第九話敗戦国の使者
西暦二一六八年六月二十五日。
ガルディア王国。
王都ガルディオン。
王宮では、朝から怒号が飛び交っていた。
「あり得ん!」
軍務大臣が机を叩く。
「三万の第一軍が、一時間足らずで降伏したなど!」
「だが、現実にそうなっている!」
宰相が怒鳴り返した。
「生還した飛竜騎士も、伝令も、全員が同じ証言をしている!」
「ならば第一軍が臆病だったのだ!」
「三万人全員がか!?」
「……!」
軍務大臣が言葉を失う。
会議室には、国王ヴィクトル二世をはじめ、王国政府と軍の主要人物が集められていた。
だが。
昨日までとは、空気がまるで違う。
誰もが青ざめている。
誰もが混乱している。
そして。
誰もが。
アストリア連邦共和国という未知の国家を恐れていた。
「第一軍はどうなっている?」
ヴィクトルが尋ねた。
情報局長が答える。
「降伏した兵士は武装解除され、ローゼリア領内の数か所へ移送されています」
「虐殺は?」
「ありません」
「拷問は?」
「確認されておりません」
「捕虜の扱いは?」
情報局長は、一瞬ためらった。
「……非常に良好とのことです」
王が眉をひそめる。
「良好?」
「はい」
「どういう意味だ」
「負傷兵は、アストリア軍の医療部隊による治療を受けています」
「敵兵を?」
「はい」
「なぜだ?」
「……分かりません」
会議室がざわめく。
ガルディア王国においても、捕虜の治療を行うこと自体は珍しくない。
だが。
戦場で捕らえた敵兵に、自軍と同水準の医療を提供するなど考えにくい。
まして。
昨日まで殺し合っていた相手である。
「それだけではありません」
情報局長が続けた。
「捕虜には食事と水が支給され、将校と一般兵についても一定の待遇が保障されています」
「……」
「負傷していない者については、必要以上の拘束も行っていないとのことです」
ヴィクトルは理解できなかった。
圧倒的な力を持ちながら。
敗者を辱めない。
略奪もしない。
捕虜を殺さない。
むしろ治療までしている。
「……本当に軍隊なのか?」
誰かが呟いた。
宰相が低く答えた。
「だからこそ恐ろしいのだ」
全員が彼を見る。
「力を持っているだけの野蛮人なら、理解できる」
宰相は続けた。
「だが奴らは違う」
「圧倒的な力を持ちながら、規律もある」
「兵士も指揮官も命令に従い、必要以上に殺さない」
「……」
「つまり」
宰相は国王を見た。
「国家として成熟している」
その言葉に。
誰も反論できなかった。
◇◇◇
同日。
ローゼリア王国東部。
アストリア連邦陸軍野戦医療施設。
白い大型テントの中。
ガルディア兵のラウルは、ぼんやりと天井を見ていた。
昨日。
彼は騎兵隊に所属していた。
ガーディアンによる警告射撃で馬が暴れ、落馬。
そのまま後続の馬に踏まれ、左脚を折った。
気を失い。
目を覚ました時。
彼は敵軍の施設にいた。
「……ここは」
最初。
死ぬと思った。
捕虜になった兵士など。
何をされてもおかしくない。
だが。
実際には違った。
「動かないでください」
白い服を着た女性が声をかける。
何を言っているかは分からない。
しかし。
表情と身振りで、意味は何となく伝わった。
ラウルは左脚を見る。
昨日まで。
酷く腫れ。
少し動かすだけで激痛が走っていた。
今は。
固定具のようなものが装着されている。
痛みも大きく減っていた。
「……魔法か?」
思わず呟く。
だが。
魔力は感じない。
白衣の女性が小さな端末を操作する。
すると。
透明な板のような画面に、骨の形が表示された。
「なっ……」
ラウルは目を見開いた。
自分の身体の中。
骨。
筋肉。
それが見える。
「何だ、これは……」
女性は彼が驚いていることに気づき、少し笑った。
その時。
隣の寝台から声がした。
「おい」
ラウルが振り向く。
同じ騎兵隊の兵士。
ハンスだった。
「生きてたのか」
「お前もな」
ハンスは右腕を包帯で固定されている。
「俺たち……どうなるんだ?」
ラウルは首を横に振る。
「知らん」
「処刑されるのか?」
「だったら治療なんかするか?」
「……それもそうだな」
二人は黙る。
