第五話文明の隔たり
西暦二一六八年六月二十一日。
エルディア世界、ローゼリア王国。
西部港湾都市リヴェール。
ローゼリア王国でも有数の商業港であるこの街では、早朝から一隻の船が出航準備を進めていた。
王国海軍所属の大型帆船『セント・ローゼリア』。
全長約六十メートル。
風魔法を利用した補助推進装置を備え、通常の帆船よりも高速で航行できる、王国でも優秀な船舶の一つである。
その甲板に、一人の中年男性が立っていた。
エドモンド・フォン・ラウゼン伯爵。
ローゼリア王国の外交官であり、今回の使節団の代表を務める人物だった。
「伯爵閣下、出航準備が整いました」
船長の報告に、エドモンドは頷いた。
「ご苦労。予定どおり出航しよう」
「はっ」
船長が部下へ指示を出す。
間もなく、船員たちが帆を張り、魔導推進装置を起動した。
微かな青い光が船尾に灯る。
ゆっくりと船が動き始めた。
エドモンドは、遠ざかっていく港を眺めた。
「……アストリア連邦共和国、か」
その名前を知ったのは、つい昨日のことである。
ベルナ村で未知の軍隊と接触したアルバート辺境伯から、王都へ報告が届けられたのだ。
報告書によれば、彼らはアストリア連邦共和国という国家に所属しているらしい。
そして、その国家は極めて強大な軍事力を保有しているという。
「鋼鉄の巨人が一万体以上……」
エドモンドは小さく呟いた。
にわかには信じ難い数字だった。
魔導巨兵は、国家の軍事力を象徴する高価な兵器である。
ローゼリア王国が保有する旧式魔導巨兵は、わずか四体。
それも維持費が高く、全機を同時に稼働させることは難しい。
列強国家であれば数百体規模の魔導巨兵を保有しているところもあると聞くが、それでも一万体という数字は桁違いだった。
「伯爵閣下」
背後から声がした。
振り返ると、若い女性が立っていた。
王国宮廷魔導士、セシリア・アルノール。
二十九歳。
高位の言語理解魔法を使用できる、王国内でも数少ない魔導士の一人である。
「セシリア殿か」
「はい。少し気になることがありまして」
「何だね?」
セシリアは西方の海を見た。
「例の鋼鉄船についてです」
「ほう」
「報告書によれば、あの船からは魔力がまったく感じられなかったそうですね」
「そのようだ」
「……不思議です」
セシリアは考え込んだ。
「魔力を使用せずに、あれほど巨大な船を動かす方法があるのでしょうか」
「さあな」
エドモンドは肩をすくめた。
「我々が知らぬ技術を持っているのだろう」
「しかし、魔力を使わずに動く機械など……」
「セシリア殿」
エドモンドは静かに言った。
「世の中には、我々の知らないことなど山ほどある」
「……そうですね」
「重要なのは、それを理解しようとすることだ」
セシリアは微笑んだ。
「さすがは外交官ですね」
「いや、単なる経験則だよ」
エドモンドは苦笑した。
「知らぬ相手を、自分の常識だけで判断すると碌なことにならん」
そして、海の向こうを見つめた。
「特に今回は、王国の未来が懸かっているからな」
◇◇◇
同日。
アストリア連邦共和国。
首都ノヴァ・キャピタル。
連邦国務省本庁舎。
「正式な外交使節団が向かっている?」
国務長官キャサリン・ウォーカーは、部下の報告を聞き返した。
「はい。ローゼリア王国から、外交使節団と思われる船団が出航しました」
「どうやって確認したの?」
「同国西部の港湾都市を監視していた偵察衛星が、複数の船舶の出航を確認しました。また、現地の辺境伯からも、外交使節団の派遣について情報を得ています」
「なるほど」
キャサリンは端末を操作した。
スクリーンに、木造帆船の映像が表示される。
「ずいぶんと古風な船ね」
「外見上は、地球の十八世紀以前の帆船に近いものと思われます」
「推進方式は?」
「風力が基本ですが、未知のエネルギーを利用した補助推進装置を備えているようです」
「例の魔法というものね」
「はい」
キャサリンは腕を組んだ。
「言語理解については?」
「国家科学技術局と国務省の共同チームが解析を進めています。現地で採取した音声資料から、基本的な単語と文法構造の推定が始まっています」
「まだ完全な翻訳は難しい?」
「はい。ただし、現地側に言語理解の魔法が存在することは確認されています」
「それは助かるわね」
キャサリンは頷いた。
もっとも、その魔法にも問題はあった。
現地からの報告によれば、簡易的な意思伝達魔法では、複雑な概念を正確に伝えることができない。
高度な言語理解魔法なら、より自然な会話が可能になるらしいが、使用者は限られるという。
「正式な外交交渉なら、誤解は避けたいわね」
「そのとおりです」
「専門の通訳班も同行させましょう。最初は魔法による通訳を利用して、その後は音声解析AIと併用する形にしたいわ」
「承知しました」
キャサリンは地図を表示した。
アストリア東岸。
そこには、巨大な港湾都市が存在していた。
セント・アイリス。
人口約四百二十万人。
