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縁遠い護衛騎士と悪縁寄せ令嬢の幸運なご縁  作者: すずき あい


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611.周囲の気遣い


「どうして、オルトさんが…?」

「届けもんだ。ああ、ちゃんとワシニカフ副団長から許可も貰って来てるぞ」


驚いてポカンとした顔になったレンドルフに、オルトは宥めるようにポンとレンドルフの肩を叩くと部屋の中に入って来た。


「夕食持って来た。後で食券を渡してくれ。特別に後渡しでいいそうだから、俺が帰りに届けて来る」

「は、はあ…」


オルトは机の上に並べてある便箋などを避けるようにレンドルフに頼んで、空いた場所に手提げ袋を置いた。その見慣れた袋は、食堂でテイクアウトを頼んだ際に入れてくれるものだ。袋から出す前から、フワリと食欲をそそる香りが鼻先を掠める。


「食堂の姉妹が心配してたぞ。今日は三食食券を予約してたのに、一度も来てないってさ。だから俺が配達を買って出た」

「ありがとうございます…ご迷惑を」

「迷惑なんかじゃない。俺はこういうの慣れてるんだよ」


オルトは、かつて呪いの指輪に苦しめられていた新人のモノの世話役を務めていた。この国では数少ない呪術の専門家の妻ベルと共に面倒を見ていて、その縁で彼は今はロットと改名して二人の息子として正式に引き取られている。そういう意味では、当人ではないが呪いに苦しんでいるレンドルフの世話を焼くのもオルトにとってはごく自然の成り行きだった。


「あの、オルトさんは」

「俺は家でベルと食う。だから遠慮せず食っちまってくれ」

「は、はい、いただきます」


そのまま置いて帰って貰おうとレンドルフが口に出しかけたが、それよりも早くオルトがどっかりとベッドに腰を下ろした。レンドルフの部屋は、通常の倍近い大きさの特注ベッドが部屋の半分近くを占領しているので、椅子が一つしかないのだ。絶対に動く気がないのが分かるオルトの態度に、レンドルフは素直に持って来てくれた食事を食べることにした。

それにオルトの家ではベルが一切料理が出来ないので、彼が帰らなければベルが空腹のまま帰宅を待つことになる。それを知っているレンドルフには、断る選択肢はなかった。



器を開けると、大きなボークジンジャーが入っていた。薄めの肉だが、その分ソースと絡んで柔らかい食堂の人気メニューの一つだ。通常は一人三枚だが、中には五枚も並んでいる。まだ温かい肉の下には、千切りのキャベツがたっぷりと敷き詰められていて、甘辛いジンジャーソースが染みて少ししんなりしている。レンドルフがこのキャベツに肉を巻いて食べるのを気に入っているのを、食堂のシェフ姉妹は覚えていてくれて、いつも増量してくれるのだ。


レンドルフはそれを見て、ここ最近では常に胸の奥が引き攣れていた感覚がフッと緩むような気がした。


それと同時に急速に空腹を感じ、レンドルフは猛然と肉にかぶりついた。添えられていた柔らかな白いパンに挟むと、たっぷりとソースを吸い込んでしっとりとしたパンとシャキシャキしたキャベツの歯応えが際立つ。そして肉の脂の甘みとピリリとしたジンジャーの風味が渾然一体となって、レンドルフは夢中でそれなりの大きさのパンをあっという間に平らげていた。

そしてもう一つのパンを手にする前に、少し深型の器に入っているスープに手を伸ばす。今日のスープは、根菜と豆の入ったトマトスープだ。トマトの酸味が口の中をさっぱりとしてくれて、旨味を吸い込んだ具材が舌の根に染み渡る。


