第八話五万対八百
西暦二一六八年六月二十四日。
午後三時十一分。
ローゼリア王国東部平原。
ガルディア王国軍第一軍。
三万の兵士たちが、地平線の向こうに現れた異様な軍勢を見つめていた。
数ではない。
目の前にいる敵は、明らかに少ない。
ガルディア側から確認できる範囲だけなら、数百。
それに対して自分たちは三万。
後方の第二軍まで含めれば五万。
本来なら、恐れる必要などない。
だが。
兵士たちの表情に、余裕はなかった。
「……でかい」
誰かが呟いた。
戦列の中央。
十メートルを超える鋼鉄の巨人たちが歩いている。
M-28ガーディアン。
その周囲を、低い車体の鋼鉄製戦闘車両が進んでいた。
M-12パラディン主力戦車。
さらにその後方。
装輪装甲車。
歩兵戦闘車。
自走砲。
無人戦闘車両。
空には、小さな飛行物体が無数に浮かんでいた。
「魔導巨兵……なのか?」
「違う」
「では何だ?」
「知らん」
誰にも分からない。
そして。
その分からない敵から、先ほど降伏勧告が行われた。
『武器を捨てれば生命の安全を保証する』
その言葉は。
バルガス将軍にとって、屈辱以外の何物でもなかった。
「全軍!」
馬上の将軍が剣を掲げる。
「敵は少数だ!」
兵士たちへ向けて叫ぶ。
「我々は三万!」
「敵は数百!」
「数で押し潰せ!」
周囲の将校たちも声を上げた。
「進め!」
「ガルディアの力を見せろ!」
兵士たちは槍を構える。
魔導砲が前進する。
飛竜騎士たちが空へ舞い上がった。
そして。
ガルディア王国軍は。
アストリア連邦軍へ向けて。
攻撃を開始した。
◇◇◇
アストリア陸軍。
第1統合機甲師団所属大隊戦闘群。
指揮車両。
「敵前衛、前進開始」
オペレーターが報告する。
大型戦術ディスプレイには、ガルディア軍の位置が表示されていた。
赤い点。
赤い線。
赤い塊。
ほとんど戦場全体が見えている。
「飛竜隊、約三十」
「魔導砲、前衛に五十六門」
「騎兵、約三千」
「歩兵主力、前進開始」
マイケル・ブラッドリー大尉は画面を見た。
敵は多い。
確かに多い。
だが。
アストリア軍の指揮官にとって。
多いだけだった。
「航空管制」
『こちらスカイアイ』
上空を飛行する早期警戒無人機から応答。
「飛竜隊を確認しているか?」
『全目標追尾中。脅威度、低』
「攻撃許可はまだ出すな」
『了解』
「砲兵」
『こちら砲兵隊』
「敵魔導砲の位置は?」
『全門捕捉済み』
「破壊するな」
一瞬。
通信の向こうで沈黙。
『……確認します。破壊しない、でよろしいですか?』
「ああ」
ブラッドリーは答えた。
「まず戦闘能力を奪う」
『了解』
「砲そのものではなく、前方地面と牽引車両を狙え」
『了解』
「航空隊にも伝えろ」
「可能な限り人員への直撃を避ける」
副官が尋ねた。
「そこまで抑えますか?」
ブラッドリーは敵軍の映像を見る。
歩兵。
馬。
飛竜。
そこにいるのは。
兵器だけではない。
人間だ。
「敵を全滅させるのが任務じゃない」
「侵攻を止めるのが任務だ」
「了解」
「始めるぞ」
ブラッドリーは通信網へ入った。
「全隊」
「フェーズ・ワン開始」
◇◇◇
午後三時十三分。
ガルディア軍。
魔導砲兵隊。
「照準!」
砲兵隊長の号令。
巨大な砲身が、アストリア軍へ向けられる。
魔導石が光を放つ。
魔力が砲身内部へ収束。
「距離、推定一千二百!」
「まだ遠い!」
「構わん!」
隊長が叫ぶ。
「敵は近づいてくる!」
魔導砲。
ローゼリア周辺諸国では、強力な兵器として知られている。
大砲より長い射程。
重装歩兵をまとめて吹き飛ばす火力。
城壁さえ破壊できる。
「放て!」
青白い光。
一斉に。
魔導弾が撃ち出された。
数十の光球が空を飛ぶ。
ガルディア兵たちが歓声を上げた。
「行け!」
「吹き飛ばせ!」
しかし。
アストリア軍側。
「敵砲撃確認」
「弾道解析完了」
「着弾予測地点、前方三百」
誰も慌てなかった。
そもそも。
射程が足りていない。
魔導弾は。
アストリア軍の前方数百メートルへ次々と着弾した。
爆発。
土煙。
巨大な水柱のように土砂が舞う。
ガルディア兵たちは叫ぶ。
「見たか!」
「これが魔導砲だ!」
だが。
土煙の向こうから。
鋼鉄の巨人たちは。
何事もなかったかのように歩き続けていた。
「……え?」
兵士の顔から笑みが消える。
そして。
次の瞬間。
ガルディア軍の誰も。
何が起きたのか理解できなかった。
空から。
音が降ってきた。
ヒュ――。
ドンッ!
