応じた。

二人の話はもう次の戦へ向かっている。

俺は少しだけ軍営を離れ、麦畑の端に立った。

風に揺れる穂を見ていると、前世で当たり前だった温かい食卓を思い出す。

俺がこの世界で作りたかったものは、火薬ではない。

戦が終わったあとも、誰かが安心して飯を食える暮らしだ。

今はまだ遠い。

それでも、今日守れた畑がある。

ならば明日も、進む理由はある。


昼過ぎ、関羽が捕虜の将校を連れて来た。

男は火薬のことを尋ねると思っていたが、最初に口にしたのは別の言葉だった。

「なぜ、そちらの兵は退くときにも隊列を崩さぬ」

孔明は俺の方を見た。

俺は答えた。

「帰れば食事があると、皆が知っているからです」

男は黙った。

大勝利の理由を一つだけ選ぶことなどできない。

けれど俺には、あの言葉を言えたことが嬉しかった。

戦場で生き残った者が、帰る場所を信じられる軍を作れたのだから。

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