第二話非常事態宣言
西暦二一六八年六月十七日。
アストリア連邦共和国が未知の惑星へ転移してから、約三時間が経過していた。
首都ノヴァ・キャピタル。
人口一千八百万人を擁するこの巨大都市では、異常事態にもかかわらず、社会機能の大部分が維持されていた。
道路には自動車が走り、地下鉄は通常どおり運行している。高層ビル群には電力が供給され、病院では手術が続けられ、工場では生産設備が稼働していた。
もっとも、それは市民が平静を保っていたからではない。
街中の大型ディスプレイには、臨時ニュースが繰り返し流されていた。
『政府は現在、国内で発生した大規模な異常現象について調査を進めています』
『国外との通信が途絶しており、連邦宇宙軍は天体観測結果に重大な異常を確認したと発表しました』
『連邦政府は本日正午より、全国的な非常事態宣言を発令します』
「国外との通信が全部切れたって?」
「衛星まで消えたらしいぞ」
「戦争でも始まったのか?」
「さっき、空軍の戦闘機が何十機も飛んでいったぞ」
市民たちの間には不安が広がっていた。
だが、大規模な暴動や略奪は発生していない。
アストリアでは、過去の大規模災害や国際危機を教訓として、国家非常事態への対応制度が整備されていた。
警察、消防、州兵、地方自治体。
それぞれの組織が事前に定められた手順に従い、住民の安全確保に動き始めていたのである。
そんな中、首都中央駅の巨大ディスプレイに、一人の男性が映し出された。
アストリア連邦共和国大統領。
アレクサンダー・グラント。
『国民の皆さん』
駅の喧騒が、少しずつ静まっていった。
『本日午前七時三十二分、我が国全土において、原因不明の大規模な異常現象が発生しました』
人々が足を止める。
『政府機関、軍、科学研究機関が調査を行った結果、極めて重大な事実が判明しました』
グラントは一度、言葉を切った。
『我が国は現在、地球とは異なる惑星に存在している可能性が極めて高いと判断されています』
駅構内がざわめいた。
「……は?」
誰かが声を漏らした。
『これは、現時点での科学的な観測結果に基づく判断です。原因については分かっていません』
画面の中で、大統領は落ち着いた口調を保っていた。
『しかし、国民の皆さんに申し上げたいことがあります』
『アストリア連邦共和国は、健在です』
その声には、はっきりとした力があった。
『我々の国土は残っています。家族も、街も、学校も、病院も、工場も、そして国家を支える制度も存在しています』
『食料備蓄は十分に確保されており、電力供給も維持されています。我が国には世界有数の農業生産能力と工業基盤があります』
『連邦軍は正常に機能し、国土の安全を確保しています』
『政府は必要な対策を講じています。どうか冷静に行動し、公式の情報を確認してください』
そして、大統領は最後にこう述べた。
『我々は幾多の困難を乗り越えてきました』
『今度も同じです』
『我々には、それだけの力があります』
演説が終わる。
駅構内では、しばらく誰も口を開かなかった。
やがて、一人の老人がぽつりと呟いた。
「……地球じゃない、か」
隣にいた若い男性が、苦笑いを浮かべた。
「とんでもない話ですね」
「ああ。まったくだ」
老人はディスプレイを見上げた。
「だが、国が丸ごと残っているなら、まだ何とかなるだろうさ」
それは、アストリア国民の多くが抱いた感想でもあった。
◇◇◇
同日、午後零時四十分。
連邦国防総省。
地下統合作戦指揮センター。
巨大なスクリーンには、アストリア本土と周辺地域の地形図が表示されていた。
統合参謀本部議長ウィリアム・アンダーソン元帥は、各軍の代表者を前に立っていた。
「さて、諸君」
元帥は地図を指した。
「我々が地球から消えたという報告は、すでに聞いていると思う」
誰も驚かなかった。
軍首脳には、数時間前から情報が共有されていたからだ。
「問題は、我々がどこへ来たかではない」
元帥は続ける。
「ここに何が存在し、何が我が国の安全を脅かす可能性があるのか。それを確認することだ」
空軍参謀総長が口を開いた。
「偵察部隊から追加報告が届いています」
「聞こう」
