↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら三国乱世だった件  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
119/120

第百十九章:天下が一つになった日、俺は新しい献立を書いた

江東からの使者が、孫権と劉備の印を並べた盟約書を届けた。

劉備は条項を読み、江東の自治と軍旗、民の通行、遺族への扶助が明記されているのを確かめてから、正式に受諾した。

各地へ停戦と統一の布告が送られる。

その知らせは、都の鐘より先に炊事場へ届いた。

「盟約が成立した! もう戦わなくていいんだ!」

走ってきた兵の声に、料理人たちが手を止めた。

劉備が天下を一つの政の下にまとめ、江東はその一部として自らの暮らしを守る。

曹操との戦も、孫権との争いも、ようやく終わったのだ。

俺は喜びの声を上げかけ、鍋の底が焦げる匂いに気づいた。

「火を弱めて!」

皆が笑った。

天下が一つになっても、鍋は放っておけば焦げる。

それが妙に嬉しかった。

都で行われた式典は盛大だった。

劉備は高い壇に立ち、関羽と張飛が左右を守った。

孔明は新しい法の草案を抱え、龐統は各地の使者の顔を確かめている。

孫権の使者も、曹操の旧臣も、同じ列に並んでいた。

劉備は長い勝利の話をしなかった。

「我らは多くのものを失った。今日からは、奪うためでなく、育てるために力を使う」とだけ言った。

俺は式典のあと、兵のための献立表を見直した。

戦時には運びやすさと保存性を優先した。

これからは、土地ごとの作物を使い、子供や老人も食べやすい料理を広めたい。

麦と豆の粥、江東の魚を使った汁、野菜を乾燥させて冬に備える方法。

俺が知る知識だけでは足りない。

だから各地の料理人に教わる仕組みを作ることにした。

工房では、兵器を作っていた職人たちが農具と水車の部品を作り始めた。

火薬は厳しく管理され、軍の許可なく扱うことはできない。

強い武器を作った責任は、戦が終わっても消えない。

俺は保管記録と点検の規則を、孔明と一緒に整えた。

関羽は北方の守備へ向かう前に、俺の工房を訪ねた。

「お前の荷車がなければ、我らはあれほど遠くへ進めなかった」

「関羽将軍が道を守ってくれたから、荷車が通れたんです」

関羽は髭を撫で、静かに笑った。

張飛は相変わらず大声だった。

「祝いの飯はまだか!」

俺が魚粥を差し出すと、彼は椀を覗き込み、「またこれか」と言いながら二杯食べた。

負傷者の分を残すように言うと、今度は素直に頷いた。

孔明と龐統は、新しい国の難しさを語っていた。

税の不公平、古い恨み、遠い地方への命令の遅れ。

戦に勝つより、平和を続ける方が難しいかもしれない。

「まだ仕事が山ほどありますね」と俺が言うと、龐統は肩をすくめた。

「天下が静かになれば、私たちの策も退屈になります」

孔明は扇を開いた。

「退屈であることを、誇れる国にしましょう」

夕暮れ、俺は一人で川辺へ歩いた。

船が行き交い、商人が値を交渉し、子供が石を投げて遊んでいる。

かつてこの川を渡るために、何人もの兵が命を懸けた。

今は魚を運ぶ小舟が、何の合図もなく岸を行き来する。

俺は自分がこの時代に来た日のことを思い出した。

名もない孤児だった俺は、生き延びるだけで精一杯だった。

食べるものがなく、明日が怖かった。

その俺が、今は国中の食事を考えている。

もちろん、天下が一つになっただけで飢えが消えるわけではない。

雨が降らない年もあれば、病が流行る年もある。

戦で失った人は戻らない。

それでも、明日を良くする仕事を続けることはできる。

工房へ戻ると、新しい記録が届いていた。

表紙には『各地の食と暮らしの記録』と書かれている。

俺は最初の頁を開き、筆を取った。

『第一日。

天下は一つになった。

今日の夕食は、麦と豆の粥、魚の汁、青菜の和え物。

明日は、もう少し旨くする』

窓の外から、子供たちの笑い声が聞こえた。

俺は筆を置き、明日の献立を考え始めた。

祝宴の席には、江東から来た船頭も座っていた。

北の兵と隣り合わせになり、二人とも最初は箸を動かさない。


やがて張飛が大皿を抱えて割り込んだ。

「食わぬなら俺が全部もらうぞ」

船頭が思わず皿を引き寄せ、兵も負けじと匙を伸ばす。

笑いが起きた。

俺はその音を聞いて、幼いころ、他人の食事の匂いを戸口から嗅いでいた自分を思い出した。

あの夜の俺に、この卓を見せたかった。

敵同士だった者が、同じ皿を取り合って笑う未来を。

