表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
縁遠い護衛騎士と悪縁寄せ令嬢の幸運なご縁  作者: すずき あい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

670/680

604.またね


「ユ、ユリさん…」


レンドルフが思わず手を伸ばしかけると、見ている前で痣はスゥッと消え去った。


「どうしたの?」

「はい、お待たせ!」


ユリが不思議そうな顔で首を傾げると、そのタイミングでミキタが大皿に盛り付けたコロッケと揚げ芋、大きなボウルになみなみと入ったシチューを運んで来た。それは二人前とは思えない量で、シチューの方はボウルというよりもほぼ鍋に近かった。


「ああ、それはこっちで処分しとくよ。ありがとね」


先程のやり取りを見ていたのか、ミキタがサッとユリから紙ナプキンを受け取った。


「あ…すみませんでした」

「わざとじゃないんだ。気にしないでいいよ」

「レンさんたら、そんなに深刻な顔しなくても」

「そんなにピクルスが食べたかったのかい?じゃあ追加で持って来ようね」

「ありがとう、ございます」

「冷めないうちに食べよう。ね?」


少しぎこちない笑顔になるレンドルフに、ユリはずい、と皿を押し出す。レンドルフは折角の料理と、ユリへの祝いを台無しにしたくなくて、先程の奇妙な現象をしばし頭から追い出すことにした。


(今のところユリさんの体調に変化はなさそうだし、次に痣が見えたらすぐにミキタさんとクリューさんにも確認してもらおう。あとはセイナさんかアキハさんに相談してみようか)


少々引っかかるものはあったが、不確かなことを言ってユリを不安にさせたくはない。レンドルフは気を取り直して、笑って頷いた。


「うん、そうだね。ユリさんから好きなのとっていいよ」

「いいの?」

「勿論。コロッケはこっちで切り分けようか」

「お願いしていい?」


お互いにカトラリーを手に、ユリはクリームシチューを小さな深皿に取り分け、レンドルフはサクサクとコロッケを切り分けた。どちらも勢い良く湯気が立ち、二人の間に良い香りが充満する。


「前にユリさんが作ってくれたコメのコロッケとは全然違うな」

「こういうクリーム系は私も初めて。こっちも美味しそうね」


ホクホクしたジャガイモと、鮮やかな黄色にしっとりしたカボチャのコロッケは見るからに食欲をそそる。そしてコメはトロリとしたホワイトソースに絡めてあって、見た目はクリームコロッケに似ていて、鮮やかなトマトソースとの対比が美しかった。


「「いただきます」」


二人とも同時に、コメのコロッケに手を伸ばす。示し合わせた訳でもないのに、フォークを刺すタイミングが一致していて、チラリと互いに視線を合わせて微かに笑い合った。


コメのコロッケは、中身はトロリとしているのに外側の衣はサクリとした食感を保っている。柔らかな中身が零れないようにトマトソースに絡めて口に運ぶ。口に入れると、トロみのせいか思ったよりも熱い中身に思わずレンドルフはハフハフと息を吐く。辛うじてトマトソースのおかげで火傷をせずに済んだ。

口に中にトマトソースの酸味と、ホワイトソースのコクにコメの甘みが一杯に広がる。そして衣の香ばしさの中にほのかにチーズの塩気と香りが感じられた。


「これ、チーズが入ってるのね」

「うん、そうだね。ソース…じゃなくて衣、かな?」

「おっ、レンくん正解だよ。細かく削ったチーズをパン粉と混ぜて揚げたんだ」


ちょうど野菜のスティックと数種類のディップソースが乗った皿と、スライスしたタマネギに卵黄のソースを掛けたサラダを運んで来たミキタが得意気に笑った。


「これ、他のフライでも美味しい気がする」

「サーモンとか、鶏肉でも合うと思うよ」

「それ、絶対美味しい!食べたい!」

「ははは、じゃあ今度作ろうかね。その時はレンくんと一緒に食べにおいで」


ミキタを会話をしているユリを、レンドルフは口を動かしながらそっと頭の辺りに目を向けた。背の高いレンドルフは、座った状態でもユリの頭頂部を見ることはさほど不自然にはならない。けれど、先程見たような痣のようなものは見当たらなかった。


それからテーブルの上に乗せられた料理を全て平らげ、ユリが「食べ過ぎた…」と少々行儀悪くテーブルの上に突っ伏しても、彼女の頭に現れた痣を見ることは出来なかったのだった。



------------------------------------------------------------------------------------



