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縁遠い護衛騎士と悪縁寄せ令嬢の幸運なご縁  作者: すずき あい


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613.会いたい人


オルトから話をされた三日後、レンドルフはオルトとベルの夫妻の家に招かれた。表向きは、クロヴァス領から送られて来た干し肉と干し豆をお裾分けする礼として、彼らの家の夕食に誘われたということにしてある。

その最大の目的は、ユリをベルと会わせて呪詛の種類を見てもらう為に、如何に自然な出会いを装うかという作戦会議だった。


「遠慮せずにどんどん食べてくれ。もし口に合わないようなら、それも遠慮せずに言ってくれよ」

「ありがとうございます。いただきます」

「レンドルフくんのご実家の干し豆、早速いただくわね。オルトと一緒に食べられる物がまた増えて嬉しいわ」


夫婦二人にしては大きなテーブルにズラリと料理が並べてある。このテーブルが新しいのは、別の地で研修を受けている息子ロットが帰って来て食卓を囲むことを想定しているのだろう。


オルトが用意してくれたのは、ポテトのチーズ焼き、オイルサーディンとタマネギのサラダ、骨付き鶏モモ肉のトマト煮込みなどだった。レンドルフはどれもユリが好きそうなメニューだとふと思ってしまい、慌ててその感情を心の中に押し込める。


食事の間は、深刻な話題は避けようと全員示し合わせたように和やかな空気のまま進んだ。

チーズ焼きは、ホクホクとしたポテトにミルク感が十分残っているチーズの柔らかい味わいが舌に優しい。シャキシャキとしたタマネギの歯応えと甘みにほんの少し残った辛味がオイルサーディンの旨味の詰まった脂とよく合った。そしてモモ肉はナイフを入れるとホロリと骨から剥がれ、蕩けるような皮としっとりとした肉によく煮込まれたトマトソースを絡めると肉の甘みとトマトの酸味が口一杯に広がる。


どの料理も食堂で出しても遜色がないくらいの腕前だ。

オルトの料理は遠征中の野営の当番で何度か食べたことがあるが、設備や材料が限られているため、余程のことがない限り誰が作っても似たような出来映えになる。だからレンドルフはいつも誰よりも手早く準備出来るということ以外、オルトの実際の腕前を知らなかったのだ。


「デザートもあるぞ。久々に作ったから、味はアヤしいがな」

「見ただけで美味しそうですよ」


食事も終わり、レンドルフが甘い物が好物と知っているオルトがわざわざデザートまで用意してくれていた。出された白い皿の上には、大振りに切り分けられたチーズケーキが三切れ乗せられている。断面には色鮮やかな赤い果肉が覗いていて、見るからに美味しそうだった。そしてオルトの皿には一切れ、ベルの皿には何ともどす黒いマーブル模様のケーキの形をした何かが乗っていた。一瞬それで大丈夫なのかと心配になるが、愛妻家のオルトが妻の食べられないものを作る筈がない。それにベル自身も嬉しそうにふっくらとした頬を緩ませている。


隣にコーヒーが添えられて、香ばしい匂いが広がった。レンドルフはミルクだけを追加して、柔らかな苦味を楽しんでから、チーズケーキにフォークを入れる。フワリと柔らかな手応えで、口に入れると雪のようにスルリと溶けてしまった。軽やかなチーズの風味に、中に入ったベリーの酸味が爽やかでさっぱりしていた。これから気の重くなることを考えなければならないのが、オルトの気遣いがレンドルフにはありがたかった。



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「レンドルフくん。そのお相手の子のことを教えてくれる?」

「は、はい」

「言えないことは無理に言わなくていいのよ。ただ、偶然を装うにしても、初手で警戒されるのは避けたいから、言える範囲のことを教えてもらえると助かるわ」

「分かりました」


ユリの許可を取らずに彼女のことを話すことは些か罪悪感があったが、それでもユリの呪詛を読み解いて浄化させるにはベルの協力は必要不可欠だ。レンドルフは昨日深夜まで取捨選択を繰り返したユリの情報を頭の中で反芻させる。


「ええと、彼女はユリさんといって、キュロス薬局で受付や在庫管理をしていて、あとはあの研究施設で助手をしています。今は薬師見習いで、正式な薬師になる為に勉強中です」

