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ようこそ! メリヴェール王立探偵事務所へ  作者: 恵良陸引
Episode 3 外出する幽霊

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Episode 3 外出する幽霊(その4)

 マーク・プードルは体格の大きい男だった。文官だと聞いていなかったら武官だと思っただろう。


 「私の部屋は、ノートンとは廊下を挟んで、斜向はすむかいの位置にあります」

 見た目はごついが、マークの口調は文官らしい丁寧なものだ。声も思っていた以上に優しい。ノートンの遺体を発見した男だが、状況の説明を求めると、まず、自分の部屋の位置から説明をはじめだした。


 「今日は、私にとって久しぶりの休みだったので、ベッドで本を読んでいました。部屋でのんびり過ごそうと考えていたのです。ただ、疲れが残っていたせいか、事件があった瞬間は、うつらうつらと居眠りをしていました。目が覚めたのは、扉を閉める『バンッ!』という音で起こされたからです。この寮は建物が古いせいか、音が良く響きます。共同生活を送るにあたって、大きな音を立てないことはエチケット以上のルールです。私は少し腹を立て、廊下に顔を出しました。誰が物音を立てたのだろうと思ったからです。

 廊下には誰の姿も見えませんでした。ただ、ノートンの部屋の扉が少し開いているばかりです。さてはノートンが出かける際に扉を思いきり閉めたのではと思いました。扉が少し開いているのは、力任せに扉を閉めたので、反動で開いたからではないかと。

 私は廊下に出て、ノートンの部屋の前に立ちました。一応ノックしてから扉を開け、もし、ノートンがいたら注意し、いなければそのまま扉を閉めておこうとしたのです。

 すると、ノートンは部屋の中央で倒れていました。ええ。仰向けの状態で、こう……、両目をカッと大きく見開いた状態で……。

 私はすぐに部屋へ入り、ノートンのもとへ駆け寄りました。声をかけながら身体を揺すってみたのですが反応がありません。そこで、私は誰か来てくれと叫びました。あいにく、私は兵役経験がなく、非常時の訓練を何も受けておりません。こうした事態に対応する知識がなく、心構えもできておりませんでした。ノートンの蘇生方法もわからず、私はただ、声をあげるしかなかったのです。

 私は声をあげながら、あたりを見渡しました。動揺していたので、なぜと言われると正確に説明できません。なんとなく、ノートンを救うための手立てがないか、藁にもすがる思いで探していたように思います。

 そのとき、ノートンの机の上に置時計があり、その針がちょうど10時を指していたのを見ました。動揺はしていましたが、覚えやすい時間だったので、それは確かだと思います。

 私の大声で、隣部屋のラッセル・チムニーと、同じく隣部屋のドン・ホールドが駆けつけてくれました。私はふたりに応援を頼みました。ふたりはそれぞれ、ノートンの介抱、そして、外へ報せるなど対応してくれました。私はと言えば、憲兵の方がたがお見えになるまで、私はノートンの部屋から離れることなく、そこに留まっておりました。誰かに事情を聞かれたとき、正確に報告できるよう、あの状況を記憶に留めることに努めたのです。ノートンの身体もずっとその部屋にありました。絶対に間違いありません……」


 マークの説明は詳細でわかりやすいものだった。メルルもメモを取りながら、そのときの情景が頭に浮かんでいた。


 「あなたが声をかけたとき、そしてそれ以降も、ノートン氏に何の反応もなかったのですね?」

 レトの質問にマークは大きくうなずいた。「まったくございませんでした」


 「チムニー氏とホールド氏の様子はどうでしたか? ノートン氏の様子を見て、どんな反応を見せましたか?」

 「これと言って変な様子は……。詳しく話せば、ふたりとも部屋の入り口でノートンが倒れていることに驚き、少し立ち尽くしていました。ですが、ふたりともすぐ我に返り、チムニーは誰かを呼んでくると言ってその場を離れ、ホールドは部屋に入ってノートンの様子を確かめ、胸を押すなど蘇生を試みていました。役立たずの私は、彼の隣でそれを見ているだけでした」


