第六章
新しい使用人を雇うらしいと言う話を聞いたのは私が孤児院での先生をやる事になってから一月程経った頃だった。私の分の仕事は他の使用人が補ってくれたと思うが、無理はさせないようにとハリソン辺境伯が新しく雇う事を考えていた時にここの屋敷で働きたいと言う者が二名名乗り出たと。
「どんな方なのですか?」
辺境伯がお仕事をされている部屋を掃除しながら私は尋ねる。
「伯爵家で働いていたらしいがこちらにいる祖父母の生活を助けるために辞めてここを紹介されたらしい」
「祖父母のご様子を?」
「幼い頃にとてもお世話になったから今度は自分の番だと」
「とても立派じゃないですか」
辺境伯と仕事をしながら世間話を出来るようになっていた。私は穏やかな笑みを浮かべて真面目に掃除をしながら花瓶の花を変える。
「お二人来られるんですよね?お二人共似たような理由で?」
「元々同じ屋敷で働いていたらしく親友同士らしい、新たな地で自分の能力を高めたいと」
「仲良しなのですね」
「まあそうかもな…」
「何か気になる事でも?」
「いや」
それより孤児院ではどうだと話を逸らされる。
何て事ありませんよ。堅苦しいお勉強をするよりはまず好奇心を育てるために本の読み聞かせを始めたり出来ない事を決して責めない。出来たらとにかく褒めてあげる。教科書を使わずに目を輝かせるような物語を読み上げて、その続きや感想を書いて貰い想像力を働かせる。
外に出て周りに咲いている草花の名前を文字で綴り覚えて貰う。そうして私は無垢な子ども達の先生として信頼を得ている。ちなみに監視で来るレオさんはすっかり子どもの遊び相手として定着している。
「子どもは未来の種ですよ。皆が綺麗な花を咲かせてくれるように協力するまでです」
孤児院では一番の長のシスター・リーズは私の本質を見抜いているのかいつも意味ありげな微笑みを見せるが私がただただ子どものために立つ姿はきちんと認めているらしい。私だって私が善人だと証明してくれる人間が多く欲しいのであってわざわさ敵を作るような真似は決してしない。
新しい使用人、どんな人間が来るか分からないがまあ初めの内は警戒されるだろう。私も当たり前に警戒するが。
王都にあるお屋敷からやって来た二人の使用人はよろしくお願いいたしますと頭を下げて挨拶をした。
一人はディアナ。
もう一人はルナと言うらしい。
私は彼女達が来る日は孤児院での勉強があったため顔合わせが出来なかったがラーナさん曰く、以前同じ様にお屋敷で働いていたから仕事が分かっていると言う。あまり教える事は無さそうだと。
「そうなんですね。とても助かりますね」
「愛想はあまり無いけどね」
「緊張しているのでしょうね」
「そう?あとそれと…」
あなたの事を聞いてきたわ。
「私の事を?」
「ええ。そうよ」
ここに罪を犯した者がいると噂で聞きまして、それは本当でしょうかと不安げに尋ね来たらしい。
私がここに使用人として来ている事は貴族の間とここにいるお屋敷の方々しか知らない。貴族の屋敷に勤めていたのならご主人様が話していたのを聞いたのだろうか。
「…まあ、怖いでしょうね」
「そんな不安になるほど人じゃないって言っておいたわ」
「そんな…ありがとうございます」
「明日は孤児院に行くの?」
「明日はお勉強無い日です」
「そしたら明日、挨拶に来るわね」
「ええ。分かりました」
さて、どんな方だろう。
「は、初めまして…ディアナです」
「ルナです…」
朝、仕事を始める前に声をかけられて昨日言われた通りに挨拶をして来た新しい使用人。
年齢は私とほぼ変わらない、緊張した様子で私に挨拶をして来た。
「初めまして。ローザと申します」
「は、はい」
「…私の事を知っているでしょう?怖がらせてごめんなさいね」
「い、いいえ」
視線をあちこちにさ迷わせながら彼女達は頭を振る。
「あなた達をどうかしてやろうとか…そんなのは無いから安心して…と言っても信じられないだろうけど私には監視の目があるからどうも出来ないわ」
そう言って私を監視しているハリソン辺境伯を示す。それを見て二人は何とも言えない表情で私と辺境伯を見つめて何も言わずに俯いた。