「平民のお嬢さんなのかしら」

「ええと…生まれは男爵令嬢だと聞いています。ただ、幼い頃にご両親は事故で亡くなって、爵位返上をしたと」

「じゃあお身内は誰も…?」

「祖父殿がおられます。とある貴族家に仕えていて、薬師も務めている方です。曾祖父殿も薬師と聞いたことがあるので、そういう家系なのかもしれないです」


改めて昨夜レンドルフはユリのことについて考えてみて、多くのことを知らないのだと気付いた。勿論、レンドルフはユリが明かしたくないのなら知らないままで良いと変わらずに思っている。けれど疑問に思うことは幾つもある。



貴族家が後継がおらずに爵位返上することは、この国ではそこまで珍しいことではない。ユリのように、まだ幼い子が一人遺された時などもそれに当て嵌まる。ただ縁戚や寄親の貴族家が承知した場合は、遺児が成人するまで従属爵位として一時預かりをして、その後正規の後継に渡すことは可能だ。ユリには直系の祖父がいるのだから、ユリの将来の為に爵位や領地は祖父が引き取って手放さずにいた方が有用だろうと考えるのが一般的だ。たとえ領地がなくても、爵位を有しているだけでも付加価値は高い。

もしユリが男爵位を持っていたら、将来的に婿を迎えるなり嫁ぐなりする際に、ただの平民よりも選択の幅が相当広がるし、良い条件の縁談も増える。しかしそれでも敢えて返上したということは、色々な理由があるのだろう。


レンドルフの知る情報の中では、ユリと彼女の両親の間には何かしこりがあったようなので、それが影響しているのかもしれないと予測していた。今は完治しているものの、幼い頃病弱だったユリを彼女の両親は育児放棄していたと聞いている。そんな身内であったら、ひょっとしたら借金などがあったから爵位を含めた全ての遺産を手放した可能性も高い。

どう見てもユリを溺愛している彼女の祖父が、ユリに不利になるようなことを選択しないだろうとレンドルフは確信していた。


「薬師見習いなら、レンドルフくんからの紹介ってことで会えたりしない?女性薬師ってあまり多くないから、知り合いが女性薬師を探してるって言えばどう?」

「紹介ですか…」

「し辛い相手なのかしら」

「いえ!そういう訳では。ただ、そういう紹介をしたことがないので…でも、そうですね、手紙で聞いてみます」

「ちゃんと『知人女性への紹介』って言っておいてね。じゃないと警戒されて終わっちゃうから」

「あ、はい。気を付けます」

「それと、『同僚の妻』とも書くのよ!絶対に誤解されないようにね!」



薬師は種族や性別に関わらず、薬師ギルドの定めた基準値に達する薬を調薬出来るのであれば誰でも資格取得の権利を与えられる。しかしそれでも、扱う薬や調薬方法などで多少の個人差は出て来る。特に女性は、妊娠や出産、育児などが関係して来るため、どうしても扱える薬の種類に制限が出て来てしまうのだ。勿論それも考慮した制度は整備されているが、結婚や妊娠を機に薬師を辞めてしまう女性も一定数存在する。その為、女性の薬師は極めて少ないのだ。

しかし女性からは同性の立場から特有の症状を見抜く目や、相談しやすさなどもあってか反比例して女性薬師を求める声は多く、引く手数多の状況だった。ただ中には本当に薬師を求めているのか分からない見合いの釣書を求めるような男性もそれなりにいたので、警戒されることも多いのが実情だ。



「もしお断りするとしても、一度は会ってくれるんじゃないかしら。レンドルフくんの様子を見てると、しっかりしたお嬢さんみたいだし、断る場合は他の薬師を紹介しようとしてくれるんじゃない?それならまず自分が直接会って、どんな相手かを見てから判断すると思うのよね」

「そう、ですね。彼女なら、きっとそうすると思います。すごくしっかりしていて優秀で、色々なことを知ってて、尊敬出来る人です」


無意識なのだろうが、そう言いながらレンドルフの目が甘く熱を帯びるようになって、ほんのりと目尻の辺りの血色が良くなる。その様子に、オルトとベルは一瞬互いに視線を交わしてレンドルフには分からないように頷き合った。人生のほぼ全てを一緒に過ごして来たような二人なので、言葉にしなくてもこの目の前の純朴な青年を何としても助けてやりたいという決意を同時に抱いたのだ。