アストリア東部を代表する商業港湾都市であり、国内有数の工業地帯を抱えている。
「使節団は、この港で受け入れましょう」
「セント・アイリスですか?」
「ええ。港湾設備も十分だし、外国使節を受け入れられる施設もある」
「安全保障上の問題は?」
「海軍と沿岸警備隊に協力を要請して。入港前に検査を行う必要があるわ」
「了解しました」
キャサリンは少し考えた。
「それから、大統領に報告を」
「正式な国交交渉を開始するということでしょうか?」
「ええ。ただし、現段階では相手国の政治体制も法律も、ほとんど分かっていない」
彼女は慎重に言った。
「まずは互いを知ること。それが最優先よ」
◇◇◇
六月二十二日。
午前八時四十分。
アストリア連邦共和国東方海域。
ローゼリア王国使節団。
旗艦『セント・ローゼリア』。
「……見えました!」
見張り員の声が響いた。
「前方に陸地を確認!」
エドモンドは急いで甲板へ出た。
水平線の向こう。
そこには、広大な陸地が存在していた。
「……あれが、アストリアか」
未知の国家。
突然現れた大陸。
その姿を、ついに肉眼で確認したのである。
「伯爵閣下!」
見張り員が再び叫んだ。
「右舷前方に船影!」
「何?」
エドモンドは望遠鏡を構えた。
そして、息を呑んだ。
灰色の巨大な船が、こちらへ向かって航行していた。
その船体には帆がなく、煙も上がっていない。
だが、速度は明らかにこちらより速い。
「……あれか」
報告書に記されていた鋼鉄船。
全長二百メートル近い、異様な軍艦である。
「全船、警戒!」
護衛艦の船長が叫んだ。
「待て!」
エドモンドが制止した。
「武器を向けるな!」
「し、しかし!」
「我々は外交使節団だ! 戦いに来たのではない!」
「はっ!」
騎士たちは慌てて武器を下ろした。
エドモンドは再び望遠鏡を構えた。
鋼鉄船は、こちらから一定の距離を保って停止した。
そして。
『こちらはアストリア連邦共和国沿岸警備隊である』
突然、海上に大きな声が響いた。
「なっ!?」
エドモンドは驚いた。
声は確かにあの鋼鉄船から聞こえた。
しかし、そこには叫んでいる人間の姿などない。
『貴船団の所属を確認したい。こちらの案内に従って航行されたい』
もちろん、言葉の意味は分からない。
エドモンドはセシリアを見た。
「頼めるか?」
「はい」
彼女は頷き、杖を掲げた。
「少々お待ちください」
淡い青色の光が、杖の先端に灯る。
言語理解魔法。
相手の言葉から意味を読み取り、異なる言語を使用する者同士の意思疎通を可能にする高位魔法である。
ただし、無制限に使用できるわけではない。
対象となる相手の言葉を実際に聞き取り、術式を維持する必要がある。
「……できました」
セシリアが目を開いた。
「何と言っている?」
「アストリア連邦共和国の沿岸警備隊と名乗っています。我々の所属を確認したいようです」
「なるほど」
エドモンドは頷いた。
「では、こちらも名乗ろう」
彼は船長に命じ、白旗と王国の紋章旗を掲げさせた。
続いて、セシリアが魔法を用いて返答を行う。
『我々はローゼリア王国の外交使節団です。アストリア連邦共和国との友好関係を求めて参りました』
しばらくの沈黙。
そして。
『ローゼリア王国使節団、了解した。入港については、こちらで案内する』
セシリアは目を見開いた。
「……通じました!」
エドモンドは大きく息を吐いた。
「よし」
彼は海の向こうを見た。
「第一関門は越えたようだな」
◇◇◇
アストリア連邦沿岸警備隊。
大型巡視艦『センチネル』。
艦橋。
「艦長、相手船団から応答がありました」
通信担当官が報告した。
艦長のオリバー・グリーン大佐は頷いた。
「内容は?」
「ローゼリア王国の外交使節団と名乗っています。音声は未知の言語ですが、同時に意味情報に近い奇妙な感覚を複数の乗員が報告しています」
「……例の魔法か」
「その可能性があります」
グリーンは少し考えた。
「科学班の記録は?」
「光学観測、電磁観測、音声記録とも正常です。ただし、通信担当者の脳活動に一時的な変化が確認されています」
「身体への影響は?」
「現時点ではありません」
「了解」
グリーンはスクリーンを見た。
そこには、木造帆船が映っている。
「……しかし、ずいぶんと小さな船だな」
副長が呟いた。
「全長六十メートル程度でしょうか」
「それでも、彼らにとっては立派な船なんだろう」
グリーンは答えた。
「我々の基準で判断するな」
「失礼しました」
「それに、あの船には我々の知らない推進装置もある」
グリーンは続けた。
「未知の文明という点では、お互い様だ」
そして命じた。
「航路を案内する。速度は相手に合わせろ」
「了解!」
「セント・アイリス港には予定どおり到着できそうか?」
「はい。入港予定時刻は午前十一時三十分です」
「結構」
グリーンは頷いた。
「外交使節団を無事に送り届けよう」
◇◇◇
午前十一時十二分。
