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突然訪問 Part2

 「うちのところの女神が失礼しました。改めまして、私はミュカ・セラフィムと申します」

「うちのところって言い方はないんじゃないんかい? ミュー」


 アリア様が背後からジト目で不満げに口を挟むが、ミュカはそれを完全にスルーした。

感情の起伏を一切感じさせない冷徹な琥珀色の瞳は、サボり魔の最高女神を敬うべき主神ではなく、ただの『早急に処理すべき不良案件』として冷酷に認識しているかのようだ。

 それより、俺は彼女が名乗ったその『名字』に引っかかり、思わず箸を持ったまま目を丸くした。


「セラフィム……ってルナールさんと同じ……?」

「はい、私の姉はルナールです。特に、キース様にはなんとお礼を言ったらいいのか……! いつも姉がご迷惑をおかけしています」


 ミュカは乱れ一つないメイド服の裾をきれいに整え、今度はさらに深く頭を下げた。

キメラのような外見に似合わず、その一連の動作には神聖な血筋を感じさせる上品な品格が宿っている。

 だが同時に、心底申し訳なさそうな顔を浮かべた彼女の眉間には、深い年季の入った気苦労のシワが刻まれていた。

どうやらあの、昨日爆弾カボチャを規格外の怪力で笑顔のまま投げつけてきた、嵐のような先輩・ルナールさんの妹らしい。

 俺の脳裏には、昨日カボチャの煮付けを「美味しいね!」と満面の笑みで頬張っていたルナール先輩の顔が浮かぶ。

あの突き抜けたおバカな姉と、目の前のサボり魔のトップという、神界が誇る二大問題児を同時に抱え込んでいるのだ。

そう考えると、ミュカから漂う圧倒的な不憫さに、俺の胸の奥には同情を通り越して畏怖の念すら湧き上がってきた。

 対するキース先輩は、手に持ったトーストを小さく齧りながら、いつも通りの穏やかで毒のない微笑みを崩さずに応じた。


「大丈夫ですよ。ただ、あのアッパラパーな子煩悩はどうにかしてほしいものですけどね」


――すごいハッキリ言うなぁ……


 キース先輩のあまりに直球で容赦のない評価に、俺は心の中で冷や汗を流した。

普段はおっとりとしていて、保留者の俺たちを優しく見守ってくれる大人の先輩だが、言うときは本当にズバッと一刀両断するから恐ろしい。

でも、あのルナール先輩の常軌を逸した暴走ぶりを毎日近くで見せられていれば、キース先輩だってこれくらい言いたくもなるよな……と、先輩の密かな苦労に共感して少しだけ納得してしまう自分もいた。


「うぐっ……面目ありません。姉がこれ以上、キース様やリク様に物理的な被害を出さないよう、私からも厳重に言い聞かせておきますので……」


 ミュカは痛いところを突かれたように小さく肩を落とし、モコモコした羊のような耳をぺたんと寝かせた。

見ただけでもわかる華奢な体躯が、心なしますます縮こまって見える。

 ミュカとしては、姉のルナールに対する『どうしていつもあの人は私の胃に穴を開けるようなことばかりするの……!』という日頃の怨念と、最高女神への『よりによってこんなところまで追っかけてこさせるな!』という理不尽な怒りで、いまにも発狂しそうな限界状態なのだろう。

有能な妹がダブルの心労でボロ雑巾のように摩耗していく構図が、この短いやり取りだけで完全に出来上がってしまった。

この少女の心に真の安らぎが訪れることはないのだと思うと、なんだか涙が出そうになる。


「さあアリア様、これ以上武道の神様を待たせると本当に神殿が物理的に更地にされます。引きずってでも連れて帰りますからね」

「嫌だぁぁーっ! 私はリクに用事があって来たんだからね! リク、助けておくれーっ!」


 アリア様は涙目で必死に俺へと両手を伸ばしたが、ミュカは表情一つ変えないまま、アリア様の仕立ての良い服の襟首を後ろからがしっと掴んだ。

その小さな体のどこにそんな力が隠されているのか、抵抗する最高女神を凄まじい力任せにズルズルと引きずり始める。

歩くたびに散るはずの神聖な光の粒子が、今はまるで哀れな火花のように床に擦り付けられていた。

 アリア様の内心としては、『私は良かれと思って、みんなを元気にしたいだけなのに! どうしてミューちゃんはいつも私の好意を全否定して力ずくで連れ戻すのよー!』という子供のような理不尽な悲しみと、お気に入りの俺から引き離される未練でいっぱいなはずだ。


「リ、リク! また夜にメッセージ送るから、ウィンドウ見ておくれよーっ!」


 ずるずると床を滑りながら遠ざかっていく最高女神の、往生際の悪い悲痛な叫び声が平屋に木霊する。

バタン、と無情な音を立ててボロい玄関ドアが閉まると、あの騒々しいノイズが嘘のように消え去った。

 嵐が去った後のような強烈な静けさが、再び俺たちの平屋の事務所に戻ってくる。


「……やれやれ、朝から賑やかだったね。ご飯が冷めちゃう前に朝ご飯を済ませてしまおうか」

「あ、はい……そうですね」


 キース先輩のいつものおっとりした声に現実に引き戻され、俺は完全に冷めかけた味噌汁をすする。出汁の味が染みる。

 一息つき、ふと気になってポップアップで自分のステータスウィンドウを開いてみると、そこには早くも『メッセージが1件届いています』という、ピンク色の不穏なアイコンが点滅を始めていた。

 

――仕事が早いなぁ


 送り主の名前を見るまでもなく、激しい既視感と共にどっと疲れが押し寄せてくる。

この世界の頂点に立つ女神様からなぜかロックオンされているという現状に、光栄さを通り越して「俺、この先無事に転生できるのかな……」という底知れない不安が胸をよぎり、俺はそっと深い溜め息をつくのだった。

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