第四章
上手くいったと思っても痛いものは痛いので背中に刺さったガラスの破片に頭に当たった重めの花瓶。二つの痛みに気を失う事で一時的に痛みから逃げて再び目を覚ました時には体に巻かれた包帯と柔らかなベッド。近くで私の治療をしてくれたのだろうか、年配のお医者様が見える。目を覚ました私の視線に気付いたお医者様は柔らかく笑い私の元へ近寄る。
「目が覚めましたか。まだ傷は塞がっていないので動かないで下さいね」
「…はい」
「ハリソン様を呼んで参りますのでお待ちを」
「…はい、ありがとうございます」
大きなベッドは与えられた部屋の冗談抜きで与えられた部屋よりも何倍も大きいだろう。天蓋付きのベッドなどミディアには当たり前に与えられていたが私にはそんなものは無かった。かわいい天蓋付きのベッドに眠る、そんな夢がまさかこんな形で叶うとは思ってもいなかった。
そんな人生初の天蓋付きベッドに感動していると重い足音が聞こえて扉が開くと中にハリソン辺境伯がいらっしゃった。体を起こして挨拶をしようとするが痛みに顔を歪めて見せると辺境伯はすぐにそのままでいるように伝えて側に椅子を引いて座る。
「気分はどうだ」
「天蓋付きのベッドに寝れて嬉しい気分です」
「…いや、体の調子を聞いたのだが」
「あ、失礼しました…動くと痛みはありますが…大丈夫です」
「ガラスは刺さっていたがそう深くはない。跡は少し残るかもしれないが…」
「構いませんよ。それぐらい」
「……」
「…ハリソン辺境伯?」
「すまなかった」
「え?どうされたのですか?」
「…まさか家の使用人があんな事をするとは…レオもそうだ。もっときちんと見ておくべきだった」
「…そんな」
自身の側近が目を離した事からこんな事になってしまい後悔している様子が見える。私はその姿に驚いた姿を見せるとすぐに首を振り辺境伯の責任など一つも無いと言って見せる。
「しかし、」
「セラさんの言い分も分かります。私のような罪人が自分達と同じ場所で働くなど不安で仕方ないでしょう」
「しかし、あれはやりすぎだ」
「セラさんはセラさんなりにこの屋敷の平穏を守るために行動されたのです…得体の知れない存在に警戒するのは当たり前ですから」
これは私は本心を言っている。今まで屋敷で問題を起こしていないのなら今回の件は本当にこの屋敷の平和な環境を守るために行動した結果だろう。
まあその内容は何ともお粗末だが。
どうせ監視の元にいる人間がいなくなったらすぐに探されるし自分の行動が誰かに見られる可能性は高いのだから。
私ならそんな急いて追い出そうとしなくても信頼を得て監視の目が消えた後に冤罪を着せて「やっぱり猫を被っていたのかと」とでも言うのに。更に信憑性を上げるために自分の身を傷つけて暴力を奮われたとでも言っておこう。信頼を築き上げるのは簡単だが崩すのは容易いのだから。
「…その、セラさんは」
「謹慎処分にしている」
「私、私は平気ですのでどうかセラさんの事を…レオさんの事も許して上げてください」
「とは言え…私の母の花瓶を利用したことはな」
「そうだ…花瓶、花瓶を守れず…」
「いい、いいんだローザ」
ここで思い出しように割れた花瓶を思い涙を流す。守れずに申し訳ございませんと泣いてみせると辺境伯は私を慰めるように肩を叩き「気にしていない」と告げる。
「こんな私をお引き取り下さり面倒を見て貰っているのに…」
「花瓶なんてまた買えばいい。今は何も心配せずに体を治しなさい」
「はい…」
わざわざ私の流した涙を拭ってくれてハリソン辺境伯は部屋を出る。
それを確認して長く息を吐いて私は目を閉じる。
さて、そうしたら復帰をした後だな。
私を見る周囲の目も変わっているだろう。そこを逃さずに利用しなければ。
「長らくお休みをいただいて申し訳ございません。本日より業務を復帰させていただきます」
背中の傷は確かに残ったが、それでも顔の傷の比べればそんなの見えないし大した事ではない。お医者様から無理はしないように忠告をされたが私は平気な顔をしてまずは休んでいた事への挨拶。頭を下げてまた今日から頑張りますと告げると二つの足音が私に近付く。