魔導砲陣地の前方。
地面が爆発した。
「うわっ!」
兵士たちが吹き飛ばされる。
続けて。
別の地点。
ドン!
さらに。
ドン!
ドン!
正確に。
魔導砲の周囲だけ。
地面が抉られていく。
「砲撃だ!」
「敵の砲撃だ!」
「どこから撃っている!?」
誰も見えない。
敵軍の砲兵は。
遥か後方。
肉眼では確認できない距離にいた。
アストリア陸軍の155ミリ電磁補助自走榴弾砲。
誘導砲弾。
一発。
また一発。
ガルディア軍の魔導砲隊の周辺へ落ちる。
直接砲員を狙ってはいない。
しかし。
馬は暴れ。
牽引装置は破壊され。
地面は穴だらけ。
魔導砲を動かすことなどできなくなった。
「ば、馬鹿な……」
砲兵隊長は。
目の前にできた巨大な穴を見つめた。
「敵の姿すら見えないのに……」
「どうやって……」
そして。
彼は気づいた。
砲撃が。
こちらの砲だけを狙っている。
「……全部」
「全部、見えているのか?」
◇◇◇
上空。
ガルディア飛竜隊。
「敵上空へ向かえ!」
飛竜騎士団長ガストンは叫んだ。
三十二騎。
王国でも精鋭とされる飛竜騎士。
飛竜の飛行速度は速い。
地上軍を一方的に攻撃できる。
通常の矢では高度のある飛竜には届かない。
それゆえ。
飛竜騎士は戦場の王者とされていた。
「高度を上げろ!」
飛竜たちが上昇する。
前方。
鋼鉄の軍勢。
上からなら。
「……ん?」
ガストンが眉をひそめる。
小さなものが浮かんでいる。
鳥ではない。
翼はある。
だが。
羽ばたかない。
「敵の飛行魔導器か?」
その瞬間。
飛行物体が急激に移動した。
「速い!?」
無人戦闘機。
UCAV。
飛竜とは比較にならない速度で旋回。
一瞬で。
飛竜隊の側面へ回り込む。
「なっ……!」
騎士たちが慌てる。
そして。
彼らの周囲を。
六機の無人戦闘機が包囲した。
攻撃はしない。
ただ。
飛竜より遥かに速く。
自由自在に。
周囲を飛んでいる。
「馬鹿な……」
一人の騎士が呟く。
「何だ、この動きは……」
飛竜が旋回する。
敵はさらに速く旋回する。
上昇。
敵も上昇。
急降下。
敵はその横を追従。
「振り切れない!」
「団長!」
「魔法を使え!」
騎士の一人が杖を構える。
その瞬間。
警告音。
当然。
ガルディア兵には聞こえない。
だが。
無人戦闘機側では。
「攻撃準備動作を確認」
地上司令部へ情報が送られる。
ブラッドリーが返答。
「威嚇射撃を許可」
次の瞬間。
バシュッ!
