緊急会議 Part2
世界を統べる「最高神」が一堂に会する神聖なはずの円卓の間は、いまや混沌とした緊迫感と、呆れるほどの脱力感に包まれていた。
事態は一刻を争う緊急事態。世界崩壊の危機を告げる鐘の音が天界に鳴り響いたというのに、肝心の神々の席の大半は空席のままである。
「……おい、他の神は何処にいる!?」
重苦しい沈黙を破ったのは、管理の最高神カン・リーだった。
普段は世界の帳簿を狂いなく冷徹に処理する彼だが、いまやその額には青筋が浮かび、眼鏡の奥の瞳は完全に据わっている。
予定調和を愛する彼にとって、この「大遅刻」というイレギュラーは胃に穴が空くほど許しがたい暴挙だった。
その鋭い詰問を真っ向から浴びせられたアリアの側近のミュカは、手元の魔導書を強く握りしめた。
冷や汗でビショビショになった手で紙をめくり、もはや現実逃避気味に、壊れた機械のように淡々と報告を始める。
「現状、確認できている最高神様たちの状況をご報告致します。ジグー様は迷子センターでバイト中、ヴェルデ様は天界に行って女にナンパ中、メルト様とリーリア様はお茶会中になっておいでです。他の神は側近との連絡が取れていないためわかりません」
――神様たち自由すぎるだろ……
あまりにも緊張感に欠ける報告に、円卓の空気が凍りつく。バイト、ナンパ、お茶会。
危機に対して並んだ単語のあまりの軽さに、ミュカ自身も声を震わせずにはいられなかった。
連絡すらつかない他の神々に至っては、もはや論外である。
すかさず、もう一人の側近であるサーリャが、これ以上場の空気が悪化するのを防ぐように一歩前へ出た。
彼女は毅然とした態度を崩さず、いまこの場に揃っているまともな最高神たちの名前を読み上げ、現状の戦力を確認する。
「今この場にいるのは創造の最高神アリア様、管理の最高神カン・リー様、農業の最高神ナツホ様、武道の最高神オオブシ様です。」
その言葉を受け、円卓の上座に腰掛けていた農業の最高神・ナツホが、艶やかなキセルを深くふかして深くため息をついた。
美しい着物の袖を揺らしながら、彼女の黄金の瞳には明確な不快感と、呼び出されたことへの苛立ちが宿っている。
「まったく、妾に手間をかけさせおって。緊急と言われたから来たものの、何じゃ? この有様は。」
吐き出された煙が、主たちのいない空っぽの椅子を虚しく包み込む。
豊かな実りを司る彼女にとって、時間を無駄にされることほど忌々しいことはない。
「ナツホ殿の意見、最もである。」
オオブシは重々しく頷き、その鋭い眼光で、まだ見ぬ不届き者たちの空席を睨みつける。
円卓の上座で退屈そうに頬杖をついていたアリアが口を開いた。
誰にも叶わぬ美貌を持つ彼女は、緊張感などどこ吹く風といった様子で、気の抜けた声を出す。
「ようやくサボ……ゔゔんっ。これじゃただの居残り組の集まりだよ。みんな自由すぎないかい?」
アリアは中性的な声で、まるで学校の学級崩壊でも眺めるかのように小さく肩をすくめた。
創世の力を持ちながらも、その性格は極めてマイペース。 神々のあまりの駄目っぷりに、もはや怒りを通り越して面白がり始めている節すらあった。
四人の最高神と二人の側近。
世界の命運を握る会議は、あまりにも前途多難な空気の中で幕を開けようとしていた。
「さて、と」
アリアは円卓の上にぽんと両足を乗せると、行儀悪く背もたれに体を預けた。
顔に浮かぶのは、世界の危機を前にしているとは到底思えない、いたずらっ子のような薄笑いだ。
「居ない神の愚痴を言っても始まらないので、私たちだけで決めちゃおうよ。」
「はしたないぞ、アリア」
カン・リーの血管がいよいよはち切れそうに膨らむ。
彼は手元の分厚い資料をバシャァン! と机に叩きつけると、怒りで震える指で眼鏡をクイと押し上げた。
ただでさえ、カボチャの一件から始まった時空バグの後処理と連日の徹夜で、リーはとっくに限界を迎えているのだ。
その上で、神界の最高機密であるはずのメインシステムが何者かにハッキングされ、挙句の果てに集まった最高神の半分以上がサボりというこの惨状。
リーのストレスオーラは、今や円卓の間をどす黒く侵食せんばかりに膨れ上がっていた。
「私の座標計算とスケジュール管理を何だと思っているんだ! これ以上のイレギュラーは僕の胃腸への冒涜だぞ! アリア、今すぐその行儀の悪い足を机から下ろしたまえ!」
「怖い怖い。リーは相変わらず冗談が通じないね。そんなにカリカリしていると、またサーリャに私生活の家庭教師を雇われてしまうんじゃないかい?」
アリアはくすくすと笑いながらも、しぶしぶといった様子で足を引っ込めた。
