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改めて御挨拶

木箱に最後の一本を押し込み、パチンと頑丈な金具の鍵をかける。

中から「ギィ、ギィ」と不気味な鳴き声と抵抗する振動が伝わってきたが、容赦なくボルトで固定した。

初仕事の獲物は、凶暴な魔植物『大根マンドレイク』だ。

俺の制服はすっかり泥だらけになっていた。


「初めての仕事と出会いがこんなになっちゃってごめんね!」

「いえいえ、こちらこそです。お役に立てて良かったです」


手を合わせてペコリと謝るルナ。

泥を拭いながら苦笑いする俺に、一人の少年がハンカチを差し出しながら声をかけてきた。


「それじゃ改めて自己紹介といこうか、僕はキース。キース・ルーンだ。……で、こっちの騒がしいのが…」

「ルナール・セラフィムだよー!! よろしくね! 新人君!」


元気いっぱいに胸を張る彼女の名前を聞いた瞬間、俺の脳裏に、生前ファンタジー小説や神話で読んだ知識がよぎり、動きがピタリと止まった。


――セラフィム……? セラフィムって確か、天使の中でも一番階級の高い『熾天使(してんし)』の家名だったはずじゃ……


目の前で無邪気に笑う少女は、確かに息を呑むほど美しかった。

絹のように滑らかな金髪に、宝石のアメジストを嵌め込んだような瞳。

しかし、その背負う名前の重さは、一介の地球人である俺が気安く呼んでいいものではない。


「もしかしてルナールさんは、天使のセラフィム……?」

「うん! 私のいた天界では毎日毎日ずーっとお祈りとお茶会ばかりで、本当に退屈でねー。だから私が天界と神界の狭間にある最高最硬の結界を、ちょっと力業でぶち破ってこっちに来たの!」


あっけらかんと物凄い犯罪告白をするお嬢様に、俺の顔は引きつる。

そんな俺の様子を見て、キースが遠い目をして、やれやれと肩をすくめた。

彼は彼で端正な顔立ちに仕立ての良い衣服をまとっており、一見するとどこかの若き貴族のようだ。

だが、その目元には深い疲労の影が刻まれている。


「そういうことさ。おかげで僕の平穏な生活は崩壊した。ちなみに僕は元々、このお嬢様専属の従者だったんだよ。彼女を連れ戻しに行ったら、なぜか僕まで巻き添えでこの『何でも相談所』に左遷されたのさ。」


「あはは……。いかにも、お嬢様って感じですね……」


大人びた見た目15歳の元エリート従者と、見た目16歳の最高階級の家出娘、この何でも相談所・フリーの先輩2人のとんでもない素性と、これからの自分の苦労を予感して、俺は遠い琥珀色の神界の空を見上げるしかなかった。


「そうだ。まだ、君の名前を聞いていなかったね。君の名前を聞いてもいいかな?」


キースは手際よく書類をクリップボードに挟みながら、探るような、だが温かみのある視線を俺に向けた。 

あまりに濃すぎる二人の先輩を前にして、俺はいささか緊張しながらも、背筋を伸ばして名乗る。


「俺は並木リクです。えっと……地球って言うところから来たんですけど、転生ゲートが閉じてしまって転生保留中で今は神界のお手伝いを。」


――我ながら情けない境遇だ。

異世界転生といえば、チート能力を貰って即無双というのが定番のはずだ。

それなのに、俺ときたら神々が暮らす世界の片隅で、便利屋として泥にまみれているのだから。 


しかし、俺のそんな自虐的な説明は、家出お嬢様のツボに思いきり刺さってしまったらしい。


「つまり君は転生者なんだね!? いいなー!!」


まるで見たこともない高級なおもちゃを見つけた子供のように目を輝かせた。

一歩、また一歩と距離を詰めてくる。

最高位の天使である彼女の身体からは、無意識のうちに清らかな光の粒子が溢れ出ており、近づかれるだけで謎のプレッシャーが凄まじい。

彼女の長い金髪がふわりと揺れ、俺の鼻先まであと数センチというところまで顔を覗き込んできた。

アメジストの瞳が、至近距離でらんらんと輝いている。


「ルナ、はしたないですよ。詰め寄らないでください」


すかさずキースが、慣れた手つきでルナの襟首を後ろからひょいと掴み、子猫のように引き剥がした。

ルナールさんは「ぶー」と不満げに頬を膨らませ、空中で手足をばたつかせている。

その様子は、熾天使の威厳など微塵もない、ただの我が儘なお姫様そのものだった。

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