第四話鋼鉄の巨人
西暦二一六八年六月十九日。
エルディア世界、ローゼリア王国西部辺境。
ベルナ村。
人口およそ三百人の小さな村は、かつてない騒ぎに包まれていた。
その原因は、村の外れに立つ六体の巨人である。
「……本当に鉄でできてるんだな」
「馬鹿、触るなって!」
「でも、動いてないぞ?」
子供たちが、巨大な鋼鉄の足を見上げながら騒いでいた。
その頭上には、十メートルを超える人型の兵器がそびえ立っている。
M-28ガーディアン。
アストリア連邦陸軍が大量配備している、主力機動装甲兵器である。
分厚い複合装甲に覆われた胴体。
人間の腕を巨大化させたようなマニピュレーター。
そして、頭部に配置された複数の光学センサー。
地球の軍事技術を知る者であれば、それが高度な機械兵器だと理解できるだろう。
しかし、ベルナ村の住民にそんな知識はない。
彼らにとって、目の前の機械は御伽噺に登場する鋼鉄の巨人そのものだった。
「おい、坊主ども!」
ガーディアンの足元で、一人の兵士が声を上げた。
「危ないから離れてろ!」
当然、言葉は通じない。
子供たちは首を傾げるばかりだった。
「……駄目か」
エリック・ウォーカー中尉は困ったように頭を掻いた。
昨日、巨大な魔物を撃破したのは彼の機体である。
その後、部隊は村の外に一時的な警戒陣地を構築し、村人たちの安全を確認していた。
すでに周辺の森林には偵察ドローンが展開されている。
新たな大型魔物の接近は確認されていない。
「中尉、人気者ですね」
背後から声がした。
振り返ると、同じ機動装甲小隊のトーマス・リード少尉が笑っていた。
「代わってくれよ。こいつら、朝からずっと機体を見てるんだ」
「そりゃそうでしょう。あんなものが突然現れたんですから」
「俺たちにとっては、ただのガーディアンなんだけどな」
エリックは機体を見上げた。
軍に入ってから、何百回と乗り込んできた機体だ。
特別な感慨などない。
むしろ、古い機体特有の癖や整備の面倒さの方が気になる。
「地球にいた頃なら、こんなに注目されることもなかったのにな」
「基地公開日なら子供たちに人気でしたよ」
「そういう話じゃない」
二人が笑っていると、ひとりの少年が恐る恐る近づいてきた。
十歳ほどだろうか。
少年はエリックを見上げ、何かを差し出した。
赤い果実だった。
「……俺に?」
少年は頷き、果実を押し付けてくる。
エリックは少し戸惑った後、それを受け取った。
「ありがとう」
言葉は通じない。
だが、少年は嬉しそうに笑った。
「中尉」
リードが横から口を挟んだ。
「それ、食べないでくださいね」
「分かってるよ。未確認植物だろ」
「そういうことです」
エリックは果実を見つめた。
地球のリンゴに似ている。
しかし、皮には淡い青色の模様が浮かんでいた。
「……本当に異世界なんだな」
今さらながら、そう実感した。
◇◇◇
村の中央。
村長の家では、アストリア軍の指揮官と村の代表者が向かい合っていた。
もっとも、会話は成立していなかった。
「つまり、我々はあなた方を攻撃する意思はない」
マイケル・ブラッドリー大尉は、机に置いた紙へ簡単な絵を描いた。
人間。
家。
そして、巨大な獣。
獣には大きく印をつけ、その横に倒れた姿を描く。
向かいに座る村長、ハロルド老人は、じっと絵を見つめていた。
「……ふむ」
老人は頷いた。
ブラッドリーも頷き返す。
「理解できたか?」
「……む?」
「いや、分かってないな」
ブラッドリーはため息をついた。
通訳がいない以上、仕方がない。
ただ、少なくとも敵意がないことだけは伝わっているらしい。
村人たちは、昨日の魔物討伐を目撃していた。
そのため、アストリア軍に対する警戒心は、最初に比べればかなり薄れている。
