おむすびをきみに 1
そのあと、チカは太郎や花子と一緒に『ハーヴェ』にもどった。
「いいこと、チカ。きょうのことはぜったい、だれにも話しちゃダメよ」
兄妹の住む202号室の前までくると、花子が注意した。
「それじゃあ、あとで会いに行くわ」
そういって、花子は何かのおまじないのように、チカのひたいにひとさし指をあてた。
それから4時間後――。
(花子ちゃん、会いに行くっていったけど、いったい、いつくるんだろ?)
時刻は午後10時。
これ以上おそい時間に会うとなると、いくらおとなりでも両親にあやしまれる可能性がある。
一度、チカのほうから花子をたずねようとしたが、
「もう遅い時間だし、明日にしたら?」
リビングでニュースを観ているママにとめられてしまった。
(あんなことがあったし、花子ちゃんたちも疲れて寝てるのかも。会おうと思えばすぐに会えるんだし、わたしも、きょうはもう寝よっと)
チカはこども部屋にもどると、すぐにベッドにもぐりこんだ。
その日、チカは夢を見た。
もちろん寝ているときに見るほうの夢であって、将来なりたいほうの夢ではない。
チカが見たのは、大好きな美空ショウくんと遊園地デートをする夢だった。
「ショウくん、つぎ、なにに乗る?」
「そうだな。あれにしないか?」
ショウがジェットコースターを指さした。
「ジェットコースター?」
「ああ。遊園地デートの定番っていったら、やっぱジェットコースターだろ」
「でもわたし、絶叫マシンはちょっと――」
「だいじょうぶ」
ショウが、そっとチカの手を握った。
「こうして手をつないだら、怖くないだろ?」
「ショウくん……」
「安心しろ。土屋はおれが守ってやる」
チカの目をまっすぐ見ながら、ショウがもう片方の腕でチカを抱き寄せた。
(ああ、しあわせってこういうことをいうんだ)
ショウの胸に顔をうずめながら、チカは降り注ぐしあわせの甘さに溶けそうになった。
(夢なら覚めないで。夢じゃないなら、時間よ、とまって)
そう願ったとき、
トン トン トン トントントン
どこからか太鼓の音が聞こえてきた。
聞き覚えのあるリズムは、花子のスマホの着信音とおなじものだ。
(なんで太鼓が……もしかして、なにかのイベント?)
ふりかえると、着物を着てズボンタイプの「はかま」をはいたおじさんが、首からさげたミニサイズのひもつき太鼓を叩きながら、こちらにやってきていた。
そのうしろには、なんと、まわしをつけた力士が40人近くもいる。
「現役力士によるフィギュアの販売パレードで~す」
赤いまわしの力士がさけんだ。
「タラバガニにイセエビ、シャコにダイオウグソクムシ。海の生き物なら、なんでもそろってま~す」
太鼓叩きのおじさんが力士に負けじと大声でさけぶ。
「へえ、力士がフィギュア売ってんのか。おもしろそうだな」
「え?」
「土屋、ジェットコースターはあとにして、あっちに行こうぜ」
「え? え? え?」
「じゃ、おれ、先に行ってるからな」
自分から手を振りほどいて、ショウは力士集団のほうへ走っていった。
「……お相撲さんに負けた」
チカはその場にがっくりとうなだれた。
「わたし、負けたんだ。フィギュア売りのお相撲さんに負けたんだ」
「恥じることはないわ。相手は現役の人気力士よ」
だれかがチカの肩に手を置いた。花子だった。そのとなりには太郎もいる。
「遊園地に力士がいたら、わたしだって会いにいくわ」
「しかも海洋生物のフィギュアまで売ってるんですよ。たとえあと一組でジェットコースターに乗る順番がまわってきても、ぼくならフィギュアを買いに行きますね」
太郎がいった。
「これ、夢だ」
「そのとおり。これは夢よ」
「お願い、こんな悪夢、早く覚めて」
「ざんねんだけど覚めないわよ。わたしたちが出ていかないかぎりね」
花子がチカの腕をつかんで、立ちあがらせた。
「いったでしょ、会いに行くって。わたしたちはあなたに会うために、あなたの夢に潜りこんだの」
「覚めて。覚めて。早く覚めて」
「覚めないっていってるでしょ。いい、チカ。たしかにこれは夢よ。けど、こうして話しているわたしたちの存在はウソでもまぼろしでもないの」
「いってる意味がよくわかんない……」
「部屋の前で、わたしがあなたのひたいに指をあてたのを憶えてる? ああすることで、わたしたちは人間の夢の中に潜りこむことができるのよ」
花子はチカの手を引いて、近くのベンチに座らせた。
「とりあえず、これでも食べなさい」
屋台で買ってきたソフトクリームを、花子はチカにわたした。
ショックなことがあったせいか、夢なのにおなかが空いている。
思わず一口ぺろり。夢なのに、すごくおいしかった。
ソフトクリームを食べると、心がすずしくなって、頭の中が整理された。
「わたしはいま夢を見ている。けど、いま話している花子ちゃんと太郎さんは夢が生みだしたまぼろしじゃなくて、マッドマンからわたしを守ってくれた本物のふたり。どう、これであってる?」
「ええ、あってるわ。意外に物わかりがいいじゃない」
「意外には余計だよ」
「チカ、いまから話すことは信じられないことかもしれないけど、すべて本当のことよ。まずはわたしたちのことから話すわね」
