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縁遠い護衛騎士と悪縁寄せ令嬢の幸運なご縁  作者: すずき あい


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603.優しい嘘


「『北の聖獣』様と言えば、ガリヤネ国の…」


すぐに思い当たる辺り、やはりオランジュの情報力は侮れない、とレミアンヌは内心畏怖の念を抱く。


この世界には、知られているだけで数体の聖獣と呼ばれる神の眷属がいる。その生態は様々で、人里離れた山奥に棲み直接訪ねて来た者だけに一つだけ加護を与える者や、一人の獣人に惚れ込んで自身と同じ寿命を与えて人に紛れて暮らしている者などがいるらしい。そしてその中で、国と契約を結んで加護と安定をもたらす守護聖獣が存在している。

この大陸一の領土と経済力を持ち、ほぼ自国で食糧産業、そして人材も賄える為に他国との交流を殆どしていないキュプレウス王国は、初代王が国を立ち上げた際に守護聖獣と契約をした話は有名だ。その為、他国では数千、或いは数万人に一人と言われる「加護」を持って産まれる人間が、キュプレウス王国では国民の八割を超える数の加護持ちが産まれている。

逆にガリヤネ国は、それらしき話を匂わせているが正式に契約をしているとは公表していない。その契約内容は分からないが、ガリヤネ国が国土の狭さの割に国力が強いのはその為だと言われる。


レミアンヌは、ガリヤネ国の王族と縁戚であるので本当に守護聖獣がいるのを知っているが、その事実を知っている者はそれほど多くなく、余程優秀な情報の伝手を持つ者だけだろう。


「ガリヤネ国は貴国の北の国境を隣接しております。北の国境の森の災いと、『北の聖獣』様の異変。あまりにも近過ぎます」

「その二つの預言が繋がっていると、聖女様は判断なさったのですね」

「はい。ただ、それでも本当に貴国のことかは確信はありません。ですからクロヴァス卿に、両辺境伯様に連絡を取っていただきたいのです。もし違っていたとしても、災いがなければそれに越したことはございません」

「確かに北の国境の森を挟んでいる辺境伯様達は、クロヴァス卿のお身内ですわね」


今の北の辺境伯はレンドルフの長兄ダイスが当主を務め、森を挟んで国境の向こう側のガリヤネ国のエウリュ辺境伯家に次兄バルザックが婿入りしている。国境の森の異変を確認するには、クロヴァス家の協力が不可欠だ。


「それに、ガリヤネ国に繋ぎを取れるのは、貴国ではクロヴァス辺境伯家だけと聞き及んでいます。可能であれば、ガリヤネ大公閣下に手紙を託したいのです」

「ああ、ユリアネ公爵令嬢様は彼の国の王家とはご縁戚でございましたね」

「……本当に何でもご存知ですわね」


現在オベリス王国とガリヤネ国はかつての諍いを切っ掛けに断絶し、非公式に両辺境伯家が交流があるだけだ。そしてヴァリシーズ王国も、海を挟んで遠く離れた国である為、正式な国交はない。それでもレミアンヌがガリヤネ国王家と縁戚であると知り得ているオランジュに、思わず感嘆の声を上げる。


「わたくしの国とガリヤネ国とは交流がありますが、あまりにも時間が掛かります。もし、先程の地震が聖女の預言の示すものであるなら…」

「三度目。あまり後はないということですわね」

「はい。ですから一刻も早く連絡を取りたいのです」


レミアンヌは祈るような気持ちでオランジュを見つめた。


「…そのドレス」

「はい?」

「もし、辺境での災いが事実だったとして。貴女様はそのドレスを差し出すおつもりかしら」

「ああ…こちらもご存知でしたのね。ええ、そのつもりですわ。わたくしの親友が贈ってくれた箱一杯のドレスを全て」


オランジュは少しだけ目を細めて、レミアンヌのドレスに縫い付けられている控え目ながら美しい石に目を向けた。


このドレスは、ヴァリシーズ王国から聖女マリエールが大急ぎで仕立てさせて、幾つかの転移魔法の拠点を経由させて贈って来たものだ。このドレスの生地にはふんだんに「聖女の清浄」が使われていた。