「大尉」
通信担当兵が声をかけた。
「本部から連絡です」
「何だ?」
「現地住民との接触について、国務省の専門班が派遣されるそうです」
「いつ到着する?」
「早ければ明日とのことです」
「了解した」
ブラッドリーは頷いた。
「それまでは現状維持だ。村の安全を確保しつつ、必要以上の干渉は避ける」
「了解」
部下が退出すると、ブラッドリーは再び村長に向き直った。
老人は、彼の軍服を興味深そうに眺めていた。
特に、胸に付けられた階級章が気になるらしい。
「……これか?」
ブラッドリーは自分の階級章を指差した。
老人が頷く。
「大尉だ。キャプテン」
「……キャプテン?」
「そう。キャプテン」
老人は何度か発音を繰り返した。
「キャプテン……」
そして、自分の胸に手を当てた。
「ハロルド」
「ハロルド?」
老人が笑った。
どうやら、名前を理解したらしい。
ブラッドリーも笑みを浮かべた。
「マイケル・ブラッドリー」
「……ブラッドリー」
「そうだ」
それが、両者の初めてのまともな意思疎通だった。
◇◇◇
同日、午前十時。
ローゼリア王国。
西部辺境伯領。
領都ラングフォード。
辺境伯アルバート・フォン・レインズは、信じられない報告を受けていた。
「……鋼鉄の巨人?」
「はい」
報告に訪れた騎士は、緊張した様子で頷いた。
「ベルナ村に、巨大な鋼鉄の人形が六体現れたとのことです」
「魔導巨兵ではないのか?」
「それが、目撃者によれば、まったく異なる構造をしているそうで……」
アルバートは眉をひそめた。
魔導巨兵。
高度な魔法技術によって製造される大型人型兵器である。
一般的には、列強国家が保有する強力な軍事装備として知られている。
ローゼリア王国にも、旧式の魔導巨兵が数体存在していた。
だが、それらは極めて高価であり、運用にも大量の魔力を必要とする。
まして、辺境の小村に六体も現れるなど、通常では考えられない。
「その巨人は何をした?」
「村を襲撃したグランドファングを討伐したとのことです」
「グランドファング?」
アルバートは目を見開いた。
「あの魔物をか?」
「はい」
「被害は?」
「村人に被害はなく、巨人にも損傷はなかったそうです」
「……なんと」
グランドファングは危険な大型魔物である。
分厚い皮膚と強靭な筋肉を持ち、通常の武器では簡単に傷つけられない。
領軍が討伐する場合、魔導士と弩兵を含む部隊を編成する必要があった。
それを、ほとんど一瞬で倒したという。
「戦闘の詳細は?」
「目撃者によれば、巨人の腕に取り付けられた筒状の武器から連続して轟音が響き、直後に魔物が倒れたそうです」
「……魔導砲か?」
「分かりません。ただ、魔力の反応は確認されなかったとのことです」
アルバートは椅子にもたれた。
魔力を使わない巨大兵器。
そして、数日前に報告された、海上の鋼鉄船。
「……まさか」
彼は机に置かれた別の報告書を手に取った。
そこには、西方の海に突然現れた未知の大陸と、その周辺で発見された鋼鉄船について記されていた。
「同じ国家の兵器かもしれんな」
「閣下もそうお考えですか?」
「偶然にしては出来すぎている」
アルバートは立ち上がった。
「騎士二十名を用意せよ。私が直接ベルナ村へ向かう」
「閣下自らですか!?」
「ああ」
彼は窓の外を見た。
「もし、あの巨人が敵対的な存在であれば、ベルナ村など一瞬で滅ぼされていただろう」
「……確かに」
「それをせず、むしろ村を救ったということは、話の通じる相手である可能性が高い」
アルバートは静かに言った。
「相手の正体が何であろうと、礼を尽くすべきだ」
◇◇◇
午後零時十分。
ベルナ村。
アストリア軍の仮設指揮所では、ある映像を巡って議論が交わされていた。
「……これは、どういう現象だ?」
