大根まみれ Part1
この神界において【フリー】という職種は、端的に言って「台風の目」に自ら飛び込むようなものだった。
定時退社が基本の【転生ゲート安全チェック係】とは真逆。
いつ、どこで、どの神から呼び出しがかかるか分からない、完全実力制の何でも屋。
それが、俺が選んでしまった仕事の正体である。
「――よし、それじゃあ契約完了! これが君の身分証代わりの『フリーパス・バッジ』さ。」
女神様がパチンと指を鳴らすと、俺の手の中に星型の銀色のバッジが現れた。
表面には精緻な魔導紋様が刻まれており、手のひらに載せると、ほんのりと温かい。
「そのバッジを、一度指で触ってみるといい。」
「こうですか?」
言われた通り、親指で銀色の星をそっと撫でてみる。
すると、バッジの紋様が青白く発光し、目の前の空間に半透明のウィンドウのようなものが浮かび上がった。
それは空中を浮遊する液晶画面のようで、細かな魔導文字やアイコンが整然と並んでいる。
「これは連絡とかができる、君たちの世界でいう『スマートフォン』のような役割を持つものだ。神界の最新魔導技術で作られていてね。そのウィンドウに触れば、操作も直感的にできるよ」
「なるほど……ちなみにこれって、連絡先を追加し――」
「あ、連絡先の追加なら心配いらないさ。」
俺の言葉を遮るように、女神様はいたずらっぽくクスリと笑った。
「君が『フリー』に登録された瞬間、神界の全神々の緊急連絡網に、君のバッジのIDが自動で強制追加されたからね。ちなみに着信音は最大にしておくことをお勧めするよ? 神様たちは気が短くて、すぐ怒電をかましてくるから」
「き、強制追加……あはは、気をつけます……」
一瞬で全神々のブラックリストならぬ「便利屋リスト」に載ってしまった事実に、俺は引きつった笑みを浮かべるしかなかった。
まだ見ぬ神々の理不尽な要求が、すでにこの手のひらの小さな星に詰まっていると思うと、にわかに胃が痛くなってくる。
「フリーの役割を持つ者は現在2人。1人は筋金入りの仕事人間で、もう1人は……まあ、会えば分かるさ。さあ、まずは彼らが待つ【神界何でも相談所】へ向かうといい。場所はバッジのナビ機能が教えてくれるから安心したまえ。」
「何から何までありがとうございます、女神様!」
「良いってことさ! 君のこれからに、大いなる神の祝福があらんことを!」
突然体が光り、バッジからウィンドウが開いた
『女神アリアから加護を貰いました∶加護一覧―――』
「め、女神様、この加護は……!?」
「私のちょっとしたプレゼントだよ。 大切に扱っておくれ」
「……! はい!」
女神の見送りを受けながら、俺は神殿の重厚な扉を開け、一歩を踏み出した。
――この加護はあとで確認して実践しておこう。
外に出ると、目に飛び込んできたのは息を呑むような絶景だった。
どこまでも澄み渡る琥珀色の空。
大地は雲の上に浮かび、遠くには黄金や白亜で彩られた神々しい神殿群が、陽の光を浴びて宝石のように輝いている。
人間界の物理法則など無視した、圧倒的な聖気と美しさに満ちた世界――それが神界。
バッジが示すナビに従って歩くこと十数分。
街並みは徐々に変わり、煌びやかな神殿街の最果て、ぽつんと広がった野原に建つ、野原に平屋の学生寮のような建物の前にたどり着いた。
看板には『神界何でも相談所』と書かれている。
深呼吸をして、緊張で少し震える手でドアノブを回す。
「失礼します……」
おそるおそるドアを数センチだけ開け、室内に声をかける。
すると床には不思議と木箱が何個か置いてあった。
中から漂ってきたのは、なぜか強烈な大根の瑞々しい香りだった。
――大根の匂い……?
「――あ! ちょっと待って! 今それドア開けたらダメーッ!?」
部屋の奥から、必死に何かを抑え込んでいるような女の子の悲鳴が聞こえた。
すると、バキバキバキッ! と不穏な木音を立てて、奥の襖が内側から文字通り『爆発』した。視界を埋め尽くしたのは、白くて太い無数の物体。
「オノレッ神々メッ!」「大地ニ還セーーッ!」
野菜とは思えないおぞましい咆哮をあげながら、手足の生えた大量の『喋る大根』が津波となって、開いたドアの隙間から外へと溢れ出してきた。
「うわあああああっ!?」
「きゃああああっ!?」
大根の濁流に押し流され、すっ飛んできた小柄な女の子が俺の胸元に飛び込んでくる。
咄嗟に彼女を受け止めたものの、次の瞬間には、俺たち二人まとめて、叫ぶ大根たちの白い大洪水の中へと文字通り呑み込まれていくのだった。




