第五章
ローザ。おはよう。
こんな風に挨拶してもえるなんて初めてだ。
ローザ、いつもあなた仕事が丁寧ね。
家でしていた家事仕事を褒められる日が来るなんて。
ローザ…悪いけどまた読み書きを教えて貰える?
勿論よ。任せて頂戴。
ローザ、これ食べてみるか?朝の余りだが。
食べていいの?本当に?嬉しいわ。
こんな風に日常が充実しているのは初めてだ。
屋敷の人間の信頼も得たしすっかり私が罪を犯してここに来ていると言うのを忘れているように皆、信頼して仕事を任せて私に笑顔で話し、勉強を教わり美味しいものをくれる。
(他にも信頼は欲しいけどね)
私を信用してくれる人間は多ければ多い程いい。ミディアが被せた私の罪を撤回するためにデモでも起こせるぐらいの集団は欲しいが、辺境にいる中ではなかなか難しい。しかしいずれは多くの味方をつけて必ずあの妹の顔を私と同じく絶望に染めてやろう。
(と言う事で)
「ハリソン辺境伯、失礼いたします」
「あぁローザ、すまないな急に」
「いいえ。とんでもないです」
ハリソン辺境伯は孤児院に定期的に訪問している。それはセラさんから聞いた話だ。
そこでふと、孤児院にいたセラさんは文字の読み書きが出来ないと聞いて孤児院で育った人達は学校に行けないのかと聞いた。
家族がいない子どもを養うために衣食住揃えても、学校に行くにはお金がかかりそこまでは難しいらしい。孤児院の先生には読み書きを出来る人もいるが、子どもの世話をして尚且つ勉強も教えるには時間が足りないとして結局分からないまま大人になるのが多いと。
それを孤児院への定期訪問から帰って来た辺境伯が呟くと、私に文字の読み書きを教えられている使用人の一人が「ローザは教えるのが上手いです」と辺境伯に伝えたのだ。
そこでこの地の子ども達のために週に二、三回でいいので先生になってくれないかと言う事だ。
「私は大丈夫ですが…よろしいのですか?」
少し不安げに答えておく。
まず罪を犯したとされる私が子どもに教えて不安ではないか。
そして屋敷の使用人としての仕事から抜けてしまうがそれは構わないのかと。
「孤児院の先生には信頼出来る人間だとして、まあ一応側近のレオも行く」
「あら、しっかり私を監視して下さないな」
「はいはい。分かってますよ」
いつの間にか側近の彼とはこんな風に軽口を聞けるようになっていた。
「あと屋敷のお仕事は」
「私があなたの倍するわ」
「私も」
「あたしも…」
そう言って名乗り出てくれたのはラーナさんにメイド長、そしてセラさん。
「皆さん…よろしいのですか?」
「あなたが教えるのが適任だと思うしね」
「この町の子どもがかしこくなるのはいいことだ」
そう言って背中を押されて私は孤児院の先生となったのだ。
「本日よりよろしくお願いいたします」
そうしてやって来た孤児院は古い教会を改装したもので中は掃除がされていて綺麗ではあるがところどころ年季が入っている故の汚れや傷などは仕方ないだろう。
側近のレオさんを監視役にして私を迎え入れたのはこの教会のシスターでもあるリーズさんだ。皺が深く刻まれた顔は穏やかで私はもっと警戒されると思っていたが随分とあっさり受け入れられた。
「ようこそおいで下さいました」
「こちらこそ、精一杯頑張ります」
「ありがとうございます…何せ勉強まで見れる事が出来なくて…どうぞこちらに」
「はい……あの、シスター・リーズ」
「はい?何でしょう」
「ここまで来ては何ですが…本当に私でよろしいのでしょうか…はっきりとした証拠は確かにありませんが…私は罪を犯したとされる女です」
それにこの顔の傷、子ども達が怖がってしまうのではありませんか?