花子が胸に手を当てた。
「わたしの名前はアルル。前田花子は偽名よ」
「偽名って、ウソの名前ってこと?」
「そう。だから太郎っていうのもウソの名前。この人の本当の名前はエンリルよ」
「ちなみに特技は、さまざまな動物に変身することです」
そういって、エンリルはタヌキ、キツネ、ネコといろんな動物に変身してみせた。
「けど、カニとかの甲殻類には変身できないんです。だから甲殻類のフィギュアを見ると、あこがれからか、つい買ってしまうんですよ」
「なにが『つい』よ。以前にいたマンションなんて、部屋中、甲殻類のフィギュアだらけだったじゃない」
アルルが日傘でエンリルのふくらはぎを小突いた。
「人知れずユウマをたおすこと。それがわたしたちの使命よ」
「ユウマ?」
「あなたたちがマッドマンって呼んでいる怪人のことよ。国によって呼び方は異なるけど、この国ではユウマって呼ぶようにしているの」
そういえば、アルルもエンリルも電話でマッドマンのことをユウマと呼んでいた気がする。
「ユウマは世界中に発生している怪人――正確にいえば魔物よ。でも、ずっと発生しているわけじゃない。その土地のマナが少なくなると発生するの」
「マナってなに?」
「自然界に存在する、目に見えないエネルギーのことよ。そのエネルギーがユウマの発生を抑えているの」
「じゃあマッドマンがあらわれたのは、この町のエネルギーが少なくなったから?」
「この町だけじゃなくて日本中のね。1年ほど前から日本はマナを回復させるために土地全体が休眠状態に入っていて、ユウマが発生しやすくなっているの」
すべてを理解したわけじゃないけど、日本がピンチだということだけはわかった。
「このままじゃ、たくさんの人々がユウマに襲われてしまう。それを止めるために、わたしたちはフランスからやってきたのよ」
「てことは、ふたりはフランス人?」
「生まれたのはフランスだけどフランス人じゃないわ。そもそも、わたしたちは人間じゃないの」
アルルがエンリルのとなりに立った。
「わたしたち兄妹はシャサール。フランス語で狩人を意味する人造人間よ」
「人造人間?」
チカはアルルとエンリルの顔を交互に見つめた。
人造人間。
マンガやアニメで機械のからだを持つ人間をそう呼んでいるのを見たことがある。
「も、もしかしてふたりはロボットなの?」
「ロボットじゃないわ。シャサールは錬金術という魔術によって生みだされた生命体。からだのつくりは、あなたたち人間とおなじよ」
「だから、生きるためにはごはんを食べる必要もあるし、感動すれば胸がジーンとすることもあるんです。もっとも、なみだは出ませんけど」
エンリルはこともなげにいったが、細めた目には、どことなくさびしさが見て取れた。
「ユウマをたおすために世界中の錬金術師によって結成された秘密組織。それが『黄金の意志団』です。シャサールはその戦闘員として、世界中に派遣されているんですよ」
「日本にも、わたしたちのほかにたくさんのシャサールが派遣されているわ」
「シャサールには認識阻害魔法という特別な魔法がかかっていて、人間には、ぼくたちがなんの変哲もない、どこにでもいる平凡な顔の一般市民に見えているはずなんです」
エンリルが「フツー」であることをさんざん強調したあと、
「そう。スペシャル以外の人間にはね」
アルルがチカの鼻を指先で触った。
「人間の中には、わたしたちの本当のすがたを見ることができるスペシャルと呼ばれる人がいるの。チカ、あなたのようにね」
スペシャル。
勉強も運動も苦手な自分には似合わない言葉だ。
そのせいか、なんとなく皮肉をいわれているような気がした。
「いままでに確認されているスペシャルの数は7人。チカ、あなたは人類史上8人目のスペシャルなのよ」
「人類史上8人目……」
あまりのスケールの大きさに、今度は目がまわりそうになった。
「でも安心して。スペシャルといっても、シャサールの正体が見えるだけで、ほかに特別な力があるわけないじゃないから」
「うーん、うれしいようなざんねんなような……あ、そうだ。あのお相撲さんたちって、アルルが連れてきたの?」
「連れてきたんじゃないわ。夢に潜ると、わたしたちの好きなものが、その夢に反映されるの。だから力士が海洋生物のフィギュアを売っていたのよ」
遠ざかって、かなり小さくなった力士の団体を見ながら、アルルがいった。
「ちなみに先頭で太鼓を叩いている人は呼出といって、取り組みの前に力士の名前を呼んだり、土俵を整備したりする人なの」
「ふ~ん」
「とりあえず説明は一通りしたわ。それじゃあ、チカ。現実の世界でまた会いましょう」
そういって四股を踏むと、アルルとエンリルのからだが金色の光につつまれた。
「あ、ひとつだけ言い忘れていたことがあったわ」
光の中でアルルがいった。
「チカ、スペシャルの共通点だけどね。みんな、あなたとおなじように食べることが好きだったみたいよ」
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。