「緊張してるのね…私はもうお仕事に戻るから何かあれば私以外の使用人に声をかけてね」
私だと緊張するだろうし怖いだろうからと付け足して私は二人に背中を向けて歩き出す。
辺境伯は二人に指示を出して私と並んで歩く私に言った。
「あの二人、伯爵家に勤めていたと」
「ええ。聞きました」
「ダリア伯爵の元に勤めていたと」
「…そうなんですね」
「書状もあるしダリア伯爵は俺は会った事が無いがローザはどうだ?」
「一度だけあります。穏やかな…ご年配の方で」
「今は体調を崩して静養していると聞いたがよく書状を書けたな…」
「代筆されたんじゃないですか?奥様とかが」
「俺もそう聞いたが…そうしたら“はいそうです”と言うんだな」
「……何かあのお二人に疑問が?」
「引っ掛かるだけだ」
「…それならどうして雇い入れたのです?」
「……」
「…辺境伯は、困っている方を見捨てられないんですね」
「だから誰もやりたがらない国境警備をして辺境伯になったんだ」
「…ふふ」
私を受け入れた事。
孤児院への定期的な訪問な寄付。
他の地と比べてここは税金は僅かだが低く設定されている。
仏頂面で怖く見えるが根っこはとても優しいのですねと笑うと辺境伯は照れたように笑った。
「……」
仕事を終えて部屋に戻り思い出す。
ダリア伯爵は確かに会った事がある。私がこうなる前、伯爵のお孫さんの誕生日でパーティーに招かれたのだ。杖をついて座っており「いい加減引退したらいかがかと」と言う言葉を無視していた。
とても優しい方であるがかなり頑固な面があると言っていた。確かにあの年齢まで現役を退かずにいるのはその性格からなのだろう。私はミディアと共に招かれた事へのお礼と挨拶を済ませると伯爵から私にもっとちゃんと食べるようにと言われて皿に盛られた料理を渡されたのを覚えている。
その後あれだけ食べたのだからしばらく食事はいらないなと言われて学校の食堂で何とか生きていた日を送っていた。まあそれはいいのだが…。
気になるのはあの二人が伯爵の屋敷で雇われていたと言うのが本当かどうか。
確かにダリア伯爵はお優しい方で自分の屋敷で仕事をしている使用人のために新しい職場を紹介するのは自然だろう。
(でも、若すぎるのよね。あの二人)
伯爵のお屋敷に行ったのは一度きりだがそれでもそこで忙しかしく働く使用人は私よりも一回り上、それよりもっと上の使用人ばかりだった。そんな中であれだけ若い使用人がいたら目立つし私も覚えているはずだ。
「……確かめてみるかしら」
それに私の事を尋ねて来たのも気になる。
新しい使用人が二人も入って来て仕事が楽になった。ローザが孤児院の先生として抜ける時間を彼女達二人が埋めてくれる事屋敷で働いている私たちは安心していた。
ローザは普通の使用人の何倍も働くのだから私達もそれに甘えてしまう事があった。
「ラーナさん、セラさん」
「あら、ローザ」
「私の仕事終わりましたから手伝いますよ」
「私ももう終わるから…新人をお願い」
「分かりました」
噂をしていたローザが出てきていつものように仕事を早々に終わらせて手伝いを申し出て来た。ここは私とセラで平気だからと新人の元へと向かわせるといつもように微笑んで頭を下げて行く。
「…ラーナさん」
「何?」
「どうしてローザはあんな事をしたんでしょうか」
かつてローザを敵視していたセラがそう呟く。
「王太子妃になりたかったんでしょう?」
「けど、そんな風には見えます?」
「セラには見えない?」
「初めは…話を聞いていたのでどんなに真面目でもきっと演技で…欲深い女と思っていたんですが…」
「今は違うの?」
「だって使用人の制服で喜んで、使用人の食事でも喜んで…」
「しかもね、温かいお湯で体を洗えるのに感動していたの」
「メイド長」
「そんなの言ってたんです?」
話に自然と入ってきたメイド長の証言も加えられてここの屋敷に受け入れられるようになってからローザの犯した罪と言うものが段々と懐疑的になっていた。
