第一話世界最強の国家
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AI作者
西暦二一六八年。
地球には、世界の政治、経済、軍事に絶大な影響力を持つ国家が存在していた。
その名は、アストリア連邦共和国。
人口四億八千万。国土面積一六五〇万平方キロメートル。国内総生産四十五兆ドル。
世界最大の経済大国にして、世界最強の軍事大国。
その国力は、他の大国が束になっても容易には追いつけないほど突出していた。
核融合発電の商業化、高度な人工知能、重力制御技術、宇宙開発。
そして、巨大人型機動兵器や空中要塞、軌道戦闘艦といった、かつて空想の産物とされていた兵器の実用化。
アストリアは、人類文明の最先端を走る国家だった。
だが、その超大国でさえ、これから起こる出来事を予測することはできなかった。
それは、ある平凡な朝のことである。
◇◇◇
アストリア連邦共和国。
首都ノヴァ・キャピタル。
午前七時三十二分。
連邦大統領府の執務室では、大統領アレクサンダー・グラントが朝の報告書に目を通していた。
五十四歳。
二年前の大統領選挙で当選した彼は、現実主義的な外交政策と堅実な経済運営で知られていた。
「それで、太平洋方面の演習は予定どおりか?」
グラントが尋ねると、向かいに座る国家安全保障担当補佐官、ロバート・ヘイズが頷いた。
「はい。第七艦隊と第九艦隊による合同演習は順調です。インペリウム級の二番艦も参加しています」
「例の巨大戦艦か」
「ええ。海軍は随分と気に入っているようです」
グラントは苦笑した。
インペリウム級超弩級航空戦艦。
全長六百八十メートル、満載排水量六十五万トン。
四基の核融合炉を動力源とし、五十一センチ三連装電磁加速砲四基十二門を搭載する、史上最大級の水上戦闘艦である。
加えて百二十機もの航空機を運用できる。
正直なところ、大統領自身はその存在意義を完全には理解していなかった。
通常の空母打撃群とミサイル戦力で十分ではないか。
そんな疑問を口にしたこともある。
しかし海軍は、遠洋での継続戦闘能力や圧倒的な火力、強固な防御力を理由に、建造計画を強く推進した。
結果として三隻が就役している。
「一隻で小国の国家予算を超える代物だからな。せいぜい有効に使ってもらわなければ困る」
「海軍長官に伝えておきましょう」
「いや、やめてくれ。また三時間ほど演説を聞かされる」
二人が笑った、その時だった。
執務室の照明が、一瞬だけ暗くなった。
「……ん?」
直後。
窓の外が、真っ白に染まった。
「何だ!?」
グラントは反射的に立ち上がった。
爆発ではない。
閃光に衝撃は伴わず、音もない。
ただ、世界そのものが白く塗り潰されていく。
そして数秒後。
何事もなかったかのように、光は消えた。
「大統領!」
警護官たちが執務室へ飛び込んでくる。
「ご無事ですか!」
「ああ、私は無事だ。今の光は何だ?」
「分かりません。ただいま確認を――」
警護官の通信機が鳴った。
続いて、ヘイズの端末にも着信が入る。
一件、二件、三件。
異常な勢いで通信が殺到していた。
ヘイズは端末を耳に当てた。
「こちらヘイズだ。……何?」
その顔色が変わった。
「もう一度言え」
グラントは黙って彼を見つめた。
やがてヘイズは、信じられないという表情で口を開いた。
「大統領……国防総省からです」
「何が起きた?」
「国外との通信が、すべて途絶しました」
「すべて?」
「はい。外交回線、軍用回線、民間通信、海底通信ケーブル……国外に通じるあらゆる通信が途絶しています」
「サイバー攻撃か?」
「現時点では不明です。ただ……」
ヘイズは一度、言葉を切った。
「国外の通信衛星だけでなく、地球上に存在するはずの他国の衛星も確認できないそうです」
「……何だと?」
その瞬間、グラントは事態が単なる通信障害ではないことを悟った。
◇◇◇
同時刻。
アストリア連邦宇宙軍。
中央宇宙監視司令部。
巨大な地下指揮施設では、数百人の軍人と技術者が慌ただしく動き回っていた。
「軌道データを再計算しろ!」
「すでに実施しています!」
「では、なぜ衛星の位置が合わない!?」