一機の無人戦闘機から小型誘導弾。
ただし。
狙ったのは飛竜ではない。
その遥か前方。
空中で炸裂。
ドンッ!
衝撃。
飛竜たちが驚き。
一斉に体勢を崩す。
「うわあっ!」
騎士たちは必死に手綱を握る。
「団長!」
ガストンは前方を見る。
爆発した空間。
もし。
あれが。
こちらへ向けられていれば。
「……退くぞ」
「団長!?」
「高度を下げろ!」
「しかし!」
「今のは警告だ!」
ガストンは叫んだ。
「次は当ててくる!」
飛竜隊は。
戦闘を開始する前に。
後退した。
◇◇◇
地上。
ガルディア軍騎兵隊。
「飛竜隊が退いた!?」
「なぜだ!」
「構うな!」
騎兵指揮官が剣を上げた。
「敵陣を突破する!」
三千騎。
戦場を揺らす蹄の音。
これまで。
数多くの歩兵部隊を粉砕してきた。
騎兵突撃。
その威力を。
ガルディア軍は信じていた。
「突撃ぃぃぃ!」
馬が駆ける。
距離。
一千五百。
一千。
八百。
その正面。
六機のM-28ガーディアンが前へ出た。
「……たった六体!」
騎兵指揮官が笑う。
「散開して包囲しろ!」
だが。
ガーディアンたちは。
主砲を構えなかった。
その代わり。
地面へ向けて。
腕部兵装を向ける。
「何を――」
ダダダダダダッ!
轟音。
五十ミリ弾。
馬ではなく。
騎士でもなく。
突撃中の騎兵隊の前方。
地面へ撃ち込まれた。
土砂が爆発的に吹き上がる。
「うわああっ!」
馬が驚き。
前脚を上げる。
後続の馬が衝突する。
騎兵隊の隊列が崩壊。
「止まれ!」
「止まれぇ!」
だが。
三千騎。
高速突撃中。
急停止などできない。
前方が止まれば。
後方が追突。
人馬が入り乱れる。
ガーディアンは。
そこへ撃たない。
ただ。
静かに。
武器を向けていた。
その姿を見て。
最前列の騎士が。
剣を落とした。
「……無理だ」
誰かが。
馬から降りた。
また一人。
また一人。
武器を捨てる。
それは。
伝染するように広がっていった。
◇◇◇
ガルディア軍本隊。
バルガス将軍は。
目の前で起きていることを理解できなかった。
「魔導砲隊は何をしている!」
「行動不能です!」
「飛竜隊は!?」
「後退しました!」
「騎兵隊!」
「突撃停止!」
「何だと!?」
バルガスは叫ぶ。
まだ。
本格的な戦闘すら始まっていない。
なのに。
自軍の主要戦力が次々と機能を失っている。
「歩兵を進めろ!」
副官が青ざめる。
「しかし……」
「三万いるのだ!」
「はい!」
「数で包囲しろ!」
命令。
歩兵部隊が前進を開始。
槍を並べる。
盾。
弓。
剣。
数千。
一万。
さらに。
後方から。
次々と進む。
アストリア軍指揮車。
「敵歩兵、一万二千前進」
ブラッドリーが腕を組む。
「こちらへ接近させるな」
「砲撃しますか?」
「いや」
「無人車両を前へ」
「了解」
数十台の無人戦闘車両が進む。
小型。
低い車体。
自律走行。
人間は乗っていない。
その後方。
歩兵戦闘車。
そして。
ガーディアン。
「音響警告装置」
「出力を上げろ」
「了解」
やがて。
ガルディア歩兵たちの前方へ。
大音量の声が響いた。
『これ以上前進すれば攻撃する』
『武器を捨てよ』
『降伏した者の生命を保証する』
兵士たちは。
足を止めた。
「進め!」
後方から将校が叫ぶ。
「敵は少ない!」
「進め!」
しかし。
目の前。
鋼鉄の巨人。
戦車。
無人機。
そして。
地面に開いた無数の砲撃痕。
誰も。
最初の一歩を踏み出さない。
その時。
一人の将校が叫んだ。
「臆するな!」
剣を掲げる。
「敵は数百だ!」
「突撃――」
ドンッ!
