序章
私には生まれた時から天使が側にいてくれている。
同じ両親の元に生まれて同じ日に生まれて同じ顔をしている私の双子の妹だ。
彼女は私に唯一優しく微笑み掛けてくれる存在できっと私は彼女の存在が無ければとっくの昔に死んでいただろう。
私はいつも彼女に救われる。
私は彼女に何か返せるだろうか。
いつか必ず何かお礼をしなければと思っていた日が訪れたと思った冷たい雨が降る日。
私は彼女の身代わりに鋭い刃で顔を切られて流れる血と涙を流しながら彼女は天使などではないとようやく分かった。
ミディアはかわいいわね。
本当にミディアは愛らしい。
お嬢様の周りはいつも明るい笑顔で包まれまれますね。
ローザは本当に愛想がない。
本当にミディアと双子なのか?
ローザの周りはいつもじめじめしていてカビが生えそう。
本当にその通りだと思う。
公爵家に生まれた私、ローザ・ミランンジェとミディア・ミランンジェは双子の姉妹だ。
容姿こそは鏡を映したようにそっくりであるが、姉の私は人前に出るのが苦手で上手く会話が出来ない。社交界に出るよりも部屋にこもり本を読んで刺繍をしてたまに人がいない時を見計らい庭に出て散歩をする。
反対に妹のミディアはとても明るく活発だ。
彼女の周りはいつでも花が咲き誇るように明るくなりミディアが社交界に来ていると聞けばいつも彼女に近づこうと殿方全てが殺気立つのだ。
私はそんな誰からも人気の妹がいると言う事が誇らしい。
そして彼女はこんな暗く誰からも相手にされない私にもとても優しいのだ。
あれは六歳の冬。ミディアが熱を出して寝込んでいると聞いて私は彼女のために庭で花を摘んで彼女の元に届けた。
その時の両親の顔と言ったら、私を見るなりにまるで地獄の悪魔のように歪んで怒りに震えて私に平手打ちをしたのだ。摘んだ花が床へと散らばり慌てて拾おうと手を伸ばしたがその手を踏まれて私は泣き叫んだが両親は叫んだ。
「ミディアが大変な時に何を呑気に遊んでいるのか!」
「お前は妹を思いやる心は無いのか!悪魔か!」
「どうしてお前が健康でミディアがこんなにも苦しそうにしているのか!」
そうだ。一昨日お前はミディアを連れて庭に出ていたな。お前が冷たい外に連れ出さなければミディアはこんなにも苦しむ事は無かった。
両親がミディアを可愛がっているのは幼い私にも分かっていたが、この出来事が決定打となり私は家族から冷遇された。
ミディアのために摘んだ花が捨てられて叩かれて熱を持つ頬に踏まれた手が痛んで止まらない涙を袖を拭いながら私は謝りながら部屋の外に出た。
一昨日外に出たのはミディアから誘われたからだと言っていればミディアのせいにするのかと更に叩かれただろう。
その日から私は屋敷の角にある物置と化した部屋が私の部屋になり、埃やカビ臭さが充満し両親にこんな部屋は嫌だと訴えたがあなたみたいな悪い子にはこの部屋が充分だと言われて聞いてもらえる事は無かった。部屋にあった箒で使用人がするように自分の唯一の居場所を掃除して小さな窓から外を眺めていた。哀れに思った使用人が掃除をしてくれたり必要な物を用意してくれる事もあったがその使用人はいつの間にかいなくなってしまった。
恐らく両親が解雇してしまったのだろう。
それならもう使用人達がそうならないように何か欲しいものを尋ねられても首を振り話さないようにして、家族の集まりでたまに綺麗なドレスを着て出掛けても誰とも話さないようにミディアの愛らしさが引き立つようにするように言われていつの間にか人と話す事を恐れるようになった。
そんな私でも何も恐れること無く話せるのはミディアだけだった。
「お姉様。これを食べて」
食事は必要最低限与えられていたがたまに忘れられる事があった。そんな時にミディアが微笑みながら私の部屋を尋ねて皿に乗せられた野菜や僅かなパンを運んでくれる事があった。
「ありがとう、ミディア」
「いいのよお姉様。私達たった二人の姉妹じゃない」
その言葉が嬉しかった。
両親はもう私を見てくれない。なのにミディアだけが私を唯一見てくれる。
「お姉様。このドレスあげるわ」
「いいの?本当にいいの?」
「いいのよお姉様。ここにね…シミがあって」
何回も着てないであろうドレスを私にくれる。シミがあっても刺繍で上手く隠せば着れるのだ。二、三着しか無いドレスはもう擦りきれていたので本当にありがたかった。
「お姉様。この本あげるわ」
