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呼び出し

「あの……何か用でしょうか……?」

「まったく…アリアは何をしているんだ……胃に穴が空きそうなくらいだ。」


――変な神様に呼び出しくらっちゃった――!


 三日目の労働がようやく始まるかと思いきや、俺、並木リクとキース先輩は一人の神様から呼び出され、神様たちの住む管理棟へと足を運んでいた。

 そこで待っていたのは、隈がべっとりと刻まれた青白い顔の、仕立てのいい白衣を着た青年だった。

全身からドス黒いストレスのオーラを放ち、開口一番に信じられないほどのローテンションで「胃が痛い」と訴えてくる姿に、俺は完全に圧倒されて冷や汗を流す。


「あ、リー様お疲れ様でーす。……って家庭教師でも雇ったんですか?」


 部屋の奥から、眠そうな目で缶のエナジードリンクをちびちびと飲みながら現れたのは、ダボダボの白衣をまとった少女だった。

薄いピンク色の髪をツインテールに結び、首には大きなヘッドセットを着けている。


「この私に家庭教師が必要とでも? むしろ私の担当領域である時空座標の管理や世界線のネットワーク維持に関して、私以上に深い知識を持つ者など神界には存在しない。……というかサーリャ、胃薬はないか?」


「私生活の面で家庭教師が必要だと思いますけど、胃薬は自分で買ってきてください。」


 サーリャと呼ばれた少女は超マイペースかつドライに言い放ち、手元のエナドリを一口すする。

 確かに、彼女の言う通りこの部屋の私生活面はかなり壊滅的だった。

 床には脱ぎ散らかされた服や、殴り書きされた書類の束が足の踏み場もないほどに散らかっており、チラリと見えたキッチンには洗っていない皿が山積みになっている。私生活の家事系がこれっぽっちもできないのが一目でわかる、色々とヤバい空間がそこに広がっていた。


「それで……貴方は……?」


 青白い顔の青年が、眼鏡をクイッと押し上げながら、冷酷な琥珀色の瞳を俺へと向けた。

普段は人間に容赦ない神様らしいが、今は寝不足と胃痛のせいで、その威圧感もどこか悲壮感に満ちている。


「ああ、申し遅れたな。私は管理の最高神、カン・リーだ。いつもアリアが世話になっていると聞いている。あいつは俺の従兄弟でな。まったく、あのアホのせいで、こちらのメインサーバーにテラバイト単位のアラートログが逆流しているんだ……それで、こっちが――」

「サーリャ、サーリャ・イグルス。リー様の専属助手やってまーす。下々の世界のバグ報告の一次受付とか、リー様のスケジュール管理が仕事。人間くん、よろしくね」


 サーリャは気だるげにヘッドセットを指先でいじりながら、ペコリと頭を下げた。


「な、並木リクです。一応、アリア様のお付きのフリーです」


 俺はヤバすぎる部屋の惨状からそっと視線を外し、緊張で引きつった笑みを浮かべながら自己紹介をした。

 管理の最高神カン・リー、そしてその助手のサーリャ。

 世界のネットワークを牛耳る超大物神を前に、ただの転生保留者である俺の心臓はさっきの魔物戦並みにバクバクと音を立てている。


「久しぶりだね、リー神」


「ああ、お前の顔を見るのは久しいな、キース」


 アリア様の従兄弟だというリー様は、ドス黒いストレスのオーラを放ちながら、冷酷な琥珀色の瞳でキース先輩と視線を交わした。

元天界騎士のキース先輩と、デジタル系の最高神であるリー様。

どうやらこの二人、昔からの知り合いのようで、交わされる短い言葉の裏には、どこか古い戦友のような、あるいは互いの苦労を知り尽くしているかのような独特の距離感が漂っている。

 そんな先輩たちとのやり取りから、リー様はふっと視線をこちらにスライドさせ、じっと俺を見つめていた。その目はどこまでも冷徹で、寝不足のせいか射殺すような鋭さがある。


「さて、早速だがリク。お前――バレエはできるか?」


「……はい?」


 あまりにも想定外すぎる単語が飛び出してきて、俺の思考は完全に停止した。

 バレエ。あの、タイツを履いてつま先立ちで華麗に踊る、あのクラシックバレエのことだろうか。

 時空座標の管理だの、世界線のネットワーク維持だの、さっきまでそんなIT系の難しそうな話をしていたはずなのに、どうして急に優雅な芸術の話題になるんだ。


 俺が呆然と口を半開きにしていると、リー神は青白い顔のまま、大真面目に眼鏡のブリッジをクイッと押し上げた。


「聞き間違えではないぞ。私はお前に、白鳥の湖でも踊るように軽やかに、つま先立ちでステップが踏めるかと聞いているんだ。……うう、胃が痛い」

「え、リー様、ついに頭のバグまで胃壁に転移したんですか? 精神病院紹介しましょうか?」


 サーリャがエナジードリンクの缶を片手に、完全に引きまくったジト目をリーに向けている。

 だが、リーは「違う! 大真面目だ!」と激しく机を叩き、床に散らばった書類をパサパサと舞い上がらせた。


「この前、アリア(あいつ)せいで、デジタル神界のメインサーバーのコードが物理的にねじれにねじれてな……! 現在、世界線セクター04のバグ修正用コマンドの入力インターフェースが、なぜか『巨大なバレエダンスマット』の形状に書き換わってしまったんだよ!」

「ダンスマット……って、あの足で踏んでリズム取るゲームのやつですか!?」


「そうだ! しかも入力の判定基準がミリ秒単位でシビアな上に、特定のステップを踏まないと時空のバグが削除されない。つまり、今から君にはデジタル神界の最深部に行ってもらい、その身体能力をフルに活かして、ステップを踏んで時空のバグを『手動削除』してもらう!」


 理不尽極まりない説明の嵐に、俺は心の中で激しく号泣した。

 

――踊れるわけないですって……!


 絶望に白目をむく俺の横で、サーリャが「人間くんにしかできない仕事っぽいから頑張ってねー」と、他人事のように気だるげな声でエナドリを飲み干すのだった。

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