第一章
両親の怒りは相当なものだった。とは言え私が未来の王妃に毒を盛るような度胸など無いだろうと言いたかったがそれは堪えて飲み込み私は両親からの怒りを受け止めた。
何て事をしてくれたのか。
この家から犯罪者を出すなんてお前はとんでもないことをしてくれた。
いっそのことあそこで首を跳ねられれば良かったものの、王太子とミディアの慈悲に感謝しなさい。
そもそもミディアだけで良かったのに何でお前みたいなのが生まれて来たのか。
両親の怒りが続いていたがミディアが部屋に飛び込んで来ると両親はすぐにミディアへと関心が移る。
「お父様、お母様…そんなにお姉様を責めないで下さい。お姉様はもう罰を受けたのです」
「あぁミディア…あなたは本当に優しい子ね」
「国母となる身です。お姉様も私が守らなければいけない大事な人…ですがロザリア様の事を忘れた訳ではありません。もしロザリア様が目覚められた時、私はすぐにこの身を引いてロザリア様へお譲りします」
「そんな必要は無いだろう。王太子もお前の慈悲深さを分かっている。ロザリア様が目覚められたとて…自分の席に座っているのがお前なら納得してくれるはずだ」
「ありがとうございますお父様」
私、もう行ってもいいだろう。
召使として奉仕する地へ行くために荷造りをしなくてはいけない。大した荷物の量ではないが早いところここを出て行きたいのだ。
「お姉様」
「…何でしょうか王太子妃」
「まあ、そんな事を言って…ミディアでいいのよ。私の大事なお姉様」
両親と感動の場面を作り上げているミディアはわざとらしく私を気にかける。
「お姉様。もう明日には行かれるのでしょう?道中お気をつけて…大事なローザお姉様」
「ありがとうございます。そちらもどうか体に気をつけて下さいね」
前は天使の微笑みに見えたミディアのそれはもう歪んだ悪意の微笑みにしか見えないでいた。
部屋にある僅かな自分の荷物。
着替えと本に刺繍針、ハンカチに…本当に荷物が少ない。自分でも驚く程に私はこんなにも持っていない人間なのかと改めて感じた。
向こうに着いて召使として働くとなると僅かでもいいから賃金を恵んでくれないだろうか。
道中何事も無いように辿り着けばいい。
あの卒業パーティーからはもうひどいものだった。王太子妃毒殺事件の犯人にされて切られた顔は痛みひたすら寝込んでいた。当初は顔を切ってもう何処にも嫁げないようにと言うものと公爵令嬢の地位の剥奪で終わる予定が独房にも入る事になっていたがそこでミディアが更に自分の評価を上げるためにそれを涙ながらに制して私は自室でひたすら傷が塞がるのを待っていた。
そして動けるようになった今日、荷物をまとめて明日には出発。罪人が運ばれる事で私が乗る馬車に何か石でも投げられたらどうしよう言う不安はあるが、それなら歩いてでも辺境の地へ向かってやる。
(辺境の地)
私が召使として向かうそこはかつては王宮兵士として働いており立派な功績を修めたがその戦う姿はまるで人を傷つけるのを楽しんでいるかのような、そんなまるで鬼のような主人がいる屋敷だと言う。
現在は辺境伯として穏やかに過ごしているように見えるが、戦場で戦った快楽が忘れられずにいるためその屋敷に招かれたら命の保証は無い。
(だから、送られるのね)
つまり慈悲深い判断にも見えるが知る人にはこれは死刑のようなものだ。
とは言え相手をきちんと知るまでは勝手に判断するのは止めよう。今はとりあえず馬車が無事に私を運んでくれるのを祈ろう。
「……」
出発の日、馬車は来てくれた。
何とも嫌そうな顔をした御者が乗るように指示して私が乗り込むとさっさと走り出す。窓には私が乗っているのが分からないように目隠しがされて少し進んだ後に御者は「お前みたいな罪人運ぶのバレたら何をされるか分からない」として窓の目隠しは決して開けないようにときつく言われる。そのため薄暗い馬車の中を来る日も何時間もかけて進み本を読もうにも暗くて文字が読めないため諦めていると馬車が停まる。
「…?」
「おい。降りろ」
「もう着いたのですか?」
「いいか。よく聞け」
「はい?」
荷物を持って降りると周囲には何も無い。目的地の屋敷はどこだろうと思っていると御者から信じられない事を言われる。