「ローザ」
「ラーナさん」
「ローザ…無理をしてはいけないよ?」
「メイド長…ありがとうございます」
でも本当に大丈夫ですのでと二人を心配させないように笑って見せるとまだ不安なのか納得のしていない表情でいる。
「私は本当に平気です……あとそれと…」
他の使用人にも向き合い声を上げる。
「皆さん、知っての通り…私は罪を犯した罰として顔を傷を残され地井を剥奪されてこの屋敷へと参りました」
ここに来てからずっと、警戒されて必要最低限の人物としか接触をしていなかったが、今私の復帰を告げるために使用人ほぼ全てが集まっている。
「警戒するのは当たり前です。もしかすると自分達に危害を加えられるのではと思うのも当たり前です。正しい判断です」
だから今ここで私は声を上げる。
「ですので私はセラさんは正しい事をしたと思っております。ハリソン辺境伯のお母様の大事な花瓶を割ってしまったのはセラさんのお屋敷を思う気持ちが強く、私が受け止められなかった故の事故…いいえ、私の責任です」
「ローザ、あなたの責任ではないと」
私の肩に触れて首を振るラーナさんに私はいいえと首を振り返す。
「どうかセラさんには今までの通り温かく迎え入れて下さい。混乱を巻き起こしたのは私の責任です。そして…私自身もこれから一層皆様に信用…していただけるかは難しいと思いますが…一層励んで参ります…どうか、これからもよろしくお願いいたします」
深く、深く頭を下げてお願いをする。
私の姿に聞いていた使用人達は静まり返っていたが段々と空気が変わっていくのを感じた。
「ローザ」
「はい」
メイド長に呼ばれて顔を上げると初めて会った時とは違う穏やかな笑みで私を見つめてくれている。
「勿論よ。これからもよろしくね」
「…ありがとうございます!」
握手を求められて両手でしっかりとメイド長と交わし会うと他の使用人も私に「よろしく」「無理はしないように」「まだ信用した訳じゃないけど」とそれぞれ口にしながら私への距離を縮めてそして私に向ける目線に敵意はほぼ消えていた。
さてここから更に信頼を築き上げてやろう。
依然と変わらず私は他の使用人の仕事を奪う勢いで仕事をした。警戒心が薄れた事で私も周囲に話しかけやすくなり私が知らない仕事を教えてもらい手伝い段々と打ち解けるようになっていた。
毒を盛るかもしれないと、近寄る事すら許されなかった厨房でも皿洗いなどを手伝う事が出来るようになり屋敷のメイドとしての仕事はどんどん吸収して出来るようになったのを感じる。
更に私にしか出来ない事。
私のように学校に通う事が出来なかった使用人もおり、一人の使用人から文字の読み書きを教えて欲しいと言われて喜んで了承した。
他にも文字の読み書きが出来て学校に行っていた者もいるが、私はミディアに教えていた事もあり教えた方が分かりやすいと好評であったのだ。
「違いますよ。私の教え方ではなくて…教わる側の吸収力がすごいんです」
つまり、あなたの力ですよ。
そう褒めて見ると分かりやすく喜んで面白い。思えばミディアには教えても成績が奮わない時は私の教え方が悪いと叱咤されたものだ。
あの子が馬鹿なだけだな。
そうして屋敷の者達との信頼を得ていると、セラさんが謹慎から復帰をした。周囲の見る目は変わっており相変わらず私を睨んでいたが私は真っ直ぐ彼女を見つめていた。そして私のセラさんは悪くないと言う言葉を聞いてか他の使用人はぎこちなくだが彼女に「おかえりなさい」と告げて受け入れていた。
まああんな事を起こしたのだからまた以前のように受け入れてくれるのは難しいとは思っていたが、これで信頼を築き上げている私を面白く思わずまた嫌がらせでもされたら困る。
「……そうね」
セラさんにも私を信頼してもらわなければ。
段々と監視の目も緩んできた事だし私の自由に動ける時間は増えた。それに監視の目が届いていない場面で善人として振る舞えばこれこそ真の善人だと思われるだろう。
「…セラさん」