そこへ。
通訳用の簡易装置を持ったアストリア兵が入ってきた。
機械による翻訳はまだ不完全。
だが。
単純な会話なら。
ある程度通じるようになっていた。
『食事を持ってきた』
機械音声。
ラウルは目を丸くする。
パン。
肉。
温かいスープ。
果物。
そして水。
「……捕虜の食事か?」
アストリア兵は翻訳装置を通して答える。
『そうだ』
「俺たちは昨日、お前たちに攻撃したんだぞ?」
兵士は少し考える。
『それでも負傷者は負傷者だ』
ラウルは。
何も言えなくなった。
◇◇◇
野戦医療施設から少し離れた場所。
捕虜収容区域。
ガルディア第一軍の兵士たちは。
信じられないほど静かに座っていた。
武器は取り上げられている。
だが。
鎖で繋がれてはいない。
周囲にはアストリア兵。
その背後。
M-28ガーディアン。
誰も。
逃げようとは考えなかった。
逃げられない。
という理由もある。
だが。
それ以上に。
逃げる必要がない。
そう感じ始めていた。
「……昨日の戦い」
若い兵士が呟く。
「何だったんだろうな」
隣の古参兵が答える。
「戦いじゃない」
「え?」
「俺たちが勝手に攻撃して」
彼はガーディアンを見る。
「勝手に負けただけだ」
「……」
「敵は最初から」
言葉を切る。
「俺たちを全滅させるつもりなんてなかった」
別の兵士が聞いていた。
「じゃあ……」
「何だ?」
「もし最初から殺すつもりだったら?」
古参兵は黙る。
昨日。
見えない場所から飛んできた砲弾。
飛竜を簡単に追い回した飛行兵器。
騎兵の進路へ正確に撃ち込まれた弾丸。
そして。
自分たちを狙わず。
わざと外した砲撃。
しばらくして。
古参兵は答えた。
「俺たちは」
「ここに座ってないだろうな」
◇◇◇
午前十時。
ガルディア王宮。
軍議は続いていた。
「第二軍を退却させるべきです!」
宰相が強く主張する。
軍務大臣が反論する。
「退却すれば王国の威信が!」
「第一軍三万を失った時点で、そんなものは崩れている!」
「まだ戦力は残っている!」
「何を出すつもりだ!?」
宰相は机を叩いた。
「近衛軍か!?」
「地方軍か!?」
「予備役を集めるのか!?」
「十万集めれば勝てるとでも思っているのか!」
軍務大臣は口を閉ざした。
十万。
昨日までなら。
誰もが絶対的な大軍だと考えていただろう。
今は違う。
三万が。
千人にも満たない敵軍に。
一時間で敗れた。
ならば。
十万なら?
二十万なら?
誰にも答えられなかった。
「陛下」
宰相は国王を見る。
「講和を」
ヴィクトルは。
長い間。
黙っていた。
昨日。
アストリアの最後通告を聞いた時。
彼はまだ、どこか他人事だと思っていた。
ローゼリアとの戦争。
そこへ突然口を挟んできた未知の国家。
少々強いとしても。
自分たちには関係ない。
そう思っていた。
だが。
違った。
圧倒的に。
違った。
「……条件は」
王が呟く。
宰相が答える。
「アストリアから現在示されているのは、ローゼリア領からの完全撤退と停戦協議のみです」
「賠償金は?」
「まだ提示されていません」
「領土割譲は?」
「要求されていません」
「王位の放棄は?」
「それもありません」
ヴィクトルは顔を上げた。
「……本当に?」
「はい」
「第一軍を壊滅させたというのに?」
「はい」
国王は。
逆に不安になった。
何を考えている。
勝者が。
これほどまでに。
何も要求しない。
「アストリアは何が欲しい?」
宰相は答えられない。
その時。
情報局長が発言した。
「陛下」
「何だ」
「アストリア側から正式な外交文書が届いております」
「読め」
情報局長が広げる。
「第一」
「ガルディア王国は、直ちにローゼリア王国内に存在する全軍を撤退させること」
「第二」
「両国は即時停戦し、今後の交渉を開始すること」
「第三」
「捕虜の扱いについては国際的な人道基準に準じ、アストリア側が保護すること」
「第四」
「ガルディア王国政府より、正式な交渉権限を持つ使節団を派遣すること」
ヴィクトルは聞く。
「それだけか?」
「現時点では」
「……」
アストリアは。
こちらを滅ぼすつもりではない。