「西方約千二百キロメートルの地点で、都市らしき人工構造物を複数確認しました。文明水準は、外見上は地球の中世から近世に近いものと推定されます」
スクリーンに写真が表示された。
石造りの城壁。
整然と並ぶ民家。
農地。
そして、馬車。
「……本当に中世の街だな」
海軍参謀総長が感想を漏らした。
「人間らしき住民も確認されています」
「国家組織は?」
「不明です。国旗と思われる旗章は確認できていますが、詳細は調査中です」
「兵器は?」
「槍、弓、剣、それに初期の火砲に似た装備を確認しています。ただし、一部には用途不明の大型装置もあります」
アンダーソンは頷いた。
「なるほど」
陸軍参謀総長が腕を組んだ。
「少なくとも、我々の機甲部隊を脅かすような通常兵器は確認されていませんな」
「現時点では、な」
アンダーソンは念を押した。
「未知の文明だ。見た目だけで判断するな」
「承知しています」
続いて宇宙軍参謀総長が報告した。
「軌道偵察衛星による惑星観測も開始しました。現在、主要な大陸は六つ確認されています。海洋面積は地球より若干広いようです」
「文明の分布は?」
「都市と思われる人工構造物が広範囲に存在しています。人口は未確定ですが、相当数の国家が存在する可能性があります」
「工業地帯は?」
「興味深いことに、地域差が非常に大きいのです」
スクリーンが切り替わった。
ある地域には中世風の都市。
別の地域には、巨大な港湾都市。
さらに別の地域には、整然と区画された道路と大規模な工業施設らしき建物が存在していた。
「文明水準が統一されていないということか」
「はい。場所によっては蒸気機関、あるいはそれ以上の技術が存在している可能性があります」
アンダーソンはしばらく考えた。
「面白い世界だな」
そして、作戦方針を示した。
「当面の行動は三つだ」
「第一に、国土と周辺海域の完全な警戒態勢を確立する」
「第二に、偵察衛星と航空機による広域情報収集を継続する」
「第三に、未知の文明との接触に備え、外交部門と協力して対応手順を策定する」
海軍参謀総長が尋ねた。
「接触があった場合、交戦規定は?」
「原則として、こちらからの武力行使は禁止する」
アンダーソンは即答した。
「敵対行動が確認された場合のみ、必要最小限の実力を行使する。相手がどの程度の文明を持っていようと、無用な流血は避ける」
「了解しました」
「それから――」
元帥はスクリーンに表示された未知の大陸を見た。
「人型機動兵器の部隊にも即応態勢を取らせろ。地形が分からん以上、戦車だけで対応するのは得策ではない」
陸軍参謀総長が頷いた。
「第1統合機甲師団、第3機動装甲師団を即応指定します」
こうして、地球最強の軍隊は未知の世界での活動を開始した。
◇◇◇
同日、午後二時十五分。
アストリア連邦海軍。
ヴァリアント級ミサイル駆逐艦『アーデント』。
西方海域。
「艦長、右舷前方に複数の航行物体を探知しました」
艦橋に、レーダー担当官の声が響いた。
艦長のジェームズ・ウォーカー大佐は、手元の端末から顔を上げた。
「数は?」
「現在、十二隻を確認。速度はおよそ八ノット。針路は北東です」
「識別できるか?」
「光学観測に切り替えます」
大型モニターに、遠方の海面が映し出された。
そこに存在したのは――。
「……帆船?」
ウォーカーは思わず呟いた。
木造と思われる船体。
高く伸びたマスト。
大きく張られた帆。
まるで歴史博物館の展示物のような船が、十二隻も航行していた。
「ずいぶんと古風な艦隊だな」
副長が言った。
「映画の撮影にでも使いそうですね」
「この世界にも映画があるならな」
艦長の返答に、艦橋の数人が小さく笑った。
しかし、笑っていられたのはそこまでだった。
「艦長、先頭の船から奇妙な反応を確認」
「奇妙?」
「通常の電波ではありません。高エネルギー反応です」
「種類は?」
「不明です。既知の兵器体系に該当しません」
ウォーカーは眉をひそめた。
「監視を続けろ。武器管制は待機」
「了解」
スクリーンの中で、先頭の帆船の甲板に何かが運び出されていた。
巨大な金属製の筒。
砲のようにも見える。
だが、その周囲には青白い光が漂っていた。
「……何だ、あれは?」
◇◇◇
ローゼリア王国。
