↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/18

【7話】おむすびをきみに 2


 つぎの日、チカは熱が出た。ミホ姉の風邪(かぜ)がうつったのだ。


 風邪をうつした本人は元気になったが、チカは高熱でダウン。


 学校をやすんだ。


 朝はそれなりに高かった熱も、お昼になると下がり、自慢の食欲も回復。


 時間がたつにつれて元気がもどってきた。




 午後5時。


 チカがリビングでテレビを観ていると、ドアホンのチャイムが鳴った。


「チカ、開けなさい。わたしよ」


 モニターに映っていたのは、両手に買い物袋をさげたアルルだった。


「朝、お姉さんに会って、熱が出たって聞いたわよ。わたしが夕食をつくってあげるから、ドアを開けなさい」


 きょうも両親は帰りが遅くなるし、ミホ姉も部活の練習で早くはもどれない。


(夕食をつくってもらえるなんてラッキー!)


 チカはいそいでドアを開けた。


「あら、思ったよりも元気そうじゃない」


「うん。ところで、夕食って、なにをつくるの? 牛フィレ肉のステーキ?」


「斧(おの)牛(うし)部屋(べや)伝統の鶏塩(とりしお)ちゃんこ鍋よ」


「なーんだ、ステーキじゃないのか」


「病人に、そんな脂っこいもの食べさせるわけないでしょ」


 部屋にあがると、すぐにアルルは調理にかかった。


「できたら呼ぶわ。それまでゆっくりしてなさい」


 こども部屋にいてもヒマなだけだし、なによりゴスロリドレスの美少女がちゃんこ鍋をつくるすがたが気になって、チカはアルルと一緒にいることにした。


「これは斧(おの)牛(うし)部屋(べや)に代々つたわる秘伝のスープよ」


 アルルが、スープの入った水筒をバッグから取り出した。


「ある力士から、つくり方を教えてもらったの。スープだけは市販のものじゃなくて、こうして自分で一(いち)からつくることにしてるのよ」


 水筒を見せびらかしながら、アルルが得意げにいった。


 自分でスープをつくるだけあって、アルルの料理の腕はたいしたものだった。


 華(か)麗(れい)な包丁さばきで鶏肉(とりにく)の皮をはがし、サクサクと心地よい音を立てて野菜を切り刻む。


 見ていて気持ちがよくなるほどの手(て)際(ぎわ)の良さだ。


 下ごしらえがおわり、あとは煮込むだけというとき、またドアホンのチャイムが鳴った。


 モニターを見ると、きのう、チカにマッドマンの話をしたオカルトマニアの根(ね)岸(ぎし)モリオが廊下(ろうか)に立っていた。


「ごめん、ちょっと待ってて」


 いそいでチカは玄関に向かった。


 ドアを開けると、


「やあ、未来のパートナー!」


 ピンクのダウンジャケットを着たモリオが、ねっとりと笑いかけた。


「へんな言い方やめてよ。わたし、オカルトには興味ないって、いったよね。あと、ここマンションだから、大きな声ださないでよ」


「ごめんごめん。ところで、チカちゃん、もしきみは自分の夢が怪人になったら、どうする?」


「え?」


「じつは新しいマッドマンの話を仕入れたんだ」


 モリオがポケットからスマホを取りだした。


「オカルトサークルのメンバーが星影(ほしかげ)ミツルの日記を修復(しゅうふく)してるってのは、きのういったよね。これは修復した部分を、ぼくが読みやすいように、メンバーのひとりが書きなおしてくれたものなんだ」


