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縁遠い護衛騎士と悪縁寄せ令嬢の幸運なご縁  作者: すずき あい


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605.二つの媒介


「ええと…」

「答えて。レンドルフくんの大切な人はいる?」


急に言われたレンドルフは戸惑って答えに窮したが、ベルの射抜くような鋭い視線に冗談などではないと居住まいを正した。


「…います」


真っ先に浮かんだのはユリの姿だ。それから他にも今日出会った人々の顔が浮かぶ。

忙しい中検診の時間を取ってくれたセイナ。わざわざパンを届けて様子を見に来てくれたクロウ。遥かに高い立場でありながら、気さくに橋の上から手を振ってくれたレイ神官長。顔を出すといつも美味しい料理で迎えてくれるミキタに、いつもニコニコとからかいつつも優しく姉のように接してくれるクリュー。

その誰もがレンドルフにとっては大切な人達だと思っている。


「その中に、呪い…呪術を掛けている人がいるわ」


ベルの言葉に、レンドルフはヒュッと息を呑んで絶句した。



呪術と魔法はかつては同じものとされていたが、今は似て非なるものだと言われている。どちらも魔力を使用するものではあるが、魔法は自身の魔力に直接干渉して行使するもので、射程距離が短い。遠距離攻撃も出来るが、一般的には視力の届く範囲で、それを越えると精度も威力も格段に劣るようになる。距離を稼ぐとすれば魔石や魔道具などに魔力を込めて持ち運んだ先で解放する方法があるが、それだって運び手がいなければ意味がない。


逆に呪術は間接的に様々な制約や条件を設定する代わりに、術者本人が不在のどんな遠距離でも発動を可能にしたものだ。ただしその条件は厳しく、正しい手順で行わなければ効果は殆ど得られないどころか、術者に跳ね返ってくる危険性がある。


かつては気付かれないように狙った相手を自然死に見せかけて殺せる呪術は、権力を持つ者程求め、そして同時に怯えた。その為呪術は各国で無効化の研究がなされ対抗手段も開発された為、かつて程の脅威ではなくなっている。特にこのオベリス王国では建国王が早いうちに手を打って、王都全体に呪術を防ぐ防御の魔法陣を敷いた為にほぼ無効化され、呪術の発展の芽はなくなった。

そのせいでオベリス王国では呪術に関する資料は少なく、認知度も極めて低い。



「今日、俺が行った場所はエイスの街です。端とは言え王都内です。呪術は無効化するのでは…」

「陣の中に入って陣の中で発動させるなら、かなり弱まるけど理屈上は可能。ロット…()モノの『呪いの指輪』覚えてるでしょ?王都内にいれば魔獣を呼び寄せることは出来なくなったけど、外せるようになった訳じゃなかった」

「あ…」


レンドルフは久しい名を聞いて、(モノ)のことを思い出した。



短い間だったが、モノは同じ部隊にいた新人だった。モノは生家に伝わる「呪いの指輪」に魅入られて、魔力は飛躍的に上がるが周囲の魔獣を狂化させて呼び寄せてしまうという呪いにずっと苦しめられていた。その指輪の効力が年々強力になって行ったので、それを押さえる為に王都に来て王城騎士団に入団したのだ。確かにベルの言う通り、魔獣を寄せる力は押さえられたが、指輪はずっと外れないままだった。

レンドルフのいた部隊はその呪いを解く為の任に就き、ベルの協力によりモノは指輪から解放されたのだった。

そして彼は生まれ変わったつもりで「ロット」と改名して、生家からは除籍されてベルとオルト夫妻の養子になっている。今は改めて鍛え直したいと、地方の領地で騎士見習いとして研修の真っ最中だ。