王国海軍第一哨戒船団。
旗艦『アルフィリア』。
「艦長! 前方に巨大な船影!」
見張り員の叫びに、船長エドガー・ベルナールは望遠鏡を構えた。
そして、絶句した。
「何だ……あれは」
そこには、見たこともない船が存在していた。
全長は百メートルを優に超えている。
いや、二百メートル近いかもしれない。
船体は灰色の金属で覆われ、複雑な形状の構造物が積み重なっている。
帆はない。
煙突らしきものから煙も出ていない。
にもかかわらず、船は海上を滑るように移動していた。
「魔導船……なのか?」
副官が呟いた。
「いや、あんな船は見たことがない」
ベルナールは答えた。
ローゼリア王国には、小型の魔導船が存在していた。
風魔法を応用した補助推進装置を使用する船である。
しかし、目の前の船はそれとは根本的に異なっていた。
「武装は?」
「不明です。ただ、甲板に砲塔らしきものがあります」
ベルナールは目を凝らした。
確かに、船首付近に細長い砲身が見える。
しかし、砲身は妙に細く、通常の大砲とは形状が異なっていた。
「艦長、どうしますか?」
「……接近して、所属を確認する」
「危険では?」
「西方に現れた未知の大陸。その近海にいる船だ。無関係とは思えん」
ベルナールは慎重な男だった。
未知の相手に不用意な敵意を見せることは避けたい。
だが、相手の正体を調べることが今回の任務である。
「全船に伝達。戦闘準備は維持するが、先に攻撃してはならん」
「了解!」
王国船団はゆっくりと針路を変更した。
しかし、その時。
旗艦の甲板で、一人の魔導士が声を上げた。
「艦長!」
「どうした?」
「魔導探知器が異常を示しています!」
「異常?」
「目の前の船から、魔力がまったく感じられません!」
ベルナールは眉をひそめた。
「魔力がない?」
「はい! あれほど巨大な船を動かすには、相当な魔力が必要なはずです! それなのに、反応がありません!」
「……つまり?」
「分かりません! あの船がどうやって航行しているのか、まったく……!」
その言葉を遮るように、甲板上の通信魔導器が光った。
『こちら、第二哨戒船。前方の船から何か音が聞こえます!』
「音?」
ベルナールは耳を澄ませた。
海風に混じって、低い声のようなものが聞こえる。
しかし、言葉は理解できなかった。
◇◇◇
『アーデント』艦橋。
「艦長、相手船団が針路を変更。こちらへ接近しています」
「敵対行動は?」
「確認できません」
「こちらから呼びかけろ」
「了解」
通信担当官が、外部スピーカーを作動させた。
『こちらはアストリア連邦共和国海軍所属の軍艦である』
当然ながら、返答はなかった。
『貴船団の所属および航行目的を明らかにされたい』
再び沈黙。
「……通じていませんね」
副長が呟いた。
「まあ、予想はしていた」
ウォーカーは腕を組んだ。
未知の文明。
未知の言語。
通信方法も不明。
相手がこちらの言葉を理解できる可能性は、極めて低い。
「国際信号旗を用意しろ。視覚信号でも意思表示を試みる」
「了解」
「それから、情報本部に映像を送れ。言語解析班にも回しておけ」
その時だった。
「艦長!」
レーダー担当官の声が鋭くなった。
「先頭船の高エネルギー反応が急上昇!」
「何?」
「船首付近の筒状装置からです!」
ウォーカーはスクリーンを見た。
先頭の帆船。
その甲板上に設置された奇妙な砲。
青白い光が、先ほどよりも強く輝いている。
「……まずいな」
副長が呟いた。
ウォーカーも同じことを考えていた。
兵器かどうかは不明だ。
だが、何らかのエネルギーを蓄積していることは間違いない。
「全員、警戒。防御システム起動準備」
「了解!」
「ただし発砲するな。こちらから刺激する必要はない」
その直後。
先頭の帆船から、青白い光球が放たれた。
「発射を確認!」
「弾道は!?」
「……本艦の右舷方向! 直撃コースではありません!」
光球は海上を飛翔した。
速度は、現代のミサイルや砲弾と比較すれば遅い。
そして、『アーデント』の右舷数百メートル先の海面に着弾した。
轟音。
巨大な水柱が上がる。
艦橋が一瞬、静まり返った。
「……威嚇射撃か?」
副長が呟いた。
ウォーカーはスクリーンを睨みつけた。
