616.解決する話、謎が深まる話
「その…紹介者と会う際に、俺も同席して欲しい、と」
遠慮がちに切り出したレンドルフに、オルトは一瞬キョトンとした顔になった。
「別に、構わないんじゃないか?」
「で、ですが」
「会いたくないのか?」
「会いたいです」
オルトの問いにほぼ被せるような勢いでレンドルフが言い切った。しかし言い切っておきながら、直後にハッとして見る間にレンドルフの耳が赤くなって行くのをオルトはしっかりと目撃していた。
「当人に知られさえしなければ、周囲が知っていても問題はないぞ」
「それでも、その、怖くて」
自分の腹芸が上手くないことは、レンドルフ自身もよく分かっている。だからユリに呪詛のことを気取られないようにする最善策は、ユリと顔を合わせないことだった。最初は気持ちを落ち着かせてから、何も知らない態度で接すればいいと思っていた。だが、あちこちで呪詛に関して調べる程、どうやって動けばいいのか全く分からなくなって、鏡を見ると明らかに冷静ではない顔が映っていた。こんな顔ではユリに会えないと先延ばしにしているうちに、いつしか会うことに怖じ気づいていることに気付いてしまった。
「会いたいのに、ちゃんと出来る自信がなくて。もし悟られてしまったらと思うと、怖くて」
ギュッと胸の辺りのシャツを掴んだレンドルフの指先が、余程力を込めているのか白くなっている。
「…それなら、尚更会った方がいい」
少しだけ椅子ごと体をずらして、オルトはレンドルフの肩に軽く触れた。その分厚い筋肉に覆われた肩から、微かに震えが手に伝わる。
見るからに鍛え上げた体だが、呪詛は物理的な力が及ばない領域だ。オルトは知識として呪術のことは知っているが、魔力が殆どない為に扱えなかった。逆に魔力量が多くどんな呪術も行使することが可能だったベルの隣でただ彼女が苦しむのを見ていることしか出来なかった為、今のレンドルフの気持ちは痛い程理解出来た。
そして、見ていることしか出来ない不甲斐無さから目を逸らして逃げたくなる気持ちも。
「大丈夫、ベルが同席するんだ。レンドルフが多少感極まったり、ぎこちない態度になってもちゃんとそれらしい理由を合わせてくれる。ベルは機転の利くタイプだから、そういうのが得意なんだ」
「でも…それは迷惑では」
「そんな訳あるか。いいか、俺もベルもレンドルフに協力したいからやってる。むしろ未だに手掛かりがつかめないのを申し訳なく思ってるくらいだ。だからせめて少しでも、お前の望みを叶える手伝いをさせてくれ」
思いの外力説してしまったオルトが、ついレンドルフの肩を掴むようになってしまい慌てて手を放した。
「…ありがとうございます。彼女に、同席の連絡をします」
「ああ、頑張れよ」
ほんの少しレンドルフの目に光るものが浮かんでいたように見えたが、オルトは窓から入る光の加減だと思うことにしたのだった。
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「これが、わらわの覚えている内容じゃ」
「思ったより大量…って、字汚っ!読みにくっ!!」
「よ、幼児に達筆さを求めるでない!」
アナカナはドヤ顔をしながら紙の束をニーノに差し出した。一瞬その分厚さにニーノはおののいたようだったが、大きくのたうっている文字を見て、一枚ごとの内容量は少なそうなことにあからさまに安堵していた。
この紙束には、アナカナが覚えている限りの前世のゲームの内容が書き出されていた。ニーノと意見を摺り合わせる為に必要だと思い、三日間掛けて書き上げたアナカナ渾身の超大作だ。それを批判されたので、アナカナは非常に憤慨した様子だった。
「地震が何度も起きるのは、レンドルフルートの初期と記憶しているのじゃ。好感度レベルが恋愛モードに入ったと同時くらいじゃった」
「俺の記憶でもそうですね。地震がトリガーになって、辺境領でスタンピードの予兆が現れたということで調査を命じられて北へ向かいました」
「そちはレンドルフでもプレイしておったのか?」
「ええ。ユリシーズとのイベントが起こるキャラでしたから」
「ブレぬの…」
アナカナもニーノも前世の記憶があって、どちらもゲーム「キミシロミ」をプレイしていた。だが、元のゲームが多数のシリーズをリリースし、新たなゲーム機の発売に合わせて移植される度に新要素を増やし、そのうち初期作品を復刻版と称して半分以上システムやエピソードを刷新して売り出すなどしていた。その為、単純にプレイしていたと言っても時期が違えば話が通じないことが多いのだ。
アナカナの記憶では「キミシロミ」は乙女ゲームジャンルで、プレイヤーが選ぶのは女性キャラクターのみだった。その後アナカナが転生した後、ニーノがいた世代では男性キャラクターも選択肢に加えられて、より幅広いファンを獲得したそうだ。
