調理 Part1
平屋の家に戻った瞬間、俺たちの鼻を突いたのは、思わず顔をしかめるほどの強烈な大根臭だった。
おでんを限界まで煮詰めて、そこに土と野生の生臭さを混ぜたような、何とも言えない強烈な異臭が狭い平屋の中に充満している。
「すごいですね……匂いこれ落ちるんでしょうか。」
思わず鼻をつまみながら俺が呟くと、キースがどこからか取り出した消臭魔法の魔石を片手に、深くため息をついた。
「厳しいね。神界のマンドラゴラ亜種から出る分泌液は、一度繊維に染み込むと三日は抜けない。リク、悪いけれどその作業着は裏の洗濯場につけておいてくれ」
「えぇー! お祈りの時間の部屋の匂いよりきついよー、これ」
ルナが自分の袖をクンクンと嗅ぎ、本気で嫌そうに端正な顔を歪めている。
最高位の天使が放つにはあまりにも庶民的すぎる大根臭のせいで、彼女の神々しさは完全に台無しだった。
「ルナ、あなたが仕留める時に力任せに潰したからですよ。だから言ったでしょう、根元を狙えと」
「だって、あいつらすっごい素早くて、キモい声で鳴きながら逃げるんだもん! ガツンといかなきゃ捕まらないよ!」
「はぁ……おかげでこの家は当分、大根の漬物小屋扱いだ」
やれやれと首を振るキース。
どうやらこの平屋が彼らの生活拠点であり、この『何でも相談所』のオフィスでもあるらしい。
外見はただの平屋だが、神界にあるせいか、窓の外には琥珀色の雲が美しく流れている。
その神々しい景色と、室内の圧倒的な大根臭のギャップが凄まじい。
「まぁ、でも! 初仕事は無事に大成功ってことで、新人君の歓迎会をしようよ! お腹空いちゃった!」
ルナが切り替えの早い笑顔で、パチンと手を叩いた。アメジストの瞳がキラキラと輝いている。
「歓迎会?」
「そうさ。理不尽な左遷先とはいえ、せっかくできた初めての同僚だ。泥を落としたら、簡単な食事にしよう。……幸い、食材なら今さっき大量に手に入ったからね」
「食材……? ……あっ」
キースが冷徹な顔のまま、玄関に置いてある「暴れマンドレイク」の詰まった木箱に視線を向けた。
木箱は今もギィギィと小さく鳴りながら揺れている。
「えっ……あれ、食べれるんですか……?」
おずおずと尋ねる俺に、キースはそれまでの疲弊した表情を一変させ、なぜか聖職者のような神々しい満面の笑みを浮かべた。
そのギャップが逆にめちゃくちゃ怖い。
「まあね。マンドレイクは主に高価な薬草として重宝されている。煮詰めたエキスは一流の回復薬になるんだ。それをそのまま調理するわけだから、実質、健康に良い栄養食を食べているのと同じようなものさ」
――薬草として回復薬の原料になるのは、この世界に来る前、漫画やゲームの知識でよく知っていたけれど……まさかあの夜な夜な叫び声を上げる奇界の植物を、胃袋に収める文化があるなんて。
満面の笑みを浮かべる笑キースを前に、俺は地球の常識がガタガタと崩れ去る音を聞いた。
「では、この新鮮なマンドレイクをどうやって調理するか、皆で決めようか」
キースは楽しげに腕をまくると、流れるような動作でどこからか巨大な出刃包丁を取り出した。刃が怪しくギラリと光る。
「はーい! 私、地球の記録で見た『オデン』っていうのが食べてみたいです!」
「僕は、シンプルに『みぞれ鍋』が良いかな。あのおぞましい頭部を大根おろし器で思いっきりすり下ろして、ぐつぐつと沸き立つ熱い鍋の中に生きたまま突き落とす瞬間が、たまらなく快感でね」
キースはうっとりと目を細め、包丁の刃を親指でそっと撫でた。
――キース先輩、絶対に根がサイコパスだろうなぁ……
俺は心の中で、全力の警告アラートを鳴らすのだった。