その事実に。
国王は初めて。
心の底から安堵した。
「使節を送る」
軍務大臣が顔を上げる。
「陛下!」
「黙れ」
低い声。
「まだ戦いたいのか?」
「それは……」
「ならば」
ヴィクトルは軍務大臣を睨んだ。
「そなたが兵を率いて行け」
「……」
「五万で勝てなかった相手に」
「今度は何人連れて行く?」
軍務大臣は。
何も答えられなかった。
「使節団を編成せよ」
王は命じる。
「相手の条件を確認する」
◇◇◇
同日。
ノヴァ・キャピタル。
連邦大統領府。
「ガルディア政府が使節派遣を決定した?」
グラント大統領が尋ねる。
国務長官キャサリンが頷いた。
「はい。ローゼリア側の外交網を経由して連絡が届きました」
「代表者は?」
「宰相補佐を務める侯爵と、外務担当大臣。それに軍関係者が同行する予定です」
「妥当だな」
グラントは資料を見る。
「捕虜は?」
国防長官ハリスが答える。
「第一軍のうち、約一万三千名が正式に武装解除に応じています。残余も大半は組織的抵抗を停止」
「逃亡兵は?」
「多数いますが、追跡はしていません」
「それでいい」
グラントは頷く。
「我々の目的はガルディア軍を壊滅させることではない」
「了解しています」
「死傷者の最終集計は?」
「敵軍側の死者三十一」
「負傷者二百八十七」
「こちらは?」
「戦闘による負傷者ゼロです」
グラントは少し黙る。
圧倒的な勝利。
だが。
死者は出た。
三十一人。
アストリアにとっては敵兵でも。
ガルディアにとっては。
誰かの息子。
誰かの父。
誰かの兄弟。
「遺体は丁重に扱え」
「はい」
「身元確認ができた者から、ガルディア側へ通知する」
「承知しました」
国家安全保障担当補佐官ヘイズが尋ねる。
「講和条件は、今のままで?」
グラントは頷いた。
「過剰な要求はしない」
「賠償はローゼリアへ任せる?」
「基本的には」
「ですが」
キャサリンが口を挟む。
「アストリア軍も作戦費用を負担しています」
グラントは少し笑った。
「ガルディアに請求するのか?」
「議会からそういう声が出る可能性はあります」
「実際、出るだろうな」
「ええ」
グラントは椅子にもたれた。
「だが、我々の使用した弾薬費を、中世に近い経済規模の国家へ請求して何になる」
ハリスが苦笑した。
「支払えないでしょうな」
「それより」
グラントは地図を見る。
「長期的に安定した隣国になってもらう方が価値がある」
キャサリンが頷く。
「同感です」
「軍事的勝利を、政治的失敗に変えるな」
大統領は言った。
「そこを間違えれば」
「今度は永遠に敵を作る」
◇◇◇
六月二十六日。
ローゼリア王国。
国境近郊。
臨時停戦交渉施設。
元々はローゼリア王国軍の地方司令所だった石造りの砦。
現在は。
その周囲に。
アストリア軍の通信車両。
装甲車。
発電設備。
医療車両。
小型無人機。
そして。
二機のM-28ガーディアンが配置されていた。
ガルディア使節団は。
その光景を見た瞬間。
誰も声を出せなかった。
「……本当に」
使節団代表。
エルンスト・フォン・グライゼル侯爵が呟く。
「人型なのだな」
巨大な鋼鉄の巨人。
噂ではない。
目の前にいる。
「これが」
外務大臣が息を呑む。
「我が軍を……?」
同行する将軍が首を横に振った。
「これだけではありません」
「何?」
「生還兵の証言では、あの巨人以外にも多数の兵器が存在したと」
「……」
使節団は。
砦へ向かった。
入口。
アストリア兵が立っている。
装備。
服装。
姿勢。
どれを見ても。
ガルディア兵とは異なる。
そして。
何より。
若い。
エルンストは少し驚いた。
あれほどの軍事力。
ならば。
兵士は全員。
怪物のような屈強な男たちだと。
無意識に想像していた。
だが。
普通の人間だった。
少なくとも。
見た目は。
◇◇◇
会議室。
アストリア側代表。
国務省特使、ジョナサン・クラーク。
ローゼリア側。
外務大臣補佐。
そして。
ガルディア使節団。
三者が席につく。
高度な言語理解魔法を使用できるローゼリア宮廷魔導士。
さらに。
アストリア側の翻訳AI。
二重の通訳体制。