宇宙監視司令官、マーカス・ウォーレン大将は大型スクリーンを睨みつけていた。
そこには、惑星を取り巻く人工衛星群の軌道が表示されている。
しかし、それは数分前までの地球の衛星配置とは全く異なっていた。
「司令官!」
一人の管制官が声を上げた。
「惑星観測データの解析が完了しました!」
「報告しろ」
「現在、我々のいる惑星は……地球ではない可能性があります」
室内が静まり返った。
「……説明しろ」
ウォーレンの声は低かった。
「惑星の半径、重力加速度、自転周期を測定しました。いずれも地球に近似していますが、完全には一致しません」
「測定誤差ではないのか?」
「複数の観測装置で確認済みです。さらに、星座の配置が一致しません」
「星座?」
「はい。太陽に相当する恒星は存在します。しかし、既知の恒星カタログと一致する星が一つもありません」
別の管制官が報告を重ねた。
「月に相当する天体を二つ確認!」
「二つだと?」
「はい。一つは地球の月より小さく、もう一つはさらに小型です!」
ウォーレンは腕を組んだ。
冗談にしては、あまりにも手が込んでいる。
そして、この場所で冗談を言う者などいない。
「衛星群の状況は?」
「軍用通信衛星、航法衛星、偵察衛星の大部分は稼働を確認しています。ただし、一部は失われています」
「軌道戦闘艦は?」
「オーディン級四隻、すべて通信可能です。乗員にも異常はありません」
「宇宙軍の各施設は?」
「国内施設は正常。軌道施設も主要なものは残存しています。しかし、国外に存在していた施設との通信はありません」
ウォーレンは数秒間考えた。
そして命令を下した。
「全宇宙軍部隊に警戒態勢を発令。軌道戦闘艦は現位置を維持しろ。許可なく兵器を使用するな」
「了解!」
「それから国防総省に最優先で報告しろ」
「報告内容は?」
ウォーレンは巨大スクリーンを見上げた。
「我々は、地球とは異なる惑星に存在している可能性が極めて高い、と」
◇◇◇
アストリア連邦陸軍。
第1統合機甲師団駐屯地。
ここでも混乱が広がっていた。
「おい、今の見たか?」
「見た。空が真っ白になったな」
整備場では、巨大な人型兵器の足元に数人の整備員が集まっていた。
彼らの前に立つのは、M-28ガーディアン。
全高十・八メートル。
アストリア陸軍で広く使用されている主力機動装甲兵器である。
人間を巨大化させたような姿をしているが、装甲は厚く、頭部には複数のセンサーが配置され、右腕には五十ミリ電磁加速機関砲が装備されていた。
隣の整備区画には、M-12パラディン主力戦車が並んでいる。
「何かの実験か?」
若い整備兵が呟いた。
「こんな規模の実験、聞いたことねえよ」
答えたのは、整備主任のダニエル軍曹だった。
その時、基地全体に警報が鳴り響いた。
『全部隊に通達。警戒態勢第二段階を発令する』
「おいおい……」
『全戦闘車両および機動装甲兵器は出動準備。乗員は直ちに配置につけ』
若い整備兵が目を丸くした。
「本当に戦争ですか?」
「分からん」
ダニエルはガーディアンを見上げた。
「だが、戦争だろうが何だろうが、こいつを動ける状態にするのが俺たちの仕事だ」
その言葉に、整備員たちは一斉に持ち場へ戻った。
巨大な格納庫では、数十機の人型機動兵器が起動準備を始めていた。
核融合炉が低い唸りを上げ、機体各部のセンサーが点灯する。
鋼鉄の巨人たちが、目覚めようとしていた。
◇◇◇
午前九時十八分。
連邦大統領府。
地下国家危機管理センター。
大統領グラントは、閣僚と軍首脳を集めた緊急会議に臨んでいた。
大型ディスプレイには、国土の衛星画像が表示されている。
ただし、そこには誰もが知る世界地図は存在しなかった。
「……つまり、どういうことだ?」
グラントの問いに答えたのは、国家科学技術局長官エレナ・モーガン博士だった。
「現時点で確認できる事実を申し上げます」
彼女は資料を表示した。
「第一に、我が国の国土の形状および国内地理に大きな変化はありません」
地図にはアストリアの国土が表示されていた。
「第二に、国境の外側に存在していたはずの他国の領土が消失しています」