式典のあと、俺は配給所で一つの苦情を受けた。

「祝いの白米はありがたい。でも、うちの祖母は硬くて食べられない」

俺は言葉に詰まった。

勝利の献立を考えるとき、腹を満たす量ばかり気にしていたのだ。

黄忠が通りかかり、椀をのぞき込んだ。

「年を取ると歯も弱る。わしにも柔らかいものを頼む」


その日の夕方、豆を十分に煮てつぶし、米の粥に混ぜた。

香りをつけるため、馬超が持ち込んだ香辛料をほんの少しだけ使う。

趙雲は子供たちの分を運び、魏延は行列の足元に板を敷いた。

祖母は一口食べて、「これなら明日も食べたい」と言った。

天下を一つにするとは、同じ献立を押しつけることではない。

違う体で暮らす人が、同じ明日を迎えられるようにすることなのだ。

新しい国の最初の会議で、俺は一つだけ頼みを出した。

「各地に、料理と農具の失敗を報告できる場所を作ってください」

役人は怪訝な顔をした。

「成功例ではなく失敗を集めるのか」

俺は頷いた。

「同じ失敗を何度も繰り返すのは、食料の無駄です」

孔明は面白そうに筆を取り、龐統は「失敗を隠さない役人を褒める仕組みも必要ですね」と付け加えた。

劉備は静かに笑った。

「では、最初の記録はお前の失敗から始めよ」

俺は昔、麦を焦がした話をした。

皆が笑った。

失敗を笑い合える場所が増えるなら、この国はきっと強くなる。

最後に、俺は新しい食堂の看板を頼んだ。

そこには将軍の名も、勝った戦の名も書かなかった。

ただ『誰でも温かい飯を食べられる場所』と記した。

開店の日、最初の客は旅の子供だった。

俺は椀を渡し、昔の自分に話しかけるように言った。

「おかわりもあるぞ」

祝賀の席で張飛が「今日は腹いっぱい食ってよい日だろう」と言うと、料理番が「明日の分は残してください」と即答した。

関羽は笑いを堪え、孔明は「天下が治まっても、張将軍の胃袋だけは征服できません」と言った。

俺は大鍋の蓋を押さえながら、戦の終わりを初めて実感した。

祝賀の席で、俺は一人の老人から小さな布袋を渡された。

中には乾いた豆が三粒入っていた。

「昔、お前さんの炊き出しで食べた豆の残りじゃ。畑にまいて、今年ようやく人に分けられるほど採れた」

老人は震える手で袋を押し戻した。

「次に腹をすかせる子に渡してくれ」

俺は幼いころの自分を思い出した。

何も持たず、明日の飯を知らなかった子供。

天下が一つになったと聞いても実感はなかったが、その三粒の重さだけは、手のひらに確かに残った。

新しい国の献立を決める会議で、俺は麦と豆と野菜の組み合わせを提案した。

だが北の農家は麦を、江東の漁師は魚を、それぞれ誇りにしている。

料理を一つに統一する必要はない。

俺は帳面題を「標準献立」から「土地ごとの食事案」に書き換えた。

劉備は俺に褒美を尋ねた。

「土地か、金か」

俺は少し考え、「村の子供が腹を空かせず学べる場所を」と答えた。

劉備は驚かず、ただ頷いた。

「お前が最初に欲しかったものだな」

俺は返事ができなかった。

孤児だった頃の自分が、門の外でその会話を聞いているような気がした。

祝宴の席に、あの江東の船頭が来ていた。

父を失った男だ。

彼は祝いの杯を持たず、俺に一枚の木札を渡した。

川を通った民船の名前が、裏までびっしり刻まれている。

「父が生きていたら、こういう仕事をしたかったはずです」

俺は木札を受け取り、言葉を失った。

戦の勝敗を数え続けた俺に、彼は生きて渡った人々の数を託したのだ。

遠くで張飛の笑い声が上がった。

俺はようやく顔を上げ、「これからも一緒に数えてください」と頼んだ。

男は小さく頷いた。

式典が終わると、三粒の豆をくれた村人が鍋の前にいた。

「種にしても、食べてもいい」と言われ、俺は一粒だけ掌に残した。

残る二粒は子供たちの粥へ入れた。

小さすぎて誰の椀に入ったかも分からない。

それでも、あの頃の俺なら喜んだだろう。

式典の片隅には、江東から来た若い船頭が祝杯を持たずに立っていた。

父を港の争いで亡くしたという。

「天下が一つになったら、父も帰ってきますか」

俺は答えられなかった。

祝いの言葉で埋まらない空白がある。

船頭は俺の差し出した修理仕事の話を聞き、「父の船を直してもいいですか」と尋ねた。

「もちろん。一緒にやろう」

彼は初めて杯に手を伸ばした。

統一とは悲しみが消えることではない。

悲しみを抱えた人が、明日を選べることなのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。