第三話未知の国家
西暦二一六八年六月十八日。
アストリア連邦共和国が異世界へ転移してから、一日が経過した。
首都ノヴァ・キャピタル。
連邦大統領府では、早朝から国家安全保障会議が開催されていた。
「まず、国内の状況から報告してくれ」
大統領アレクサンダー・グラントの言葉に、内務長官が立ち上がった。
「国内の混乱は、昨日と比較して落ち着きつつあります。電力、水道、通信、交通などの主要インフラは正常に稼働しております」
「物流は?」
「国内物流網に大きな支障はありません。ただし、国外との貿易が完全に停止した影響で、一部の企業が生産調整を開始しています」
「食料は問題ないのだな?」
「はい。我が国の食料自給率は高く、備蓄も十分です。供給網の再編は必要ですが、直ちに食料不足が発生する可能性は低いと判断しています」
グラントは頷いた。
アストリアは世界最大級の農業大国である。
高度に自動化された巨大農場、核融合電力を利用した植物工場、そして広大な穀倉地帯。
その生産能力は、四億八千万の国民を養ってなお余剰を生み出すほどだった。
「エネルギーについては?」
エネルギー長官が答える。
「問題ありません。国内電力の約七割を核融合発電が担っています。核分裂発電、再生可能エネルギー、化石燃料による発電設備も健在です」
「核融合燃料の供給は?」
「当面の備蓄は十分です。長期的にも国内資源から調達可能ですが、関連施設の増強が必要となります」
「分かった」
グラントは資料を閉じた。
「つまり、当面の国家存続に重大な問題はないということだな」
「その認識で問題ありません」
大統領は椅子にもたれた。
世界経済から完全に切り離された影響は大きい。
海外資産は事実上失われ、輸入に依存していた一部の物資は不足する。
だが、アストリアは単なる消費大国ではない。
巨大な工業基盤、豊富な地下資源、高度な技術力。
そして、それらを維持するための教育制度と人材。
国家としての基盤は、極めて強固だった。
「では、次だ」
グラントは国防長官に視線を向けた。
「昨日発見された文明について、何か進展はあったか?」
「はい」
国防長官リチャード・ハリスは手元の端末を操作した。
正面のスクリーンに、一枚の写真が表示される。
そこには、石造りの城壁に囲まれた巨大都市が映し出されていた。
「西方約千二百キロメートルに位置する都市です。衛星観測と航空偵察の結果、周辺には複数の都市と集落が存在していることが判明しました」
「人口は?」
「都市単体で十万人前後と推定されます。周辺地域を含めれば、数百万人規模の人口が存在する可能性があります」
「国家組織は確認できたか?」
「はい。複数の都市で共通の旗章を確認しました。統一された政治組織が存在していると考えられます」
国務長官が口を開いた。
「王国でしょうか?」
「可能性は高いでしょう。都市の中心には王宮と思われる建築物が存在します」
「文明水準は?」
「一般的な技術水準は、地球の中世後期から近世初期に相当するものと思われます」
ハリスは一度言葉を切った。
「ただし、昨日の海軍艦艇との接触で、興味深い事実が判明しました」
スクリーンが切り替わる。
青白い光球が海面に着弾する映像。
「この兵器です」
グラントは映像を見つめた。
「例の帆船が撃ったものか」
「はい。通常の火薬兵器とは異なります」
「分析結果は?」
「まだ確定していませんが、我々の既知の兵器技術とは異なる原理で動作している可能性があります」
「未知のエネルギー技術か」
「その可能性があります」
グラントは興味深そうに頷いた。
「なるほど。見た目ほど単純な文明ではないらしい」
そこで国家科学技術局長官エレナ・モーガンが発言した。
「大統領。科学研究機関として、一つ要請があります」
「何だね?」
「現地の技術について、可能な限り早期に調査を開始したいと考えています」
「理由は?」
「昨日観測された光球は、現在の物理学では説明が難しい挙動を示しています。もし未知の物理現象が利用されているならば、科学的に極めて重要な発見となります」
モーガンは真剣だった。