将校の横。
数メートル。
地面に砲弾が着弾。
爆風。
将校が転倒。
兵士たちが悲鳴を上げる。
また。
別の場所。
ドンッ!
さらに。
ドン!
ドン!
まるで。
どこへ落とすか。
完全に選んでいるように。
兵士のいない場所だけ。
砲撃されていく。
そして。
ガルディア兵たちは気づいた。
「……わざと」
一人が呟く。
「外している」
隣の兵士を見る。
「これ……」
声が震える。
「当てようと思えば」
「俺たちに全部当てられるんじゃ……」
沈黙。
誰かが。
槍を落とした。
カラン。
その音が。
不思議なほど大きく聞こえた。
次の兵士も。
槍を捨てる。
そして。
また一人。
一人。
十人。
百人。
やがて。
前線全体へ。
降伏が広がり始めた。
◇◇◇
午後三時三十八分。
開戦から。
二十七分。
ガルディア第一軍。
指揮所。
「兵が……」
副官の声が震えていた。
「兵が武器を捨てています」
バルガスは顔を真っ赤にした。
「処罰しろ!」
「無理です!」
「何!?」
「数千が降伏しています!」
「ならば後衛で止めろ!」
「後衛も混乱しています!」
「第二軍を呼べ!」
通信魔導士が青ざめる。
「第二軍も……」
「何だ!」
「上空から正体不明の飛行物体に監視されています」
「それが何だ!」
「さらに」
言葉に詰まる。
「進路上へ、巨大な爆発が……」
◇◇◇
ローゼリア北部。
ガルディア第二軍。
約二万。
その進路上。
突然。
地面が爆発した。
ドドドドドドッ!
誰もいない平原。
街道の数百メートル先。
一直線に。
巨大な穴が形成される。
兵士たちが止まる。
「敵襲!」
「どこだ!」
「見えない!」
上空。
遥か彼方。
F-48レイヴン。
地上。
第二軍指揮官は。
空を見上げた。
何も見えない。
だが。
次の瞬間。
自分たちの横。
数十メートル。
ドンッ!
また爆発。
さらに。
後方。
ドン!
「囲まれている……」
誰かが呟く。
見えない敵に。
完全に。
「将軍!」
副官が叫ぶ。
「前方に何か!」
地平線。
鋼鉄の巨人。
ほんの数機。
その後方。
戦車。
だが。
兵士たちは。
もう笑わなかった。
◇◇◇
午後三時四十五分。
アストリア大隊戦闘群。
「敵第一軍、約九千が降伏」
「前衛部隊はほぼ戦闘停止」
「魔導砲隊、無力化」
「飛竜隊、撤退」
「騎兵隊、大半が投降」
ブラッドリーは報告を聞いた。
「こちらの損害は?」
「ゼロ」
「車両損傷?」
「なし」
「負傷者?」
「なし」
「敵側は?」
オペレーターが確認する。
「現時点で推定死者二十三」
ブラッドリーの表情が曇る。
「負傷者、約百五十」
「……二十三か」
避けたかった。
だが。
戦闘である以上。
完全な無傷とはいかなかった。
一部の砲弾破片。
暴走した騎馬。
混乱による事故。
そして。
警告を無視して直接攻撃を仕掛けた者への反撃。
「衛生隊を出せ」
「敵兵にもですか?」
「当然だ」
「了解」
「降伏した兵士を武装解除」
「食料と水も用意」
「了解」
「捕虜として扱え」
「はい」
ブラッドリーは戦場を見た。
まだ。
完全には終わっていない。
中央。
バルガス将軍の本隊。
約四千。
そこだけは。
まだ武器を捨てていなかった。
◇◇◇
「ふざけるな……」
バルガス将軍は震えていた。
恐怖ではない。
いや。
本人は。
そう思おうとしていた。
「こんな」
「こんな馬鹿なことがあるか……!」
三万。
三万の軍勢。
それが。
一時間も経たず。
戦闘能力を失いつつある。
「敵は!」
叫ぶ。
「何人だ!」
副官は答えられない。