「じゃあ、まずはレンドルフくんに紹介の手紙をお願いするわね。私の方の予定はいつでも大丈夫だから」

「はい、よろしくお願いします!」


少し勢いよく声を出したレンドルフの顔は、ほんの少しだけ明るくなっていたようだった。



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ひとまずベルをユリに紹介して顔合わせをするという作戦を立てて、レンドルフはオルト達の家を辞した。少し早めの夕食だったので、帰り道にはまだ女性や未成年の姿も見える。


レンドルフは微かでも希望が見えたような気がして、僅かに軽い足取りで魔道具の小物を扱っている店の扉をくぐった。


店に足を踏み入れると、全身に何かが纏わりつくような感覚がする。それはすぐに慣れて霧散してしまうような些細なもので、店内にズラリと並べた魔道具が発する魔力が要因だ。一つ一つは殆ど影響されないものだが、こうして周辺を取り囲むように置かれていると、魔力の高い者は何らかの気配として感じることが多い。以前はこんな風に感じることはなかったのだが、最近色々と気が昂った状態が続いているので敏感になっているのかもしれない。


レンドルフは店内を見回して、刺繍入りのハンカチやリボンなどを並べた棚に近寄る。どれも控え目なワンポイントの刺繍の物が多い。これは刺繍糸に付与をつけて、更に図案にも様々な効果のある魔法陣を装飾として組み込んだ商品である。以前レンドルフがユリに贈った、一度だけ怪我から守ってくれるブローチと似たようなもので、日常的な怪我などから守ってくれるものや、通り雨に会った時に僅かな間濡れずに済むものなど、小さな災いから守ってくれるお守りのような品だ。


そのうちの一つを手に取って、レンドルフは真剣な顔になって値札と共に付けられている効能を読み込む。少しばかり時間を掛けてレンドルフは幾つかの商品と見比べて、その中からハンカチとリボンを一つずつ選び出した。


ハンカチは、ごく薄いピンク色の生地に白の小花が縁に刺繍されているものだ。リボンの方は濃い赤の生地に、色味の違う赤い糸で全体的に幾何学模様が施されている。どちらも日常に起こるような災い、とも言えないような小さな不運から身を守ってくれるものだ。

本当はもっと強力なものを買いたいところだが、この店にはそこまでのものはないし、強力であれば他に身に付けている魔道具や装身具との兼合いで調整が必要になる。それにあまり仰々しいものでは、ユリが不審に思うかもしれない。それだけは避けなければならない。


「贈り物ですが、あまり大仰にならない程度に包んでください」

「かしこまりました」


店員に頼むと、慣れた様子で小花が印刷された紙袋に入れて、その上から紙製のリボンで巻いてくれた。それを胸ポケットに入れて店を出ると、レンドルフは祈るような気持ちでそっと上から手を添える。


(ユリさんが、少しでも無事でありますように)


気休めに過ぎないと分かっていても、レンドルフはそう祈らずにはいられなかった。



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「レンの旦那」


王城の通用門近くで、不意に声を掛けられた。聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはサミーが立っていた。


「サミーさん、久しぶり」

「その節は世話になりました。お変わりありませんか」

「…まあまあ、かな。それよりサミーさんは」

「俺は…まあ、この通りでさぁ」


今のサミーは、無造作に生やしていた髭をすっかりなくして、目の色を隠す為に長くしていた前髪も短くなっている。以前のサミーはどこか少し荒れた雰囲気を纏っていて、いかにも荒事に慣れた用心棒という風情だった。だがこざっぱりとした風貌に整えただけで、貴族の護衛騎士と言っても差し支えない姿になっている。ただやはり目の色は隠したいのか、夜にしては少々色の濃いレンズの入った眼鏡を掛けていた。