「ユリさん、本当に大丈夫?」

「うん、少し休んだら大丈夫。それよりごめんね、レンさんを見送れなくて」

「それは俺の方だよ」


食べ過ぎて動けなくなったユリは、レンドルフが王城に戻るギリギリの時間になってもそのままだった。


「ミスキ達が帰って来たら、あたし達でユリちゃん送るから〜。レンくんは安心して〜」

「はい、よろしくお願いします」

「レンさん、気を付けてね。無茶しないでね」

「ありがとう。気を付けるよ」


テーブルにまだ突っ伏しているユリは、モゾモゾと手だけを伸ばしてレンドルフの服の袖をキュッと握り締めた。レンドルフは柔らかくその手を上から包み込むように重ねると、フワリと優しい表情で答える。


「ユリさんも気を付けて」

「うん。レンさん、またね」

「またね」


ユリがそっと指を離すと、レンドルフは少しだけ名残惜しそうに手を重ねていたが、そっとテーブルの上にユリの手を戻した。その手を放す瞬間、ユリの小指に嵌められた真新しいピンキーリングの固い感触が指先に残った。



------------------------------------------------------------------------------------



レンドルフが店を出て行くと、ユリは突っ伏したままの姿勢で置いてあったボシェットからゴソゴソと胃薬を引っ張り出した。


「ミキタさん〜、お水ちょうだい〜」

「はいよ。全く、その姿勢でも虚勢を張ってたんだね」

「だって…レンさんに心配かけたくない…」


レンドルフが出て行った途端に、ユリは更に脱力して完全にテーブルと一体化するようにグダグダになっていた。その姿は、日向で寛いで溶けきっている猫に似ていた。が、猫と違ってユリの顔は苦悶の表情だ。


ミキタが苦笑しながら水の入ったグラスを差し出すと、ユリはノロノロと体を起こして丸薬を口に含んで水とともに飲み干した。


「あぁ〜ちょっと楽になった」

「相変わらず即効性のある胃薬だね」


ユリが持っている常備薬には色々あるが、胃薬や頭痛薬などは自分の体質に合わせて調整しているので、市販の薬よりも即効性がある。しかし少しの間だけ酒に酔ったような副作用が出ることがあるので、あまり人の多いところでは服用しないように気を付けている。これはあくまでも個人で服用するもので、ギルドなどに卸してはいない。


「うふふ、今日はね、レンさんと色んなところに行って来たの」

「うんうん、いいね〜。その指輪、レンくんから?」

「そうなんです〜。レンさんぽくて可愛いから」


もう副作用が出ているのか、ユリは頬を紅潮させてニコニコしだした。まだテーブルに伏せたまま顔だけ上げて、目の前に手を翳してうっとりとした眼差しを向ける。ユリの細い小指に、小さな白とピンクの丸い石が付いたリングが光っている。レンドルフは知らないが、ユリの本来の髪色は透き通るような白だ。石はクォーツだと思われるが、価値としては屑石の部類だろう。けれどその半透明な白と、柔らかなピンク色がそれぞれの本来の髪色が並んでいるように見えて、一目見た瞬間からこれ以外ないと釘付けになっていた。


「それからそれから?」


クリューがいそいそとユリの隣に座って身を乗り出して来る。もう顔が満面の笑みで、目もキラキラさせている。その様子を見たミキタはヒョイと肩を竦めると、カウンターに置き去りになっていたクリューの飲みかけのグラスをテーブルの上に移動させ、自分はカウンターの中のキッチンに戻ると棚からお気に入りの蒸留酒を出して、無造作に近くのグラスに注いだ。


ユリは薬の副作用ですっかり気持ちが高揚しているのか、ちょうど一年前にレンドルフにしつこいナンパから助けてくれた記念すべき日なので、その場所へ向かったところ偶然にもレンドルフも来ていたことに始まり、一日色々なところを回ったことを滔々と話し始めた。


誰かが店を訪れたらさすがにそこでユリも冷静になって落ち着いただろうが、今の店内はよく知った頼れる女性陣だけだ。つい気が緩んだユリは聞かれてもいないのにレンドルフの可愛いところとカッコ良かったことを熱弁し、クリューが時折頷きながら催促して来たので止まる気配はなかった。


そして薬草採取に手間取ってクタクタになったミスキとバートンが戻って来て、店の看板が「クローズ」のままになっていたことを指摘されるまで、ユリの独壇場は続いたのだった。



------------------------------------------------------------------------------------



予定よりも早く中心街にあるクロヴァス家のタウンハウスに到着し、ご機嫌で走り続けていたスレイプニルのノルドを返却した。ノルドはエイスの街の預け所で好物のカーエの葉を思う存分食べたらしく、むしろレンドルフが手綱を引き締めるくらいだったのだ。

