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緊急会議 Part1

『No.06最高神カン・リーより全職員に連絡する。この神界がハッキングされた。又、最高神に連絡する。直ちに管理棟4階にて会議を開く。手が空いていても空いていなくても直ちに来い』


 神界全域に響き渡る、リー様の極冷なトーンの緊急音声アナウンス。

それは本庁の最高女神の執務室にも、スピーカーを通じてビリビリと鳴り響いた。

 先ほどまでアリア様をからかって淡々とタブレットを叩いていたミュカは、その放送を聞いた瞬間、琥珀色の瞳の奥に鋭い警戒の光を宿した。


「アリア様、大丈夫でしょうか……」


 ミュカは小さく息を呑み、デスクの上のアリア様へと視線を向けた。

神界のメインシステムが何者かに侵入されたという事実は、専属助手である彼女にとっても想定外の非常事態だ。

しかし、アリア様はハッキングという神界の危機よりも、別の部分に完全に意識を持って行かれていた。

整った顔をこれまでになく険しく歪め、美しい紫水晶の瞳の奥でギラギラと暗い怒りの炎を燃え立たせている。


「これは困ったことになったね。リクは今何処に?」


 低く、どこか底冷えするような声。

アリア様の脳内は今、世界線の危機などではなく、『私のリク君が、どこかの不届き者に狙われているんじゃないかい!?』という、強烈な独占欲と心配で埋め尽くされていた。


「えっと……位置情報ログを確認します。……今はリー様と居るようですね」


 ミュカが手元のタブレットを素早く操作して答えた、その刹那だった。


 パキィィィン!!!


 室内に、甲高い破裂音が鳴り響いた。

 アリア様が手で持っていた、お気に入りのガラスのマグカップが、彼女の無意識から漏れ出た圧倒的な神威の圧力に耐えきれず、粉々に砕け散ったのだ。

破片が光を反射してきらきらとデスクの上に飛び散る。


「あいつ……私のリクを……」


 従兄弟であるリーが、自分の大切な人間に手を出している。

ただそれだけの事実に、アリア様の内心は理不尽な嫉妬と焦燥感で真っ黒に染まり上がっていた。

 アリア様の背後から溢れ出る、世界のトップに相応しい本物の『神の威圧』を前に、さすがのミュカも一瞬だけ言葉を失う。


「ミュー、会議は管理棟の4階だったね? 直ちに行くよ」


 アリア様は砕けたガラスの破片を一切気に留めることもなく、髪を激しく揺らして立ち上がった。ハッキングした犯人を突き止めるため、そして何より、リーの元からリクを力ずくで回収するため、最高女神は怒りのままに執務室を飛び出すのだった。

***

一方その頃、管理棟4階の緊急会議室。

 無機質な金属製の机を前に、俺、並木リクはキース先輩の隣でガタガタと震えていた。


「リク、大丈夫かい? さっきから顔色が紙みたいに真っ白だけど……」


「いや……なんか急に、背筋が激寒になったというか……命の危機を感じるレベルの恐ろしい気配が、この部屋に向かって猛スピードで近づいてきている気がするんです……!」


 俺は両腕をさすりながら、冷や汗をだくだくと流した。

 トラックにはねられた前世のあの瞬間すら生温いと感じるほどの、本能的な恐怖。

まるで、巨大な肉食獣に見つかってロックオンされたウサギのような絶望感が、俺の全身を支配している。


「ふん、ハッキングの次は怯えか。人間というのはどこまでも臆病な生き物だな」


 円卓の上座に腰掛け、タブレットに素早く数字を打ち込んでいたカン・リー様が、冷酷な琥珀色の瞳で俺をジロリと一瞥した。

 相変わらず隈のべっとり刻まれた青白い顔でドス黒いオーラを放っているリー様だが、その手元にはすでに、神界全域のアクセスログと、先ほどの『ダンスマット偽装プログラム』の残骸データがずらりと並んでいる。

やはりIT系の最高神としての仕事の早さは本物らしい。


「リー様、会議室の防壁ログに、本庁からの超高速接近オブジェクトを感知しましたー。」


 白衣のポケットに手を突っ込んだサーリャが、首のヘッドセットをいじりながらダウナーな声で報告する


するとその瞬間。


 バガァァァァァンッッ!!!!


 頑丈なはずの緊急会議室の金属製の扉が、内側の電子ロックごと粉々に吹き飛んだ。

 土煙が舞う破界の向こうから、長い髪を怒りで逆立たせ、歩くたびに神聖という名の凶悪な光の粒子を撒き散らす美女が姿を現した。アリア様だ。


「リーーッ!!!」


 鼓膜が破れるかと思うほどの怒号が、会議室に轟いた。

 アリア様は中性的な端整な顔を怒りで真っ赤に染め上げ、アメジストの瞳をギラギラと輝かせながら、一歩一歩、床のリノリウムを踏み抜くような足取りで進んでくる。

 その後ろからは、完全に目が据わったミュカが、分厚い始末書の束を抱えたまま、冷徹な足取りで音もなく続いていた。


「私のリクに手を出そうなんて、いい度胸じゃないか、リー! 従兄弟のよしみで今すぐその不届きな手を引っ込めてくれたまえ!」

「……は? 何を言っているんだお前は。私は神界のハッキング事件の件で、そこにいる人間を重要参考人として――」

「言い訳は聞かないからね! 私のリクをこんな薄暗い部屋に連れ込むなんて、国家転覆罪(セクハラ)で神界の牢獄にぶち込んであげるから覚悟したまえ!」


 アリア様は、粉々に砕いたマグカップの破片をまだ握りしめていたのか、血の代わりに聖なる光を滴らせる手でリー様をビシッと指差した。

 完全に妄想と独占欲で理性を失っている最高女神。

アリア様の内心は今、『リーが私のリク君を監禁している! 早く私の腕の中に回収して、今朝できなかったマッサージをたっぷり施してあげなきゃ!』という、暴走特急のようなヤンデレ下心で埋め尽くされていた。


「アリア様……とりあえず、その握り潰したガラスの破片を片付けて、大人しくこの会議の椅子に座ってください。衣服がまたオイルと光の粒子で汚れたら、私がまた怒られるんです……」


 背後からミュカが、抑揚のない冷徹な声でアリア様の服の裾をがしっと掴む。

 サボり魔の最高女神、限界寸前の助手、そして理不尽な言いがかりをつけられて胃を押さえて崩れ落ちる管理の最高神。


「もしかして、リクの感じた命の危機というのは完全にアリアのせいじゃないのかい?」


キースがにっこりと笑いながら首をかしげる。

 目の前で始まった、神界のトップたちによる泥沼の身内コントを遠い目で眺めながら、俺は冷や汗を流しつつ、一刻も早くこの場から逃げ出したいと、心から強く願うのだった。

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