その態度には世界の危機を前にしている緊迫感など微塵もなく、どこまでもマイペースだ。
「……アリア様。これ以上リー様を刺激して脳のバグを胃壁に転移させるのはおやめください。私の今夜のハンバーグを食べる時間が、お説教の後始末で削られるのは御免です」
背後に控えるミュカが、琥珀色の瞳を据わらせて冷徹な声で釘を刺す。アリアは「ミューは相変わらず手厳しいさ」と唇を尖らせたが、その視線はどこか別の場所へと向いていた。彼女の脳内は、世界の崩壊危機よりも、この混乱の最中に自分のお気に入りである転生保留者・並木リクがどこで何をしているか、そして今夜どんなメッセージを送ろうかというよこしまな妄想で満たされていたのだ。
「揉め事はめんどうじゃ。家に帰ってやってろと言いたいところじゃが……今はそんな状況じゃないからな」
ナツホがキセルから紫煙をくゆらせ、冷ややかに言い放つ。
「それで、管理の最高神。ハッキングの犯人とやらの見当はついているのじゃろうな? 妾の貴重な時間を割いたのじゃ、まさか『分かりませぬ』では済まされんぞ」
その言葉に、リーは一瞬だけ表情を強張らせ、手元のタブレットの画面を忌々しげにタップした。
「……逆探知の結果、驚くべき事実が判明した。今回のシステム侵入はとある転生者が起こした事故だ。その転生者の名は『五摂家 琴音』。人間界で有名な3つの大企業のうちの1つ、五摂家産業の一人娘だ。彼女は元の世界で飛行機に乗っていたところ墜落死したと見られている。」
――五摂家……? どこかで聞いたような……
リーの冷徹な声が、薄暗い緊急会議室の空間に重く沈み込む。
液晶画面のブルーライトが、彼の青白い顔にべっとりと刻まれた隈をいっそう不気味に際立たせていた。
「墜落死。下界の人間どもはそんな鉄の塊で空を飛ぼうとするから痛い目を見るのさ」
だが、その報告を聞いたアリアは、机の上から足を下ろすと、瞳を退屈そうに瞬かせた。
「彼女自身の魂のスペックはただの人間だ。だが問題は、彼女の『転生手続き』を担当した神にある。あろうことか、五摂家琴音という魂に『チート能力』を、ろくに制限もかけずに沢山授けた不届き者がいるんだ。彼女が転生先の世界で力を使ったら世界が破滅しそうになって、ここまで影響が及んだんだ!」
「へぇ……。転生者にハッピーセットみたいに特盛りのチート加護をあげちゃうなんて、どこのアホな神様なんだい?」
アリアはくすくすと他人事のように笑っていた。
――アリア様が言うことじゃない気が……
俺――並木リクは、会議室の片隅でキース先輩の隣に縮こまりながら、心の中で全力のツッコミを入れざるを得なかった。
自分のステータスウィンドウにずらりと並ぶ、全系統コンプリートの「ハッピーセット特盛り加護」の存在をすっかり忘れているのだろうか。
この女神様の記憶容量はどうなっているんだ。
「アリア、お前があげたということはないのか?」
ナツホがキセルから紫煙をくゆらせ、冷ややかに鋭い視線を向けた。
その言葉に、アリアは中性的な美しい顔に完璧な営業スマイルを浮かべ、親指を立ててみせる。
「まさか。私はリク以外にはハッピーセットをあげていないよ。それに、私の可愛いリクにあげたのは、彼がこの神界で無事に生き抜くための、ほんのちょっとしたお節介だからね!」
アリアの内心は、今も『私のリク君にハッピーセットをあげるのは、この最高女神アリアだけの特権さ! 他の女……じゃなくて人間にそんな贅沢な真似、私がするわけないじゃないかい』という、謎の独占欲と自信で満ちあふれていた。
「じゃあ誰が……?」
その場に沈黙が流れる。
アリアではないとすれば、神界のプログラムの最高権限を動かし、一人の人間に世界の破滅を招くほどのチート能力をポンと与えられるような「アホな神様」が、他にもいるということになる。
「……私のログにはありません。」
背後に控えるミュカが、冷徹な琥珀色の瞳でタブレットをスクロールしながらフラットな声で言った。
「ありえない……私の逆探知コードを掻い潜り、神界の防壁をハッキングするほどのエネルギー元が、アリア以外の誰だというんだ……」
リーは再び青白い顔で胃を押さえ、机に突っ伏した。
世界の崩壊危機を告げるハッキング事件。その真犯人である『アホな神様』の正体は誰なのか。
そして、その力によって転生先の世界を破滅に導きかけている『五摂家琴音』という少女は今、どこにいるのか。
会議室の空気がピキリと凍りつくなか、俺は「五摂家……前世のニュースで見たような……」と、自分の古い記憶の糸を必死に手繰り寄せながら、さらなるトラブルの予感に冷や汗を流すのだった。