ローゼリア王国使節団。
旗艦『セント・ローゼリア』。
「……何だ、あれは」
エドモンドは、思わず呟いた。
水平線の向こうに、巨大な建造物が見え始めていた。
最初は山だと思った。
しかし、近づくにつれて、それが人工物であることが分かってきた。
高層建築物。
それも、一つや二つではない。
数え切れないほどの巨大な建物が、海岸線に沿って並んでいた。
「……城、なのか?」
護衛騎士の一人が呟いた。
「いや、あれは……」
エドモンドは言葉を失った。
地球の人間から見れば、それは近代的な大都市の光景だった。
だが、ローゼリアの人々にとっては、まるで神話に登場する天上都市のように映っていた。
「伯爵閣下!」
船長が叫んだ。
「港が見えてきました!」
エドモンドは視線を移した。
そして、再び驚愕した。
巨大な港湾施設。
延々と続く岸壁。
そして、そこに並ぶ無数の船舶。
全長数百メートルにも及ぶ巨大な貨物船。
山のようなコンテナを積載した船。
さらに、巨大な船体を持つ特殊な作業船。
「……あれが、港?」
セシリアが呆然と呟いた。
ローゼリア王国最大の港であるリヴェールでさえ、ここまで大規模な施設は存在しない。
いや。
規模だけの話ではなかった。
「……あの箱は何でしょう?」
セシリアが指差した。
岸壁には、同じ形をした巨大な金属製の箱が、整然と積み上げられていた。
「分からん」
エドモンドは首を横に振った。
「倉庫……ではなさそうだが」
その時。
巨大な機械が動いた。
岸壁に設置されたクレーンが、貨物船から金属製の箱を持ち上げる。
「なっ!?」
騎士たちがどよめいた。
巨大な箱が、空中へ吊り上げられたのである。
「魔法か!?」
「いや、魔力反応がない!」
セシリアは驚愕した。
「……あの巨大な装置、魔力を使用していません」
「何?」
「それなのに、あれほど重そうな物体を持ち上げています」
エドモンドはクレーンを見つめた。
鋼鉄の腕。
複雑な機械構造。
そして、正確に動く巨大な装置。
「……これが、彼らの技術なのか」
彼は呟いた。
さらに驚くべきことに、港では無数の車両が走り回っていた。
馬は見当たらない。
にもかかわらず、荷物を積んだ車両が自在に移動している。
「……馬がいない」
護衛騎士の一人が呟いた。
「どうやって動いているんだ?」
誰も答えられなかった。
やがて、使節団の船は専用の岸壁へ案内された。
巨大な港の片隅。
それでも、ローゼリア王国の港湾施設とは比較にならないほど立派な設備だった。
◇◇◇
セント・アイリス港。
外交使節受入施設。
「ようこそ、アストリア連邦共和国へ」
使節団を出迎えたのは、国務省所属の外交官だった。
名はダニエル・フォスター。
四十三歳。
長年にわたり地球各国との外交交渉を担当してきた、経験豊富な外交官である。
もっとも、今回は彼にとっても初めての経験だった。
相手は地球の国家ではない。
文字どおり、異世界の国家である。
「ローゼリア王国外交使節団代表、エドモンド・フォン・ラウゼン伯爵でございます」
セシリアの魔法を介して、エドモンドが挨拶した。
フォスターは丁寧に一礼した。
「アストリア連邦共和国国務省、ダニエル・フォスターです。皆様の訪問を歓迎いたします」
「歓迎いただき、感謝いたします」
双方が握手を交わす。
その様子を、周囲の報道関係者が遠巻きに撮影していた。
ただし、厳重な警備が敷かれている。
沿岸警備隊。
港湾警察。
国務省警護局。
そして、念のため待機している軍の即応部隊。
もっとも、エドモンドたちには、それらの組織の違いなど分からなかった。
ただ、周囲の人々が統一された服装を身につけ、整然と行動していることだけは理解できた。
「伯爵閣下」
フォスターが口を開いた。
「まず、皆様の健康状態を確認させていただきたいと思います」
「健康状態?」
「はい。こちらの世界と皆様の世界では、未知の病原体が存在する可能性があります」
エドモンドは少し考えた。
「なるほど。確かに重要なことですな」
「ご理解いただき感謝します」
フォスターは安堵した。
未知の文明との初接触では、感染症対策が重要になる。
地球の歴史でも、異なる地域の文明が接触したことで感染症が広がった例は少なくない。
アストリア政府は、その教訓を踏まえていた。
使節団には、非侵襲的な健康検査が実施されることとなった。
「……これは?」
セシリアが驚いた。
小型の装置が、彼女の身体をゆっくりと走査していた。
淡い光が一瞬だけ点灯する。
それだけだった。
「検査は終了です」
医療担当者が微笑んだ。
「……もう終わりなのですか?」
「はい」
セシリアは目を丸くした。
「……痛みも、魔力の流れも感じませんでした」
医療担当者は首を傾げた。
「魔力、ですか?」
「ええ。治癒魔法なら、身体の中に魔力が流れる感覚がありますから」
その言葉に、医療担当者の目がわずかに輝いた。
「……詳しくお話を伺っても?」
セシリアは苦笑した。