私の疑問にシスターは驚いたように目を瞬きさせた後に何を言っているのかとおかしく笑う。
「そんな事、些細な事です」
「些細な…事でしょうか」
「辺境伯からあなたの働きぶりは聞いております。それに言われた通りにあなたの罪には証拠が無いと」
「はい…」
「私は証拠も無いそれを信じるよりも相手の目を見るのです。ここに来たあなたは…罪を犯したと言う目はしておりませんから」
「…シスター」
こんな人もいるのか。
目を見れば分かると、そんな事を言われたのは過去にミディアが学友の髪飾りを羨ましがり貸してと言ってそのまま自分の物にしてしまった時、私はミディアから知らずにこれをあげると飽きてしまった髪飾りを私に差し出しその結果、私が泥棒となりひどい目にあった。
その時盗んでないのにあなたの目は泥棒の目だと言われてしまい何も言えないまま泥棒と呼ばれて謝った。
(ま、確かに私はあんな罪犯してないから…シスターの見る目は確かね)
「だけど」
「はい?」
「少し目が鋭いわね」
「…色々ありましたから」
そこも見抜くのか。伊達に年を重ねていないのだろう。
「皆さん初めまして、今日から皆さんのお勉強の先生になります。ローザと申します」
孤児院にいる子ども達に挨拶するとやはり私の顔の傷に目が行き驚いている。
「まずは皆と仲良くなるために…私に何でも聞いて下さいね」
「その傷どうしたの?」
質問の場を設けて聞かれるのはやはりこれだ。
「私はここに来る前に悪いことをしたと言われて罰でこの傷をつけられたのです」
そして罪の内容は伏せてそのまま伝える。変に隠してもどうせバレる事だし子どもには素直に伝えた方がいいだろう。ただその事に後ろで見ているレオさんが「いいのか?」と言う顔をして見てくるので問題無いと顔で返しながら次々と子どもの質問に答えていく。
「悪いことって何?」
「大事な人を傷つけたと言われたからよ」
「傷は痛い?」
「いいえ。痛くないわ」
「食べ物は何が好き?」
「何でも好きよ」
「何歳ですか?」
「十八歳よ」
「好きな色は何ですか?」
「そうね…紺色かしら…夜の空の色ね」
子どもの質問は面白いものだ。
大人ならどうでもよさそうな事をどんどん聞いて来る。そして素直だ。
私がどんどん答えていくと初めて顔を合わせた瞬間の少し緊張した雰囲気が和らぎ子どもとの距離が縮んでいく。
「そしたら今度は私が聞くわ。皆さんのお名前を教えて下さいね」
それではそこの君から。
名前を聞いてそして紙を出す。そこにペンで聞いた名前をなぞると名前を聞かせてくれた子どもの前に差し出す。差し出された文字の書かれた紙に目を白黒させている子どもに笑って言う。
「これがあなたの名前よ」
そう告げると子どもはその紙に書かれた文字の意味を理解して目を輝かせる。
「さあ、次はあなたの名前を教えて下さいな」
まず今日はあなた達が持っている確かな物。
死ぬまで一緒になる名前がどんな文字で綴られるか学びましょうねと話すと子ども達は本当に分かりやすく目を輝かせた。
両親がいない彼らが持つ唯一の家族からの受け取った共通の持ち物は名前だ。それをまずは学習に組み込む事で文字の読み書きと言うものが面白いと言うことを頭に入れておかねば。
あなたの名前はこう書くのよ。
あなたの名前はこう書いてこう言う意味があるの。
あなたの名前は…あら?私、あなたと同じ名前の主人公の小説を知っているわ。とても勇敢な主人公なの。
子ども達の名前に一つ一つ答えていくとそこから興味が溢れていく。その言葉の意味や何と言う文字で自分達を表すのか、どんな本なのか。
「ねえ?名前一つでもとても面白いでしょう?これから文字を知れば更にその面白いが広がるわ。本を読めるようになればあなた達の世界が広がる。そして文字を覚えてどんどん勉強するのは…自分を守る事も出来るわ」