「我々がこの惑星へ転移した現象を解明する手掛かりになるかもしれません」
グラントは少し考えた。
「分かった。ただし、現地住民との接触は慎重に進める必要がある」
「承知しています」
「国務省と協力して調査計画を策定してくれ」
「ありがとうございます」
会議はさらに続いた。
やがて、統合参謀本部議長アンダーソン元帥が発言した。
「大統領。軍からも提案があります」
「聞こう」
「周辺地域の詳細な地形調査を実施するため、陸上偵察部隊の派遣を許可していただきたい」
「航空偵察だけでは不十分か?」
「はい。衛星や航空機では確認できない情報があります。地形、土壌、植生、未知の生物、そして現地文明の詳細です」
「規模は?」
「当初は中隊規模を想定しています。装甲偵察車両、機動装甲兵器、無人偵察機などを編成します」
グラントは地図を見た。
アストリア東部。
そこには、転移前には存在しなかった巨大な森林地帯が広がっていた。
「危険性は?」
「未知の生物が存在する可能性はありますが、現在確認されている範囲では、我が軍の通常装備で十分対処可能と判断しています」
「分かった。許可する」
「ありがとうございます」
「ただし、現地住民との衝突は避けろ」
「承知しています」
こうして、アストリア連邦軍による本格的な地上偵察が決定された。
◇◇◇
同日、午前九時四十分。
アストリア連邦陸軍。
第1統合機甲師団。
第3機動装甲大隊。
基地の格納庫では、巨大な人型兵器が整備員たちによって点検されていた。
M-28ガーディアン。
全高十・八メートル。
重量四十八トン。
小型核融合炉を動力源とし、高性能人工筋肉と重力制御補助装置によって駆動する、アストリア陸軍の主力機動装甲兵器である。
「よし、機体制御系統は正常」
整備主任のダニエル軍曹が端末を確認した。
「関節駆動系も問題なし。核融合炉出力も安定している」
「武装は?」
「五十ミリ電磁加速機関砲、対装甲ミサイル、近接防御火器、すべて正常だ」
その隣で、若い操縦士が機体を見上げていた。
エリック・ウォーカー中尉。
二十七歳。
機動装甲兵器の操縦士として五年の経験を持つ軍人だった。
「軍曹、これ、本当に出動するんですか?」
「命令が出たんだろう?」
「いや、そうですけど」
エリックは頭を掻いた。
「異世界の森林を調査するために、わざわざガーディアンを出す必要がありますかね?」
ダニエルは肩をすくめた。
「さあな。だが、何が出てくるか分からん場所だ。戦車よりはこいつの方が便利だろう」
「まあ、それはそうですが」
エリックは苦笑した。
アストリア陸軍において、機動装甲兵器は特別珍しいものではない。
機甲部隊には当たり前のように配備されており、その運用思想も確立されている。
平地での正面戦闘では主力戦車。
複雑な地形での戦闘では機動装甲兵器。
そして歩兵戦闘車、偵察ドローン、攻撃ヘリコプターなどが連携する。
それが、現代アストリア軍の基本戦術だった。
「それにしても、異世界か……」
エリックは呟いた。
「まさか生きている間に、こんなことが起きるとは思いませんでしたよ」
「俺もだ」
ダニエルは工具を片付けた。
「まあ、ドラゴンでも出てこなけりゃいいがな」
「ははは、そんなものいるわけ……」
エリックはそこで言葉を止めた。
二人は顔を見合わせた。
「……いますかね?」
「知らん」
ダニエルは即答した。
「いたとしても、勝手に近づくなよ」
「了解です」
この時、二人はまだ知らなかった。
その冗談が、あながち冗談ではなかったことを。
◇◇◇
午前十時十五分。
アストリア東部国境。
第1統合機甲師団所属の偵察部隊が、未知の森林地帯へ向けて出発した。
編成は以下のとおりである。
機動装甲兵器M-28ガーディアン、六機。
主力戦車M-12パラディン、二両。
装輪装甲偵察車、八両。
無人偵察車両、十二両。
小型偵察ドローン、二十四機。
さらに、工兵、衛生兵、通信要員、科学調査員を含む約百二十名が同行していた。
中隊長を務めるのは、マイケル・ブラッドリー大尉。
三十五歳。
豊富な実戦経験を持つ機甲部隊指揮官である。