「それと、出力先を王都の外に設定すれば、それも成立するわ。勿論、かなり厳しい条件付きだろうけど、不可能じゃない」


ベルと夫のオルトは、共に呪術国家と呼ばれる呪術師が権力を持つ国に産まれた。

そしてベルは平民の生まれながら魔力量が多く、貴族の家に引き取られて呪術師になるように育てられた為に呪術には詳しい。ただ国を出る前の事故で呪術を使うのに必要な魔力を失い、今の彼女は呪術をよく知る専門家として研究者の助手などを務めている。そのベルが以前に呪術の説明をする際に、「逃げる手段があるなら、呪殺するより刺殺の方がよっぽど楽」というようなことを言っていたことがある。


「で、ではどうして呪いを…そんなことをするとは思えない人達ばかりです」

「人は内心は分からないものよ。まあ、でもおそらく呪術の『媒介』にさせられてるんだと思うけど」

「媒介、ですか」

「本人の知らないうちに呪術に利用されてるかも知れないってことよ」


レンドルフの顔色が一気に白くなった。



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ベルは自分のカップに沼を煮詰めたような自分専用の健康茶を注いだ。途端に周囲に刺激臭が漂ったが、彼女は平然とそれを一口啜ってほう、と満足そうに息を吐く。

まだ顔色が悪く水の入ったカップに手を付けずに固まっているレンドルフに、ベルは「まずは少し呪術の基本を話すわね」と柔らかく語りかける。

レンドルフとしてはすぐにでも誰が呪術の道具に利用されているか知りたいところだったが、専門家のベルが無駄な話をすることはないとどうにか気持ちを落ち着かせる。視線を下に向けると、膝の上で固く握った指先が白くなっているのが視界に入る。


「基本的に、呪術師は自分の為に呪術は使わないの」


呪術師に依頼する内容は、その殆どが暗殺だ。その手段は、相手に気付かれないように徐々に弱らせて死に至らしめる類のものだ。それを実行するには膨大で繊細な術の設定や、それに使用する道具の準備など気の遠くなるような手間が掛かる。そしてそれに見合うだけの高額な報酬が必要となる。

それでも依頼が途切れることがないのは、呪術の最大のメリットである、ターゲットの死に際して確実な不在証明を得られることだ。


それを自分の為に使わないのは、彼らが誰かの死を自発的に願った時に、最も確実な成功を収める為に自らの命を対価として使用する為だ。たった一度で終わる呪術ならば、その人物は呪術師にはなりえないからだ。


「呪術師の一番の素質は、自分が生き残ることを一番に優先すること。だからそうならない為にあらゆることを想定していたら、ひたすら煩雑な手順が出来上がっていた、みたいな感じなのよ」


そう言いながらベルは、本当に嫌そうな顔で鼻に皺を寄せた。


ベルの生まれ故郷は、農業も産業も絶望的な枯れ果てた土地だった。

誰も欲しがらないような場所に流れ者の呪術師の一族が棲み付き、やがて国となった。彼らはひたすら呪術を交易品として磨き、価値を上げた。いかに確実に依頼をこなし、得意先を増やす為に生存率を上げることに尽力したのだ。

そんな国を、ベルは心底嫌っていた。呪術は呪いや殺し以外の道もあった筈なのに、極端な方向にのみ邁進してしまったが為に一時的な富と引き換えに今は衰退の一途を辿っている。あの互いの首を絞め合うような閉塞的で退廃した国を思うと、失った目の奥が疼く気がした。


「呪術の構築は極めて複雑だけど、思わぬところで読み解かれると非常に脆いの。どんなに複雑に編まれたマフラーでも、一本の毛糸が切れると全てがほどけてしまうようにね。そして解読された呪術は『呪い返し』となって術者に倍以上になって還って来て、命を落とすことも珍しくない」


それは呪術ではない戦と大差はない、とベルはレンドルフにも分かりやすく例える。


敵陣営に弓士がいれば障害物の多い戦場に誘い込めばいいし、魔法士がいるのなら相性の悪い属性が付与された防具を用意すれば戦闘が驚く程楽になる。相手を知ることが重要な要素になるのは、呪術も近接戦も変わらないのだ。