クラークが口を開く。
「まず」
「ガルディア王国使節団の皆様が、交渉に応じたことを歓迎します」
エルンストは慎重に頷く。
「我が国も、これ以上の戦闘を望んでおりません」
「それは何よりです」
「まず確認したい」
エルンストが言う。
「捕虜の安全は?」
「保証されています」
クラークは答える。
「負傷者には必要な医療を提供しています」
「……なぜです?」
思わず。
質問してしまった。
クラークが首を傾げる。
「なぜ、とは?」
「彼らは貴国へ攻撃を行った兵士です」
「そうですね」
「それなのに」
エルンストは言葉を探す。
「治療するのですか?」
クラークは少し考え。
答えた。
「戦闘が終われば」
「負傷した敵兵は、もはや戦闘員ではなく負傷者です」
「……」
ガルディア側は。
その価値観を。
完全には理解できなかった。
だが。
少なくとも。
アストリアが捕虜を殺すつもりがないことは分かった。
「では」
クラークは資料を開く。
「停戦条件について確認しましょう」
「お願いします」
「第一」
「ガルディア王国軍はローゼリア領内から完全撤退」
「受諾します」
「第二」
「ローゼリアに対する一切の軍事行動を停止」
「受諾します」
「第三」
「国境問題については武力ではなく外交交渉で解決する」
エルンストは少し迷い。
頷く。
「受諾します」
「第四」
「今後の正式講和条約について、ガルディア王国とローゼリア王国が協議を開始する」
「異議ありません」
クラークは頷いた。
「以上が、アストリア側から求める基本条件です」
エルンストは。
しばらく待った。
だが。
続きを話さない。
「……以上?」
「はい」
「領土は?」
「何のことです?」
「我が国から割譲を求める土地です」
「求めていません」
「……賠償金は?」
「アストリア政府として、現時点で要求していません」
「貴国軍の戦費は?」
「こちらの問題です」
「軍港の租借は?」
「必要ありません」
「鉱山は?」
「求めません」
「……」
エルンストは。
信じられないという顔をした。
「なぜです?」
また。
同じ質問。
クラークは静かに答える。
「我々は」
「あなた方の国を征服するために戦ったわけではありません」
「……」
「ローゼリアへの侵攻を止める」
「それが軍事行動の目的でした」
「目的は達成されています」
それだけ。
ガルディア側にとって。
最も理解しにくい答えだった。
圧倒的な勝者。
好きな条件を押し付けられる。
国土を奪える。
財宝を奪える。
王位すら奪える。
なのに。
何もしない。
「……アストリア連邦共和国とは」
エルンストは小さく言う。
「一体、何なのです?」
クラークは少し笑った。
「ただの国家ですよ」
ガルディア側は。
誰も。
そうは思えなかった。
◇◇◇
会談終了後。
ガルディア使節団は。
アストリア軍の要請により。
捕虜収容区域を視察することになった。
そこで。
彼らは。
さらに衝撃を受ける。
「侯爵閣下!」
一人のガルディア兵が立ち上がる。
「ご無事でしたか!」
「そなた……」
エルンストが驚く。
兵士は。
元気だった。
捕虜とは思えない。
食事も与えられている。
治療も受けている。
将校も。
一般兵も。
誰も。
酷い扱いをされていない。
「何か酷いことをされたか?」
エルンストが尋ねる。
兵士は首を横に振る。
「いえ」
「殴られたか?」
「いいえ」
「食事は?」
「……我が軍より良いくらいで」
エルンストが固まる。
兵士も。
何とも言えない顔をした。
「治療は?」
「骨折した兵も」
隣の施設を見る。
「もう歩けるようになった者がいます」
「……治癒魔法か?」
「違うようです」
「では?」
「分かりません」
兵士は小さな声で言う。
「ですが」
「ここの医者は」
「腕や脚の中まで見えるようです」
「……?」
意味が分からない。
使節団は。
そのまま医療施設へ向かった。
そこで。
医療画像。
自動診断装置。
再生医療補助。
高性能義肢。
外科治療設備。
それらを見た。
ガルディア軍医は。
完全に言葉を失った。
「……これを」
「戦場に持ってきたのですか?」