「見違えたな」

「ちょっと偉い方の護衛みたいなモンを命じられまして。で、ちゃんとした恰好をしろと。どうにも鏡を見る度落ち着かないんですがね」

「元が良いんだし、その姿もサマになってると思うけどなあ」

「レンの旦那のご面相で言われると、こっちがこそばゆくなりますぜ」

「あー…」

「お、自覚ありですね」

「…まあ、母に似た顔だから、迂闊に否定すると父の形相がとんでもないことになったからな」


成人してから体は父よりも大きくなったレンドルフだが、顔立ちは何故かあまり変化がなかった。髭も殆ど生えない体質なので、一時期は早く髪が薄くなるのではないかと家族から心配されていたくらいだ。それならいっそ坊主にしてしまえばいいとレンドルフは呑気に言っていたが、その言葉に母の方が深刻な顔になって「それはそれで妙な色香が出て一部の方面に大受けなのよね…」と呟いていたが、レンドルフは敢えて深くは聞かないことにした。世の中には知らない方がいいこともある。



「ところで、俺に何か用でも?」

「話が早くて助かります。実は…ちょっとレンの旦那に会ってもらいたいお方がおりましてね」

「会ってもらいたい?今のサミーさんの護衛相手とか?」

「ええと…その相手からの依頼で、レンの旦那に面会させたい御仁がいると」


少し言いにくそうな様子で頭を掻きながらサミーが口に出す。色付き眼鏡のせいか、分かりにくいがおそらく視線が泳いでいるような気配がした。レンドルフは何となく厄介なことになりそうな雰囲気を察したが、それ以上にサミーが断り辛い相手なのだろうなと少々同情心も湧いて来た。


「その相手は?」

「俺もそこまで詳しくは教えてもらってないんで。ただ、ご令嬢とだけ」

「……見合いじゃないよな?」

「それは違います!そこは確認済みです!!」


レンドルフが思わず眉間に皺を寄せて固い声を出すと、サミーはここぞとばかりに全力で否定していた。



現在は大公家に雇われている身であるサミーとしては、そんな恐ろしい案件を仲介したらどうなるか想像もしたくない。

サミーにレンドルフへの繋ぎを頼んで来たのは、サミーの任務の為に必要な教育を身につけさせる教師係をしてくれているオランジュだ。身分や立場だけでなく、色々な意味で頭が上がらないオランジュに、サミーは呆れられる程しつこく問いただしている。もしそれがレンドルフへの縁談で、当人にその気はなくとも婚約間近などと噂でも立とうものなら、間違いなくユリがショックを受ける。そうなればユリの後ろから魔王よりも恐ろしい大公家当主レンザが出て来るのは確定事項だ。

サミーとしても、命を掛けてまで対峙したい訳では決してないのだ。



「俺じゃなきゃいけない用件なのかな…?」

「あちらさんはそうお考えみたいですよ」

「じゃあ会ったことがあるということか。しかし、心当たりがないな」

「どうにも切羽詰まった案件だそうなんで、申し訳ないですがレンの旦那、どうにか都合をつけてやってくれませんかね」


済まなさそうに頭を下げるサミーに、レンドルフは予定が合うならば、とその話を受けることにした。


「恩に着ます」

「あまり力になれるとは思えないから、会って話を聞くくらいだろうし、大したことじゃないよ」


本当に心当たりのないレンドルフは、本当に安堵している様子のサミーに却って申し訳ない気持ちになった。ただ縁談ではないと言うことだし、少しだけ話を聞けばいいだろうという気持ちだった。


連絡の手段は、折角の機会だから、とこれまで登録を交わしていなかったギルドカードでやり取りをすることにした。


「じゃ、改めて日程の候補をお知らせしますんで」

「ああ、頼んだよ」


何度も感謝を口にしながら深く一礼をして去って行くサミーを見送って、やはり所作も叙爵したての下位貴族よりも貴族らしいとレンドルフは思ったのだった。



お読みいただきありがとうございます!


レンドルフの頭髪問題は、次兄バルザックの妻が毛生え薬のパイオニアだったりするので、彼女が「私が何とかするから〜」の一言で解決しました。

因みに何故彼女が毛生え薬を開発したかと言うと、研究三昧で変わり者のひとり娘に婿の来手が見つからず、心労のあまり頭頂部がすっかり寂しくなった父の姿を見て、気の毒に思ってより一層熱心に研究に打ち込んだ為です(逆効果)

ついでに言うと、遺伝的な原因に良く効く薬は完成しましたが、ストレスが要因の薄毛にはあまり効果はありませんでした。しかし、その毛生え薬が切っ掛けでバルザックが婿入りしたので、何もしなくても彼女の父の頭頂部はちょっとだけ回復しました。

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