「各車、通信確認」
『第一小隊、良好』
『第二小隊、良好』
『機動装甲小隊、全機正常』
『無人偵察部隊、準備完了』
ブラッドリーは頷いた。
「よし。出発する」
大型装甲車が動き始めた。
続いて、二両の主力戦車がゆっくりと前進する。
そして。
ガシャン。
ガシャン。
巨大な金属音とともに、六機のガーディアンが歩き始めた。
一歩ごとに地面を踏みしめる鋼鉄の巨人。
その姿は、まるで未来の戦争映画の一場面だった。
しかし、アストリアの兵士たちにとっては見慣れた光景である。
「こちらガーディアン03。機体状況、正常」
エリックは操縦席で報告した。
目の前には、周辺地形を立体表示する大型ディスプレイが広がっている。
操縦桿を軽く動かすと、機体が滑らかに前進した。
人工筋肉と姿勢制御AIが操縦士の操作を補助し、十メートルを超える機体を安定して歩行させる。
「しかし、すげえ森だな」
エリックは呟いた。
国境の向こうには、見渡す限りの森林が広がっていた。
樹高五十メートルを超える巨大な樹木。
見たこともない植物。
そして、未知の動物たち。
「こちら偵察ドローン。前方三キロメートルに大型生物を確認」
無線が入った。
「大型生物?」
ブラッドリーが尋ねる。
『はい。全長約十五メートル。四足歩行。大型爬虫類に似た形状です』
「映像を送れ」
数秒後、各車両のディスプレイに映像が表示された。
そこには、巨大な生物が映っていた。
分厚い鱗。
四本の太い脚。
長い尾。
そして、頭部から伸びる二本の角。
「……何だ、こりゃ」
エリックは思わず呟いた。
恐竜にも似ているが、明らかに異なる。
「こちら中隊長。全隊、警戒。ただし、対象が敵対行動を示さない限り攻撃するな」
『了解』
部隊は慎重に前進した。
やがて、巨大生物の姿が肉眼でも確認できる距離まで接近する。
「うわ……」
エリックは感嘆の声を漏らした。
巨大生物は、木々の間で草を食んでいた。
体高は約六メートル。
全長十五メートル。
その姿は、まさに怪獣である。
「こんな生き物が本当にいるのか……」
僚機の操縦士が呟いた。
『こちらガーディアン02。いやあ、異世界って感じがしてきたな』
「同感だ」
エリックは苦笑した。
巨大生物は一度だけこちらを見た。
だが、特に興味を示すこともなく、再び草を食み始めた。
「……おとなしいな」
『草食動物なんじゃないか?』
「かもしれん」
部隊は刺激しないよう距離を保ち、その場を通過した。
この遭遇が、アストリアにとって初めての大型異世界生物の直接観測となった。
◇◇◇
同日、午前十一時三十分。
ローゼリア王国。
王都アルフィリア。
王宮の謁見の間には、数人の貴族と騎士が集められていた。
国王アルフレッド三世は、その中心に立つ男を見つめた。
「エドモンド伯爵」
「はっ」
四十代半ばの貴族が一歩前へ進み出た。
エドモンド・フォン・ラウゼン。
ローゼリア王国でも経験豊富な外交官として知られる人物である。
「そなたには、西方に現れた未知の国家への使節を命じる」
「謹んで拝命いたします」
「相手の国力、政治体制、文化、そして我が国に対する意思を確認してほしい」
「承知しました」
アルフレッドは少し声を落とした。
「ただし、慎重に行動せよ」
「と、申されますと?」
「昨日、第一哨戒船団が遭遇した鋼鉄船のことだ」
エドモンドは頷いた。
「報告書は拝見しました」
「正直に言おう。余はあの報告を読んで恐ろしくなった」
国王は隠さなかった。
「魔力を使わずに動く巨大船。それも、我が国の魔導砲を遥かに上回る威力の兵器を搭載している」
「確かに、容易ならざる相手かと」
「そなたならば分かるだろう。あの船が特別な存在なのか、それとも彼らにとって一般的な軍艦なのか。それによって意味がまるで変わってくる」
エドモンドは真剣な表情になった。
「……おっしゃるとおりです」
もし、あの巨大船が国家の威信を懸けて建造された特別な艦艇であるならば、まだ理解できる。
だが、もし。
あのような艦艇を多数保有している国家であるならば。
それは、ローゼリアの常識では測れない存在だった。
「陛下」