いつも通り仕事をしているセラさんに私は控えめに話しかける。
「……どうしました」
「私、謝りたくて…」
「何を?私に?問題を起こした私に謝るの?」
「いえセラさんは正しいです。元々私が来た事で混乱を招いたのですから」
「それはもう皆から聞いた。許された!でもあたしは納得してないから!」
「それは勿論です…」
「あたしはあんたが本当に本当は何か企んでるって思いはあるから」
一応周囲からも許されて、本人も反省している様子は見せたが私への敵意はまだ完全に消えていない。
そして私はその日からなるべくセラさんの側にいる事にした。勿論本人には鬱陶しがられるし周囲には私がセラさんに近付く事に驚きなにかトラブルを起きるのではないかと思い離そうとするが。
「私、セラさんに信頼されたくて…」
それにこんなにも屋敷を思っている方に感銘を受けているのです。
そんな理由でほぼ使用人全てから信頼を得始めた私は以前と違い周囲から警戒されるようになったセラさんはただただ屋敷を思っている優しい人なのですと伝えるように彼女がここに来るまでの経緯を聞く事が出来た。
セラさんは孤児らしい。
町の孤児院で育ち働ける年齢になった時に孤児院に定期的に訪問していたハリソン辺境伯に使用人として雇われ、初めて自分で稼ぎ自分と同じ様な孤児院育ちの使用人もいる事から孤独から解消されてこの場所は自分の唯一の居場所だと思っているらしい。
私は隣でセラさんが小さく喋る身の上話を黙って聞いてその度に話に大きく共感して頷いた。あんたに何が分かるのかと怒られる事もあったがここで私はセラさんだけに話しますと言って私の話をする。
双子の妹のみを可愛がる両親。
使用人もおらずそれどころか使用人と同じ扱いを受けており、食事もろくに与えられなかった事。
「…え?貴族でしょ?」
「貴族ですけど…私は妹と違う扱いを受けていたので」
「通りでカビパンも平気に受け入れる訳だ」
「むしろここに来て毎食きちんと与えられるのが嬉しいんです」
「家族を恨んでないの…」
「…最優先は妹でしたが…私も何とか育ててもらったので…」
「恨みなさいよ…」
「……」
そうしてこんな事を話したのはセラさんが初めてですと言いながら毎日少しずつ少しずつ彼女との共通、共感出来る箇所を見つけると当初私に敵意を向けていた彼女の棘は取れていき、私へ向ける目は信頼へと変わった。
「…ローザも苦労してきたのね」
「セラさんこそ、私なんかよりよっぽど強い方です」
「親にそんな事されてたあんたより孤児院で平和に暮らしてたあたしのがあんたよりマシよ」
「孤児院の先生は素敵な方です。セラさんを正義感の強い女性に育ててくれました」
「…何言ってんの、問題行動だよ」
「そうしましたら…」
この屋敷に来てから初めて受け取った賃金をセラさんに渡して代わりにはなれないがハリソン辺境伯へと贈る花瓶を買って貰うようにお願いした。
私は外出は許可されていないのでセラさんに頼むと彼女は割れた花瓶と似たような物を仏頂面で買ってきてくれたのだ。
「それを辺境伯へとお渡ししましょう」
「ローザが渡してよ」
「セラさんが渡すべきです」
「でも」
「いいから」
そうセラさんの背中を押して彼女はどんな反応が返ってくるか怯えながらだが辺境伯へと花瓶と贈った。
決してお母様の花瓶の代わりにはなりませんが。
本当に申し訳無い事をしたと思っています。
許される事ではないですが…せめて。
その翌日に花瓶は綺麗な花と共に飾られた。
使用人達がそれを見て新しい花瓶を買ったのかと口にしたのですかさず私が「セラさんが買って来て下さったのです」と話すと丁度仕事の様子を見に来ていた辺境伯もその事を話す。
「…割れた花瓶は戻らないが、セラは十分反省した。これを見れば皆、分かるだろう」
そう言って花瓶を示して見せると周囲は頷きセラさんは再び受け入れられた。
それに胸を撫で下ろしたセラさんは私に視線を向けて照れたように笑った。
これでいいわ。
これでようやくあなたも“善人”の私を信頼したわね。