「何人なのだ!」
「……確認できる範囲では」
「言え!」
「千人以下かと……」
バルガスは。
言葉を失った。
三万対。
千以下。
なのに。
負けている。
しかも。
敵は。
こちらを殺そうとすらしていない。
それでも。
勝てない。
「将軍」
副官が静かに言った。
「降伏を」
バルガスは睨む。
「何?」
「これ以上は」
「黙れ!」
「兵が無駄に死にます!」
「我々はガルディア王国軍だ!」
「だからこそです!」
副官は叫んだ。
初めて。
上官へ声を荒らげた。
「敵は我々を殺す気なら、とっくに全滅させている!」
バルガスが固まる。
「今までの攻撃を見れば分かるでしょう!」
「砲撃は外している!」
「空からの攻撃も!」
「巨人の武器も!」
「全部です!」
副官は息を荒げる。
「我々は」
「相手にされていないのです」
その言葉は。
バルガスの胸を。
何より深く抉った。
相手にされていない。
三万の軍勢が。
敵から見れば。
本気で殺す必要すらない。
戦力。
「……」
バルガスは。
周囲を見た。
兵士たち。
疲れ。
恐怖。
混乱。
誰も。
戦おうという顔をしていない。
遠方。
一機のガーディアン。
巨大な鋼鉄の巨人が。
こちらへ向かって歩いてくる。
だが。
武器は。
地面へ向けている。
やがて。
拡声された声。
『ガルディア王国軍指揮官へ告げる』
『戦闘は終了した』
『これ以上の抵抗に意味はない』
『武器を捨てよ』
バルガスは。
剣を握る。
震える手。
しばらく。
動かなかった。
そして。
剣が。
地面へ落ちた。
カラン。
「……降伏する」
副官が目を閉じた。
「全軍へ」
バルガスは。
絞り出すように言う。
「武器を捨てろ」
◇◇◇
午後四時二分。
アストリア軍指揮車。
「敵第一軍司令部より降伏意思」
「確認」
「第二軍も進軍停止」
「第二軍司令官より交渉要請」
ブラッドリーは大きく息を吐いた。
「戦闘停止命令」
「全隊へ送信」
「了解」
通信網へ。
『全隊、射撃停止』
『繰り返す』
『全隊、射撃停止』
戦場が。
静かになった。
先ほどまで聞こえていた。
砲声。
馬の鳴き声。
兵士の叫び。
それらが。
少しずつ消えていく。
残ったのは。
機械の低い駆動音と。
風の音だけ。
戦闘開始から。
五十一分。
ガルディア王国軍第一軍。
事実上壊滅。
第二軍。
交戦前に進軍停止。
対する。
アストリア連邦軍。
戦死者。
ゼロ。
負傷者。
ゼロ。
主要装備損失。
ゼロ。
それは。
戦争というより。
軍事力の差を。
一方的に証明する作業だった。
◇◇◇
同日。
午後四時二十分。
ローゼリア王国王都。
王宮。
「……もう一度」
国王アルフレッド三世が言った。
「もう一度報告してくれ」
伝令が。
戸惑いながら。
読み上げる。
「はっ」
「ガルディア第一軍は降伏」
「第二軍も進軍を停止」
「現在、アストリア軍との停戦交渉に入っております」
沈黙。
「……終わったのか?」
「はい」
「いつ始まった?」
「およそ一時間前です」
「……」
国王は。
宰相を見る。
宰相も。
何も言えない。
「ガルディア軍は……五万だったのだな?」
「はい」
「アストリア軍は?」
「確認できた戦力は……」
伝令も。
読みながら。
信じられない様子だった。
「約八百」
「……八百?」
「はい」
アルフレッドは椅子へ深く座った。
笑うしかなかった。
「五万対八百」
そして。
一時間。
「……戦争とは」
小さく呟く。
「これほどまでに、文明で変わるものなのか」
誰も。
答えられなかった。
◇◇◇
同時刻。