王太子妃になるために毒殺までしようとする欲深い女が使用人としての扱いを受け入れ貴族での暮らしをしていれば耐えられないような生活にいちいち喜んでいる姿に皆が首を傾げている。
更に孤児院の先生まで勤めるようになり、お顔に傷がある先生としてすぐに知られたと思ったらその教え方に子ども達は知的好奇心を擽られてどんどん知識を吸収していっているらしい。
「と言うかそもそも」
「どうしました?メイド長」
「確かに証言があって罪を犯したって言われてるけど…彼女はずっと証拠も無いし私はやっていないって否定をしている」
「それが本当ならどうする?」
「誰か別の犯人が…」
そこで頭に浮かぶローザには双子の妹がいると言う事。その妹が新たな王太子妃となった事に嫌な考えが頭に過りこれ以上は恐ろしいとして私達は考えるのを止めた。
監視のレオさんと軽く喋りながら二人の元に歩み寄ると私を見てあからさまに体を強ばらせた。
「ごめんなさい。驚かせて」
「あ、いえ…」
「私の仕事は終わったからあなた達を手伝いに来たのよ」
「あ、ありがとうございます」
「それじゃあ…」
彼女達の担当している場所の掃除を手伝い始めると私にたいして緊張感を持っている彼女達を安心させるためにレオさんに目配せをする。
「大丈夫ですよ。何かおかしな事をすれば俺がローザを取り押さえますから」
「そうよ。だから…怖がらせてる私が言うのも変だけど…安心して」
「見ての通りひょろひょろだし俺が少し力を入れれば折れそうな体をしているしな」
「失礼ね。女性の体にたいして」
「でももっと食った方がいいぞ。本当に」
「…ダリア伯爵にも言われたわ」
そう言って二人を見ると目を瞬かせた後に声を上げた。
「えと…お会いした事が」
「あるわ。一度だけ」
お孫さんのお誕生日で招かれて、まだ小さなお孫さんだったから私の両親は大きなぬいぐるみをプレゼントに選んだのを覚えている。
もうご高齢であったけど伯爵としての立場と責務を持っていてなかなか引退されない事を噂されていたが、私にはとても優しい穏やかな伯爵であったと思い出すように告げる。
「お孫さんはお元気?」
「…はい。とても」
「いくつになられたかしら」
「十歳になりました」
「お二人は…お孫さん付きの使用人?それとも」
「孫のルチア様です」
「とてもかわいい方の側にいたのですね。ブロンドの髪をお誕生日の時に二つ結びにされて…」
「はい。覚えています」
ルナが真っ直ぐこちらを見て答えてくれる。私はそれに嬉しそうに言葉を返す。
「ダリア伯爵は息災で?」
「今は体調を崩してまして…」
「まあ…やはり長年無理をされていたのね」
「はい…今はとにかく休まれて欲しいものです」
「そうですね」
あなた達も無理をなさらずにして下さいね。
嘘を吐く時は相手に嘘を吐いていますと言う姿を一瞬でも見せてはいけない。
ダリア伯爵のお孫さんのルチア様。確かに彼女は十歳でとてもかわいい方である。私の両親もそれぐらいの年頃ならこれがいいだろうと思って贈ったぬいぐるみを彼女はあまり嬉しくなさそうだった。
確かに彼女は可愛らしい少女の外見をしているが、中身はお転婆で男の子が好むような遊びばかりをしていると、ため息混じりに私の両親と話すダリア伯爵の息子夫婦、ルチア様のご両親が話しているのを華やかなパーティーがあまりにも暇で聞き耳を立てていた私は知っていた。
だから、髪も外で遊ぶのに邪魔だと言って自分で切ってしまい何とか整えたが二つに結える程の長さをお誕生日の時は持っていなかった。
時が経った今なら二つに結える程に伸びたかもしれないが…私が話していたのは誕生日パーティーの時の事だ。
やっぱりダリア伯爵の使用人ではないな。
(となると…考えられるのは)
私の事を尋ねた辺りからそうかと思ったが、まさか特別な訓練をしてもいないただの使用人をここに送り込むとは。
辺境の地に送ったけれどもやっぱり後々厄介な事になる前に消しておこうとでも考えたミディアの差し金か。
(それなら受けて立とうかしら?)
わざと真っ正面から受けて私の慈愛を見せてあげよう。あなた達二人を恐怖から解放してあげるわ。