「こっから歩いて行ってくれ」
「…は?」
「これが地図。今はここだから」
「お待ちください!辺境の地まで送ってもらうはずですよね!」
「もうここからなら歩けば今日中には着くだろう」
「夜になるでしょう!?」
「もうここまで運んだんだぞ?十分だろう」
御者はそう言うとさっさと馬に乗り去ろうとした。私は慌てて追いかけようとしたが馬に追い付けるはずもなく荷物を持って立ちすくしてしまった。
「……えっと」
切り替えよう。渡された地図を持って今いる場所を確認。
人の気配が無い今いる場所から私が目指す辺境伯の屋敷までとにかく歩かなければ。
「今日着く予定ではあるから…遅れたらどうなるのかしら」
今思えばあの御者、私を運ぶために結構なお金を貰っていたのだろう。何日もかけて進むため宿に泊まる必要があったが私は泊まらせてもらえず馬車の中で過ごして御者は宿に泊まっていた。私の宿分も自分の物にしていたんだろう。顔は覚えたぞ。
荷物を持ち歩く。
天気が良く風も気持ちいい。思えば外に出ることをあまり好まなかったため私はこんな風に空を見て風を感じて歩くなどなどした事が無かった。罪人とされた日からはまったくと言っていいほどに外に出る事は無かったし。
「…空、空か…空にも目があれば私の身の潔白を証明出来るのだけど」
自分の無罪を証明したい。
しかしミディアによって私は罪人に仕立て上げられており、味方が今はいない状態だ。ここからどうするか、とにかく大人しく従い自分は毒殺など出来るような人間ではないと証明する必要がある。
信頼を得る必要がある。
私の私と言う人間がどういう人間かを他の人間に証明してもらうのだ。
そしてロザリア様をこんな目に合わせたのは私ではなくミディアだと言う確固たる証拠を見つける必要がある。
ロザリア様は今はご自宅のお屋敷で守られている。娘がこうなってしまいロザリア様のご両親は家族以外ロザリア様に近づくのを禁止している。
それは有難い事でもある。そうすればミディアが万が一ロザリア様に本当に亡き者にしようと近づく心配は無いのだから。
「…あら?」
今後の事を考えながらひたすら歩いていると民家が見えた。そのお庭で子ども達が笑いながら遊んでおり微笑ましい気持ちになる。
つい視線を送っているとそれに気づいた子ども達が振り返り視線が合う。そこで自分の顔の傷を思い出し怖がらせてしまうだろうかと顔を隠そうとしたが驚く事に子ども達は怖がらずに私に駆け寄って来る。
「お姉ちゃんハリソン兄ちゃんの知り合い?」
「え?」
「本当だ!兄ちゃんみたいにお顔に傷がある!」
「ハリソン…」
私を怖がらずに話してくれる子ども達から聞いた名前は私が召使として向かう辺境伯の名前だ。この子達は辺境伯を知っているのか。
「知り合い…ではないけど私はそのハリソン様のお屋敷で働く予定なのよ」
「そうなの?」
「おっきな傷!女の人も戦うんだ!」
「んー…何て説明しようかしら」
「何してるの?」
子ども達の声に民家からお母様らしき方が出てくる。子ども達と違い私の事を見て驚いている。
「えっと…どちら様?」
「お母さん!この人ハリソン様のところに行くんだって!」
「え?」
「えと…ハリソン辺境伯のお屋敷に召使として参りまして」
怪しい者ではないと証拠としてハリソン辺境伯へ召使に行く旨を記した書状を見せるとお母様は首を傾げた。
「え?ここから歩きで?」
「馬車で行く予定が…下ろされまして…」
「なんだそれ!とんだ御者だね!」
それならあたしの知り合いに馬車ではないけど運んでくれそうな人がいるから頼んでみるかいと提案される。とても嬉しい申し出だが今日初めて会ったばかりの人にそんなに世話になるわけにはいかないと思い断ろうとしたが「遠慮しないで!」と半ば強引にこのお母様の知り合いだと言うお家まで歩く事になった。
「ほら、お姉さんの荷物持って上げな」
「はーい」
「何入ってるの?」
お母様に着いてきているかわいい子ども達は私の事を助けてくれようと荷物をわざわざ持ってくれる。
「どこから来たの?」
「王都です」
「そんな遠い所から!わざわざ!」
「はい、事情がありまして…」
「それはその顔の傷と関係あるの?」
「…はい」
「それは…いや初対面のあたしにそんな事聞く権利は無いね…苦労したんだね。若いのに…いくつ?」