ノヴァ・キャピタル。
大統領府。
「戦闘終了」
国防長官ハリスが報告した。
「第一軍司令官が降伏」
「第二軍は交戦せず進軍停止」
グラントは頷いた。
「こちらの損害は?」
「ありません」
「敵側は?」
「死者は現在確認できている範囲で二十数名。負傷者約二百」
グラントは少し表情を曇らせた。
「……そうか」
「現在、我が軍の衛生部隊が敵負傷者の治療にも当たっています」
「頼む」
「はい」
国務長官キャサリンが尋ねた。
「今後は?」
グラントは地図を見る。
「ガルディアへ正式な停戦交渉を要求する」
「条件は?」
「全軍のローゼリア領からの撤退」
「捕虜返還?」
「停戦合意成立後、段階的に返還」
「賠償は?」
グラントは少し考えた。
「それはローゼリアとガルディアの交渉事項だ」
「我々は?」
「仲介する」
「了解しました」
ハリスが尋ねる。
「ガルディア本土への進軍は?」
「不要だ」
即答だった。
「脅威は排除した」
「これ以上やる理由はない」
「了解」
グラントは。
スクリーンに映る。
降伏したガルディア兵たちを見た。
「それに」
小さく言う。
「十分だろう」
◇◇◇
翌日。
六月二十五日。
ガルディア王国。
王都ガルディオン。
「……敗北?」
国王ヴィクトル二世は。
報告を理解できなかった。
「はい」
情報局長は。
顔面蒼白だった。
「第一軍、降伏」
「第二軍、撤退交渉中」
「待て」
ヴィクトルは手を上げる。
「第一軍は三万だぞ」
「はい」
「第二軍は二万」
「はい」
「敵は?」
情報局長は。
言いたくなさそうに。
答えた。
「千人に満たなかったと……」
「…………」
王の顔から。
表情が消えた。
「何を言っている?」
「事実です」
「そんなわけがあるか!」
机を叩く。
「三万だぞ!」
「はい!」
「三万人が!」
「一時間で!」
「八百程度の兵に負けたというのか!」
誰も。
答えられない。
「魔導砲は!」
「無力化されました」
「飛竜隊!」
「接近できませんでした」
「騎兵!」
「ほぼ戦闘不能」
「歩兵!」
「多数が降伏しました」
「……」
ヴィクトルは。
ゆっくりと。
椅子へ座った。
「アストリア……」
初めて。
その国の名前を。
真剣に口にした。
情報局長が。
震える声で続ける。
「陛下」
「さらに」
「まだあるのか」
「はい」
「今回確認された兵器は」
一度。
息を呑む。
「アストリア側では」
「特別な超兵器ではない可能性が高いとのことです」
ヴィクトルが。
顔を上げる。
「……何?」
「今回戦った部隊は」
「通常の地上部隊」
「それも」
「一個大隊規模に過ぎないと」
王宮。
誰も。
声を出さなかった。
その沈黙の中。
ヴィクトル二世は。
ようやく理解し始めていた。
噂は。
誇張ではなかった。
むしろ。
彼らが聞いていた噂の方が。
まだ。
生ぬるかったのだと。
そして。
自分たちは。
この世界に現れたばかりの超大国へ。
最悪の形で。
存在を知られてしまったのだと。
---
**第一章 第八話「五万対八百」 完**
次回――**第九話「敗戦国の使者」**
一時間にも満たない戦闘で主力軍を失ったガルディア王国。
王宮は混乱に陥り、強硬派と講和派が激しく対立する。
一方、アストリア軍の野戦病院では、敵味方を問わず負傷兵が最新医療によって治療されていた。
そして。
ガルディア王国はついに、アストリア連邦共和国へ正式な使節を送る。
そこで彼らは知ることになる。
自国軍を圧倒した戦力が、アストリア軍全体から見れば――ほんの一部に過ぎなかったことを。




