調理 Part2
「オデン!」
「みぞれ鍋!」
二人の意見が真っ向から衝突し、平屋の狭いリビングにバチバチと火花が散る。
天界の最高階級たる熾天使の少女と、その従者。
二人が放つ目に見えないプレッシャーのせいで、室内に充満する大根臭がさらに濃くなった気がした。
―俺は一体何を見せられてるのだろうか……
「あの〜」
「リクはどっちなの!?」
ルナが身を乗り出し、俺の胸ぐらを掴まんばかりの勢いで顔を近づけてくる。
アメジストの瞳は完全に獲物を狩る肉食獣のそれだ。
一方でキース先輩は、微笑みを絶やさないまま、手元で出刃包丁をトントンと一定のリズムで満面の笑みでこちらを向きながらまな板に打ち付けている。
無言の圧力が半端ではない。
「え、ええっと……」
俺は引きつった笑みを浮かべたまま、冷や汗を滝のように流した。
ただの一般人である俺に、この神界の強者たちのジャッジを下せというのか。
どちらを選んでも、もう片方から物理的、あるいは精神的な報復を受けるのは目に見えている。
おでんを要求するワガママ熾天使お嬢様か。
それとも、生きたままマンドレイクをすり下ろす快感に目覚めているサイコパス先輩か。
――というか、待てよ? そもそも、どっちになってもあの鳴き声をあげる植物を食う羽目になるのは変わらない……
どっちを選んでも地獄。
なら、生き残るための第三の選択肢をひねり出すしかない
俺はごくりと唾を飲み込み、生前に培ったスキルをフル回転させた。
「あ、あの! それなら……『みぞれおでん鍋』にするのはどうでしょうか!?」
「「みぞれおでん鍋……?」」
二人の声が重なり、室内のプレッシャーがピタッと止まる。
「はい! ベースはルナールさんの希望する『おでん』の出汁と具材にします。そして仕上げに、キース先輩のこだわりである『すり下ろしたマンドレイク』を、雪のように上からたっぷり投入するんです!」
これならお互いの要望を100%満たせる。我ながら完璧なライフハック的提案だ。
マンドレイクをすり下ろすというキースのサイコパス欲求も満たせるし、ルナのおでん欲も満たせる。
「……なるほど。オデンの旨味の効いた出汁と具材に、新鮮なマンドレイクの苦味と大根おろし特有の辛味が合わさるわけか。悪くないアレンジだね。むしろ、非常にそそられる」
キース先輩が包丁を止め、顎に手を当てて真剣に吟味し始めた。
――先輩、大根おろしが入ってればなんでも良いんだな……
「みぞれおでん……。なんか、雪景色みたいで綺麗そう! 採用ーっ! さすが新人君、話がわかるね!」
ルナも一瞬で機嫌を良くし、俺の背中をバシバシと叩いた。
天使の筋力とは思えないほど普通に肺の空気が全部押し出されそうになったが、命が助かった代償だと思えば安いものだ。
「決まりだね。ではリク、さっそく調理を始めよう。君にはマンドレイクの頭を押さえる大役を任せるよ」
「はい! ……ん? 頭をおさえる?」
「そうだよ。すり下ろそうとすると、あいつら必死に手足(根っこ)をバタつかせて包丁を奪おうとしてくるからね。しっかりホールドしておいてくれ」
キースは爽やかに微笑みながら、俺の手に分厚い防刃手袋を握らせた。