どうやら、この国の人々も、自分たちの技術に興味を持っているらしい。
◇◇◇
午後一時三十分。
セント・アイリス市内。
健康検査を終えた使節団は、国務省が用意した車両に乗り込んでいた。
エドモンドたちを乗せたのは、大型の電動バスだった。
「……馬車ではないのですな」
エドモンドが呟いた。
フォスターは笑みを浮かべた。
「ええ。我が国では、自動車という乗り物を使います」
「自動車……」
「動力を利用して走行する車両です」
「馬も魔物も使わずに?」
「はい」
エドモンドは、窓の外を見た。
道路には、同じような車両が無数に走っている。
小型のもの。
大型のもの。
荷物を積んだもの。
そして、何人もの人を乗せたもの。
それらが整然と道路を走行していた。
「……驚きましたな」
エドモンドは率直に感想を述べた。
「我が国では、馬車が一般的な移動手段です」
「なるほど」
フォスターは頷いた。
「我が国でも、かつては馬車が使用されていました」
「かつて?」
「ええ。二百年以上前には、まだ広く使われていた時代があります」
「……二百年」
エドモンドは呟いた。
つまり、彼らは自分たちの文明水準を、とっくの昔に通過しているということなのだろうか。
しかし、驚きはそれだけではなかった。
「……あれは?」
セシリアが窓の外を指差した。
遠方に、巨大な建築物が見えた。
高さ数百メートルにも及ぶ、細長い塔のような建物。
それが、何十棟も並んでいる。
「高層建築物です」
フォスターが答えた。
「企業の事務所や集合住宅、商業施設などとして使用されています」
「……住居?」
セシリアは目を見開いた。
「あんな高い場所に、人が住んでいるのですか?」
「ええ」
「どうやって上まで登るのです?」
「エレベーターという昇降設備があります」
「えれべーたー?」
「人を乗せて上下に移動する機械です」
「……なるほど」
セシリアは頷いた。
しかし、頭の中ではまったく理解が追いついていなかった。
魔法を使用すれば、人間を空中へ持ち上げることはできる。
だが、それには魔力が必要だ。
高位の魔導士でなければ、大勢の人間を何百メートルも上へ運ぶことなどできない。
それを、機械で日常的に行っているという。
「……この国では、魔導士は必要ないのでしょうか」
セシリアが小さく呟いた。
フォスターは首を傾げた。
「魔導士?」
「ええ。魔法を使用する者のことです」
「ああ、なるほど」
フォスターは少し考えた。
「少なくとも、我が国では魔法という技術は確認されていませんでした」
「……存在しなかった?」
「はい。ですが、皆様との接触によって、その認識は変わりつつあります」
セシリアは黙り込んだ。
魔法がない。
それなのに、これほど巨大な都市を築いている。
空を飛ぶ機械を作り、巨大な鋼鉄船を動かし、鋼鉄の巨人を数万近く保有している。
「……信じられません」
思わず、そんな言葉が漏れた。
◇◇◇
午後二時十分。
使節団を乗せた車両は、都市中心部へ到着した。
広大な道路。
整然とした街並み。
巨大な商業施設。
そして、無数の人々。
エドモンドは、窓の外を眺めながら考え込んでいた。
ローゼリア王国の王都アルフィリアは、人口十万人を超える大都市である。
国内では最大級の都市であり、王国の繁栄を象徴する存在だった。
しかし、このセント・アイリスは違った。
規模がまるで異なる。
一つの都市だけで、ローゼリア王国全体の人口を上回る人々が暮らしているという。
最初は何かの聞き間違いだと思った。
だが、実際に街並みを見ていると、その数字にも納得せざるを得なかった。
「フォスター殿」
エドモンドが尋ねた。
「この都市は、貴国の首都なのでしょうか?」
「いいえ」
「……違うのですか?」
「我が国の首都はノヴァ・キャピタルです。ここからかなり離れた場所にあります」
「なるほど……」
エドモンドは頷いた。
「では、この都市は貴国でも特別に大きな都市なのですな」
「大きな都市の一つではあります」
フォスターは答えた。
「ですが、我が国にはセント・アイリスより人口の多い都市も複数存在します」
「…………」
エドモンドは黙り込んだ。
「……伯爵閣下?」
セシリアが心配そうに尋ねた。
「いや……」
エドモンドは苦笑した。
「我々は、随分と遠いところへ来てしまったようだ」
その言葉には、単なる距離以上の意味が込められていた。
◇◇◇
午後三時。
セント・アイリス国際迎賓館。
使節団は、アストリア政府の用意した施設へ案内された。
建物そのものは、都市中心部の巨大高層ビルと比較すれば、それほど高くない。
だが、内部の設備はエドモンドたちの想像を超えていた。
「……水が出る?」
護衛騎士の一人が、洗面台を見て驚いた。
蛇口をひねるだけで水が流れる。
それも、透明で清潔な水が。
「おい、こっちは温かいぞ!」
別の騎士が声を上げた。
「何だと?」
「ほら!」
「……本当だ」
彼らはしばらく、蛇口の前で騒いでいた。