「え?これ…私が欲しかった本だわ」
「そうでしょう?読んだら感想を聞かせてちょうだい?」
「勿論よ!」
物置にあった本はほぼ読み尽くしてしまったので新しい本が手に入るのはありがたい。ミディアは何て優しいのだろう。
読み終えてすぐにミディアに本の感想を聞かせると彼女には退屈な本だったのか欠伸をしていた。
「お姉様…私、このハンカチに刺繍を入れたいの」
「どんな刺繍を入れたいの?」
「真っ赤な花を入れて欲しいわ」
「分かったわ任せて」
妹に頼られるのは何て誇らしいのだろう。彼女の希望通りに真っ赤な花をハンカチに刺繍し終えると跳び跳ねて喜んでいた。
「学校の宿題が分からないの」
「まあ…私が教えてあげるわ」
「答えだけ教えてほしいわ。お姉様」
「まあ、ミディアったら」
ずるをしてはいけないわと笑いながら教えようとしたがミディアは結局私の答えをそのまま写してしまい呆れてまた笑ってしまった。
家でもミディアが心の支えで学校に行っていた頃も私にはミディアが支えなのだ。
私と双子だと言う事に信じられないと笑う同級生達に彼女はすぐに私をかばい立てる。その度に私は何て素晴らしい妹なのだと嬉しく思っていた。そんな妹だから学校でも友達はたくさんおり、更に在学中に妹には結婚の申し込みが数え切れない程にあった。
王太子との結婚も囁かれ、私もミディアならば王太子妃が相応しいと思っていた。
(でも、もう既に婚約者がいらっしゃったわね)
王太子には幼い頃に婚約されたお相手がいる。
部屋に閉じ籠っている私でも学校に通う前から知っており同じ学校に通うようになってから遠目ではあるがお見かけした事がある。
(とても、綺麗な方だった)
遠目からでも分かる。伸びた背筋に長い黒髪、意思の強そうな赤い目を持つ輝かんばかりの美貌の持ち主であった。思わず見惚れると視線に彼女は気付き私を見て首を傾げた後に微笑んだ。それに驚き慌てて隠れる。
(名前はロザリア様だったわね)
彼女を見かけて私は自分の姿を鏡で見た。ミディアと同じ、灰色の髪に青い目。ミディアと顔の造りは同じなのに鏡で見ると私の方は太陽を隠す雲のように暗い色をしている。ミディアも灰色だが隙間から光が差し込むように明るく見えるのだ。
一昨日ミディアとお揃いの髪型にしたばかりの私はミディアの真似をして笑ったがどこからどう見ても暗くみすぼらしい私の姿でしかなかった。
ロザリア様が倒れたそうだ。
国を揺るがすような事件が起きた。
私も流石に驚く。王太子の婚約者が倒れたと聞いて更に詳しい内容を知るべく聞き耳を立てると何でも学校からお帰りなられた時に体調不良を訴えたと思うとその場に倒れてしまったらしい。
とんでもない事になってしまった。
国中の医者が集まり未来の王妃のために懸命に処置を施しているが一向に目を覚まさない。何日もその状態が続きこのまま一生昏睡状態なのではと言う雰囲気になってしまう。
そうすると、そうなると。
王太子はどうするのだろう。新たな婚約者を見つけるのだろうか。
(いや…でもロザリア様が一生そうと限らないし…でもいつ目を覚まされるのかも分からないわ)
卒業後に予定されていた王太子とロザリア様のご結婚。そしていずれ王となりロザリア様はお世継ぎを生む予定が一気に崩れてしまう。
どんな答えを出すのだろうか。
「お姉様。卒業パーティーには参加されるのよね?」
「いいえ…行けないわ。だって私にはドレスが」
「そう言うと思って…用意してあるの!」
「え?嘘?」
「本当よ。見て頂戴!」
ミディアが満面の笑みで見せてくれたのは私には少々派手な真っ赤なドレスだった。今まで着たことの無いそのドレスに驚き口を開けているとミディアはそのドレスを私に合わせてきて言う。
「素敵よお姉様」
「で、でも私には似合わないわ」
「私が選んだのよ!似合うに決まっているわ!」
だからこれを着てパーティーに出て頂戴?とミディアに頼まれては断る事が出来ない。
私はやはり自分にはどうも似合わない真っ赤なドレスを着て卒業パーティーに出席した。
(あぁ…やっぱり似合わないのね)
妹の頼みだ。最後まで頑張って出席しようと真っ赤なドレスを着て望んだ卒業パーティー。
普段はこう言った華やかな場には顔を出さないため私がいると言う事事態が珍しいらしく周囲は私を見ては扇子で口許を隠して囁いていた。