 そういって見せたスマホの画面には、ひらがな多めの文章が映っていた。


「この日記は時(とき)葉(ば)山(やま)がマッドマンと相撲を取った数カ月後に書かれたものなんだ」


 日記の内容はこうだった。





 事件から数カ月後。


 ひさしぶりに再会した星影と時(とき)葉(ば)山(やま)は、あの日とおなじように行きつけの料亭で食事をとっていた。


「そういえば、あの泥まみれの化け物に会った日も、こうして食事をしていましたね」


「ああ」


「いくらあなたが横綱でも、まさか化け物相手に白星をあげるとは思いませんでしたよ」


「星影くん、あれはただの化け物じゃない。ユウマだよ」


「ユウマ?」


「ああ。人の夢が生んだ魔物さ」


 そういうと、時葉山は太い指でテーブルに、


 夢生魔


 と、書いた。


「人が夢を持ったとき、日本のどこかでやつらは生まれる。強い関取になりたい。立派な横綱になりたい。あのユウマは、そんな力士の夢から生まれた魔物なのさ」


 そして遠い目をしながら、


「あいつの力は相当なものだった。いったい、どの力士の夢から生まれたんだろうな」


 そう静かにつぶやくのだった。





「それ、ほんとのことなの?」


 チカは穴が開くほどモリオの顔を見つめて、たずねた。


 信じられない。


 というよりも信じたくない。


 自分には夢なんてない。


 けど人間が、あんな恐ろしい怪人を生みだしているなんて思いたくなかった。


「ユウマって、ほんとに人の夢から生まれてくるの?」


「まさか! これは時葉山の冗談だよ」


 モリオが笑いながら、スマホを振った。


「心霊写真コレクションを賭(か)けたっていい。これはぜったい時葉山の冗談だね」


「どうしていいきれるの?」


「チカちゃん、考えてごらんよ。人類が誕生してから、これまでいったい何人の人間が夢を持ってきたと思う? もし夢の数だけマッドマン――あえてユウマといおうか。そいつらがいるなら、みんな一度はユウマを見たことがあるはずだよ」


「あ……」


「にもかかわらず、ユウマに関する資料は世界中にまったくといっていいほど存在しない。ということは、ほとんどの人がユウマを見たことがないってことだろ。だからユウマが夢から生まれるはずなんてないのさ」


 どうやらモリオはマナがユウマの発生を抑(おさ)えていることを知らないらしい。


「きのう、マッドマンと侍が戦っている絵を見せたよね。きっと時葉山も、あの絵を本かなにかで見たことがあったんだよ。あの絵の作者は夢(ゆめ)路(じ)馬(うま)ノ助(すけ)。夢と馬という字を合わせると夢(ユ)馬(ウマ)って読めるよね。時葉山はそこから発想を得て、マッドマンのことを夢(ユ)生(ウ)魔(マ)っていったのさ」


 モリオは自信満々に話すが、チカには上(うわ)の空(そら)だった。


「とっさにこんな言葉遊びを思いつくなんて、時葉山って力士は、そうとうユーモアのある人だったんだろうね。オカルトの研究をしていると、ときどき、こういったユーモアに満ちた人や話に出会うことがあるんだ。それを未来のパートナーに知ってもらいたくて、自転車を飛ばしてきたんだよ」


 モリオはダウンジャケットの袖(そで)で汗をぬぐうと、


「それじゃあ、ぼくはもう帰るよ。ママの手作りビーフシチューが待ってるからね」


 鼻歌をうたいながら、上機嫌で帰っていった。


 しばらくのあいだ、チカは玄関で立ちすくんでいた。


 ユウマは人の夢から生まれた魔物。


 もし、それが本当なら、夢を持つことはすばらしいことなんかじゃない。


 人を襲う魔物を生みだす最低の行為だ。


(聞かなくちゃ。ユウマの正体をアルルに聞かなくちゃ)


 チカはリビングに走った。


「あのね、アルル。聞きたいことが――」


 けど、そこにアルルのすがたはなかった。


 ベランダにつながる窓が開け放されていて、白いカーテンが風になびいて幽霊のようにゆらゆらと揺れている。


 ダイニングテーブルには、殴り書きのメモが残されていた。




【用事ができたわ。ちゃんこ鍋はできてるから、ひとりで食べていて】




 そのメモを手に取り、チカはひとりつぶやくのだった。


「夢って、持ってもいいものなのかな……」



(つづく)


更新は毎日おこなう予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。