エドモンドは頭を下げた。
「必ずや、相手国の真意を確かめてまいります」
「頼んだぞ」
こうして、ローゼリア王国の正式な外交使節団が編成された。
外交官、通訳、護衛騎士、従者。
総勢四十名。
彼らは王国海軍の護衛を受け、西方へ向かうこととなった。
しかし、その出発を前にして、一つの問題が浮上していた。
「ところで、伯爵」
国王が尋ねた。
「相手の言葉は分かるのか?」
エドモンドは少し困った顔をした。
「……それが、最大の問題でございます」
「やはりか」
「ただ、宮廷魔導士から提案がございます」
「ほう?」
「言語理解魔法を使用することができれば、ある程度の意思疎通は可能かと」
アルフレッドは目を見開いた。
「そのような魔法があったか」
「非常に高度な魔法であり、使用できる者は限られますが」
「ならば、その魔導士を同行させよ」
「承知しました」
こうして、使節団には高位の宮廷魔導士が加わることとなった。
その決定が、両国の初接触を大きく前進させることになる。
◇◇◇
午後一時二十分。
アストリア連邦軍。
東部森林調査隊。
部隊は国境から約三十キロメートル進んだ地点で、一時停止していた。
「中隊長、前方に人工構造物らしきものを確認しました」
偵察ドローン担当兵が報告した。
「人工構造物?」
「はい。森林の中に、石造りの建物が複数存在しています」
「集落か?」
「その可能性があります」
ブラッドリーは映像を確認した。
森の中に、小さな村が存在していた。
木造の家屋。
石積みの塀。
耕された畑。
そして、数十人の人影。
「……人間か」
「はい。外見上は我々とほぼ同じです」
ブラッドリーは腕を組んだ。
「無断で近づくのは避けたいな」
「どうしますか?」
「まずは観測を続ける。本部に報告しろ」
「了解」
その時だった。
『こちらガーディアン03』
エリックから通信が入った。
『村の北側、森林内部に大型の熱源反応を確認』
「大型?」
『はい。先ほどの草食生物とは異なります。移動速度が速い』
ブラッドリーは眉をひそめた。
「映像を送れ」
ディスプレイに、新たな映像が表示された。
そこには、四足歩行の巨大な生物が映っていた。
全長約八メートル。
筋肉質の胴体。
鋭い爪。
そして、巨大な牙。
肉食獣のような姿をしている。
「……こいつは、明らかに肉食だな」
ブラッドリーは呟いた。
次の瞬間。
その巨大生物が、村へ向かって走り始めた。
「何?」
『中隊長! 対象が村へ接近しています!』
「距離は?」
『約一キロメートル!』
ブラッドリーは即座に判断した。
「全隊、警戒態勢!」
『了解!』
「ただし、村へ向けた射撃は禁止。対象の行動を確認する!」
巨大生物は、猛烈な勢いで森林を駆け抜けていた。
その先には、何も知らない村人たちがいる。
「……まずいな」
ブラッドリーは低く呟いた。
「どうやら、初めての救助任務になりそうだ」
◇◇◇
同時刻。
森林の村。
村人たちは、いつもどおりの日常を送っていた。
畑で働く農夫。
井戸端で話す女性たち。
広場で遊ぶ子供たち。
しかし、その平穏は突然破られた。
「ま、魔物だ!」
村の外れから、絶叫が響いた。
「森から魔物が来るぞ!」
村人たちが一斉に振り返る。
そして、見た。
木々を薙ぎ倒しながら接近する、巨大な獣の姿を。
「グランドファングだ!」
誰かが叫んだ。
グランドファング。
この地域に生息する大型の肉食魔物。
高い身体能力と強靭な皮膚を持ち、通常の武器では容易に倒せない。
熟練の冒険者でさえ、単独での討伐は困難とされる危険な魔物だった。
「逃げろ!」
「子供を連れて家に入れ!」
村人たちが悲鳴を上げながら逃げ惑う。
村の自警団が槍を手に集まった。
だが、彼らの顔には明らかな恐怖が浮かんでいた。
「おい、どうするんだよ!」
「どうするも何も、村を守るしかないだろ!」
「勝てるわけねえ!」
巨大な魔物が、村の外周に到達した。
その咆哮が、村全体に響き渡る。
「グオオオオオッ!」
「ひっ!」
自警団の一人が腰を抜かした。
魔物は、村の入口へ向かって突進した。
しかし。
その瞬間だった。
ドンッ!