アナカナは元々コンプリートに生き甲斐を感じるタイプのやり込み型で、無印と呼ばれる最古の始まりのゲームを味わい尽くして、味がなくなっても咀嚼し続けていたくらいに嵌まっていた。そこから「2」もプレイしていたが、どうやら人生の残り時間が少ないと察した時点で攻略本を脇に積み上げて、自分の好むハピエンルートを爆走していた。だがハピエンルートを一通り終えた時点でその先の記憶がないので、真のコンプリートは叶わなかったらしい。
ニーノの前世は物語の中で悪役令嬢枠で幾つかのルートに登場する「ユリシーズ・アスクレティ」の強火担で、彼女が関わるルートのみを熱心に周回していたらしい。どうにか彼女を幸せにする道をひたすら模索していたようだが、転生までにそのルートは残念ながら見つからなかったそうだ。
「アナ様の方では、レンドルフがアスクレティ領に立ち寄った話はないんですね」
「ヒロイン目線じゃからの。追いかけている間は、先に領地に向かっているレンドルフの描写はないのじゃ」
ゲーム内では、レンドルフが旅立つ前日にヒロインが一緒に辺境領に行きたいと申し出るイベントが発生する。その場面では危険だから連れて行けないと一度断られるのがほぼデフォルトで、後日ヒロインが王都で帰還を待つか、強引に追いかけて行くか、という選択肢が出る。好感度が七割近くまで上がっているとレンドルフから「一緒に来て欲しい」と告げられる。この時にも行くか行かないかの選択肢が出た為、前世のアナカナは「そこまで好感度を上げておいて断る強心臓がおるのか…?」と恐れおののいた記憶がある。
追いかけない選択をすると、しばらく後にレンドルフが辺境伯を継いだというニュースが流れて来て、レンドルフはもう二度と王都に戻ることはない。ヒロインもその頃には簡単に王都を離れられなくなっており、実質レンドルフとのルートは消滅する。
「プレイヤーがレンドルフだと、回復薬や解毒薬の手配を頼む為に、一旦アスクレティ領に行くんですよ」
「ああ、大公領は道中の地理的に少しの寄り道で済むからの」
「で、そこでユリシーズに会えるんですが、もう既にその時点で闇堕ちしているので、供給量は定められている、ってすげなく断られるんです」
ニーノとしてはもっと食い下がって会話を引き出したかったのだが、そこでは選択肢のない固定の会話が繰り返されるだけだった。幾度もリセットを繰り返して色々と試したが、結局ユリシーズに冷たく追い返される以外になかった。それはそれでご褒美だとファンの間では言われていたが。
ニーノはガサガサとページを捲って、アナカナの悪筆をどうにか読み解いて行く。
「この辺は俺の知ってる内容とほぼ同じですね。ヒロインが追いかけて来た場合、港町で攫われかけたヒロインを『王弟サムエーレ』とレンドルフが共闘して助けるって」
「ん?『王家の庶子サミー』ではないのか?」
「本名がサムエーレですが、レンドルフ達の前ではサミーって名乗ってましたよ。陛下の密命を受けて、辺境のスタンピードの調査を行う為に身分を隠してました」
「ううむ、そちの世代でサミーの王弟説は公式公認になったのか」
「違ったんですか?」
アナカナのプレイしていた内容では、サミーは海洋専門の冒険者と名乗ってはいたが、言葉の端々に王弟と思われる発言はしていた。けれど公言した訳ではなく、公式もそのことは明言していなかったのだ。ただ、このサミーをメインに据えたミュージカルを上演した際、王弟であるという設定が付け加えられていた。それが公式も認めたものだったのか、舞台特有の設定だったのかはアナカナの記憶には残っていない。
「ああ、そう言えば一部の設定は舞台からの逆輸入って話はチラッと聞きましたね。王弟サムエーレがそうだったんですね」
「サミーは当時人気が高くての。サミーに会う為に途中までレンドルフのルートをプレイする者も多かったのじゃ。そこでサミーを口説き落として、レンドルフルートから離脱する者が多発してな…」
アナカナの知るレンドルフルートは、ヒロイン不在の場合はバッドエンド確定になる。正規のルートは、ヒロインはレンドルフと共に国境の森で起こっている異変を見付け、力を合わせて解決に導く。そこで好感度がほぼカンストするので、解決後にレンドルフの家族に紹介されるのだ。それはもう実質婚約者同然と言ってよい扱いだった。
だがもしヒロインが不在であれば、辺境領はスタンピードに呑まれて、クロヴァス辺境伯家が壊滅する流れになる。レンドルフはスタンピードの阻止に間に合わず、家族も領民もいなくなった領地で、たった一人領主として跡を継ぐのだ。
道中でヒロインがサミールートに入ってしまった場合は、辺境領に行く前にサミーが異国にいる恩人の危機を知らされて、そちらを優先するサミーと一緒に離脱してしまう。このルートも波瀾万丈な大冒険で絆を深めて、公式曰く「ラブラブ胸キュン」な展開になるのだが、アナカナはバッドエンド確定になるレンドルフを見捨てることは出来ずに、結局サミールートはプレイしないままだった。