ブラッドリー大尉が尋ねた。
正面のディスプレイには、村人たちの様子が映し出されている。
その中で、一人の女性が負傷した男の腕に手をかざしていた。
女性の手から、淡い緑色の光が放たれる。
すると、男の腕にあった傷が徐々に塞がっていった。
「映像の加工ではありません」
科学調査員のサラ・ミラー博士が答えた。
「複数の光学センサーで同じ現象を確認しています」
「何かの医療機器では?」
「少なくとも、外部装置は確認できません」
「では、あの光は何だ?」
「分かりません」
ミラーは真剣な顔で画面を見つめた。
「しかし、興味深いことに、あの光が発生している間、周辺の空間に微弱なエネルギー変動が観測されています」
ブラッドリーは腕を組んだ。
「……例の海上で確認された兵器と関係があるのか?」
「可能性はあります。ただ、現段階では断定できません」
「そうか」
ミラーは少し興奮した様子で続けた。
「大尉、もしあれが未知のエネルギー利用技術だとしたら、科学史に残る発見ですよ」
「博士、落ち着いてください」
「落ち着いています」
「顔が笑っていますよ」
「……それは仕方ありません」
ミラーは咳払いした。
「我々の科学体系に存在しない現象が、目の前で発生しているんですから」
ブラッドリーは苦笑した。
確かに、科学者にとっては夢のような状況だろう。
しかし、軍人である彼には別の懸念もあった。
「その現象は、兵器として利用できると思うか?」
ミラーの表情が真剣になった。
「……可能性はあるでしょう」
「どの程度の威力になる?」
「分かりません。原理すら不明ですから」
「なるほど」
ブラッドリーは映像を見つめた。
未知の技術。
未知の文明。
そして、未知の生物。
この世界には、まだまだ理解できないものが存在している。
だが。
少なくとも、昨日のグランドファング程度であれば、通常の機動装甲兵器で十分に対処できることは確認された。
問題は、この世界の国家がどれほどの軍事力を持っているのか、ということだった。
◇◇◇
午後二時四十五分。
ベルナ村の南方。
「中隊長、接近する集団を確認しました」
偵察ドローン担当兵が報告した。
「数は?」
「騎馬二十三。徒歩の従者が数名。旗を掲げています」
「武装は?」
「剣、槍、弓。一部に金属製の杖のような装備を確認」
ブラッドリーは映像を確認した。
騎士と思われる集団が、街道を進んでいる。
先頭には立派な鎧を身につけた騎士。
その後方には、豪華な馬車が一台。
「……現地の役人か?」
「その可能性が高いと思われます」
ブラッドリーは少し考えた。
「よし。村の入口で待機する。こちらから威圧する必要はない」
「機動装甲兵器は?」
「二機を警戒配置。残りは後方で待機させろ」
「了解」
やがて、騎士たちが村の入口へ到着した。
そして。
全員が、立ち止まった。
「……何だ、あれは」
騎士の一人が呟いた。
そこには、巨大な鋼鉄の人型兵器が二機、静かに立っていた。
全高十メートルを超える巨体。
見るからに頑丈な装甲。
そして、巨大な筒状の武器。
「魔導巨兵……なのか?」
別の騎士が声を震わせた。
「いや、見たことがない」
「魔力反応は?」
同行していた魔導士が首を横に振った。
「……ありません」
「何?」
「まったく魔力を感じません」
騎士たちは顔を見合わせた。
「では、どうやって動いている?」
「分かりません」
その時。
鋼鉄の巨人の一体が、ゆっくりと首を動かした。
「うおっ!?」
何人かの騎士が反射的に剣へ手を伸ばした。
「やめろ!」
馬車から降りたアルバート辺境伯が鋭く叫んだ。
「抜くな!」
騎士たちは慌てて手を止めた。
アルバートは、目の前の巨人を見上げた。
「……これは、驚いたな」