相手の意思は分からない。
しかし、少なくともこちらに向けて武器らしきものを使用した。
「戦闘配置」
艦長の命令が響いた。
『総員戦闘配置! 総員戦闘配置!』
警報が艦内に鳴り響く。
数秒後、艦の防御システムが完全に起動した。
「主砲、旋回可能」
「ミサイルシステム、正常」
「レーザー迎撃装置、待機」
「防御フィールド、展開可能」
『アーデント』は、アストリア海軍の主力駆逐艦である。
満載排水量約一万八千トン。
高性能な多機能レーダー、極超音速ミサイル、電磁加速砲、指向性エネルギー兵器。
その戦闘能力は、二十一世紀初頭の艦隊全体に匹敵するとさえ評される。
対する相手は、木造帆船十二隻。
通常なら、比較すること自体が無意味な戦力差であった。
「艦長、反撃しますか?」
火器管制官が尋ねた。
ウォーカーは首を横に振った。
「いや。相手はまだ我々を理解していない可能性がある」
「しかし、攻撃を受けました」
「威嚇射撃だ。直接照準されたわけではない」
ウォーカーは少し考えた。
「こちらも警告を出す」
「方法は?」
「主砲を使用する。ただし、相手船団から十分に離れた海面に限定しろ」
副長が確認する。
「電磁加速砲ですか?」
「そうだ。通常の訓練弾を使用。出力は最低限に抑えろ」
ウォーカーは淡々と命じた。
「相手に、我々にも武器があることを知らせる」
◇◇◇
ローゼリア王国。
旗艦『アルフィリア』。
「魔導砲、威嚇射撃完了!」
砲術長の報告に、ベルナールは頷いた。
「よし。相手の反応は?」
「……動きません」
「何?」
望遠鏡を覗く。
巨大な鋼鉄船は、まったく動じていなかった。
その様子に、ベルナールは不安を覚えた。
通常、魔導砲による威嚇射撃を受ければ、相手は距離を取るか、何らかの意思表示をする。
しかし、目の前の船は違った。
まるで、こちらの魔導砲など意に介していないかのようだった。
「艦長……」
副官が震える声で呟いた。
「相手の船首にある、あの筒が……」
ベルナールは再び望遠鏡を構えた。
鋼鉄船の船首。
そこに設置された細長い砲身が、ゆっくりと旋回していた。
「……砲か?」
次の瞬間。
閃光。
そして、少し遅れて凄まじい轟音が響いた。
遥か前方の海面が爆発したように盛り上がった。
「なっ!?」
ベルナールは思わず身を伏せた。
数秒後、巨大な水柱が崩れ落ちる。
それは先ほど自分たちが放った魔導砲の比ではなかった。
しかも、着弾地点は船団から十分に離れている。
明らかに、意図的に外した射撃だった。
「……何という威力だ」
ベルナールは呆然と呟いた。
魔導砲とは比較にならない。
いや、それ以前に。
「砲弾が……見えなかった」
副官が震えていた。
「艦長、今の砲撃、何が飛んだのか分かりましたか?」
「……いや」
「魔力も感じませんでした」
ベルナールは、鋼鉄船を見つめた。
魔力を使わずに航行する巨大船。
魔力を使わずに放たれる、凄まじい威力の砲撃。
そして、あれほどの兵器を持ちながら、こちらを攻撃しようとはしない相手。
「……全船、魔導砲の照準を下げろ」
「艦長?」
「武器を下ろせと言っている!」
ベルナールは厳しい声で命じた。
「これ以上刺激すれば、我々は全滅するぞ!」
副官は慌てて命令を伝えた。
十二隻の帆船から、次々と魔導砲の照準が外されていく。
ベルナールは大きく息を吐いた。
「……一体、何者なのだ」
彼は知らない。
目の前にいるのが、アストリア海軍では比較的一般的な駆逐艦にすぎないことを。
その海軍には、さらに巨大な巡洋艦や航空母艦が存在し、果ては全長六百八十メートルの超弩級航空戦艦まで就役していることを。
そして、この世界へ転移してきた国家の軍事力が、自分たちの想像を遥かに超えていることを。
◇◇◇
午後三時二十七分。
連邦国防総省。
「未知の船団と接触?」
アンダーソン元帥は報告を聞き返した。
「はい。西方海域でヴァリアント級駆逐艦『アーデント』が木造帆船十二隻と遭遇しました」
「接触の結果は?」
「相手船団から、未知のエネルギー兵器による威嚇射撃を受けました」
元帥の眉が動いた。
「こちらに被害は?」
「ありません。反撃ではなく警告射撃を実施したところ、相手は武装を解除する姿勢を示しました」
