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縁遠い護衛騎士と悪縁寄せ令嬢の幸運なご縁  作者: すずき あい


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610.待つ想い


深夜番と交替して、オルトは城門を出て愛妻の待つ自宅に一直線に走って帰宅した。

もう日付が変わる直前を時計は指してはいるが、妻のベルはどんな時間でもオルトが帰宅する時には起きて待っている。最初は休んでいて欲しいと言ったのだが、ベルのふんわりとした笑顔で「オルトがいないと眠れないから」と言われてしまうとオルトも弱い。


明かりの灯っている自宅の扉を開けると、いつものようにベルが玄関先まで出迎えてくれた。オルトはいつものように、柔らかで温かなベルの体を抱きしめる。ほんのりと甘い香りといつも用意している薬草茶の匂いを深く吸い込むと、オルトは張り詰めていた気持ちが芯から溶けて行くような気持ちになった。


「お帰りなさい」

「ただいま、ベル。地震は大丈夫だったか?怪我はしてないな」

「大丈夫。ちょうどレンドルフ君が来てて、庇ってくれたから。でも私の薬草茶が掛かっちゃって」


ベルはレンドルフにシャワーを浴びてもらって、どうにか匂いは染み付かないで済んだと説明した。ベルはお礼とお詫びをかねて何か渡したいとオルトに相談する。


「今度何か甘い物でも渡しておくよ。それよりもレンドルフに何かあったのか?この前言ってた件か?」


少し前にベルがレンドルフを見て、僅かに執着に似た残滓のようなものが漂っているのを見ていた。少しだけ気になったものの、その時点では特に悪い影響はないだろうと様子を見ることにしたのだ。


「うん…でも、少し長くなりそうだから…」

「明日は昼からだから、いくらでも聞けるさ。重いものは分け合う。そういう約束だったろ?」


一日夜会の為の警備をこなして疲れているであろうオルトを気遣って、ベルはチラリと時計を見た。けれどオルトは全く気にしない様子で、ベルの頬を包み込むように触れると、親指で柔らかく彼女の左目の眼帯を撫でた。


「うん、ありがとう」


そう言ってもらえて、ベルは肩の力が抜けるのを自覚した。一人で抱えるにはあまりにも重い出来事に、やはりどこか重圧を感じていたらしい。


「じゃ、まずは着替えて来るから、ベルは摘めるもの…この前買った炒り豆でも用意しといてくれるか?」

「分かった、用意しとく」


味覚の違い過ぎる二人は、一緒に食べられる物が極めて少ない。先日炒り豆も大丈夫だと分かって、嬉しくなってつい大袋を買い込んだのだ。


着替える為に寝室へ消えて行くオルトを見送って、ベルは気持ちを切り換えるように拳を握りしめると、オルトの為にカップと炒り豆を入れる皿を準備する為にキッチンへと向かったのだった。



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「ユリシーズお嬢様。お休みの時間はとうに過ぎております」

「分かってるけど…」

「お分かりでしたら、もう灯りを落としますよ。子供ではございませんのですから、寝ぐずりはなさらないでください」

「寝ぐずりって…」


ユリはもう寝る支度は終えているが、モコモコした上着と室内履きに身を包んで窓辺の机の上に並べたコレクションを眺めていた。このコレクションとは、これまでにレンドルフに貰った数々の品だ。宝飾品やペーパーウエイト、そして花は保存の付与を掛けてケースに入れ、食べ物などはさすがにないが包み紙は全て保管してある。自分でも引いてしまうような執着ぶりだが、捨てる気にはなれなかった。


そして時折カーテンを捲っては外を眺めているユリに、専属メイドのミリーの容赦ない言葉が突き刺さる。ミリーはユリが大公家に引き取られた時から専属として仕えている。ユリの希望で、市井に紛れる為の練習として近しい距離感と態度でいることを許されていて、ユリにとっては姉のような存在でもあった。


「今日は王城での大夜会がございますし、地震もありましたから色々とお忙しいのでしょう」

「…そうよね。レンさんのことだから、お休みの日でも関係なく手伝いに回りそうだし」


ユリは先程からレンドルフの手紙を待っていた。別邸に戻ってすぐにレンドルフに手紙を書いて飛ばしていた。普段よりは遅くはあったが返信があってもおかしくない時間帯だったので、てっきりいつものように返事が来ると思っていたのだ。


しかし既に深夜に近い時間になり、さすがにレンドルフでもこんな時間に手紙を送って来ることはないだろう。念の為にギルドカードのメッセージも確認したが、そこにも何の伝言も来ていなかった。そこでようやくユリも諦めて、シオシオとベッドに向かう。


「明日には、返事が来るといいな」

「そうでございますね」


ポソリと呟いたユリに、ミリーの柔らかな声が応える。そして部屋の灯りを落とすと、そっと退出して行った。


(今日は、楽しかったな。レンさんと会えて、あちこち遊びに行って…)


地震のことや、タイキの異変、ミキタ達の怪我など気に掛かることも起こったが、それでもユリにとっては楽しい思い出として残る一日だった。


(また…一緒に…)


やはり昼間に随分はしゃいでしまったので、ユリはすぐに睡魔に飲まれて安らかな寝息を立て始めたのだった。



翌朝、レンドルフからの伝書鳥が来ていて喜んで封を開けたが、内容を読んで朝からシオシオになってしまったユリは、そのまま二度寝をしようとしてミリーにベッドから引きずり出されたのだった。