せめてミディアが着てくれれば少しは心が落ち着くのだがと思っていると場の空気が一瞬にして変わり皆が同じ方向に視線を向けるので私もそれに習うと王太子がお見えになられた。
「……?」
リアム王太子、とその隣にいるのは。
「…ミディア…?」
双子の妹がいる。
周囲もその二人が並んで登場した事で驚き私に「どういうこと?」と尋ねる者が何人もいたが私も事情がさっぱり分からず驚いた顔で首を傾げるばかりだった。
「皆、騒がせてすまない」
王太子が口を開く。
「知っての通り、我が婚約者であるロザリア・レーゼ・エメラルドが原因不明の昏睡状態にある」
周囲は黙って頷く。結局卒業のこの日を迎えてもロザリア様は目覚める事が無く未だに眠られている。
「本来なら私とロザリアがここに立ち、この国の未来のために共に歩むはずだったが…昏睡状態の彼女はいつ目が覚めるか分からない。この国を未来の王として私はどうするべきかと決断を迫られた」
決断、とは。
「この国のためにはやはり世継ぎが必要だ。そのため私は新たな王太子妃として…ミディア・ミランンジェ公爵令嬢を迎える事になった」
静かに聞いていた周囲がざわめく。ロザリア様はそうするとどうするのか目が覚めるかもしれないのに目が覚めたら彼女は今までの王太子の婚約者であったのにそれが無くなりどうなるのか。
「ロザリアの事も勿論愛していた…しかし、彼女ならどうするか…共に国を背負う身として彼女ならば自分の事を忘れて新たな婚約者と共に国の未来のために生きるようにと言うはずだ!私には分かる!例え目が覚めず言葉を失っても彼女ならばそう言うと私には分かる!どうか皆、新たな王太子妃ミディア・ミランンジェを歓迎してくれ!」
その力強い言葉に周囲が静まり返った後、大きな拍手が聞こえた。私も遅れて拍手をしてミディアが王太子妃になった事を歓迎したが心のどこかでこの事実を知らずに眠るロザリア様が気かがりである。
「…そして…もう一つ」
何かまだあるのかと大きな発表はもう終えたと思うが。
「ロザリアをこのような目にした犯人も分かったのだ」
これまた周囲がざわめく。ざめめき驚き祝福して忙しいなと思いながら王太子の側にいるミディアを見つめて幸せになってくれるだろうかと思っていると王太子が真っ直ぐ私を指差した。
「ローザ・ミランンジェ公爵令嬢。あなただな」
「………え?」
突然の名指しに驚き頭が一気に混乱する。
私が?私がロザリア様を昏睡状態にした犯人だと?
どういう事か訳が分からない。私はそもそもロザリア様と話した事など無いし遠くからお見かけした事があるぐらいだ。
「あの彼女が倒れた日、ロザリアは親しくしている令嬢達からお茶の誘いを受けた」
王太子が静かに話し始める。私は混乱した頭のままに聞く事になった。
「卒業した後はどうするかなど…他愛も無い話をして令嬢からお茶を受け取りそれに口をつけた…その日のロザリアは倒れて今の状態になった」
その令嬢が用意したお茶に毒か何かを仕込んだのだろう。そうして調べていくとロザリアにお茶を飲ませたのは私、ローザと言う事が分かった。
「……!お待ちください!私はロザリア様とお茶をした事などありません!」
「お姉様!」
「ミディア…?」
「お姉様…どうか罪を認めて下さい…」
ミディアが王太子に震える手ですがり付きながら涙を浮かべて言った。認めるも何も私はそんな事をしていないのだ。
「学校のテラスであなたとロザリアが二人でいるのを見ていた者がいる。それにあなたはロザリアが倒れたと聞いた時笑っていたそうだな」
「そんな事実ございません!誤解です!ロザリア様と私は話した事は一度もありません!親しいと言うなら…!」
それは恐らくミディアの方です。
この言葉が口から出る前に目を見開く。
「…ミディア?」
あなた、まさか。
「お姉様…私の大事なたった一人のお姉様…私は幼い頃からお姉様がどんな方でも血を分けた家族として愛しておりました…ですが、今回のこの事件は許容出来ませんでした…!」
ミディアが崩れ落ちて泣き始める。私はその姿を呆然と眺めているといつの間にか私を取り囲んだミディアと親しい令嬢達が私を非難し始めた。
「ローザ様…あなたがミディアに何をしているか私達は知っているのよ?」
「何を、したか?」
「惚けないでちょうだい!あなた、ミディアのドレスを無理やり奪ったのでしょう!」
「そ、そんな事は!」
「少しミディアより勉強が出来るからと彼女を馬鹿にしていたそうね」
