表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
縁遠い護衛騎士と悪縁寄せ令嬢の幸運なご縁  作者: すずき あい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

682/686

614.会う理由


ユリにしては非常に珍しく、レンドルフからの手紙を手に難しい顔をしていた。


「ユリシーズお嬢様?どうなさいました?」


石像のように動かないユリに、夜に飲む専用のハーブティーを運んで来た専属メイドのミリーが訝し気に尋ねた。いつもならば、レンドルフからの手紙はずっと頬が緩んだ状態で何度も読み耽っているユリだが、最近は手紙のやり取りが間遠になり少し顔が曇っていた。けれど今日はミリーでも初めて見るような表情だ。


「うん…レンさんから頼み事が書いてあるんだけどね…」

「何かお嬢様に無理難題を!?」

「違うわよ!レンさんがそんなことする訳ないじゃない」

「では、レン様は一体何を」


レンドルフの手紙には、先輩騎士の妻が女性薬師を探しているのでユリを紹介してもいいかという頼み事が書かれていた。


「こういうことは、ギルドからも打診が来るし、見習いって分かっててもレンさんが紹介しようって思ってくれたことは嬉しい。でもね…」


女性特有の症状や悩みは、やはり同性の方が良いと希望されることは多い。ただ見習いも含めて女性薬師は数が少ないので、奪い合いになるのを避ける為、大抵はギルドが仲介をしている。ギルド以外では、今のように知り合いなどから直接紹介されることもある。


「でも?」

「その…」


ユリは「我が儘なのは分かってるのよ」と前置いてから、渋々といった表情でボソボソと呟いた。


「任務だから仕方ないのは分かっているのよ。でももうレンカの花はここ数日満開だし、満開を過ぎてもまだ見頃は続くけど、それを知らせても『ごめん』って。別に責めてる訳じゃないし、レンさんだって大変だなって分かるし!」


一息に言い切って、ユリはふう、と息を吐く。


「花を見に行くのと、薬師を探すのとじゃ全然違うのは分かってるけど…」

「お嬢様の願いより、他の方の願いを聞いているレン様に腹を立てていると」

「は…腹を立てている訳じゃ」

「では…お寂しい、でしょうか」

「う…そ、そう、かな…?」


ユリの気持ちを言語化しようとするミリーに、ユリは自分の胸に手を当てて考え込む。


レンドルフの髪色を思わせる凛として美しいレンカの花は、出会ってすぐの頃にいつか見せると約束した。その時はまだこんなにレンドルフとの縁が続くとは思っていなかったので、ユリの中では確実性の薄い口約束に近い感覚だった。だがこうして続いて来た縁は、その約束を絶対に叶えたいものとして変化させた。


けれど今はレンドルフの予定が合わないまま少しずつ花の見頃は過ぎ、一つずつ花が散って行くのをユリは毎日焦りにも似た気持ちで眺めていた。


それがここに来て、レンドルフからの頼み事であった。そもそも比べるものではないと分かっていながらも、ユリの心には小さな翳りが落ちる。レンドルフが悪くないのは分かっていながらも、自分の願いより別の人の望みを叶えようとしているのは何故、という刺のような気持ちが心に刺さるのだ。

そしてその小さな刺の痛みがよく分からないまま、ユリは自分の気持ちになかなか折り合いを付けられずにいた。


だが、ミリーの言葉のおかげで、その感情が「寂しい」に起因していることに思い当たる。レンカの花の約束が果たせない焦燥や、他の人の頼み事を引き受けたことへの胸の痛みは、全てレンドルフと会えないことに繋がっていた。


「…顔を見て、会って話したいだけ、なのね。でも、それは我が儘だわ」

「それは我が儘とは思えませんが」

「だって、レンさんは騎士としての任務をこなしているのよ?それを邪魔するなんて、我が儘以外何があるの?」


目に涙こそ浮かんでいないが、ユリの表情はまるで泣いているようだった。その顔を見て、ミリーは彼女がまだまだ心は成長の途中なのだと悟る。


ユリはそれこそ物心つく前から疎略に扱われ、長らく自我や自尊心を削られ、抑圧されて来た。大公家が救い出して引き取った時にはまるで感情がなく、何もかもを削ぎ落とした粗末な人形のようだった。それが少しずつ手を掛けられ愛情を注がれて、何年も遅れてやっと人としての感情が成長しているところなのだ。


「それは我が儘ではございませんよ」

「でも…」

「お嬢様は最近レン様に会いたいと言いましたか?」

「…まだ、言ってない」


少し口を尖らせるように俯くユリの顔は、ミリーの目には随分幼い少女のように映った。出会った時は感情の抜け落ちた無の表情で、瞬きをしなければ人形だと思ったかもしれないくらいだったのだから、その変化がミリーには喜びに感じた。