「十八です」
「若いね!」
周りにはいなかった。大きな口で気持ち良く笑う人だ。
こんな風に人と会話するのはいつぶりだろう。そもそも私が会話出来なかったのはいつもミディアが割り込んで来たからだ。いつからあの計画を立ててか分からないが…私の評価を上げるような人間を作らないように徹底的に排除していたんだと今は思う。
「あ、ここ、ここ」
「ここですか?」
お母様の家からそれなり離れた場所にある大きな牧場のあるお家。動物の声が間近に響いて匂いも独特で驚いた。
「おーい!お母さんいる?」
ノックする事なく中へと入り家にいるその知り合いなのか、人を呼ぶと彼女と同年代ぐらいの女性が顔を出して来た。
「どうしたの?」
「いや、このお嬢さんがね」
「は、初めましてローザと申します」
「うわ!すごい傷だね!」
「ですよね」
「そう言うの言わないの、いやこの子がハリソン様の家の新しい召使だって言うんだけど…歩きでお屋敷に行こうとしてて」
「歩きで!?夜になるよ!」
「何でも御者に下ろされたとか!」
「とんでない御者だね!待ってな!」
自分の事を話しているがまるで置いていかれるように話が進み女性が誰かを呼んで来ると彼女の夫であるらしい男性がやって来る。
「あぁどうも」
「は、初めまして」
「事情は聞いたよ。大変だね」
「ローザちゃんだっけ?大丈夫だよ!旦那が乗せてくれるから!」
荷馬車だけどね!
「え?よろしいんですか!」
「馬車みたいな立派な物じゃなくて申し訳無いけどね」
「いえ、そんな…こんなご親切に」
私は言葉を詰まらせて涙を流した。
その姿に驚いたお母様達や旦那様は慌てたが私は涙を抑えて話す。
「す…すみません…私、私こんな風に優しくされた事が無くて…」
私の言葉に案内してくれたお母様は胸を抑えながら私の涙を見て抱き締めてくれた。それに続くように子ども達も私を抱き締めてくれる。
「…辛い事があったんだね」
「そんな…私なんか大した事情ではないのです…でもこんな風に、ご親切にして下さるのが…嬉しくて…」
「泣かないでかわいい顔が台無しよ」
「こんな傷のある顔なんて…」
「傷があってもこんなにかわいい!ローザ…あなたはかわいい子よ」
「ありがとう、ございます...」
子どものように泣いて慰められながら私は荷馬車に乗り込み手を振った。見えなくなるまで手を振り最後にまた涙を流す。
「大丈夫大丈夫。ハリソン辺境伯はおっかない見た目をしてるがきっと良くしてくれるよ」
「…おじさまがそう仰るなら信用出来ますね」
「こんな何も無い地に来て俺もおっかないのが来たと覚悟したけど優しい人だと聞いてるよ」
国境に位置するこの地は厳しい環境から作物が上手く育たない事が多く、ハリソン辺境伯の前にいた辺境伯としていた方はそんな不毛な地にいる事への不満や国境の防衛などから王宮兵士として活躍していたハリソン様を呼び出して辺境伯の地位を譲ったと。
その後は国境の防衛に努めて今は安寧。作物が育つように肥料や環境を良くするために働き信頼を得ているらしい。
「…素晴らしい方です」
「そうだろう?あ、ほら見えてきた」
「あちらがハリソン辺境伯の」
「そう。お屋敷だ」
歴史を感じさせるそのお屋敷は辺境伯が住まれるには十分な大きさだった。よく手入れされた庭には花が咲いている。荷馬車から降りておじさまに深く頭を下げると「何かあったら頼れ」と力強く言われて目を潤ませる。
「ありがとうございます」
「大した事じゃないよ。頑張れよ」
荷馬車が見えなくなるまで見送り見えなくなるとすっかり乾いている涙。
(ミディアも泣きたい時に泣いてたわね)
どうやら私にも彼女と同じ様な役者の才能があったのか、あの時私は優しくされた事で感動の涙を流した方が良いと感じ流してみるとこんなにも上手く私に同情してくれた。
刻みつけておかなければ、ローザ・ミランジェは犯罪など犯さない、犯せるはずがないと。私に被せられた罪が広まったとしても彼らは今日の私を思い出して本当にそんな事が出来るのかと疑問に思うだろう。
まずは私がそんな芝居が出来る事を証明できた。
さて次はお優しいと噂のハリソン辺境伯。
あなたは私をどんな目でみてくれるかしら?