本来、聖女の清浄はヴァリシーズ王国を優先にして、国がそれを管理した上で僅かな余剰分を国外に輸出している滅多にお目にかかれないレアものだ。目利きが見ればその価値は分かるが、実物を見ていないと判別が付きにくいものでもある。そんな稀少な石をドレスにたっぷり使われているのだが、あまりにも多過ぎて実物を知る者も本物かどうか計りかねている様子が見受けられた。

おそらくマリエールは通常のノルマに上乗せして聖女の清浄を作り、教会の全権力を使ってドレスに仕立て、親友へのプレゼントという名目で国外に出すことを了承させたのだろう。箱が届いたとき、レミアンヌはその矢面に立たされたであろう故郷の宰相の頭髪のことに思いを馳せて遠い目をしてしまった。


一着でも大変な金銭と手間がかかる品を箱一杯に押し込んで贈るなど、ある意味狂気の沙汰だ。けれどマリエール曰くレンドルフへの「詫び石」として使うように、と言っていた。前世ゲームには詳しくなかったので何となくしか理解出来ていないが、レミアンヌは惜しむつもりはなかった。



オランジュは僅かな時間レミアンヌを見つめて、フッと小さく笑った。


「畏まりました。クロヴァス卿と親しくしている方に頼んでみますわ」

「あ、ありがとうございます!」

「一度ユリアネ公爵令嬢にご挨拶させておいた方がよろしいかしら。本日のわたくしのパートナーを務めておりますから、この後で参りましょうか」

「是非お願いしますわ」


レミアンヌの真剣な様子を信じてもらえたのか、オランジュから承諾を貰えてレミアンヌは肩の力が抜けた。もし椅子に座っていなければ、その場にへたり込んでいただろう。


「お相手はジルヴァ卿といいまして、異国の者ですので少々礼儀が…」

「ジルヴァ、卿…?え?ええっ!?まさか王弟殿下のサミー・ジルヴァ!?」


思わぬ名前が出て、レミアンヌは我を忘れて立ち上がった。


レミアンヌの前世は、女性だけで構成された宝玉歌劇団の大ファンで、通称ギョクオタだった。その中でも乙女ゲーム「キミシロミ2」の一部をミュージカル化した作品で、レンドルフ役を務めた役者(ギョクリータ)推しだった。その際に取り上げられた物語が、主役が王弟サミーと、友人レンドルフが北の地へ向かい、異国の踊り子を助けて色々と事件に巻き込まれる、という内容だったのだ。


普段のレミアンヌならば、サラリと受け流せたかもしれないが、今はオランジュとの交渉に成功してすっかり気が緩んでいた。そこに前世でチケット扇が幾つも出来る程通い倒した作品の主役の名が出て来たのだ。もう理性よりも前世の魂の条件反射の方が強かった。


もしオランジュ達が会場に入った際にレミアンヌがエドワードと別の場所にいなければ、サミーの姿を見て前世とは違うと心づもりが出来ていたかもしれなかった。それに、サミーは顔だけ見ればすぐに王家の血縁だと分かるが、誰の血縁であるかは一切明言していなかった。先王の庶子であることはサミーの周辺の数名しか知らないことだ。もう失言しかない状況なのだが、その場に居合わせなかったレミアンヌにはその自覚すらなかった


「ユリアネ公爵令嬢」

「っ!?」


全く温度のないオランジュの静かな声を聞いて、レミアンヌはようやく己の失態を肌感覚で理解して血の気が引いた。


「そのお話も、聞かせてくださる?」

「……は、はぃぃ」


まるで風前の灯のような震える声で、レミアンヌはそれだけを吐き出すのが精一杯だった。



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「レンさんはどのくらいまでこっちにいられるの?」


人力荷車を返却して見慣れた場所に戻って来るともう日が殆ど落ちていて、まだ空は明るさを残しているが地上には夜の暗がりが落ちていた。店先の街灯を点灯しているところとまだ点けていないところと半々くらいの街並は、奇妙な熱量と静けさが混じり合っているようだった。