一方、セシリアは部屋の照明に興味を示していた。
「……魔導灯ではない?」
天井に設置された照明器具。
明るさを自在に調整できるという。
しかし、魔力の反応はない。
「電気……」
説明を聞いたセシリアは、その単語を繰り返した。
「電気というエネルギーで、これらすべてを動かしているのですね」
案内担当者が頷いた。
「はい。照明、空調、通信設備、調理器具など、さまざまな用途に使用されています」
「……なるほど」
セシリアは感心した。
「魔力に似ていますね」
「そうなのでしょうか?」
「ええ。魔力もまた、魔導器を動かすためのエネルギーですから」
彼女は少し考えた。
「ただ……」
「ただ?」
「この国の人々は、魔力を使わずに、魔導器と同じようなものを大量に作っている」
セシリアは部屋を見回した。
「それも、私たちのものより遥かに高性能なものを」
案内担当者は、どう答えたものか迷った。
結局、曖昧に微笑むことしかできなかった。
◇◇◇
同日、午後四時三十分。
国際迎賓館。
会議室。
「改めまして、アストリア連邦共和国へようこそ」
フォスターの挨拶に、エドモンドは丁寧に頭を下げた。
「こちらこそ、丁重なお迎えをいただき感謝いたします」
双方が着席する。
ローゼリア王国からは、エドモンド伯爵、セシリア、そして二人の外交補佐官。
アストリア側からは、フォスターを中心とする国務省の外交官たち。
最初の正式な外交会談が始まろうとしていた。
「まず、我が国について簡単にご説明したいと思います」
フォスターは正面の大型スクリーンを操作した。
そこに、アストリア連邦共和国の地図が表示される。
「こちらが、我が国の国土です」
エドモンドは目を見開いた。
「……地図が、光っている?」
セシリアも驚いていた。
しかし、二人はすぐに気を取り直した。
今さら、いちいち驚いていては話が進まない。
「我が国は、複数の州から構成される連邦国家です」
フォスターは説明を続けた。
「国家元首は大統領。現在はアレクサンダー・グラントが務めています」
「大統領……」
エドモンドは呟いた。
「王ではないのですか?」
「はい。我が国は共和制を採用しています」
「なるほど。民によって統治者を選ぶ制度ですな」
フォスターは少し驚いた。
「ご存じなのですか?」
「ええ。我々の世界にも、商業都市を中心とした共和国が存在します」
「それは興味深いですね」
「もっとも、貴国ほど巨大な共和国は聞いたことがありませんが」
二人は小さく笑った。
「では、国土についてですが」
フォスターは地図を拡大した。
「我が国の国土面積は、約一千六百五十万平方キロメートルです」
エドモンドは数字を聞き取り、少し考えた。
「……申し訳ありません。その単位について、もう少し詳しくご説明いただけますか?」
「もちろんです」
フォスターは、地図上に縮尺を表示した。
さらに、ローゼリア王国の推定領域を重ね合わせる。
その瞬間。
エドモンドは息を呑んだ。
「……これは」
スクリーンの中。
アストリアの国土は、ローゼリア王国を遥かに上回る広さだった。
しかも、単に広大なだけではない。
国内には巨大な都市群、工業地帯、農業地帯が存在している。
「……何という広さだ」
エドモンドは呟いた。
彼は外交官として、いくつもの外国を訪問した経験があった。
列強諸国の国土についても、ある程度は把握している。
だが、目の前の国家は、その中でも最大級の広さを持っていた。
「人口は?」
エドモンドが尋ねた。
フォスターは答えた。
「約四億八千万人です」
「…………」
沈黙。
エドモンドは、しばらく動かなかった。
「……失礼」
彼はようやく口を開いた。
「今、何と?」
「四億八千万人です」
「……四億、八千万?」
「はい」
エドモンドは思わずセシリアを見た。
彼女も呆然としていた。
ローゼリア王国の人口は、約三百二十万人。
つまり。
「……我が国の百倍以上?」
「人口比では、そうなりますね」
フォスターは穏やかに答えた。
エドモンドは、背もたれに身体を預けた。
これは、予想を遥かに超えている。
強大な国家だとは聞いていた。
だが、ここまでとは思わなかった。
「……なるほど」
エドモンドは深く息を吐いた。
「貴国が、あれほどの都市を築ける理由が分かりました」
フォスターは微笑んだ。
「それでも、我が国の都市の中では、ここは特別な例ではありません」
「……そうでしたな」
エドモンドは苦笑した。
すでに何度も驚かされている。
だが、まだ話は始まったばかりだった。
◇◇◇
「続いて、我が国の経済についてご説明します」
フォスターは資料を切り替えた。
「アストリアは高度に工業化された国家です。農業、鉱業、製造業、情報産業、宇宙産業など、多様な産業を保有しています」
エドモンドは頷いた。
「それほどの人口を養うには、相応の生産力が必要なのでしょうな」
「そのとおりです」
「食料は、外国から購入されているのですか?」