スープを半分程飲んで次のパンに手を伸ばしかけたとき、レンドルフの視界の端でオルトがニコニコしながら見ていることに気付いた。


「ああ、すまないな。気持ちの良い食べっぷりを見てたら嬉しくなってな」

「嬉しい、ですか」

「旨そうにものが食えるってのは、正義だ」

「正義…」


レンドルフは、オルトとベルの夫妻が呪術の発達した国から亡命して来たという話は聞いている。魔力の多かったベルは呪術師としての修行をさせられていた最中に事故に遭い、片目の視力と呪術を行使するだけの魔力を失ったそうだ。そしてその後遺症として、彼女は正常な味覚をも無くしていた。それは毒であればある程美味しく感じるらしい。けれどどんなに美味に思えてもやはり毒は毒で、食べてしまえば体に悪影響が及ぶ。そこでオルトが、ベルが美味しく感じられて且つ体に良い食材を探して回り、彼女が口にするものは全てオルトが用意するのが日課になったそうだ。遠征などで家を空ける場合は、保存の付与付き魔道具にどっさり作り置きをして行く程だ。


そんなオルトが言う言葉には、とてつもなく説得力が込められていた。



レンドルフはそのまま残りを綺麗に完食して、引き出しにしまっておいた食券をオルトに渡した。


騎士団の団員用の食堂は評判がよく、こっそり他の部署や外部から紛れ込むことが多かった。これまでは多少目を瞑ってもらえていたが、あまりにもその人数が増えて肝心の騎士達が食いはぐれることになってしまったので、予め食券を申し込む制度が出来たのだ。しかしその食券を高額で売る不届き者が出て来た為、今は申し込んだ当人が食券を持って来なければ食事は提供しないということになった。どうにか誤摩化そうとしても、団員全員の顔と名前を一致させているシェフ姉妹の目をかいくぐることは不可能だった。


ただ彼女達は一辺倒に厳しい訳ではなく、体調が悪くて寮で寝込んでいる者には病人食を届けるように団長経由で手配したり、レンドルフのように様々な事情があって来られない者にはこっそり特別対応をしてくれる優しさもあるのだ。だから特に独り身の騎士は、彼女達に頭が上がらない。


「あの、やっぱり俺が自分で」

「いいって。俺はこれから帰るんだし、ちょっと食堂に寄って行くだけだ。レンドルフはちゃんと休めよ」

「…ありがとうございます」

「なかなかその気にはなれないかもしれないが、思い詰めるなよ」

「……やってみます」


そう言うのが精一杯のレンドルフを察してか、オルトはそれ以上は言わなかった。



------------------------------------------------------------------------------------



オルトが帰って行った後、レンドルフはユリに手紙を書いた。考えなくてもスラスラと書けて、むしろ長すぎないようにしなくては、と自戒していた以前とは違い、酷く固く畏まった文章で便箋一枚がやっとだ。けれどレンドルフは、このままユリの様子が分からないままなのも不安で仕方が無かった。


書き終えた手紙を数回目を通し、問題ないと自分に言い聞かせてユリ宛ての伝書鳥に封筒を託す。自分の髪色に似た薄紅色の鳥の姿になって飛んで行くのを見送ると、レンドルフはそろそろ伝書鳥の数が少なくなっていることに気付いた。ほぼ同じ数を交換し合っているので、ユリの方に渡してあるレンドルフ宛の青い伝書鳥も随分減っているだろう。


(どうしようか…)


少し迷う気持ちをそのままに、レンドルフの指先が躊躇いがちに残りの伝書鳥に触れる。レンドルフがユリに渡している青い伝書鳥は、最初に作った時のエイスの街の最大の複合商店でいつも購入している。相手の手元に渡る際に「幸せの青い鳥(ハピネスバード)」になるという遊び心のある品で、探せば中心街でも見つかるだろうが、詳しくないレンドルフはエイスの街以外で手に入れる方法が分からなかった。