王城まで馬車を出そうかと聞いて来る執事長の申し出を断って、レンドルフは徒歩で王城に戻ることにした。


夜と言ってもまだ宵のうちであるし、中心街の城下町に当たる区域は深夜でも酒場が開いているので常に明るい。夜が更けると酔客が増えて多少治安が悪くなる場所もあるが、今日は王城で最大規模の夜会が開かれているので、騒ぎが起きないようにいつもより多くの警邏や自警団が配備されている。それにレンドルフの体格を見れば、絡んで来る人間はそういない。


(大門も問題はなさそうだな)


先日臨時で配備された場所なので、レンドルフは何となく通行人の多い大門に向かった。先日は王都から出ようとする人間でごった返していたのでやや殺気立っていたが、今は社交シーズンが始まるので地方から領主に帯同して来た者も多く、どこか浮かれたような空気感が漂っている。


(一応休みだし、あまりうろつかない方がいいか…)


見るからに騎士のレンドルフは、何かあればすぐに頼られるのは容易に想像が付く。別に手助けするのは構わないが、中心街の警護を主な任務としている第二騎士団の邪魔をする恐れもある。


(さすがに今日は王城の図書室は開いてないしな)


いつもは徹夜をして至急の調べものをする文官の為に常に解放されている図書室だが、今は多くの貴族が集まっている夜会なので閉じている。以前、ここから禁書ではないにしろ持ち出し禁止の稀覯本を持ち出そうとした貴族がいた為に、警備が手薄になる図書館は閉じられることになったのだ。


レンドルフは一刻も早く、ユリの頭に浮かんだり消えたりしていた痣の正体を調べたかった。体に異変があればユリ自身が気付くだろう。けれどあの痣はどう考えても異様だ。少しでもユリには不安な思いをして欲しくなかった。だからレンドルフはあの痣の正体を調べて、ある程度どんなものか判明してからユリに話そうと心に決めた。何か良くないものなら、一緒に解決策を探す。そうでないなら、何の役に立つか考えればいい。


そんなことを考えながら、王城の通用門に向かって足を踏み出した瞬間、レンドルフの腕を誰かがガシリと掴んだ。


「え…?ベルさん!?」

「レンドルフくん、ちょっと顔貸して」

「え?ええ?」


振り返ると、レンドルフの腕にしがみつくようにして騎士仲間オルトの妻ベルが険しい顔でそこにいた。気を抜いていたつもりはなかったが、しがみつかれるまで全く気配が分からなかったことに驚いて、一瞬レンドルフは硬直してしまった。


「いいから!すぐそこがウチだから。来なさい!」

「は、はい」


ベルは小柄でふっくらした、いつもニコニコとしている印象の女性だ。異国の出身で、オルトと共に大変な思いをしてこの国に逃れて来たと聞いていた。オルトは右頬に大きな傷が残っているし、ベルは片目の視力が殆どなく、眼帯を着けている。けれど彼らはそんな過去など一切思わせない仲の良い夫婦で、レンドルフには憧れの夫婦像の一つであった。


そのベルが、今までに見たこともないような形相でレンドルフを腕を引っ張っていた。その勢いに押されて、レンドルフは半ば引きずられるようにベル達の家に連れて行かれた。荷物運びを手伝って何度か来たことがある小さな一軒家だが、いつも玄関先で帰っていたので中に入るのは初めてだ。


「適当に座って。水で悪いけど、お茶とかは出せないから」


まるで放り込むように家の中に案内すると、ベルはようやく手を離して小さな食卓を示した。そこにはレンドルフも座れるような大きく頑丈そうな椅子が二脚と、小さく見えるが普通サイズの椅子が一脚あった。ひとまずレンドルフはソロリと大きな椅子に腰を下ろす。


「あの、お構いなく」


遠慮がちに口にしたレンドルフの言葉を気にも留めないように、ベルはキッチンに行って木のカップに水を注いで差し出した。


ベルは幼い頃に魔力暴発を起こして片目の視力を失い、味覚異常の後遺症があると聞いている。その為、通常の食物は口に出来ないベルに、夫のオルトは研究を重ねてベルが美味しく感じられるが体に影響のない料理を作り、毎朝作り置いては王城に出掛けている。だから今この家にあるのは、沼色をして刺激臭のするベル専用の健康茶しかないのだ。


「早速だけど確認させてね」

「はい」


ベルはレンドルフの正面の普通サイズの椅子に座り、眼帯で隠れていない方の目でヒタリと見つめた。


「今日、会った人の中でレンドルフくんの大切な人はいる?」



お読みいただきありがとうございます!


昨日、日間ランク100位内に入ったようで、いつもよりたくさんの方の目に留まったようです!嬉しいです。ありがとうございます!

決して読みやすい長さと文字量ではありませんが、何か心に留まれば幸いです。そしてこの長い物語にずっとお付き合いいただいている方々にも深い感謝を。


これからもよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