 「ノートン氏が亡くなっていることに気づきませんでしたか?」


 「……いえ……。しばらくしてホールドが『だめだ。息を吹き返さない』と言って蘇生を止めてしまったので、それでノートンが死んでいることがわかりました」


 「そうですか、ありがとうございます」

 レトは礼を言ってマークを下がらせると、今度はラッセル・チムニーを呼んだ。


 ラッセルは中肉中背で、丸顔の男だった。鼻も丸く、まん丸の両目はずっと驚いている顔のように見えた。


 「……あのときは部屋の片づけをしていたよ。平日は出したものをそこらじゅうに散らかす人間なんだ、俺は。で、休みの日はそれらのあと片づけをする日になるってこと」


 ラッセルはマークと違い、ざっくばらんな性格のようだ。口調もかなりくだけている。


 「あのとき、マークが叫ぶ声が聞こえて俺は廊下に出た。俺の部屋はノートンの右隣にある。ノートンの扉が開いていて、マークの声はそこから聞こえていた。のぞくとノートンが床に倒れていて、そのそばでマークがうろたえた様子で騒いでいたんだ。ノートンは目が開いた状態で、まったく身動きしていなかったので、これはまずい状態だと思った。寮のすぐそばに内科の先生が住んでいるのを知っていたから、まずは先生を呼ぼうと寮から駆け出したんだ。ノートンの身に何が起こったかわからなかったが、とにかくお医者様ならどうにかなるだろうと考えてね。それに、今日は安息日だから自宅にいるかもしれなかったし……。実際、先生は自宅にいたからノートンのところまで来ていただいたんだが……。けっきょく助からなかった……」

 ラッセルの声は、最後のあたりはつぶやくようなものになっていた。ぽりぽりと頬をかく左手の小指は包帯で巻かれていた。メルルがその指にじっと視線を注いでいると、ラッセルはそれに気づいて包帯を指さした。

 「片づけのときにケガをしたんだよ。これがどうかしたかい?」


 「い、いいえ」

 メルルは慌てて視線をそらした。


 次に呼ばれたドン・ホールドは、頬に絆創膏を貼っていた。彼は、「今朝ひげを剃ったときに切っただけ」と答えた。


 事件のことを尋ねると、ケガのことを話したときと同じようにぶっきらぼうな調子で話し始めた。


 「あのときは洗濯物を畳んでいた。休日は朝早く洗濯して干す習慣なんだ。そうすれば、自分のために使う時間が増えるから。取り込んだ洗濯物を畳んでいたとき、扉が閉まるような大きな音が聞こえた。なんだろうと思ったが、放っておいたら、今度は『誰か来てくれ』って叫ぶ声が聞こえた。さすがに放っておけなくなって部屋を出たら、右隣にあるノートンの部屋の扉が開いていて、様子をのぞいてみればあいつが倒れていたというわけだ。そばでマークが蒼い顔して座っていた。どうしたらいいかわからないように狼狽していたよ。僕のあとにチムニーも姿を見せた。彼はノートンがぴくりとも動かないことがわかると、医者か誰かを呼ぶと言ってそのまま寮から出て行った。

 僕はノートンのそばへ寄って、呼吸や心音の有無を確かめた。どちらもまったくなかったので緊急事態だとわかった。僕は文官で軍事訓練などに参加していないから、蘇生術はまともに修得していない。それでも、これまでの見よう見まねでノートンの蘇生を試みたよ。まぁ、まるで役に立てなかったわけだが。それ以降は、チムニーが医者を連れてくるまでノートンの部屋にいたよ。

 ノートンの様子? あのとき、彼はすでに死んでいたと思う。まったく動く様子はなかったよ。

 事件があった時間? さぁ、自分の部屋にも時計はあったけど、見ていなかったからなぁ。たぶん10時ころだろうってことかな、わかるのは」


 彼らの説明には特に異常なものは見られない。少なくとも死者が寮の外へ出たという話につながりそうなものは。


 メルルは小さくため息をついてメモ帳を閉じた。

 レトは続けてニック・サーヴィスを呼んだ。10時10分に寮から出ようとするノートンを目撃したと主張する人物だ。


 これまで聞き取りをしていた寮の医務室は、夕暮れの日が差し込んで赤く染まっている。

 医務室に入ってきたニックの顔も西日に照らされて赤く染まり、彼はまぶしそうに顔をしかめた。


 「いったい、何が聞きたいって?」

 ニックは、不満そうな様子を隠そうともせずに尋ねた。

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