渡すことは手紙と一緒に封入すれば済むが、購入するには店に直接行く必要がある。魔道具の一種である伝書鳥は、戻る先の魔力を登録しなければならないからだ。


エイスの街で暮らしているのかは分からないが、ユリが拠点にしているのは間違いない。そこに行けば顔を合わせてしまう可能性が高い。


レンドルフはそこまで考えて、ハッと我に返ってブンブンと頭を振った。ユリのことは心配で堪らず、出来ることなら身代わりになってでも呪詛から守りたいと思うのに、心のどこかで顔を合わせることが恐ろしいと感じている自分がひどく惨めで情けなかった。剣や攻撃魔法と対峙するのならば、かなり優秀な盾になれるという自負はある。けれど掴みようのない呪詛というものには対処方法が分からない。大きな体がこれほど役に立たないという現実を前に、レンドルフは途方に暮れていたのだ。



少し気分を変えようと、レンドルフは机の上を片し始めた。そして机の上に置いたままにしていたオルトが持って来てくれた手提げ袋を持ち上げると、やけにズシリとした感触に中を覗き込む。


「これは…本?」


底には紙袋に入った数冊の本があった。中から取り出すと、ヒラリと小さな紙片が落ちて来る。拾い上げて確認すると、可愛らしい丸い文字で「気分転換にどうぞ」というメッセージとベルの名が書かれていた。


どうにも夫婦で気を遣わせてしまったと、レンドルフは申し訳ないような嬉しいような複雑な気持ちで本のタイトルを眺める。しかしそれを見て、レンドルフの顔に今度は困惑が浮かんだ。


「これは…もしかして呪詛にまつわる資料…じゃなそうだな…」


本のタイトルの一つに「男爵令嬢リリアンの恋のおまじないは絶対無敵!」とあったので、一瞬呪詛関係のことでも載っているのかと頭をよぎったが、どう見ても可愛らしいオレンジ色とピンクの花に囲まれた少女の絵が描かれた表紙にそれを期待するのは無理があった。


それでもレンドルフは従来の真面目さを発揮してその本を開いたのだが、最後の頁を読み終えて本を閉じた時には一日走り混みをしていた時よりも遥かに疲労を感じてぐったりとしていたのだった。



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「レンさんが元気になりそうなものって…やっぱり牡蠣かしら?」


レンドルフからの手紙が任務の関係で不定期になってから、ユリは少しでも手が空くと何か出来ることはないかと悩んでいた。


最近の手紙は数日に一度という頻度で、送られて来るのも飾り気の無い白い便箋と封筒だった。そして内容は短く素っ気ないもので、文字もやや乱れている。その文字の向こうで、何かレンドルフの悩みや疲労まで伝わって来るようで、ユリは何度も「無理に手紙を送らなくてもいい」と書きかけては屑篭に放り込んでいた。


レンドルフの所属している第四騎士団は、魔獣討伐と人命救助や災害支援などが主な任務だ。近衛騎士団に比べれば守備義務はそこまで厳しくはない。だが、それでも外部には漏らせない内容の任務も存在しているので、こうした手紙には書けないようなこともあるとはレンドルフから聞いて知っていた。

どんな任務かユリには想像も付かないが、遠征任務中でも可能な限りユリを不安にさせないように優しい内容の手紙をくれるレンドルフが、それを取り繕えない程の難しい状況なのは理解出来た。


だからこそユリとしては手紙を書く時間を少しでも休息に充てて欲しいと思うのだが、それでも誤解無くそれを伝えるのは難しい。それにユリには、分かっていながらもこれ以上レンドルフとの繋がりが薄くなることを選べなかった。だからこそ、レンドルフに時間や気遣いを強制してしまう代わりに、せめて彼の喜ぶものを送りたいと思ってしまうのだ。


「レン様は牡蠣がお好きなんだね〜」


ユリの隣で薬局の棚に見本を並べていたヒスイが、その呟きに反応する。


「そうなの。大抵は何でも美味しそうに食べるんだけど、牡蠣を食べてる時の顔が特に嬉しそうで可愛いの!」

「確かご出身は海の無い領地じゃなかった?」

「こっちに来て初めて食べて感動したんですって。レンさんの食べっぷりを見てると、牡蠣って飲み物なんだなあって思うわ」

「よっぽど好きなんだ」


季節はすっかり春真っ盛りで、日によっては初夏を思わせる青空を見ることもある。この王都では真冬が牡蠣の季節なので、旬の季節は終わってしまった。昨年は特別に取り寄せてもらって夏牡蠣をレンドルフに振る舞ったのだが、今の季節はそのどちらでもない。