「してません!」
「ミディアの食事も奪ってがつがつ食べる卑しい人だと…」
「違います!」
ドレスを奪った事など無い。彼女がもう着ないからと譲り受けただけ。勉強を教えた事はあっても馬鹿にした事なんて一度もない。食事を与えられない事はあっても奪うような事はしなかった。
「お姉様は…」
顔を伏せたままミディアは話す。どうしてこんな事を。
「お姉様は王妃になる事を望んでおりました…私にだけその事を話し…王太子に気に入られるように王太子のお好きな本を読み刺繍の入ったハンカチをプレゼントしていました…ですが王太子は勿論受け取りません。ロザリア様がいるからです」
「ミディア…何を言っているの」
「だからと言って…ロザリア様を亡き者にしようなど!許されません!私は見ていました!お姉様がロザリア様のお茶に毒を入れるのを見ていました!たった一人のお姉様…私の愛するお姉様…愛しているからこそ…この罪を見過ごす事は出来ません…」
ミディアが声を上げて泣く。それを王太子が抱き締めていた。
私は呆然とその場に立ちすくしていると王宮兵士にその場で捕らえられてしまう。痛い。
「私、ミディア様からローザ様から虐げられてるって聞いた事があります」
「でもミディア様は姉は悪い人ではないからそんな事は言わないでほしいと…」
「ミディア様…辛かったでしょう」
違う。全てが違う。
家族から虐げられていたのは私だ。本を読んだのもミディアから貰った物で王太子に近づくために読んだ訳ではない。刺繍だってそうだ。ミディアから頼まれた物で王太子へのプレゼントなのでない。
「…私は」
「ローザ嬢。本来ならばあなたは断頭台に立つべき罪人だが」
「私は」
「ロザリアはまだ生きている事とミディアの頼みもある…命は助けてあげよう」
だが、罰は受けて貰う。
私を捕らえた兵士が私の髪を掴んで顔を上げさせると銀色の刃が見えた。首を落とされると思ったがその刃は私の顔を斜めに引き裂いて深い傷をつけた。
引き裂かれた傷から赤い血が流れていき真っ赤なドレスに赤い血が流れる。もし今日この真っ赤なドレス以外を着ていたら赤い血がいくつもシミを作り目立ってたまらないだろう。だから、彼女はこんな真っ赤なドレスを渡したのか。
私はミディア以外と話した事が無かった。
学校に通い始めた頃に私に話しかけてくれる者もいたが、それに返そうとするとミディアがいつも間に入り彼女の方が魅力的だと分かると誰も私に話かける事は無くなった。
学校に行っても誰とも話さず角におり終わったら真っ直ぐ帰る。だから私はミディアが私のいない時にどんな事をしているか知らなかった。
彼女はきっと、ロザリア様と話す時だけ私を演じていたのだろう。ロザリア様は慈悲深い方で誰にでも平等に接する方らしい。
だから、私の振りをしたミディアとも親しくした。
そしてミディアでいる時は私の悪評を広めて私を演じる時はロザリア様とどんどん親しくなり、王妃になるべく邪魔な彼女に毒を盛った。
顔に巻いた包帯が取れた時、頭はやけに冷静だった。
大きく残った傷を鏡で見て思ったのは「これでミディアと見分けがつくわね」だ。
王太子と共にいたいがために王太子の婚約者を毒殺しようとした悪の令嬢は公爵令嬢の地位は勿論剥奪。そして二度とこの王都に近付かないように誓いを立てさせて辺境伯の屋敷の召使として一生を捧げるように言われた。
一方私を利用し王太子の婚約者としての地位を得たミディアは逆境に負けずに立ち向かい、あんな悪意の塊のような姉を愛する天使のような女性として国民から信頼を得ていた。
私も妹は天使だと思っていた。
唯一私に話しかけてくれて食べれない日に食べ残りを持ってきて着るものが無い時にドレスを与えてくれて勉強は苦手だけどとても愛らしい私の妹。
だと思っていた。
そんな人間ではなかった。彼女は私を自分がより良く見えるように使える道具程度にしか思っておらず自分の罪を平気で人に擦り付ける悪意の塊でしかない天使なのだ。
顔を切られて血を流している時にミディアは顔を覆い泣いていたがその指の隙間から目を細めて笑っているのが見えた。
その時流れ落ちる血のように私はミディアを心の底から好きだった感情は消え失せて、冷たい憎しみが全身を駆け巡る。
その瞬間私は彼女が天使と呼ばれるなら私は悪魔になってその高く飛べる羽を捥いでやろうと決めたのだ。