それに子ども達は首を傾げる。
「知識を付けるというのはそう言う事よ。文字を読む、文字を書く、そこから更に自分の知識を広げていくのは世の中の仕組みが分かる事。何も知らないままでいると悪い人に甘い言葉で利用されるかもしれない。そうならないために知識をつけて正しいものと悪いことをよーく理解して自分を守るのよ。そして自分だけではなく周りもね」
少し難しい話をしてしまっただろうか。
頷きながら話を聞く子どもとぽかんと口を開いている子どももいる。まあ全員が初めから理解出来るとは思っていない。
「さて…難しいお話はここまで!今日は自分の名前を見ないで書けるようになるまで出来るかしら?」
出来た子には大きな丸をあげましょうと、そうして初めて知った自分の名前の綴りを子ども達は一生懸命書いた。
そのいじらしさについ皆の頭を撫でてしまうと照れながら名前を書き方を覚えてようとしていた。
「それではまたお願いいたします」
「はい、また次のお勉強までお元気で…シスター・リーズ」
「んじゃ帰りましょう」
屋敷から離れた場所にある孤児院を去るために馬車に乗り込むと孤児院の窓から子ども達が手を振っていた。見えるかどうか分からないがそれに振り返しておくと側近のレオさんが話しかける。
「随分教え方が上手いんですね」
「屋敷で皆さんにも教えていたので」
「それでも…」
「昔、」
「昔?」
「妹に教えていたのです」
「……ミディア王太子妃」
「今はそうですね」
「仲は良かったんです?」
「私はそう思っていたわ」
「今は」
「……」
そこからは黙って馬車の外を眺めていた。
あまり触れられなくないのかと察したレオさんもそれ以上聞かずに私に合わせて静かにしてくれていた。
仲は良かった、そう思っていたわ。
今はただただ同じ顔を持つあれの顔を後悔で歪ませてやりたいわ。
本当によろしかったんですか?
何を今さら。
だって…ロザリア様が不憫じゃありませんか…ずっと王太子妃として努力されてそれなのに…。
いつ目が覚めるか分かったものじゃないでしょう?あんな状態の人間を王太子妃の座に置くのはリアム王太子の方があまりに可哀想。
分かってます。分かってますけど…お城に王太子と過ごしていた際に使用人の私にも明るく声をかけて下さり労いの言葉をかけてくれたのが忘れられないのです…。
王と王妃様も新たな王太子妃を立てるのに賛成なのよ。私達使用人が何を言っても仕方ないでしょう。
学校を卒業し王太子妃としての学びのために私が来たのはかつての王太子妃、ロザリア様も学ばれたと言う王宮の離れだ。
何人もいる使用人に家庭教師、国際情勢を学ぶためにあちらこちらの国から様々な教師が呼ばれて朝から晩まで王太子妃としての事を学ぶ日々だ。
(うんざり)
ロザリアはよくもまあこんな窮屈な日々を学校に通いながら同時進行していたわね。
今まで勉強と言ったら学校の勉強はローザに押し付けてそれなりの成績を保っていた。後は家庭教師にせいぜい社交界で踊るダンスや音楽を学ぶぐらいだった。それを今は自分の力で勉強して国際情勢とか訳が分からない。
リアムは言っていた。王太子妃となれば豪華な王宮での暮らしを保証する。君は隣で笑っていてくれればいいと言っていたのに。
その王太子様は王宮で政治に関わるために何やら忙しくしているようで、私の事を放って置いている。
(はー、つまらない)
「王太子妃様?次は礼節の…」
王太子妃教育の眼鏡が言う。
「ごめんなさい…私、少し疲れてしまって」
それに目を伏せて項垂れて拒否の姿勢を見せると眼鏡は一瞬怯むが。
「王太子妃様。いけません。先程もそう言って休まれたでしょう?」
「ですけど私、家からも離されてお父様とお母様にも会えていない…夜も、眠れなくて…」