「『媒介』っていうのはね、その呪い返しが自身に降り掛からないようにするための盾であり、贄でもあるの」


「媒介」には主に二種類ある、とベルは指を二本立ててみせる。


一つは魔力の低い者か魔力無しの者で、術者は媒介に自身の魔力を移譲して術者に呪い返しが還らないように、媒介を盾にする。大抵の術者は複数の媒介を使い、如何に自分の被害を減らすかに腐心するのだ。その為、媒介にされたもの達は当然のように命を落とす。


「それでも術者は無傷ではないの。何故なら魔力を移譲することで、媒介と繋がりが出来るから。呪術は『知られること』で縁を繋いで影響を及ぼすものだからね」

「暗殺者と雇用主の関係のようですね」

「ええ、その通りよ」


雇用主は暗殺者を使って自ら手を下すことはないが、暗殺が失敗して実行者が捕らえられた場合、裏で手を引いた首謀者として処断される。術者と媒介者はそんな関係に似ている、とレンドルフは自分の理解出来る範疇でそんなことを思って口にしたのだが、どうやら正解だったようだ。


「そしてもう一つ、非常に大きな呪詛を実行する際に使われるもの。それは本当に稀な存在で、私でも伝承で聞いたことがあるだけ」


ベルは少しだけ息を吐いて、探るような視線をレンドルフに向けた。


「魔力の強い人間の体の一部を奪って、それに呪術を刻んで呪詛の道具にする。それを当人に気取られない形で使用すれば、呪い返しを受けても術者は無傷で済む。使われる魔力は媒介者のものだからね」



目に映る風景を見ることの出来なくなったベルの左目は、通常の人間には見えない魔力や呪術を判別することが出来る。つい先日、大門で警護を担当していたレンドルフに会ったとき、彼の体には残り香のような僅かな魔力の残滓が絡み付いていた。

それは、死に怯えて生にしがみつく生物の本能が異常に強い存在が時折引き起こす現象であり、数日で消えて影響を残すことは稀だ。その時はベルもそういう見慣れたものだと思っていた。


しかし今のレンドルフは、細く僅かな糸のようなものではあるが、総毛立つような悼ましい呪いの残滓が見える。しかも今にも消えそうな状態であるにもかかわらず、それだけでも禍々しさを保っている。移り香でこれならば、本体の呪いはどれほどか、ベルですら考えたくなかった。



「その盾となる前者を『傀儡の媒介』、贄となる後者を『無二の媒介』と呼んでいるわ」


「無二の媒介」とされた者も、他者に呪術を構築されたとしても呪術の構築を読み解かれれば呪い返しを受ける。ただ、本人が全くの無意識で術者との繋がりも一切無い場合は非常に見つかりにくい為、呪い返しが到達するまでに時間が掛かる。行き場を失った呪いは到達すべき相手を探し回り、時間が経てば経つ程凶暴化して周囲にも影響を及ぼす。だが知らないままでいれば呪い返しを受けずに済むという訳ではなく、いつか必ず到達して凶暴化した呪いに引き裂かれて無惨な突然死を迎える。


「おそらく、レンドルフくんの大切な人は、『無二の媒介』にされている可能性が高いわ」

「そ、そうなると体の一部を奪われているということですよね?そんな人に心当たりは…」

「肉片である必要はないわ。利用価値が高いのは血液だけど、ある程度量と質があればもっと簡単に手に入るものでもいいの。例えば、爪や()()()

「…っ!」


ベルの言葉を聞いた瞬間、レンドルフは胃の奥から込み上げて来るような感覚に思わず口を覆った。座っているのに、目の前のベルの姿と部屋の中が交互にグルグルと回っているようだった。


「…心当たり、あるのね」


レンドルフの様子に、ベルが痛ましげな顔をして呟く。口を押さえて俯いているレンドルフからの返答はなかったが、その態度で心当たりがあることはすぐに分かってしまった。



回る視界の中で、レンドルフは出会ったばかりの頃のユリの姿を思い浮かべていた。


初めて出会った頃のユリは、豊かな黒髪を腰まで伸ばしていた。少しうねりのある艶やかな髪は、ある事件を切っ掛けに肩口まで短くなった。そして今は少しだけ伸びて、肩より少し下くらいの長さになっている。