アストリアの軍医が答える。
「ええ」
「通常の野戦病院です」
「通常……」
また。
その言葉。
通常。
普通。
一般的。
アストリア人は。
何度も。
そう言う。
こちらから見れば。
全てが異常なのに。
◇◇◇
視察を終え。
一行が砦へ戻る途中。
遠方から。
重い音が聞こえてきた。
ゴォォォォォ――。
エルンストが空を見る。
「何だ?」
雲の向こうから。
巨大な影。
最初。
鳥に見えた。
次に。
飛竜かと思った。
だが。
違う。
あまりにも。
巨大すぎる。
四発のエンジン。
巨大な翼。
アストリア空軍の大型戦略輸送機。
前線基地への物資輸送任務だった。
「……あれは」
ガルディア将軍が。
呆然と見る。
「飛行船?」
案内役のアストリア士官が答える。
「輸送機です」
「何を運ぶのです?」
「今回は補給物資と車両ですね」
「車両?」
「はい」
「……あの空飛ぶものの中に?」
「そうです」
エルンストが尋ねる。
「何人乗れる?」
「仕様によりますが」
士官は考える。
「兵員輸送なら数百人規模です」
「……数百」
「大型装甲車両も運べます」
全員。
無言。
そして。
輸送機は。
そのまま遠方の基地へ降下していった。
エルンストは。
その姿を。
ずっと見つめていた。
「……侯爵閣下」
外務大臣が小さく声をかける。
「何だ」
「私は」
「昨日までは」
彼は苦笑した。
「第一軍が油断したから負けたのではないかと」
「……」
「そう思っていました」
「私もだ」
エルンストは認めた。
「ですが」
外務大臣は。
遠くのガーディアンを見る。
「違いましたな」
「ああ」
「第一軍が」
「勇敢でも」
「慎重でも」
「優秀でも」
エルンストは。
静かに続ける。
「結果は」
「変わらなかっただろう」
◇◇◇
同日夜。
ガルディア使節団宿舎。
エルンストは。
国王へ提出する報告書を書いていた。
何度。
書き直したか分からない。
最初。
『アストリア軍は極めて強大』
と書いた。
消した。
弱い。
次に。
『列強国にも匹敵する可能性』
と書いた。
これも消した。
明らかに違う。
最終的に。
一文。
こう書いた。
『アストリア連邦共和国との軍事的対立は、いかなる形でも避けるべきである』
そして。
その下へ。
さらに続ける。
『今回投入された戦力は、同国軍のごく一部に過ぎないと推測される』
筆が。
止まる。
その時。
昼間。
アストリア士官から。
偶然聞いた言葉を思い出した。
「我々は一個大隊戦闘群です」
一個。
大隊。
国を救った軍ではない。
遠征軍ですらない。
一部隊。
エルンストは。
震える手で。
続きを書いた。
『第一軍を撃破した部隊は、アストリア軍にとって大規模戦力ではない』
『繰り返す』
『大規模戦力ではない』
『彼らは本気ではなかった』
書き終え。
椅子にもたれる。
天井を見上げる。
「……世界は」
「何というものを」
「呼び込んだのだ」
◇◇◇
その頃。
遥か西。
アストリア連邦共和国。
大西洋方面海軍基地。
巨大なドック。
その中に。
一隻の艦が停泊していた。
全長六百八十メートル。
満載排水量六十五万トン。
四基の核融合炉。
五十一センチ三連装電磁加速砲四基。
巨大な飛行甲板。
百機を超える艦載航空機。
インペリウム級超弩級航空戦艦。
その一番艦。
『インペリウム』
整備員たちが。
静かに。
通常点検を行っていた。
異世界の誰も。
まだ。
その存在を知らない。
ガルディア第一軍を。
一時間で屈服させた兵器群。
それらですら。
アストリア連邦共和国が持つ。
軍事力の。
ほんの入口に過ぎなかった。
第一章 第九話「敗戦国の使者」 完
次回 第十話「友好条約」
ローゼリアとガルディアの講和交渉が始まる一方、アストリアとローゼリアは正式な国交樹立へ動き出す。
初めて本格的に始まる異世界との貿易。
医薬品、農業機械、通信機器――ローゼリア側が目にするのは、兵器以上に国を変えかねないアストリアの民生技術だった。
そして同じ頃。
遠く離れた別の大陸では。
「西方に未知の大国が出現した」
という情報が、ついに異世界の大国へ届き始めていた。