「一部輸入品もありましたが、基本的には国内生産で十分な食料を確保できます」
「……それは素晴らしい」
エドモンドは素直に感心した。
人口四億八千万。
その国民を養えるほどの農業生産力。
それだけでも、国家として極めて強大だ。
「工業については?」
「多くの製品を国内で生産しています。自動車、航空機、船舶、各種機械、電子機器などです」
「航空機……」
エドモンドは、その単語に反応した。
「それは、空を飛ぶ乗り物のことですかな?」
「はい」
フォスターはスクリーンに映像を表示した。
そこには、巨大な旅客機が映っていた。
「……これは」
セシリアが身を乗り出した。
「魔導航空機……ではないのですね?」
「ええ。魔力ではなく、科学技術によって飛行しています」
「……乗れるのですか?」
「もちろんです」
「何人ほど?」
「この機種なら、五百人以上が搭乗できます」
「…………」
エドモンドとセシリアは、顔を見合わせた。
五百人。
一度に、それほどの人間を空へ運ぶという。
「……飛竜騎士団が聞けば、腰を抜かすでしょうな」
エドモンドが呟いた。
フォスターは興味深そうに尋ねた。
「飛竜騎士団?」
「ええ。我々の世界では、飛竜と呼ばれる大型の飛行生物を利用する軍隊が存在します」
「なるほど。生物による航空戦力ですか」
「そのようなものです」
フォスターは頷いた。
そして、一つの疑問を口にした。
「飛竜は、どの程度の高度や速度で飛行できるのでしょうか?」
「種類によりますが、一般的な軍用飛竜なら、一日に数百キロメートルを移動できます」
「なるほど」
フォスターは記録を取った。
その様子を見て、エドモンドは少し不思議に思った。
「……驚かれないのですな」
「何がでしょう?」
「飛竜です」
フォスターは笑った。
「驚いていますよ」
「そうは見えませんが」
「外交官ですから」
その答えに、エドモンドも笑った。
「なるほど。それは私も見習わねばなりません」
◇◇◇
会談は、二時間以上に及んだ。
双方は互いの国家制度、文化、産業、地理などについて、基本的な情報を交換した。
もっとも、複雑な制度の説明には時間がかかった。
魔法による言語理解は便利だったが、異なる文明の概念を完全に翻訳できるわけではない。
特に、電子計算機や核融合炉といった概念は、ローゼリア側にとって理解が難しかった。
一方、アストリア側も魔法体系や魔導器の仕組みを理解できなかった。
「……つまり、魔力とは特定の人間が持つ能力なのですか?」
フォスターが尋ねた。
セシリアが答える。
「人間だけではありません。魔物や一部の動植物にも魔力があります」
「なるほど」
「ただし、魔法を使うには適性と訓練が必要です」
「科学技術とは、ずいぶん異なる体系のようですね」
「ええ」
セシリアは頷いた。
「ですが、貴国の技術も、私たちからすれば十分に不思議です」
「そうでしょうね」
互いに理解できないものがある。
しかし、それを理由に相手を否定する必要はない。
少なくとも、今回の会談に参加した者たちは、そう考えていた。
そして。
会談の終盤。
エドモンドは表情を引き締めた。
「フォスター殿」
「はい」
「一つ、重要なお話があります」
「何でしょう?」
エドモンドは少し言葉を選んだ。
「実は、我が国は現在、隣国との間で深刻な問題を抱えております」
フォスターの表情が変わった。
「……詳しくお聞かせください」
「我が国の東方には、ガルディア王国という国家が存在します」
エドモンドは説明を始めた。
「人口約一千二百万人。周辺でも有数の軍事力を持つ国家です」
「なるほど」
「そのガルディア王国が、我が国の領土を狙っているのです」
フォスターは黙って聞いていた。
「すでに国境付近では軍の集結が確認されています。近いうちに侵攻が始まる可能性があります」
「……それは深刻ですね」
「はい」
エドモンドは静かに頷いた。
「我が国の軍事力では、正面から対抗することは困難です」
「……」
「そこで、お願いがございます」
エドモンドは姿勢を正した。
「アストリア連邦共和国と、正式な友好関係を築きたいのです」
フォスターは、しばらく考えた。
「友好関係、ですか」
「はい。可能であれば、通商条約や相互協力協定についても協議したいと考えております」
「なるほど」
フォスターは頷いた。
その提案自体は、決して不自然なものではない。
隣国から侵略の危機にさらされている小国が、新たに現れた強大な国家との友好を求める。
外交としては、極めて合理的な判断だった。
「伯爵閣下」
フォスターは口を開いた。
「我が国としても、ローゼリア王国との友好関係を築くことには前向きです」
エドモンドの表情が明るくなった。
「おお……!」
「ただし」
フォスターは続けた。
「軍事的な協力については、慎重な検討が必要になります」
「……承知しております」
「我々は、この世界へ来たばかりです。国際情勢についても、まだ十分に把握できていません」