「消失?」
「正確には、別の地形に置き換わっています。東部国境の先には、かつて存在しなかった巨大な森林地帯が広がっています。西方海域では、従来の大陸配置とは異なる陸地を確認しました」
国防長官が口を開いた。
「偵察機を飛ばした結果も同じです。国境周辺の地形は、まったく未知のものに変化しています」
「第三に」
モーガンは話を続けた。
「天体観測結果から、我々が現在地球上に存在していない可能性が極めて高いと判断しています」
誰も口を開かなかった。
大統領はゆっくりと椅子にもたれた。
「我が国が……別の惑星へ移動したというのか?」
「現在のところ、それが最も観測結果と整合する仮説です」
「そんなことが可能なのか?」
「我々の科学では不可能です」
「ならば、何が起きた?」
「分かりません」
モーガンは率直に答えた。
「しかし、大統領。観測された事実は否定できません」
しばらく沈黙が続いた。
やがてグラントは国防長官に向き直った。
「軍の状況は?」
「国内に駐屯する陸海空軍の大部分は健在です。国外駐留部隊については所在不明ですが、国内に帰港していた艦艇や航空機は無事です」
「核戦力は?」
「戦略原潜の一部を除き、ほぼ正常です。国内のミサイル基地はすべて健在。戦略爆撃機も大部分が確認できています」
「宇宙軍は?」
「軌道戦闘艦四隻が健在です。衛星通信網も再構成可能とのことです」
グラントは頷いた。
少なくとも国家としての防衛能力は維持されている。
それは不幸中の幸いだった。
「経済は?」
財務長官が答えた。
「証券市場は緊急停止しました。海外との物流が完全に途絶したため、金融市場にも大きな混乱が発生しています」
「食料とエネルギーは?」
「国内生産だけで国民生活を維持することは可能です。ただし、一部の特殊資源や工業製品には不足が生じる可能性があります」
「期間は?」
「備蓄を含めれば、当面は十分対応できます。長期的には産業構造の再編が必要でしょう」
グラントは深く息を吐いた。
国家が消滅するような事態ではない。
しかし、かつての世界経済から完全に切り離された影響は計り知れなかった。
「分かった」
彼は立ち上がった。
全員の視線が集まる。
「我々は、どうやら未知の世界に放り出されたらしい」
誰も否定しなかった。
「だが、政府は健在だ。軍も健在。四億八千万の国民も、我々の国土も残っている」
グラントは一人ひとりを見渡した。
「ならば、国家としてやるべきことは変わらん」
そして、命令を下した。
「連邦全土に非常事態を宣言する」
「了解しました」
「軍は国土と周辺海域の安全を確保。宇宙軍は惑星全体の観測を開始。空軍には偵察任務を命じろ」
国防長官が頷く。
「国民への説明は私が行う。混乱は避けられないだろうが、情報を隠す方が危険だ」
「大統領、国外との接触は?」
国務長官が尋ねた。
グラントは少し考えた。
「まずは、この世界に我々以外の人類が存在するかどうかだ」
その答えは、予想よりも早く得られることになる。
◇◇◇
同日。
午後一時四十分。
アストリア空軍所属の戦略偵察機が、西方の未知の大陸上空を飛行していた。
機体は高高度を維持しながら、地表を観測している。
「こちらレコン01。目標区域に到達」
操縦士の声が通信回線に流れた。
「地表の状況は?」
管制官が尋ねる。
「広大な森林地帯を確認。河川、山脈、平野……自然地形に異常はありません」
「人工構造物は?」
「現在捜索中」
偵察機は速度を落とし、観測装置を地表へ向けた。
数分後。
「……待て」
センサー担当官が声を上げた。
「何か見つけたのか?」
「人工構造物らしきものを確認」
「位置は?」
「北緯……いや、現在の座標系では意味がないな。相対位置を送信する」
大型ディスプレイに画像が映し出された。
そこには、城壁に囲まれた都市が存在していた。
石造りの建物。
城壁の上に並ぶ塔。
中央には巨大な城。
そして、周囲に広がる農地。
「……何だ、これは?」
操縦士が呟いた。
「テーマパークか?」
「こんな場所に?」
「いや……待て。道路を見ろ」
都市周辺には、舗装されていない道が伸びていた。
そこを移動しているのは、自動車ではない。