「心で思うだけでは、我が儘にはなりません」

「……そう、なの?」

「そうです。それに本当の我が儘は、断られても引かず、相手のことはお構いなしに自分の望みを強引に通そうとすることです。お嬢様は、レン様に迷惑がられても会いに行けますか?」

「無理」


即答したユリに、いけないとは分かっていてもミリーはつい笑ってしまった。


「レン様へのお返事には、仲介役として立ち会って欲しいとお伝えしては如何でしょう」

「え!でも、迷惑じゃない?」

「お嬢様が会いたがっているのです。迷惑だなんてことありませんよ。それにお嬢様の申し出を迷惑だと思うようなら、たとえレン様でも許しません」

「ミリーは私に甘いんだから」

「私だけではございません。……皆、心配しておりますよ」


そう言われて、ユリは大公家に仕える人々、殊にこの別邸にいる使用人達に思いを馳せた。彼らは当主のレンザや家令などが選出しているが、特にユリの側にいる者は厳選していた。雇い主はレンザではあるが、少なくとも別邸の使用人はいざとなればレンザよりユリを優先出来る者を雇っている。

だからこそ、最近レンドルフとの連絡が遠くなってしまったことで落ち込んでいるのを誰よりも心配されていることに、ユリはようやく思い当たったのだった。


「…ありがとう、ミリー。レンさんにお願いしてみるわ」


ユリはようやく微笑んで、愛用のガラスペンを手に取ったのだった。



------------------------------------------------------------------------------------



ニーノ・ブライトは、二徹明けの重い体をどうにか動かして、指定された場所へと向かっていた。


ニーノが所属する王城の内部監査室に務める者は、何か節目の行事前後が忙しい。中枢にある各機関の金銭や人の流れなどに不正がないかを抜き打ちで調査することが、内部監査室の主な職務だからだ。

特に春の百花祭の後に催される夜会は学園を卒業して成人を迎えた若者のデビュタントも兼ねており、資金が動くだけでなく、各部署に新人が配属されたり昇進なども含めた大きな人事異動もある。勿論それらの予算案や報告書などは国に提出されているが、それを正しいかどうかを忖度なしに精査する機関である以上、この時期は最も多忙を極めるのだ。



従来ならば、この忙しさは遅くとも10日程前までには終了して、内部監査室では真っ白に燃え尽きた同僚達が惚けたように机に向かっていることが常だった。だが今年は突発的な地震の影響で夜会自体が延期になった為に、昨日までが忙しさのピークだったのだ。


実のところはピークが過ぎただけでまだ後処理が残っているのだが、ニーノはそれを上司に投げて、間接的にそれを回されるであろう同僚の羨望を通り越して怨嗟の視線を背に受けながら一旦離脱していた。そして欠伸を噛み殺しながら、滅多に足を向けない区域に向かっているところだ。


その目的の場所には、第一王女アナカナが待っている。

百花祭最終日に三度目の地震が起こった直後に、アナカナからの書簡がニーノの元に届けられたのだ。そして詳細は省かれていたが「意見を聞きたいので話す時間を取って欲しい」と書かれていて、ある程度自身の裁量で仕事を進めている個人主義の内部監査室が一瞬騒然とした。


内部監査室の人間は、正しく国を運営する為の楔であるべきだと古くから法で定められている職務で、時には王族の血を引く高貴な相手でさえも不正を指摘して正さねばならない。その為、表には出さないもののやんわりと王家にも疎まれている存在でもある。しかし、数百年ぶり、人によっては建国王以来の天才と名高い王女からの直筆の書簡は、それだけ彼らを驚かせたのだ。



夜会の延期に伴いアナカナとの面会も一度先送りになって、日を改めての今日なのだが、ニーノにとっては体力的にも心理的にも最初の予定通りの面会の方がまだ楽だった、という心境だった。


(やっぱり、リスケを願い出れば良かったな…)


つい心の中で前世の単語が出て来てしまうのは、アナカナもニーノと同じ前世の記憶を持っているからかもしれない。



本当に偶然ではあったが、二人とも前世の記憶を持ち、日本の生まれであったことを知る機会があったのだ。そしてこの世界が前世でプレイしていたゲーム、通称「キミシロミ」によく似ているということも共通認識として持っていた。