「そのとおりでしょうな」
「ですので、まずは正式な外交関係の樹立と、基本的な情報交換から始めたいと考えています」
エドモンドは深く頷いた。
「それで十分でございます」
彼は本心からそう思っていた。
最初から軍事同盟を求めるのは、あまりにも性急だ。
まずは国交を樹立し、友好関係を築く。
それだけでも、ローゼリアにとっては大きな前進である。
「では、今後の協議について、両国政府へ報告しましょう」
フォスターが言った。
「ありがとうございます」
エドモンドは深く頭を下げた。
こうして、アストリア連邦共和国とローゼリア王国の初めての正式会談は、友好的な雰囲気の中で終了した。
◇◇◇
同日、午後七時十分。
セント・アイリス国際迎賓館。
エドモンドは、窓の外を眺めていた。
そこには、昼間とはまったく異なる都市の姿が広がっていた。
無数の光。
道路を走る車両の照明。
高層ビルの窓から漏れる光。
そして、遠方まで続く巨大な都市の夜景。
「……美しい」
思わず、そんな言葉が漏れた。
王都アルフィリアの夜も美しい。
王宮や貴族街には魔導灯が設置されている。
しかし、一般市民の住む地区では、夜になると多くの建物が暗くなる。
それが普通だった。
だが、この都市では違う。
街全体が、まるで昼間のように明るい。
「伯爵閣下」
セシリアが部屋へ入ってきた。
「お休みにならないのですか?」
「少し、考え事をしていた」
「考え事?」
「ああ」
エドモンドは窓の外を指差した。
「見てみなさい」
セシリアも窓際へ近づいた。
そして、小さく息を呑んだ。
「……何度見ても、信じられません」
「そうだな」
エドモンドは頷いた。
「私は今日、一つ確信したことがある」
「何でしょう?」
「アストリアという国家は、我々の想像を遥かに超える力を持っている」
セシリアは黙って聞いていた。
「軍事力だけではない。産業、交通、医療、教育、国民生活……あらゆる面で、我々とは比較にならぬほど進んでいる」
「……はい」
「そして、恐ろしいのは」
エドモンドは言葉を切った。
「彼らにとって、これが当たり前の日常だということだ」
セシリアは、改めて夜景を見た。
この都市の人々は、特別な魔法を使っているわけではない。
ただ、日常生活を送っているだけなのだ。
「……伯爵閣下」
「何だね?」
「もし、我が国がこの国の技術を学ぶことができたなら……」
エドモンドは微笑んだ。
「ああ」
そして、静かに言った。
「ローゼリアは、大きく変わるだろう」
◇◇◇
同時刻。
アストリア連邦共和国。
首都ノヴァ・キャピタル。
連邦大統領府。
「ローゼリア王国との会談は、順調に進んでいるようだな」
大統領グラントは、国務長官キャサリン・ウォーカーからの報告を聞いていた。
「はい。相手国は友好的で、外交関係の樹立にも積極的です」
「それは結構」
「ただし、一つ問題があります」
「何だ?」
「ローゼリア王国は、隣国ガルディア王国から侵略の危機にさらされているそうです」
グラントは眉をひそめた。
「侵略?」
「はい。国境付近で軍の集結が確認されているとのことです」
「我が軍でも確認しているのか?」
国防長官ハリスが答えた。
「現在、偵察衛星による観測を実施しています」
スクリーンに画像が表示された。
そこには、広大な平原に集結する軍勢が映っていた。
無数の天幕。
馬。
荷車。
そして、隊列を組む兵士たち。
「……これは?」
グラントが尋ねた。
「ガルディア王国軍と思われる部隊です」
「兵力は?」
「現在確認できる範囲で約三万人。後方には別の部隊も存在しており、総兵力は五万人規模になる可能性があります」
グラントはしばらく映像を眺めた。
「装備は?」
「槍、弓、剣、初期の火砲に類似する装備。それに、魔導砲と思われる兵器が確認されています」
「航空戦力は?」
「大型飛行生物を利用した部隊が存在しています。現地では飛竜と呼ばれる生物の可能性があります」
「なるほど」
グラントは頷いた。
「我が軍との戦力差は?」
ハリスは淡々と答えた。
「比較するまでもありません」
「……だろうな」
大統領は苦笑した。
現代地球の軍事大国でさえ、アストリア連邦軍と正面から戦うことは困難だった。
まして、剣や槍を主力とする軍隊である。
仮に魔法という未知の技術が存在していたとしても、現時点で確認されている装備では、アストリア軍の機甲部隊に対抗することは難しい。
「だが、問題はそこではない」
グラントは言った。
「我々は、この世界の国際秩序をまだ理解していない」
「そのとおりです」
キャサリンが頷いた。
「ローゼリア王国の主張だけを聞いて、軍事介入を決定するわけにはいきません」
「まずは情報収集だ」
グラントは地図を見た。
「ガルディア王国について、可能な限り詳しく調べてくれ」
「承知しました」
「それから、ローゼリア王国との外交交渉は継続する」
「はい」
「友好的な国家との関係は、我々にとっても重要だ」