「あと、この辺境の異変の原因がガリヤネ国なのは同じですね」
「うむ。好感度やそれまでに拾ったエピソードで多少変化はするが、わらわが知る限りガリヤネ国が原因なのは変わらぬ」
「実行犯が『ガリヤネの聖女』、ガリヤネ国第一王女というのも?」
「そうじゃ」
北の国境の森で接しているガリヤネ国は、昔からオベリス王国との諍いが続いている国だ。それこそ歴史書を紐解けば、両手に余る程の大小の抗争を繰り返している。近年の世界情勢は武力よりも対話が重要視されるようになってきた傾向もあって、そこまで直接的なぶつかり合いはない。
最も近い大きな衝突と言えば、50年程前に国境の森で起こったスタンピードで当時のクロヴァス家当主が命を落としたことだろう。事態の収束後、ガリヤネ国側からそのスタンピードの被害を広げたのがクロヴァス家だとして賠償を求める訴えを起こされた事案だ。
もともと森を挟んだ両国の辺境伯は、有事には国境関係なく互いの兵を送り込んで加勢するという盟約が交わされていて、ガリヤネ国側の危機にクロヴァス家が援軍を出したのだ。しかしそれが国境侵犯だと訴えられ、一説にはガリヤネ国側の計略でクロヴァス家当主が謀殺されたのではないかと言われている。
そのことが決定打となって、それ以降オベリス王国は国交を絶っている。
ゲーム内でのガリヤネ国との関係は現実世界と同じく微妙で、非公式な交易はあるものの、正式な国同士のやり取りがない状態が続いていた。その理由についてはゲーム内では語られていないが、現実と同じと思ってもよさそうだった。
そんな折り、ガリヤネ国の第一王女がレンドルフに一目惚れをして、国交の回復と引き換えにレンドルフの婿入りを望んで来た。けれどその望みは互いの国が求める益が一致しなかったこともあり、叶うことはなかった。
「ゲームではそうでしたけど、現実はどうなんです?レンド…現実のクロヴァス卿はあまりにも見た目が違い過ぎますよね」
ニーノは前世ではゲームのキャラクターとして呼び捨てにしていたが、現実のレンドルフを思い浮かべてつい言い直してしまった。このアナカナとの会話は非公式で、前世では明確な身分差がなかったことから無礼講だと言われていたが、これまでにこの世界で生きて来た習慣が、身分の上の者を呼び捨てにすることをどうにも居心地悪く感じさせたのだ。
「わらわ独自のルートで得たソースじゃがな、今はああじゃが幼い頃のレンドルフは傾国の美少女だったそうじゃ」
「は、はあ…では、第一王女に一目惚れされた可能性もある、と?」
「一応内々にそれらしい打診はあったそうじゃぞ。しかし、成人前に立ち消えになったと言っておった」
「独自の…って、当人に聞いただけじゃないですか」
「あやつは成人手前でニョキニョキムキムキに育ったそうじゃ。そのおかげであちらの好みとは外れたのではなかろうか。それに立ち消えにならぬとも、国王陛下が承諾するとは思えぬ」
レンドルフの次兄がガリヤネ国の辺境伯に婿入りしていたこともあり、国内のバランスを取る為に同じ家から二人も婿入りを許可するのは得策ではない。オベリス王国側が首を縦に振るとはアナカナは思えなかった。
実際王家はその話を受けて、他家の令息を薦めていた。しかしその提案はガリヤネ国には受け入れられず物別れに終わり、その話題も出なくなっていた。
「それでしたら、異変の元凶はガリヤネ国ではない、という可能性が出て来ますが」
「そうなのじゃ。そこで、ニーノに違うルートはないか確認しようと思ったのじゃ」
ゲームではガリヤネ国第一王女が呪いを国境の森に仕掛け、その結果スタンピードが起こってクロヴァス領に多大な傷跡を残すのだ。上手く呪いを発見出来ればいいが、なかなか見つからない場合は時間と共に難易度が上がって行く仕様になっていた。
第一王女が呪いを仕掛けた理由は、レンドルフを諦め切れずに起こしたものだった。「ガリヤネの聖女」と呼ばれる彼女は浄化魔法に長けている設定で、辺境にスタンピードを引き起こして危機に陥ったところを自ら乗り出して魔獣を浄化して恩を売るという自作自演を目論んだのだ。
しかしレンドルフとの好感度をカンストさせたヒロインが聖女としての能力に目覚め、呼び寄せた魔獣を浄化魔法で一掃して第一王女の計画は失敗に終わる。第一王女には明らかな「ざまあ」展開はなかったが、レンドルフはヒロインとくっついた為に結局彼女にとっては同じようなことだったろう。
「……ええと、あるには、あります」
「あるのか!?誰の、いや、どんなルートじゃ」
「…ユリシーズの、国土半壊ルート、です」
身を乗り出して迫るアナカナから目を逸らしながらも、ニーノは絞り出すようにそう言ったのだった。