彼は魔導巨兵を実際に見たことがあった。
列強国の使節として訪れた際、帝国軍の演習を視察したことがある。
そのため、大型人型兵器の存在自体には驚かなかった。
しかし。
目の前の兵器は、彼の知る魔導巨兵とはまるで違っていた。
装甲の継ぎ目は精密で、無駄な装飾がない。
魔力によって動く魔導巨兵とは異なり、全身が精密な機械として設計されているように見える。
「……随分と洗練されている」
アルバートは思わず呟いた。
その時だった。
巨人の胸部装甲が開いた。
「なっ!?」
騎士たちがどよめく。
内部から、一人の男が姿を現した。
エリック・ウォーカー中尉である。
「……人間?」
アルバートは目を見開いた。
エリックは巨人の胸部から降下用のリフトを使って地上へ降りた。
そして、アルバートたちに向かって軽く手を上げた。
「こんにちは」
当然、意味は分からない。
しかし、敵意がないことは伝わった。
アルバートも一歩前へ進み出た。
「私はローゼリア王国西部辺境伯、アルバート・フォン・レインズである」
エリックは首を傾げた。
「……すみません。何を言ってるか分からないです」
「……む?」
アルバートも首を傾げた。
二人はしばらく見つめ合った。
そして。
「……困ったな」
エリックが呟いた。
「……困ったものだ」
アルバートも呟いた。
言葉は違ったが、考えていることは同じだった。
◇◇◇
数分後。
村の中央。
ブラッドリー大尉は、アルバート辺境伯と向かい合っていた。
互いの身分を伝えることはできたものの、やはり会話は成立しない。
「……どうしたものかな」
ブラッドリーは腕を組んだ。
その時、アルバートが何かを思いついたように顔を上げた。
「そうだ!」
彼は背後の魔導士に声をかけた。
「言語理解の魔法は使えぬか?」
魔導士は困った顔をした。
「申し訳ありません、閣下。私の力量では、完全な言語理解魔法は使えません」
「そうか……」
「ただし、簡易的な意思伝達魔法であれば使用できます」
「それで構わん!」
魔導士は頷いた。
そして、小さな杖を取り出した。
「……?」
ブラッドリーは、その様子を興味深く見守っていた。
魔導士が杖を掲げる。
すると。
杖の先端に、淡い青色の光が灯った。
「……!」
アストリア軍の兵士たちが、思わず身構えた。
「中隊長、エネルギー反応!」
「確認している。全員、落ち着け」
ブラッドリーは静かに命じた。
魔導士は何やら言葉を唱えていた。
そして、杖から放たれた光が、ブラッドリーとアルバートを包んだ。
「……何だ?」
ブラッドリーは自分の身体を見下ろした。
特に異常はない。
しかし。
次の瞬間。
『……聞こえるか?』
頭の中に、奇妙な感覚が生じた。
声というより、直接意味が伝わってくるような感覚だった。
ブラッドリーは顔を上げた。
アルバートがこちらを見ている。
『……私の言葉が理解できるか?』
「……何?」
ブラッドリーは驚いた。
声は確かに未知の言語だった。
しかし、その意味が理解できる。
「聞こえる……いや、意味が分かる?」
アルバートも驚いた表情を浮かべた。
『おお! 通じているようだ!』
「……信じられん」
ブラッドリーは思わず呟いた。
魔法。
頭の中に意味を伝える、未知の現象。
彼は深く息を吐いた。
「……なるほど。これは本当に、我々の常識が通じない世界らしい」
◇◇◇
しばらくして。
両者は、ようやく最低限の意思疎通を行えるようになった。
もっとも、魔法による伝達は完全ではなかった。
複雑な概念や専門用語はうまく伝わらず、単純な意思や感情を中心としたやり取りに限られる。
「私は、アストリア連邦共和国陸軍のマイケル・ブラッドリー大尉です」
ブラッドリーは自分を指差した。
アルバートは頷いた。