「前に牡蠣のチャウダーを粉末スープにしてみたの。それを送ったらすごく喜んでくれたから…何とか作りたいわ」

「上手く行くといいね」

「うん!ちょっとでも、レンさんの気持ちが軽くなってくれたらいいんだけど」


ユリはそう言いながら、箱の中から蜂蜜飴を出して並べていた。これは乾燥しがちな冬場に置きはじめたものだが、思ったよりも評判が良いので常時取り扱うことにしたのだ。そして一番のお得意様はレンドルフであったが、今は買いに来ることもない為少し余りがちになっている。その為、在庫を見る度にユリはほんの少しだけ眉を下げていた。



(大公閣下もいい加減レン様を囲い込んでしまえばいいのに)


寂しげな顔を必死に取り繕うとしているユリを横目で眺めながら、ヒスイはそっと心の中で溜息を吐く。


ヒスイはこの薬局にいる時のユリの護衛の役割も与えられている。他にも人目に付かないように大公家の影が付いているので、基本的にはユリの同僚であり、友人のような立場だ。そのせいか、時折ユリの心の内を聞いてしまうことがあった。


ユリは今は自由にさせてもらっているが、将来的には大公女として家の為になる身の振り方を覚悟している。その自由は、正式に薬師の資格を取るまでだと祖父レンザと約束をしていた。長子であっても様々な要因で後継者に指名されていない貴族令嬢は、優秀な婿を迎えて名ばかりの当主になるか、養子に当主を任せてどこか有力な家へ嫁ぐかのどちらかになることが大半だ。

レンドルフとて辺境伯令息なのだから、婿にするにしてもユリが嫁ぐとしても身分としては釣り合う。けれどそれでも国内ただ一つの大公家で、更に唯一の直系であるユリの価値は計り知れない。ユリの気持ちなど二の次、三の次で狙って来る令息は殺到するだろう。互いの気持ちだけで縁が結べるほど甘い状況ではない。


しかし大公家当主が後押しをするならば話は別だ。レンザが認めたとならば、アスクレティ家に属する家門が味方につくと言っても過言ではない。


けれどユリ自身がそれをあまり歓迎してないように見えた。今の関係性を保つのならば、その変化を許容するのは難しいのかもしれない。レンドルフの性格ならば、大公家に囲われたとすればユリとはこれまでのような対等な間柄ではなく、主従関係のような距離感になるのは想像が付く。


(それでも、ユリちゃんが望めば絆されちゃうと思うんだけど)


実に自然にレンドルフのことを「可愛い」と評することに疑問のないユリならば、最初は距離を取られたとしてもグイグイ詰めて行くのは想像が付く。そしてレンドルフもそんなユリにとことん弱いということも。たとえ元に戻るまでに時間が掛かったとしても、それよりも物理的に二人の距離を取らせてしまうことの方が良くないとヒスイは考えていた。


「ヒスイさん、こっちの棚完了でーす」

「こっちも終わったよ。開店まで少し休憩しようか」

「じゃあお茶を煎れますね!」

「よろしく」


バックヤードに消えて行くユリの背を見送って、ヒスイは空の木箱をヒョイヒョイと抱えてカウンターの下に放り込んで行ったのだった。



お読みいただきありがとうございます!


評価、ブクマ、いいねなど反応をいただけるのはとても嬉しいです!誤字報告もありがたさのあまり毎回五体投地するくらいの気持ちです。

決して読みやすい量ではありませんしまだ連載中なのに新規に読みはじめてくれる方がいるのも、書きたいものを全て詰め込むスタイルの作風に長らくお付き合いいただいているのも、全てありがたい限りです。


これからもお付き合いいただければ幸いです。

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