グラントは少し考えた。
「ただし、相手国が侵略を受けた場合には、その時点で改めて対応を検討する」
「了解しました」
会議は終了した。
だが、この時点ですでに、事態は動き始めていた。
◇◇◇
同日。
ガルディア王国。
王都ガルディオン。
王宮。
「……何だと?」
国王ヴィクトル二世は、報告を聞いて顔をしかめた。
「ローゼリアが、未知の国家と接触した?」
「はい」
情報局長が頭を下げた。
「アストリア連邦共和国と名乗る国家です」
「……聞いたことがない」
「我々も、初めて確認した名称です」
ヴィクトルは鼻を鳴らした。
「それで、その国家はどれほどの国力を持っている?」
「正確な情報はありません。ただ、巨大な鋼鉄船や人型兵器を保有しているとの噂が広まっています」
「またその話か」
国王はうんざりしたように言った。
「鋼鉄の巨人だの、巨大な船だの……」
「陛下」
軍務大臣が口を開いた。
「念のため、調査を進めるべきではないでしょうか」
ヴィクトルは腕を組んだ。
「……ふむ」
彼とて、まったく愚かな君主というわけではない。
未知の国家が突然出現したという話を、完全に無視するのは危険だと理解していた。
「よかろう。調査員を派遣せよ」
「はっ」
「ただし、ローゼリア侵攻の準備は継続する」
軍務大臣は一瞬ためらった。
「……よろしいのですか?」
「何を恐れる?」
ヴィクトルは地図を指差した。
「我が軍は五万。周辺諸国でも有数の精強な軍勢だ」
「……はい」
「たとえ、そのアストリアとやらが相応の軍事力を持っていたとしても、我が国と直接戦う理由などないだろう」
軍務大臣は黙り込んだ。
確かに、その考えには一理あった。
未知の国家が、出会ったばかりの小国を救うために戦争へ介入するとは限らない。
「準備が整い次第、侵攻を開始する」
ヴィクトルは命じた。
「ローゼリアには、我が国の力を思い知らせてやる」
「はっ!」
将軍たちが一斉に頭を下げた。
そして。
アストリア連邦共和国の存在を十分に理解しないまま、ガルディア王国は戦争への準備を進めていった。
◇◇◇
六月二十三日。
アストリア連邦共和国。
セント・アイリス。
国際迎賓館。
朝食を終えたエドモンドは、フォスターから一つの提案を受けていた。
「……首都への訪問、ですか?」
「はい」
フォスターは頷いた。
「我が国政府は、ローゼリア王国使節団の皆様を首都ノヴァ・キャピタルへ招待したいと考えています」
エドモンドは目を見開いた。
「それは……光栄なことですな」
「正式な外交関係の樹立について、より具体的な協議を行いたいのです」
「ぜひ、お願いいたします」
エドモンドは即答した。
そして、ふと疑問を口にした。
「ところで、首都まではどれほどの距離があるのでしょうか?」
フォスターは端末を確認した。
「陸路で約二千キロメートルです」
「……二千?」
エドモンドは驚いた。
それほど離れているのか。
馬車なら、何週間もかかる距離である。
「……随分と遠いのですな」
「ええ。ただ、移動にはそれほど時間はかかりません」
「……と申されますと?」
フォスターは微笑んだ。
「今回は、鉄道を利用していただく予定です」
「鉄道……?」
「はい。高速で走行する列車という乗り物です」
エドモンドは首を傾げた。
「……馬車より速いのでしょうか?」
「かなり速いですよ」
「どの程度?」
「今回利用する列車なら、最高速度は時速三百六十キロメートルほどです」
「…………」
エドモンドは固まった。
「……失礼」
彼はゆっくりと口を開いた。
「今、時速……三百六十と?」
「はい」
フォスターは当然のように答えた。
「通常の運行でも、それに近い速度で走る区間があります」
エドモンドは、思わず天井を見上げた。
「……はは」
乾いた笑いが漏れる。
「……まったく」
そして、首を横に振った。
「この国には、驚かされてばかりですな」
フォスターは微笑んだ。
「首都をご覧になれば、もっと驚かれるかもしれません」
「……それは楽しみです」
エドモンドは苦笑した。
こうして、ローゼリア王国の外交使節団は、アストリア連邦共和国の首都へ向かうこととなった。
人口一千八百万人を擁する巨大都市。
世界最大級の政治、経済、科学技術の中心地。
そこには、ローゼリアの使節団がまだ見たこともない光景が広がっている。
そして、彼らはそこで初めて知ることになる。
アストリア連邦共和国が、単に巨大な国家なのではなく、文明そのものの到達点が根本的に異なる超大国であるという事実を。
第一章 第五話「文明の隔たり」 完
次回 第六話「超大国の首都」
ローゼリア王国使節団は高速鉄道に乗り、アストリアの首都ノヴァ・キャピタルへ向かう。道中で目にする広大な農業地帯、巨大な工業都市、そして大規模な軍事基地。さらに首都では、政府首脳との正式な会談が予定されていた。
一方、ガルディア王国ではローゼリア侵攻の準備が着々と進められていた。