『アストリア……という国の軍人か』
「はい」
『なるほど。私はローゼリア王国の辺境伯、アルバート・フォン・レインズだ』
「ローゼリア王国……」
ブラッドリーはその名を繰り返した。
ついに、現地国家の正式名称が判明した。
「あなた方は、この村を統治しているのですか?」
『そのとおりだ。この村は、我が領地の一部である』
「なるほど」
ブラッドリーは頷いた。
そして、昨日の出来事を説明した。
「我々は周辺地域の調査中に、巨大な生物が村へ接近していることを確認しました」
『巨大な生物?』
「……ええ。あの、牙のある獣です」
ブラッドリーは身振りを交えて説明した。
アルバートは理解したようだった。
『グランドファングのことか』
「グランドファング?」
『そうだ。危険な魔物だ』
「魔物……」
ブラッドリーは、その単語を覚えておくことにした。
『そなたたちが、あの魔物を討伐したのだな?』
「はい」
『感謝する』
アルバートは深く頭を下げた。
『あの魔物が村へ侵入していれば、多くの民が命を落としていただろう』
ブラッドリーは少し驚いた。
貴族らしい風格を持つ男が、見知らぬ外国軍人に対して素直に頭を下げたからだ。
「当然のことをしたまでです」
『それでも、礼を言わせてほしい』
アルバートは顔を上げた。
『ところで、ひとつ尋ねてもよいだろうか』
「何でしょう?」
辺境伯は窓の外を見た。
そこには、巨大なガーディアンが立っている。
『あの鋼鉄の巨人は……そなたたちの国では、どのような存在なのだ?』
ブラッドリーは少し考えた。
「機動装甲兵器です」
『きどう……?』
「ええ。軍隊で使用する兵器の一種です」
『……なるほど』
アルバートは頷いた。
そして、慎重に尋ねた。
『あれほどの兵器、さぞ貴重なものなのだろうな』
「いえ?」
ブラッドリーは首を傾げた。
「我が国では、一般的な軍事装備ですが」
『……何?』
「機甲部隊には普通に配備されています」
アルバートは固まった。
『……普通に?』
「はい」
『あのような巨人が……多数存在するというのか?』
「そうですね。陸軍全体では、かなりの数が運用されています」
ブラッドリーは特に隠す必要もないと判断した。
機動装甲兵器の存在そのものは、アストリアでは公開情報である。
「主力型だけでも、一万機以上は配備されています」
『…………』
アルバートは、言葉を失った。
一万。
今、一万と言ったのか。
あの巨大な鋼鉄の巨人が。
一万体以上。
「……?」
ブラッドリーは不思議そうに相手を見た。
「どうかしましたか?」
『い、いや……』
アルバートは額の汗を拭った。
彼の知る列強国家ですら、魔導巨兵の保有数は限られている。
少なくとも、万単位で保有しているなどという話は聞いたことがない。
しかも、目の前の男は、まるで歩兵の数を説明するかのような口調で答えた。
『……恐ろしい国だな』
思わず、そんな言葉が漏れた。
ブラッドリーは苦笑した。
「我が国には、もっと強力な兵器もありますよ」
『……もっと?』
「ええ。ただ、今は必要ありませんから」
アルバートは、それ以上尋ねるのをやめた。
聞けば聞くほど、自分の常識が崩れていきそうだった。
◇◇◇
同日、午後五時。
アストリア連邦共和国。
国防総省。
「ローゼリア王国、か」
アンダーソン元帥は報告書に目を通していた。
「正式な国家名が判明したのは大きいな」
報告官が頷いた。
「はい。現地の貴族と接触し、簡易的な意思疎通にも成功しました」
「方法は?」
「……魔法です」
アンダーソンは顔を上げた。
「魔法?」
「はい。現地の術者が、何らかのエネルギー現象を発生させ、言語の意味を直接伝える技術を使用しました」
「……なるほど」
元帥はしばらく考えた。
「科学者たちは大騒ぎだろうな」