しかしそのゲームはかなりリニューアルを繰り返した長寿作品で、どうやら死んだ時期が大分違っていたのでお互いに知らない場面やキャラクターもあった。このことは、いつか機会を設けて話し合う必要があると互いに思っていたが、今世では王女と一文官という立場の差からなかなか実現していなかったのだ。



歩きながら何となく頭の芯の方が熱を帯びているような気がするのは、やはり睡眠不足から来るものだろう。これでこれからきちんと話が出来るのかニーノ自身少々不安が残るが、彼女はおそらく仲間意識を持ってくれているので、多少の失言は流してくれる筈だ。


そう願いながらニーノがアナカナの生活拠点である王女宮の門のところまで行くと、近衛騎士と侍女が既に待機していた。


「お待たせして申し訳ありません」

「お時間通りでございます、ブライト様。それでは、ご案内いたします」

「お願いします」


案内をしてくれたのは、一瞬子供かと思うくらい小柄で童顔な紫色の髪色をした侍女だった。ニーノは確か以前遠目でアナカナを見かけた際に、後ろに侍女二人を従えていた内の片方だと思い出す。アナカナが平均的な同じ年の幼女よりも小さいので相対的に侍女達は普通に見えたが、こうして並ぶとかなり小柄だと実感した。けれど王族の侍女になるくらいだから、見かけよりも経験をしっかり積んでいるのだろう。


王女宮に入ると、天井が高いせいかあまり装飾品がない内装のせいなのか空気がシンと冷えている。アナカナは現在王家直系の中で唯一の姫なので、もっと華やかに飾り立てられているかと勝手に思い込んでいたニーノは、「そう言えば殿下は前世アラフォーと言っていたな」と思い出した。前世の中身の主張が強い彼女が望んだのかもしれない、と納得しながらニーノは歩を進めて行く。


何度か回廊を曲がった突き当たりに、重厚な扉がそびえていた。


近衛騎士はこの扉の前までで、そのままこの場の警護につくらしい。さすがにニーノも緊張した面持ちで開けてもらった扉の中に入る。


中に入るとすぐ正面に扉のある二重構造になっていたが、正面の扉に向かうのかと思いきや、案内してくれた侍女はスッと左側の壁を押した。そこは最初は壁だと思っていたのだが、目を凝らすとそこにも扉があったのだ。隠し扉と言う程隠れてはいないが、初見ではそのまま正面の扉をくぐってしまうだろう。


「おう、よう来たの。待ちかねたぞ、ニーノ」

「王国の知恵の一つ星、第一王女殿下に…」

「そういうのはよい。とっとと話を始めるのじゃ」

「ええ…まあ、いいですけど」


部屋の中は窓のない部屋に古めかしいが重厚なテーブルと椅子が置かれていて、その一つにアナカナが鎮座していた。テーブルの上には紙の束とインク壷、羽ペンが揃えて置かれ、テーブルの脇には茶器の乗ったティーワゴンが並んでいる。


「ええと、侍女殿は」


周囲を見回すと、先程まで案内してくれていた侍女の姿がない。それどころか、部屋の中にはアナカナ以外に見当たらなかった。


「別部屋に入ったのじゃ。扉が幾つもあったであろ?」

「そうですけど、この部屋には」

「そちとわらわの二人だけじゃ」

「ちょっ…!?それはマズいでしょう!」


あまり表情筋が仕事をしないニーノが、さすがに慌てた顔になる。しかしそれに対してアナカナは、してやったりと言わんばかりのニンマリとした笑みを浮かべた。


未婚の貴族令嬢は、基本的に異性と二人きりになることを避ける。婚姻間近の婚約者同士であれば大目に見られるが、それでも眉を顰める者も少なくない。それはやはり、貴族は血を繋ぐことを重要視していることに起因している。


「一応シオン…案内の侍女が一緒に部屋に入った態になっておる。心配するでない」

「そうは言いましても…」

「これからする話は聞かれぬ方がよかろう?それとも何か不埒な真似でもするつもりか」

「滅相もない!」

「わらわもじゃ。問題ない」


立ったままのニーノに、アナカナは小さな手ではす向かいに座るように示したので、彼はおそるおそるといったふうにそっと椅子に腰を降ろした。それでもまだ落ち着かないニーノに、アナカナはティーワゴンをを指差す。


「茶でも飲んで落ち着くと良い。誰もいないからセルフじゃがな。ああ、ついでにワゴンの上に手が届かない幼気なお子様にホットミルクなど振る舞っても構わぬぞ」

「……畏まりました」


座ったばかりのニーノはすぐに立ち上がって、慣れた手付きでアナカナ用のホットミルクと、自分用のミルクティーを用意して、テーブルの上に置いたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