当初の予定ではそろそろ王城に戻るくらいの時間だったのでレンドルフはどうしようかと考えていると、隣にいたユリが小さく袖を引いた。


「特に決めてないけど、夜会が始まってからの方が鉢合わせしないとは思ってるよ。逆に遅すぎると王城を出る人達の目に付くから、それならいっそ深夜に戻る方がいいかな」

「いくらレンさんでも深夜はさすがに危ないよ」

「でもそうなると…」


レンドルフは「もう戻る時間だ」とは言い出せずに、少しだけ思案する。当人は意識していないのかもしれないが、レンドルフの袖を摘んだまま見上げているユリの大きな目は、どこか寂しげな色が浮かんでいた。


「いられるのは、あと…二時間くらいなんだけど…ユリさんは?」

「私は何時でも大丈夫!あ、さすがに深夜はダメだけど」

「じゃあ、良かったらもう少し俺に付き合ってもらえる?」

「うん!」


帰りは少し飛ばせば問題はないとレンドルフは脳内で色々逆算して、更にかなりギリギリの時間を算出して答えた。レンドルフとしても折角ユリに会えたのだから、少しでも長く一緒にいたかったのだ。


「ええと…ユリさんが行ってみたい場所とかあるかな?あ、でも結構歩き回ったから疲れてるよね。どこかの店に行こうか」

「それならミキタさんのお店に行かない?」

「ああ、いいね。あの日と同じだ」


一年前にユリと出会った日、ユリにミキタの店に連れて行ってもらったのだ。時間帯は違っているが、思い出を辿るにはちょうどいい締めくくりになるだろう。


「さっき色々食べちゃったからあんまりお腹は空いてないけど、ミキタさんなら色々融通利かせてくれるし。あ、レンさんはしっかり食べるよね?」

「……うん」


食べる量はユリに知られているので、まだまだ胃袋に余裕があるのは丸分かりだ。もう誤摩化しても仕方がないと、レンドルフは少しだけ恥ずかしそうに頷くと、いつものようにユリと手を繋いで夕刻の街を歩いて行ったのだった。



「あれ?看板が出てないけど」

「今はお店は夜の営業だけなの。あの地震からタイキの調子が戻ってないから、時間を短くしてるんだって。でも私は薬の調合とかで話を聞くから、いつでも来ていいって」

「それなら俺は」

「大丈夫。もうすぐお店も開く時間だし、ミス兄もレンさんに会いたがってたから」


遠慮からか腰が引けそうになったレンドルフを、ユリは少々強めに腕を引いて店に連れて行く。本気で振り払おうと思えばレンドルフならばいつでも簡単に出来るだろうが、それを全くしないのをユリは十分理解していた。振り払うくらいなら、許可を取って抱え上げて移動する筈だとユリは信じている。


「ミキタさーん、こんばんはー」

「おう、ユリちゃん。おっ、レンくんも一緒かい」

「わぁ〜ユリちゃん、レンくん、いらっしゃーい」


ユリが元気に扉を開けると、フワリと煮込みの良い香りと、カウンターの中にはミキタが、こちら側の椅子にはクリューがにこやかに出迎えてくれていた。


「タイキの調子はどう?」

「んー、まだまだ本調子じゃないね。一応食欲はあるけど」

「ミス兄とバートンさんは?」

「薬草採取の依頼でまだ帰らないよ」

「そっかあ。レンさんに会いたがってたのに」


会話をしながら、流れるようにいつもの店の奥のソファ席にレンドルフ達は腰を下ろす。このソファ席は、この店で唯一レンドルフが安心して座れる場所だ。先代の老夫妻からミキタが受け継いだまま補修を繰り返して使っている店なので、どれも年代物だ。普通の椅子ではレンドルフが座るには小さすぎるし、耐久性にも不安があるのだ。


「注文はどうする?今日はチキンのクリームシチューとコロッケの盛り合わせがお勧めだよ。コロッケの中身はジャガイモとカボチャ、それからホワイトソースにコメを合わせたものに、トマトソースを添えてある」