馬車だった。
「馬車……?」
「人間もいる。間違いない」
センサー担当官は拡大画像を確認した。
城門付近には、槍を持った兵士らしき人影が見える。
「管制、こちらレコン01」
操縦士は通信機を握り直した。
「未知の文明を発見した」
一瞬の沈黙。
『……詳細を報告せよ』
「石造建築を中心とした都市。城壁、農地、馬車、武装した人間らしき集団を確認」
『近代的な設備は?』
「確認できない。電線、鉄道、自動車、飛行場、いずれも存在しないように見える」
『了解。引き続き観測せよ。ただし接触は禁止する』
「了解」
偵察機は高度を維持したまま、都市の上空を通過した。
地上の人々は、その存在に気づいていなかった。
そして、誰も知らなかった。
この日、異世界の歴史が大きく変わり始めたことを。
◇◇◇
同時刻。
エルディア世界。
ローゼリア王国。
王都アルフィリア。
王城の執務室で、国王アルフレッド三世は一通の報告書に目を通していた。
「……また国境で小競り合いか」
五十二歳になる国王は、疲れたように呟いた。
ローゼリア王国は、人口約三百二十万人を抱える小国である。
豊かな農地と鉱物資源に恵まれているものの、軍事力は決して強くない。
そして東方には、強大な隣国が存在していた。
ガルディア王国。
人口約千二百万人。
ローゼリアの数倍の国力を持つ地域大国である。
近年、そのガルディアが国境付近で軍を増強していた。
「陛下」
宰相エドワードが口を開いた。
「ガルディア軍の動員が進んでおります。このままでは、近いうちに侵攻が始まる可能性が高いかと」
「分かっておる」
アルフレッドは報告書を机に置いた。
「だが、我が国の軍では正面から対抗できん」
「列強諸国への援助要請は?」
「返答はない。遠方の小国一つのために、動いてはくれまい」
沈黙が流れた。
その時だった。
執務室の扉が激しく叩かれた。
「陛下! 緊急のご報告です!」
「入れ」
駆け込んできたのは、王国軍の将校だった。
「西方辺境より、奇妙な報告が届いております!」
「奇妙?」
「はい。西の海の向こうに、これまで存在しなかった巨大な陸地が確認されたとのことです!」
アルフレッドは眉をひそめた。
「何を言っておる?」
「さらに、沿岸の漁民が見たこともない巨大な鋼鉄の船を目撃したと……」
「鋼鉄の船?」
「はい。帆も櫂もなく、煙も出さずに、信じられない速度で海上を進んでいたそうです」
宰相が首を傾げた。
「魔導船ではないのか?」
「それが……既知の魔導船とは形状がまるで違うそうで」
アルフレッドは困惑した。
未知の大陸。
奇妙な鋼鉄船。
そして、突然変化した海域。
一体何が起きているのか。
「調査隊を派遣せよ」
国王は命じた。
「可能であれば、その船の所属を確認するのだ」
「はっ!」
将校が退出すると、アルフレッドは窓の外を見た。
「……不吉なことが続くものだ」
しかし、彼はまだ知らない。
西の海の向こうに現れた陸地が、単なる未知の島でも大陸でもないことを。
そこには、人口四億八千万を擁する超大国が存在していた。
鋼鉄の巨人が大地を歩き、巨大な航空機が空を飛び、海には山のような軍艦が浮かぶ。
さらに天空の彼方には、全長数百メートルの宇宙戦闘艦さえ存在している。
その国家が持つ軍事力は、ローゼリア王国どころか、この世界の列強諸国が総力を結集しても及ばない。
後に、この日の出来事は歴史書にこう記されることになる。
『大転移』。
世界の勢力図を根底から覆した、歴史上最大の転換点として。
だが、その時点では誰も知らなかった。
アストリア連邦共和国の出現によって、この世界の常識がことごとく覆されることを。
そして、この世界で最強と呼ばれていた国家でさえ、真の超大国が持つ力を前に、自らの認識を改めることになるのだと。
第一章 第一話「世界最強の国家」 完
次回・第二話「非常事態宣言」――突然の異世界転移に揺れる四億八千万の国民。連邦政府は国家機能の維持を最優先に動き始め、陸海空宇宙軍には本格的な周辺調査命令が下される。一方、アストリアの沿岸に展開した海軍艦隊は、未知の帆船団をレーダーで捕捉する。