「よろしい」
アンダーソンは頷いた。
「艦長の判断は妥当だ」
報告官は続けた。
「ただし、重要な点があります」
「何だ?」
「相手船団が使用した兵器です」
大型スクリーンに、青白い光球の映像が表示された。
「これは……」
「通常の火薬兵器ではありません。砲身状の装置から高エネルギーの光球を射出し、海面への着弾時に爆発を発生させています」
「プラズマ兵器か?」
「不明です。既知の物理現象だけでは、飛翔中のエネルギー保持を説明できません」
アンダーソンは腕を組んだ。
「つまり、この世界には我々の知らない技術が存在するということか」
「その可能性があります」
「研究機関へ映像と観測データを送れ」
「すでに手配しています」
「それから、海軍には引き続き慎重な対応を命じろ。無用な交戦は避ける」
「了解しました」
報告官が退出した後、アンダーソンは椅子に座り直した。
そして、小さく笑った。
「……まったく、退屈しない世界だな」
彼が見つめるスクリーンには、未知の惑星の全体図が映し出されていた。
六つの大陸。
広大な海洋。
多数の都市。
そして、未知の文明。
地球で世界最強と呼ばれたアストリア連邦共和国。
その軍隊は、今まさに新たな世界を調査し始めたばかりだった。
だが、彼らはまだ知らない。
この世界には魔法が存在することを。
巨大な竜が空を飛び、魔導戦艦が海を進み、魔力によって動く鋼鉄の巨人が戦場を駆けることを。
そして、世界最強と称される巨大帝国が存在することを。
もっとも――。
たとえそれらすべてを知ったとしても、アストリア連邦軍の将兵たちが恐れを抱くことは、おそらくなかっただろう。
彼らにとって、未知の脅威とは恐怖するものではない。
分析し、研究し、必要ならば対処するものだった。
そのための力を、彼らは持っていた。
◇◇◇
同日、夕刻。
ローゼリア王国王都。
王城の執務室に、一通の緊急報告が届けられた。
国王アルフレッド三世は、その内容を読んで顔をしかめた。
「……魔導砲を使わず、魔導砲を遥かに超える威力の砲撃を行う船だと?」
「はい。第一哨戒船団からの報告です」
宰相エドワードが答えた。
「報告によれば、全長二百メートル近い巨大な鋼鉄船が、帆も魔力も使わずに航行していたとのことです」
「信じられん」
アルフレッドは呟いた。
「そのような船、列強国でも保有しておるまい」
「少なくとも、我が国の知る限りでは」
「船団の被害は?」
「ありません。相手は威嚇射撃のみを行い、こちらを攻撃する意思は見せなかったそうです」
「……そうか」
国王は安堵した。
「ならば、まだ話し合いの余地はある」
「陛下」
宰相が慎重に口を開いた。
「この未知の国家と、外交関係を結ぶべきではないでしょうか」
アルフレッドは顔を上げた。
「外交関係?」
「はい。もし彼らが我々に友好的であるならば、ガルディア王国への牽制になるかもしれません」
「……なるほど」
国王は考え込んだ。
西方に突然現れた未知の大陸。
そこに存在すると思われる、強大な国家。
もし、その国家と友好関係を結べるならば。
ローゼリア王国にとって、大きな利益となるかもしれない。
「よし」
アルフレッドは決断した。
「正式な使節団を派遣する」
「承知しました」
「ただし、決して無礼のないようにせよ。相手の国力も文化も分からぬ以上、慎重に対応するのだ」
「はっ」
こうして、ローゼリア王国は未知の超大国との接触を決意した。
そして、その決断こそが、後に王国の運命を大きく変えることになる。
アストリア連邦共和国。
世界最大の経済力と軍事力を持つ、地球最強の国家。
その超大国との国交樹立が、ローゼリア王国にどのような未来をもたらすのか。
この時点では、まだ誰にも分からなかった。
ただ一つ、確かなことがある。
異世界エルディアの歴史は、今まさに新たな時代を迎えようとしていた。
第一章 第二話「非常事態宣言」 完
次回 第三話「未知の国家」
ローゼリア王国は正式な外交使節団を派遣する。一方、アストリアでは異世界の言語解析と魔法研究が本格化。さらに、国境周辺の安全確認のため、巨大人型機動兵器を含む陸軍偵察部隊が派遣される。