「ですが…本来なら幼少期から行う王太子妃の教育をミディア様は今から始めるのです。これぐらいのペースで進めないと戴冠式には」
「分かってます!分かってますけど…私、まだ心の整理がついてないのです!大好きなお姉様が罪を犯した事もまだ…」
顔を覆って泣いて見せると眼鏡は小さくため息を吐いて「それでは休憩しましょう」と言って部屋から出ていく。
「……」
扉が閉まり足音が遠退くを聞いて私は立ち上がり窓を叩く。
「エリオット」
「…ん?どうした?」
王太子妃護衛のエリオットを呼ぶ。
彼とはロザリアの護衛にいた頃から知っている。固い性格の王太子と違って気軽に話せる彼は私と気が合い、私の頼みも快く聞いてくれる。
「私の教育係の眼鏡の女性」
「マーガレット夫人か?」
「ええ…私、一生懸命王太子妃教育を受けているけど…慣れない事ばかりで辛いの…それを分かってくれなくて…」
「そうか…ミディアも頑張っているのにひどいな」
「いいえ…私がちゃんと出来ないのも悪いわ」
「大丈夫だよ。王太子に伝えて教育係を変えてもらおう。また王太子妃護衛の俺なら直接伝えられるしな」
王太子妃についての火急の用件ですと言えば大体通してくれるとエリオットは笑う。それとついでに私よりもロザリアが良かったと噂をする使用人二人をどこかに飛ばして欲しいとねだると勿論だと笑ってくれるエリオットに王太子妃として相応しい物を身に付けなればと言って購入させた宝石を渡しておく。
「お願いね?」
「勿論」
どこに飛ばしてやろう。
あぁそうだ。いや、飛ばすよりはもっといい方法がある。
「…ねえ使用人の二人は僻地に飛ばすよりも重大な事をさせてやりましょう?」
「どんな?」
私の優しさを見せるために辺境に飛ばしたけど、あのお姉様が変に私を恨んでおかしな事を企まないようにあの使用人にお姉様を消すようにお願いしよう。
「お姉様はきっと、私が王太子妃になった事を恨んでいるわ…いつ僻地からここへ私を追って来るか分からない」
「辺境にいて監視されてる女がそんな事するか?」
「元王太子妃を殺そうとする人だった…信じられないけど確かにした事よ?そんな行動力がある人なら…もしかして」
でも、私のたった一人のお姉様がまた罪を重ねるのは見たくない。だから私は心を鬼にしてお姉様を恨み憎しみから解放するために命を奪うのを認めるわ。
当然それは秘密裏に行うのよ?私の命令でお姉様の命を奪いましたなんて言ったらあなた達を処刑台に送って差し上げるわ。
私よりも王太子妃に相応しいのはロザリアなんた言った使用人二人が青ざめて聞いている。それもそうか、呼び出されて特別なお仕事をお願いすると言ったと思ったら「私のお姉様を殺して頂戴」なんて言われたら。
「む、りです」
「出来ません」
使用人が震えながらそう話す。
「無理、出来ないなんて聞いてないのよ。やるのよ」
「お前達の代わりは補充出来るし長い休暇を与えられたと伝えておくから」
「こうしてる間にも私を恨むお姉様が私をどうしてやろうかと計画を立てているかも…二度も王太子妃を殺そうとしたら間違いなく処刑台よ…私はお姉様のそんな姿を見たくない」
だからこれは私からの情けよ。これ以上罪を重ねる前にいなくなりなさいよローゼ。
「本当に嫌なら止める?あなたのお母様の病気の治療代も払えなくなるわね?あなたは弟さんのために働いているのに断ったら姉弟共に路頭に迷うかしら?」
そう言うと使用人達が家族を人質に取られている事に気付き目を見開く。そして、歯軋りをして制服のスカートの裾を握りしめながら振り絞るように言う。
「どう、すればよろしいですか?」
「……馬車を用意するから辺境まで行ってね」
それじゃあ私のために頑張ってね。下々の人達。