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レンドルフの様子の違いに気付いたのは、同じ部隊の者だった。それから食堂を預かるシェフ姉妹。そして彼らから相談を受けた第四騎士団副団長ルードルフ経由で、統括騎士団長レナードへと伝わることになった。


曰く、休日の日も出掛けることはなく、王城内をうろついている。曰く、一部の休憩所と近くの訓練場にはあまり近寄らない。曰く、食事量が普段の半分(常人の1.5人前)に減っている。


日課の鍛錬は続けているし、任務も問題なくこなしている。他の騎士達と会話をしていてもおかしなところはない。それでもレンドルフを良く知る者達は、どこか違和感を覚えていた。



レンドルフは、フィルオン公園の一部の壁と石畳がここ最近の地震の影響からか緩んでいるとの報告を受けて、修復の為に駆り出されていた。土木系の作業や修復などには、土魔法が非常に役に立つ。今日の任務は部隊で行くのではなく、レンドルフが一人と魔法士団の中から適任者二人と共に作業を行った。


夕刻に全ての修復を終えて、王城の団員寮に戻って来た。明日は、また修復箇所が見つかれば呼び出されるが、それまでは王城待機になる。

私室に戻ったレンドルフは、フーッと深い溜息を吐いて浴室に向かった。その向かう途中で必ず目に入る、棚に置いたオニキスで出来た黒猫のペーパーウェイトの前で足を止める。そして手を伸ばしかけて触れる直前で止まり、何かを振り切るように浴室に向かうことがほぼ日課と化していた。


今日も同じ行動をしたレンドルフは、サッと湯で埃を落として、髪から雫が垂れたままの状態で肩にバスタオルを掛けて浴室から出て来た。埃まみれになった服はランドリー袋に放り込んでしまったので、着替えを出そうとクローゼットを開く。


(夕食、どうするかな…)


帰宅した時は、シャワーを浴びたら食堂に行こうと思っていたのだが、服を脱いでしまうと再び外出用の服を着ることが酷く面倒に感じてしまった。


(確か、まだ干し肉が残っていたな)


到底足りる量ではないが、明日の朝食を多めに摂れば問題ないだろうと考えて、レンドルフは楽な寝衣を身に着けた。


そして何かを摘む前に手紙を書こうと、机に向かった。引き出しの中から飾り気のない白い便箋と封筒を取り出して、セットにしてある美しく繊細な細工の施してあるガラスペンと宝石粉を混ぜ込んだインクも隣に並べた。

しかしレンドルフは、便箋を机の上に広げたままそれを見つめるだけで一向に動こうとしなかった。



ユリが呪詛に関わっているかもしれないと聞いてから、二週間が過ぎようとしていた。


レンドルフはユリに忙しいと告げて、一度も会っていなかった。毎日書いていた手紙も、あれから三通、それも便箋に半分も満たない短いものばかりだった。ユリに絶対に知られてはいけないと分かっていながらも、気ばかりが空回りして、一向に言葉を紡げない。

ユリはレンドルフが何か重要な任務に就いていると思っているので、レンドルフが手紙を送った直後に返信をする為、ユリからの手紙も三通だけだ。その内容もあまり長いものではないが、ユリからの気遣いが滲み出ているのが分かる。それだけに、レンドルフは何かが伝わってしまうのが怖くて余計に行き詰まるという悪循環に陥っていた。


遠征任務に出ればユリを二週間顔を合わせないこともあったし、手紙のやり取りの間が開くのもよくあることだった。だが、今は同じ王都にいながらレンドルフが避けている状況だ。気持ちの上では、二週間よりももっと長い気がしていた。それに先週からユリは薬局勤務をしている。側にいると分かっているのに会いに行けない焦燥感で、レンドルフはずっと気持ちが落ち着かないままだった。


ペンを手にしたもののインクに漬けることも出来ず、ガラス製のペン軸が自分と同じ温度になるまで握り締めて、レンドルフはそっと机の上にペンを置いた。そして深い嘆息を漏らしながら、両手で顔を覆った。


不意に、レンドルフの部屋の扉がノックされた。


「は、はい!」


慌てて顔を上げて返事をしたが、今日は誰か訪ねて来る予定はなかったのでレンドルフは立ち上がりかけて動きを止めた。



騎士団の寮に限らず、王城の敷地の一部にある各独身寮は、互いの部屋に行き来する際には前もって上長や管理人に申請を出さなければならない制度がある。これは、階は違っていても平民と貴族の子女が同じ建物で生活をする中で、数えきれない程のトラブルが起こった為だった。その大半は、立場の弱い平民に対して身分を嵩にした嫌がらせや、傷害事件などだ。その結果、死者が出たことも少なくない数に上る。

いくら親しいと言えども互いの部屋という密室でのトラブルを減らす目的で、厳しい制度が選択されることになったのだ。

だから部屋を訪ねる場合も、前もって管理人から連絡があるはずなのだ。無い場合は、団長か副団長が直接来るか、委任された代理人に限られる。



(ワシニカフ副団長か?)


直属の第四騎士団の団長は女性なので、寮を訪ねて来るとしたら副団長のルードルフ一択だ。しかし身に覚えのないレンドルフは、首を傾げながら扉の鍵を開けた。


「よう、夜分にすまないな」

「オ、オルトさん!?」


レンドルフの部屋の前に、両手に荷物を持ったオルトが立っていたのだった。



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