「じゃあそのお勧めと…ユリさんはどうする?」

「うう…どれも美味しそう…」


今、ユリの胃袋はそこそこ埋まってしまっている。だが、ミキタがお勧めと言った料理はユリの好物でもあった。


「そのお勧めを二人前で、取り皿を下さい。ユリさんは俺の皿から食べられるだけ好きに摘めばいいよ」

「え?い、いいの…?」

「うん。足りなくなったらおかわりするから」

「はいよ。二人前だね」


他にも軽く摘めるようなおツマミの盛り合わせと揚げ芋も注文する。


「それと、何かお祝いに良さそうな飲み物を。ユリさんの好みに合わせてお願いします」

「おや、祝い事かい?そう言えばユリちゃんがレンくんを連れて来てちょうど一年だったね」

「それもそうなんですけど、ユリさんが薬師の試験に合格したそうなので」

「おや!それはおめでたいね」

「ま、まだ一次試験だから…」

「いいじゃないか、祝う機会ってのは多ければ多い程いいんだよ!それじゃ、張り切って作ろうかね」


レンドルフ達のテーブルにピクルスの乗った皿と水の入ったピッチャーとグラスを置いてから、ミキタはニッと笑って腕まくりをしてカウンターの向こうへ去って行った。


「レンさん、ありがと」

「俺が祝いたかったんだ。あ、モタクオ湖に行く約束もちゃんとするから」

「いつもレンさんに何かしてもらってばっかりな気がするんだけど」

「そう?俺もユリさんから沢山貰ってるよ」

「…それなら、いいけど」


他愛のない会話を交わしていると、細長いグラスに注がれた赤い飲み物が二人の前に置かれた。赤と言っても、ユリの方が透き通るような鮮やかな赤い色で、レンドルフの方が少し黒みがかった濃い色をしている。


「ユリちゃんの方は辛口の白ワインに、レンくんは甘口の赤ワインをベースに、カシスリキュールを入れたものだよ」

「ありがとうございます。良い香りですね」


グラスを手に取ると、フルーティで華やかな香りが鼻先をくすぐる。


「すぐに料理も持って来るよ」


ミキタが下がると、ユリはレンドルフに向かって自分のグラスを差し出す。レンドルフもすぐにグラスを差し出し、縁を軽く触れ合わせた。チリン、と小さく高い音が鳴って、グラスの中の液体がユラリと揺れる。


「ユリさん、改めておめでとう」

「ありがとう。レンさん、またこれからもよろしくね」

「うん、よろしく」


少し灯りを落としている店内でグラス越しに見るユリの金の虹彩は、いつもより光を反射して揺らめいているように見える。その光を見つめていると、まだ飲んでもいないのにクラリと目眩を覚えるような気分になって、レンドルフは少しだけ誤摩化すようにピクルスの刺さったピックを摘まみ上げた。


「あ!」


刺し方が甘かったのか、持ち上げて口に運ぶ途中でオリーブのピクルスがコロリと転がってテーブルの下に落ちてしまった。


「大丈夫、私が拾うよ」

「ご、ごめん」


体の大きなレンドルフがテーブルの下に落ちたピクルスを拾おうとすると、あちこちにぶつかって二次災害になりかねない。レンドルフが動くよりも先に、ユリが紙ナプキンを片手に素早くテーブルの下に潜り込んでいた。


「ごめん、ユリさん」

「平気平気。放っておいて踏んじゃったら床汚しちゃうし」


紙ナプキンで包んでユリが立ち上がった瞬間、下を向いていたユリの頭頂部に、再び黒い痣が浮かび上がっていたのがレンドルフに目に映った。


(何だ…あの形…?)


それはただの不定形でも、髪の毛の流れによるものでもなく、何か幾何学的な紋様のように見えた。



お読みいただきありがとうございます!


この先不穏展開が走り出して行きます。お付き合いいただけたら嬉しいです。


作中に出て来るギョクオタ、ギョクリータは造語です。元ネタはすぐに分かるかと思いますが(笑)


二人が飲んでいるのはユリがキール、レンドルフがカーディナルです。

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