「そのとおりです」
報告官は苦笑した。
「国家科学技術局から、研究員の追加派遣要請が殺到しています」
「そうだろうな」
アンダーソンは椅子にもたれた。
「言葉が通じるようになったのなら、外交は進めやすくなる」
「はい」
「国務省には?」
「すでに報告済みです。正式な外交団を編成する方針とのことです」
「結構」
アンダーソンは頷いた。
「軍がいつまでも窓口を務めるわけにはいかんからな」
そして、報告書の別の項目を見た。
「……それにしても」
元帥は小さく笑った。
「ガーディアンの配備数を聞いて、相手が驚いたそうだな」
「はい。かなり衝撃を受けていたようです」
「まあ、無理もないか」
アンダーソンは窓のない地下指揮室の天井を見上げた。
「我々にとっては通常兵器でも、彼らにとっては超兵器なのだろう」
「そのようです」
「だが、それは逆も同じだ」
元帥は言った。
「魔法とやらは、我々にとって未知の技術だ。相手を見下してよい理由にはならん」
「承知しております」
「国務省と科学技術局にも、その点を伝えておいてくれ」
「了解しました」
◇◇◇
同時刻。
ローゼリア王国。
ベルナ村。
アルバート辺境伯は、帰路につく準備をしていた。
その表情は、村を訪れた時とは大きく変わっていた。
「……閣下」
副官が声をかけた。
「いかがなさいましたか?」
アルバートは馬車へ乗り込む前に、もう一度振り返った。
村の外れ。
そこには、六体の鋼鉄の巨人が立っている。
その近くには、巨大な砲身を持つ鋼鉄の車両も並んでいた。
「……恐ろしいものだな」
「は?」
「我々が、あれほどの兵器を一体でも手に入れようとすれば、どれだけの財貨が必要になると思う?」
副官は少し考えた。
「……列強国から購入できたとしても、国家予算の相当部分を費やすことになるかと」
「そうだろうな」
アルバートは頷いた。
「だが、彼らにとっては、あれが普通の装備なのだそうだ」
「……普通?」
「ああ」
副官は目を見開いた。
「まさか……」
「しかも、あれより強力な兵器も存在するという」
アルバートは苦笑した。
「我々は、とんでもない国と出会ってしまったのかもしれん」
副官は何も答えられなかった。
「王都へ報告を送る」
アルバートは続けた。
「できるだけ詳しくな」
「承知しました」
「そして、国王陛下に進言する」
「何を、ですか?」
アルバートは真剣な表情で答えた。
「この国家とは、必ず友好関係を築くべきだと」
副官は深く頷いた。
「……そのとおりかと」
二人は馬車へ乗り込んだ。
やがて、騎士たちに護衛された一行が村を出発する。
アルバートは窓から、遠ざかっていく鋼鉄の巨人を見つめた。
そして、ふと思った。
もし、あのような兵器を大量に保有する国家が、戦争を始めたならば。
一体、どのような光景になるのだろうか。
想像するだけで、背筋が寒くなった。
◇◇◇
翌日。
六月二十日。
ローゼリア王国王都。
国王アルフレッド三世のもとへ、辺境伯からの報告書が届けられた。
「……何?」
国王は、思わず声を上げた。
「鋼鉄の巨人が……一万体?」
宰相エドワードも、報告書を覗き込んだ。
「……これは、何かの間違いでは?」
「余もそう思いたい」
アルフレッドは苦笑した。
「だが、レインズ辺境伯が数字を間違えるとは思えん」
「しかし……一万体とは……」
宰相は絶句した。
魔導巨兵は、国家の軍事力を象徴する兵器である。
列強国家であっても、その保有数は決して多くない。
それを一万体以上保有しているという。
しかも。
「……さらに強力な兵器が存在する、か」
国王は報告書を机に置いた。
「エドワード」
「はっ」
「西方へ派遣した使節団は、今どこにいる?」