森の奥から、鈍い発射音が響いた。
直後。
巨大な魔物の足元で土煙が上がった。
「……え?」
村人たちは呆然とした。
魔物が足を止めた。
何かに驚いたように、森の方を向いている。
そして。
ガシャン。
ガシャン。
重い足音が響いた。
木々の間から、巨大な影が姿を現した。
「な……」
自警団長は目を見開いた。
それは、鋼鉄の巨人だった。
全身を分厚い装甲で覆い、巨大な腕と脚を持つ。
高さは十メートルを超える。
片腕には、見たこともない巨大な武器。
頭部には、青白く光る複数の目。
「……鉄の、巨人?」
誰かが呟いた。
その後ろから、さらに二体の鋼鉄の巨人が現れた。
そして、森の向こうから聞き慣れない機械音が響く。
鋼鉄の車両。
巨大な砲身を備えた戦車。
空を飛ぶ小型の機械。
村人たちは理解できなかった。
一体、何が起きているのか。
だが、その答えを知る者がいた。
◇◇◇
M-28ガーディアン03。
操縦席。
「中隊長、対象を確認しました」
エリックは照準装置を操作していた。
巨大な魔物が、村の入口でこちらを睨んでいる。
『了解。交戦許可を出す。ただし村落方向への射線を避けろ』
「了解」
エリックは機体を一歩前進させた。
「こちらガーディアン03。対象まで約二百五十メートル」
『ガーディアン02、援護位置についた』
「よし」
巨大な魔物が唸り声を上げた。
そして、鋼鉄の巨人へ向かって突進してきた。
『来るぞ!』
「見えてる!」
エリックは冷静だった。
五年の操縦経験。
高度な戦闘訓練。
そして、機体性能への絶対的な信頼。
目の前の生物がどれほど巨大であろうと、慌てる理由はない。
「距離二百」
照準が魔物を捉える。
「百五十」
機体の姿勢制御AIが、自動的に射撃姿勢を補正した。
「……発砲」
ダダダダッ!
五十ミリ電磁加速機関砲が火を噴いた。
正確には、火薬の爆発ではない。
電磁加速によって発射された高速弾が、凄まじい運動エネルギーを伴って目標へ向かった。
次の瞬間。
巨大な魔物の胴体に、数発の弾丸が命中した。
「グギャアアッ!」
悲鳴。
そして、巨体が地面へ崩れ落ちた。
突進の勢いを失った魔物は、土煙を上げながら転がり、村の入口から数十メートル離れた場所で停止した。
「……目標、停止」
エリックは照準を維持した。
『熱源反応低下。生命反応なし』
「了解。撃破確認」
戦闘開始から、わずか数秒。
それだけだった。
◇◇◇
村の広場。
村人たちは、目の前の光景を理解できずにいた。
「……倒した?」
一人の男が呟いた。
「あのグランドファングを……?」
「嘘だろ……」
巨大な魔物は、完全に動かなくなっていた。
自警団長は震える手で槍を握りしめていた。
グランドファング。
王国軍の正規兵が数十人いても、討伐には相応の犠牲を覚悟しなければならない魔物である。
それを。
あの鋼鉄の巨人は、ほんの数秒で倒してしまった。
「……何者なんだ、あいつら」
誰かが呟いた。
その時。
鋼鉄の巨人が、ゆっくりと膝をついた。
胸部の装甲が開く。
そこから、一人の人間が姿を現した。
「……人間?」
村人たちは驚いた。
巨人の中から現れたのは、見たこともない服装をした若い男だった。
エリック・ウォーカー中尉。
彼は周囲を見渡し、少し困ったように笑った。
「……さて」
当然ながら、言葉は通じない。
どうやって説明したものか。
彼がそう考えていると、通信機からブラッドリー大尉の声が聞こえた。
『ウォーカー中尉。勝手に降りるな。安全確認が先だ』
「あ、すみません」
『まったく……』
エリックは苦笑した。
『まあ、結果として村を救えたのは良かった。だが次からは指示を待て』
「了解です」
通信を終えたエリックは、再び村人たちを見た。
全員が、こちらを見つめている。
恐怖。
驚愕。
困惑。
そして、わずかな安堵。
エリックは、両手をゆっくりと上げた。
武器を持っていないことを示すためだ。
「えーっと……」
何と言えばいいのだろう。
言葉は通じない。