ユリが髪を切られた現場に突入したレンドルフは、当時のことを思い出そうと必死になっていた。ただ記憶にあるのは、無理矢理切られて短く不揃いになった髪と、服も乱れて肩で息をしている痛々しい姿だけで、切り落とされた髪の行方は一切覚えていなかった。


頭の中で、その切られた髪を誰が持ち去ったのか、それは最初から計画されていたのか、などと様々な考えがグルグルと回る。けれどそれはまとまることはなく、レンドルフの頭をガンガンと殴りつけて来るようだった。



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少し長い沈黙の後、レンドルフはようやく掠れた声で「どうして」と言いかけた瞬間、足元が本当に大きくグラリと揺らいだ。


「わっ」

「ベルさん!」


その揺れによろけたベルはテーブルに手を付いたが、テーブルクロスで滑ったのか上に置かれたカップが一緒に転がり落ちそうになった。咄嗟にレンドルフがベルを庇って片手で抱きかかえるように支え、落ちて来たカップはレンドルフの背中に当たって床に転がった。


地震はユラユラと螺旋を描くように回り、随分と長く感じられた。やがて緩やかに揺れも止まったが、しばらくは床に座り込むような状態で息を潜めて座り込んでいた。


「…治まった?」

「みたいですね」

「ベルさんは大丈夫ですか?」

「私は平気。やっぱり騎士の反射神経ってすごいのね…って、やだ、レンドルフくんの背中がビシャビシャじゃない」


レンドルフの背中は、自分の前に出された水だけでなくベルの飲んでいた健康茶でシャツが染まっていた。染みは背中にあるのに、目に染みる個性的な臭いに全身が包まれているような錯覚を起こした。


「すぐにシャワー浴びて来て!」

「あ、いえ、着替えれば」

「ダメ!このお茶、我が家特製の石鹸で洗わないと一週間は臭いが取れないの。すぐにシャツも洗うから、ちょっと小さいかもしれないけど、ロットの服を着てて」

「着替えは、持ち歩いているので大丈夫です。ですので、その、シャワーだけお借りします」


ベルはすぐに準備する為に浴室へと小走りに消えて行った。


残されたレンドルフは、荷物の中から着替えを引っ張り出す。そしてポケットに入れていたギルドカードを取り出した。


「レンドルフくん、脱いだものは籠に入れて外に出しておいて…誰かに連絡を取るの?」

「は、はい。今の地震で大丈夫だったかを…」

「それ、媒介の可能性のある相手ね」

「そ、れは…」

「絶対に呪いのことは言っちゃダメよ」


戻って来たベルは、ギルドカードを片手にしているレンドルフを見て、眉根を寄せた表情になった。


「呪術はね、『認識する』『知る』ことで縁が繋がるの。そして呪い返しは主にその繋がった縁を辿って戻って来るものなの。もしその子が呪術に魔力を提供していたと知れば、おそらくその場で……取り返しのつかないことになる」

「言いません。絶対に」

「……じゃあ、タオルを準備して来るわ」

「ありがとうございます」


ギルドカードでメッセージを送るには、声に出して吹き込む必要がある。ベルはそれを聞かないように外してくれたのだろう。


レンドルフは大きく息を吐いて、メッセージを吹き込むための部分に指を置いた。これは声を文字に変換して登録した相手に送るものだ。レンドルフは微かに震えている指先を見ながら、声を直接送るものでなくて良かったと心から思ったのだった。


お読みいただきありがとうございます!


いよいよ不穏が動き出しました。説明回なので、予想以上に苦戦しましたが、伝わりますように。


ベルや呪術に関するエピソードは「186.呪いの真実と想い」、モノがロットに改名してベル達の養子になった話は「 205.新たな日々」にあります。

ユリが髪を切られた話はこちら。「237.手負いの魔獣姫と犯人の目的」ユリの本来の髪は白なので、本当はその場にあったのですが、怒りでキレていたのもあってレンドルフの目にはユリの髪だと認識出来ていませんでした。

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