「現在、沿岸の港へ到着したとのことです。近日中に出航する予定です」
「そうか」
アルフレッドはしばらく考えた。
そして、静かに言った。
「使節団に追加の命令を送れ」
「どのような?」
「相手国との友好関係樹立を、最優先事項とする」
「承知しました」
「必要であれば、正式な通商条約の締結についても交渉してよい」
宰相は驚いた。
「陛下、そこまでの権限を与えるのですか?」
「ああ」
アルフレッドは窓の外を見た。
「ガルディア王国は、我が国の国境で軍を増強している」
「はい」
「戦争になれば、我が国は極めて不利だ」
国王は振り返った。
「だが、もしアストリアという国家と友好関係を築ければ……」
言葉を切る。
宰相は、その意味を理解した。
「……なるほど」
「もちろん、彼らが我々のために戦ってくれるとは限らん」
アルフレッドは続けた。
「だが、あれほどの国と国交を持つこと自体が、外交上の大きな意味を持つはずだ」
「おっしゃるとおりです」
こうして、ローゼリア王国はアストリア連邦共和国との友好関係樹立に向けて、本格的に動き始めた。
一方。
ローゼリア王国の東方。
ガルディア王国。
王都ガルディオン。
王宮の軍議室では、国王と将軍たちが、ローゼリア侵攻計画について協議していた。
「ローゼリアの防衛態勢は?」
国王ヴィクトル二世が尋ねた。
陸軍総司令官が答える。
「国境沿いに約一万五千の兵を展開しています。ただし、練度は低く、我が軍の敵ではありません」
「我が軍は?」
「第一軍三万、第二軍二万。合計五万の兵を動員可能です」
ヴィクトルは満足げに頷いた。
「よろしい」
彼は地図を見た。
ローゼリア王国。
豊かな農地。
豊富な鉄鉱石。
そして、ガルディアが長年欲していた西方への交易路。
「準備が整い次第、侵攻を開始する」
「はっ!」
将軍たちが一斉に頭を下げた。
しかし、その時。
一人の文官が、おずおずと口を開いた。
「陛下、一つご報告がございます」
「何だ?」
「ローゼリアの西方に、未知の国家が出現したとの噂がございます」
ヴィクトルは眉をひそめた。
「未知の国家?」
「はい。巨大な鋼鉄船や、鋼鉄の巨人を保有しているという話です」
一瞬の沈黙。
そして。
「……くだらん」
ヴィクトルは鼻で笑った。
「ローゼリアが我が国の侵攻を恐れ、流した虚報であろう」
「ですが、複数の商人が同様の噂を……」
「ならば、多少の事実はあるのかもしれんな」
国王は肩をすくめた。
「だが、我が国の軍勢を相手に、たかが未知の小国が何をできるというのだ?」
将軍たちも頷いた。
ガルディア王国は、地域有数の軍事大国である。
五万の兵を動員できる国家など、周辺にはほとんど存在しない。
その自信は、決して根拠のないものではなかった。
少なくとも、彼らの知る世界においては。
「侵攻準備を継続せよ」
ヴィクトルは命じた。
「ローゼリアなど、ひと月もあれば屈服させられる」
「はっ!」
こうして、ガルディア王国は戦争への道を進み始めた。
彼らは、まだ知らない。
ローゼリア王国の西方に現れた国家が、単なる未知の小国ではないことを。
その国家が、人口四億八千万を擁する超大国であることを。
そして、ガルディア王国が誇る五万の軍勢など、その国家にとっては、軍事的脅威として評価することすら難しい規模であることを。
だが、それを知るのは、もう少し先の話だった。
第一章 第四話「鋼鉄の巨人」 完
次回 第五話「文明の隔たり」
ローゼリア王国の外交使節団が、ついにアストリア連邦共和国の領域へ接近する。一方、アストリアでは異世界への外交政策が本格的に検討され、初めての正式な国交交渉に向けた準備が進む。
そして、ローゼリアの使節たちは、初めて目にする超大国の都市と文明に衝撃を受けることになる。