だが、何もしないわけにもいかない。
彼は、とりあえず笑顔を浮かべた。
「こんにちは」
当然、返事はなかった。
村人たちはただ、ぽかんと彼を見つめていた。
エリックは肩をすくめた。
「……参ったな」
こうして、アストリア連邦共和国の陸軍部隊は、異世界の住民と初めて直接接触した。
その出会いは、決して計画されたものではなかった。
だが、後にこの村の人々は語ることになる。
森から巨大な魔物が現れた日。
絶望の中、鋼鉄の巨人たちが姿を現したことを。
そして、その巨人の中から現れたのが、自分たちと同じ人間だったことを。
◇◇◇
同日、午後四時。
アストリア連邦共和国。
国防総省。
「……魔物?」
報告を聞いたアンダーソン元帥は、思わず聞き返した。
「はい。現地住民がそう呼んでいるかは不明ですが、巨大な肉食生物を確認しました」
「撃破したのか?」
「はい。M-28ガーディアンの五十ミリ電磁加速機関砲によって、短時間で無力化しました」
「被害は?」
「我が軍に被害はありません。現地住民にも死傷者は確認されていません」
「それは何よりだ」
アンダーソンは頷いた。
「しかし、巨大生物か……」
彼は映像を確認した。
そこには、巨大な牙を持つ生物が映っていた。
「地球の生物とは、ずいぶん違うな」
「研究機関も強い関心を示しています」
「そうだろうな」
元帥は端末を操作した。
続いて、村人たちと接触する兵士の映像が表示された。
「言葉は?」
「通じませんでした」
「予想どおりだな」
「ただ、敵意は示されていません。現地住民は我が軍に対して、非常に強い関心を示しています」
「当然だろう」
アンダーソンは小さく笑った。
「突然、十メートルの鋼鉄の巨人が現れれば、誰だって驚く」
そして表情を引き締めた。
「国務省に連絡しろ。正式な接触手順を策定する必要がある」
「了解しました」
「それから、現地部隊には無断で村に立ち入らないよう命じろ。救助活動と外交は別問題だ」
「承知しました」
アンダーソンは映像を見つめた。
魔物。
未知の文明。
そして、謎のエネルギー技術。
この世界には、まだ分からないことが多すぎる。
だが、少なくとも一つだけ確かなことがあった。
アストリア連邦軍の通常装備は、この世界でも十分以上に通用する。
「……さて」
元帥は椅子にもたれた。
「次は、どんなものが出てくるのやら」
◇◇◇
その日の夕刻。
ローゼリア王国の外交使節団は、王都アルフィリアを出発した。
目指すは、西方に現れた未知の国家。
鋼鉄の船を持つ、謎の国。
その正体を確かめるため、使節団は王国西方の港へ向かった。
一方、アストリアでは外交専門家、言語学者、科学者らによる特別調査団の編成が進められていた。
まだ、両国は互いの正式名称すら知らない。
しかし、両者の接触は確実に近づいていた。
そして、それはローゼリア王国にとって、建国以来最大の転機となる。
なぜなら、彼らが接触しようとしている国家は、単なる未知の強国ではない。
四億八千万の国民を擁し、巨大な産業基盤を持ち、世界最大の軍事力を保有する超大国。
その軍隊には、数万両の戦車や装甲車、数千機の戦闘機、そして一万機を超える人型機動兵器が存在する。
さらに、空には巨大な空中要塞が浮かび、海には超弩級航空戦艦が航行し、宇宙には軌道戦闘艦が配備されている。
そんな国家が、突如として異世界へ現れたのである。
この出会いが、世界に何をもたらすのか。
それを知る者は、まだ誰もいなかった。
ただ、確実に言えることが一つあった。
エルディア世界の歴史は、アストリア連邦共和国の出現によって、決して元には戻らない。
第一章 第三話「未知の国家」 完
次回 第四話「鋼鉄の巨人」
ローゼリア王国の辺境では、巨大な魔物を瞬く間に撃破した鋼鉄の巨人の噂が広がり始める。一方、アストリア軍は異世界の生物と魔法について本格的な調査を開始。王国側の役人が村へ到着したことで、両文明の初めての直接交渉が動き出す。




