運命の分かれ道
第二話 運命の分かれ道
雪が降っていた。
エーデルヴァイド帝国の王都を覆うように。
白く、静かに。
その雪を見つめながら、一人の少女が窓辺に立っていた。
アナスタシア・エーデルヴァイド・フォン・アイゼンベルト。
エーデルヴァイド帝国第一皇女。
そして姫巫女と言われる唯一の存在。
「未来が変わったの?」
未来視。
それは彼女が生まれた時から持ち、幼い頃から確定した未来を何度も見てきた。
だが昨日。初めて未来が変わった。
アルカディア帝国最後の皇族
本来なら何もできずに死ぬはずだった存在。
その未来が消えた。「レオニス・アルカディア……」
まだ会ったこともない名を口にする。
その時だった。扉が叩かれる。
「失礼いたします」侍女が頭を下げた。
「皇帝陛下よりご伝言です」
「申して」
「アルカディア皇帝家最後の生き残りが、まもなく宮廷へ到着する頃だと思われます」
アナスタシアは静かに振り返った。
「では、迎えに行ってきますね」
侍女の目がわずかに見開かれる。
「で、殿下ご自身でですか?」
「ええ、大事なお客様ですからね。」
本来なら皇女自ら迎えに行く必要はない。
だが。未来を変えた人物を、この目で見たかった。
⸻
宮廷正門。
雪の中を一台の馬車が近づいてくる。
兵士たちが整列する。
アナスタシアもまた静かに立っていた。
やがて馬車が止まる。
扉が開く。その瞬間だった。
「……え?」
思わず声が漏れた。
馬車から降りてきたのは男だった。
銀色の短髪。鋭いアルカディアの血族のみに宿るとされる青い瞳。堂々とした立ち姿。
だが。報告では違った。
アルカディア帝国最後の皇女。それが彼女の認識だった。
周囲の兵士たちもざわつく。
「男……?」「生き残りは皇女ではなかったのか?」
アナスタシアは言葉を失う。
未来でも。報告でも。彼は皇女だった。
だが目の前にいるのは違う。皇子だ。
「お初にお目にかかります」
先に口を開いたのはレオニスだった。
完璧な礼。無駄のない所作。
「アルカディア帝国第一皇子」
「レオニス・アルカディアです」
第一皇子。その言葉に周囲が息を呑む。
アナスタシアは静かに一礼した。
「エーデルヴァイド帝国第一皇女」
「アナスタシア・エーデルヴァイド・フォン・アイゼンベルトです」
二人の視線が交差する。
短い沈黙。だが、アナスタシアは理解した。
未来で見た人物とは違う。何かが変わっている。
根本から。
⸻
宮廷へ向かう途中。
二人は並んで歩いていた。
雪を踏む音だけが響く。
「長旅だったでしょう」
アナスタシアが口を開く。
「問題ありません」
「そうですか」
会話が途切れる。だが。
アナスタシアは彼を観察していた。
立ち姿。歩き方。視線。どれも美しい。
まるで長年帝王教育を受けてきた皇族そのものだった。
「噂とは違うのですね」
アナスタシアが言う。
「噂?」
「魔力を持たない皇女だと聞いていました。ですがあなたは膨大な魔力を保有していると見受けます。」
レオニスの足がわずかに止まる。そして小さく笑った。
「間違いではありません」
短い言葉。
だが自信に満ちている。
アナスタシアは目を細めた。
(面白い)
未来が変わった理由が少しだけ分かった気がした。
⸻
宮廷の大広間。玉座には皇帝が座っている。
その前でレオニスは立っていた。
「アルカディアの皇子よ」
皇帝が口を開く。
「これから、そなたはどうするつもりなのだ」
静寂。
貴族たちの視線が集まるがレオニスは迷わなかった。
「アルカディアを取り戻します」
ざわめきが広がる。だがレオニスは続けた。
「そして今度こそ民を守りたいのです」
沈黙。
誰もがその言葉の重みを感じていた。その時。
アナスタシアが一歩前へ出る。
「お初にお目にかかります」
公的な場での初めての会話。広間の空気が変わる。
「アルカディア帝国第一皇子殿」
静かな声。だが鋭い。
「私はエーデルヴァイド帝国第一皇女」
「アナスタシア・エーデルヴァイド・フォン・アイゼンベルト」
優雅な礼。そして真っ直ぐにレオニスを見る。
「貴方はご自身の立場を理解し、身の振り方を考えるべきではありませんか」
完全な静寂。
「強がっているだけの亡命者が、自国の民を守る?」
「国を取り戻す?」
その言葉は冷たい。だが正論だった。
「人の上に立つ者として、力だけで成せるものなど一つもありません」
一歩前へ出る。
「貴方がどれほど強くとも」
「それは個の力に過ぎません」
視線を逸らさない。
「力で取り戻した国に未来などありはしない」
沈黙。広間の全員がレオニスを見ていた。
試されている。だが、レオニスは笑った。
「……正論だ」
そして一歩前へ出る。「だが、一つだけ違う」
空気が震える。
「俺は力だけで国を取り戻すつもりはない」
指先に炎が灯る。
「力、知恵そしてこの身に流れる血。全てを使い祖国をアルカディア帝国を取り戻し今度こそ民をこの手で守りたいのです」
「そのためなら使えるものは全て使う覚悟です」
真っ直ぐアナスタシアを見る。
沈黙。二人の視線がぶつかる。
そして。アナスタシアは初めて理解した。
この男は。ただの亡命者ではない。
この男こそ初めて未来を変える者になるのだと確信せざるおえなかった。
広間が静まり返る。
誰も言葉を発しない。その時だった。
玉座の上の皇帝が小さく息を吐いた。
まるで胸の奥にあった重石が落ちたように。
「……そうか」誰にも聞こえないほど小さな声。
だが。その表情はどこか安堵していた。
皇帝はゆっくりとレオニスを見る。そして苦笑した。
「そなたは妹アルトリアによく似ている」
レオニスが顔を上げる。
広間の貴族たちは意味が分からない。
だがレオニスだけは理解した。
妹、それは自分の母のことだ。皇帝にとっては実の妹。
つまり――
レオニスの母。
「頑固なところも」「真っ直ぐなところも」
懐かしそうに笑う。
「まったく同じだ」
その顔は皇帝ではなく。一人の兄だった。
しばしの沈黙。やがて皇帝は静かに言う。
「……本当はな」
広間がさらに静まる。
「助けたかったのだ」
誰も動かない。
「妹も」「その子供たちも」
皇帝の瞳にわずかな悔しさが宿る。
「だが帝国を背負う身として動けなかった」
重い言葉だった。国を守るため。妹を見捨てた。
それが皇帝という立場。
「だからこそ」
皇帝はレオニスを見る。真っ直ぐに。
「生きていてくれてよかった」
静寂。
「我が甥。エーデルヴァイドの血を引く子よ」
広間の空気が変わる。貴族たちが息を呑む。
「今は力を蓄えよ」
皇帝は静かに告げる。
「アルカディアを取り戻す話は、その後だ」
レオニスは黙っていた。だが。
ゆっくりと頭を下げる。
「……ありがとうございます」
短い言葉。しかし。
その一言で十分だった。
雪は降り続いている。
だが。
アルカディアの血はまだ途絶えていない。
その事実に。
皇帝は誰よりも安堵していた。
雪は降り続いている。だが運命は。
確かに動き始めていた。




