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【4話】泥と宝石 2

 

 学校がおわると、チカはすぐに帰路についた。


 チカが帰宅したとき、自宅である203号室にカギはかかっていなかった。


「お姉ちゃん、帰ってるの?」


 かばんはソファの上にあるが、本人のすがたが見えない。


 ミホ姉の部屋に行くと、彼女はベッドで横になっていた。


「あ、チカ、おかえり」


 ミホ姉が真っ赤な顔をこちらに向けた。


「だいじょうぶ? もしかして風邪(かぜ)?」


「たぶんね」


「熱は?」


「37・6度」


 朝は一緒に自宅を出たので、おそらく午後から体調が悪くなって早退したのだろう。


「チカ、ごめんだけど、きょうの夕食、自分で買ってくれる」


「わかった。お姉ちゃん、なにかほしいものある?」


「スポーツドリンクを何本か買ってきて。あと、あんま食欲ないけど、アイスみたいなつめたいものなら食べられそう」


「わかった。スポーツドリンクとアイスだね」


 ふだんはケンカもするけど、こういうときはやはり姉妹である。


 夕食代をもらうと、チカは近くのスーパー・トクヤスへ自転車を走らせた。


 店に入ると、すぐにスポーツドリンクとアイスを買い物かごに入れた。


 自分の分のお弁当をゲットするために惣菜(そうざい)コーナーへ向かっていると、


「あれ?」


 こども連れのママや学校帰りの高校生にまじって、ゴスロリドレスの女の子が、お惣(そう)菜(ざい)を見つめている。


 きのう、おとなりに引っ越してきた花(はな)子(こ)だ。


 あれだけ目立つ格好をしているのに、どういうわけか、だれも花子のほうを見ようとしない。


(見えてないわけじゃないよね)


 聞き耳を立てたが、花子についてのヒソヒソ話はどこからも聞こえてこない。

 

 もしかして、花子は自分にしか見えない、お化けじゃないのか? 


 そんなことを考えると、氷のムカデがはりついたみたいに背筋がつめたくなった。


 そのとき、不意に花子がこちらに顔を向けた。


「あ、どうも」


 目があって、あわてておじぎをした。


 本当はそのまま退散(たいさん)したかったが、お弁当を買わないと自分の分の夕食がない。


(ゴスロリのお化けなんて、いるはずない!)


 デタラメな理屈で自分を奮い立たせると、チカは花子に近づいた。


「花子ちゃんも夕食を買いにきたの?」


「ええ」


「なに買うの?」


「これよ」


 買い物かごに入っているのは横綱(よこづな)カレー、大関(おおぜき)ハヤシ、関脇(せきわけ)シチュー。


 どのパッケージにも、ニコニコ顔のお相撲さんが映っている。


「花子ちゃん、お相撲さん好きなの?」


「ええ。おかしい?」


「おかしいっていうか、その格好で相撲好きは意外だなって」


「その格好……」


 花子が顔を強(こわ)張(ば)らせた。


「あなた、もしかして見えてる?」


「え?」


「わたしの髪、何色に見える?」


 ロングの金髪をなでながら、花子が訊(き)いた。


「こたえて。わたしの髪、あなたには何色に見えてるの?」


「ふつうに金色だけど」


「じゃあ、目の色は?」


「右目が赤で、左目が青」


「服装は?」


「白いヘッドドレスと、フリルがいっぱいついたゴスロリドレス」


「やっぱり見えてるのね」


 花子がハアッとため息をついた。


「やけにジロジロ見てくるから、あやしいとは思っていたけど……。まさか、おとなりさんがスペシャルだったとはね」


「スペシャル?」


「あなたにはいろいろと話さなくちゃいけないみたいね」


「話すって、なにを?」


「ここじゃなんだわ。近くの公園へ行きましょう」


 花子がチカの手首を握った。


「花子ちゃん」


「なに?」


「花子ちゃんが、なにいってるのか、まったくわかんないし、なんで公園へ行くのかもわかんない。けど、これだけはいわせて」


 チカはまっすぐ花子の顔を見た。


 そして、こういった。


「……先にお弁当えらんでもいい?」 



 ★  ★  ★  ★  ★



 お弁当を選び、買い物をすませると、ふたりは近くの『きらぼし公園』へ向かった。


(いったい、なにを話すつもりなんだろう)


 花(はな)子(こ)は口を結んだまま、チカの前を歩いている。


 時刻はすでに午後5時30分。


 まわりが暗いこともあり、公園にはだれにもいない。


「花子ちゃん、お姉ちゃんが待ってるから、あんまり長い話は……」


「わかってる。手短に話すわ」


 ベンチにすわると、花子はチカの顔を見た。


「あなた、名前は?」


「あ、そういえば、まだ自己紹介してなかったね。わたし、土(つち)屋(や)チカ。一日遅れのあいさつになっちゃったけど、これからよろしくね」


 チカがさしだした手を、花子は無言で握った。


「チカ。あなた、食べるの好き?」


「え、あ、うん。好きだよ」


「いままで、お化けを見たことは?」


「お化け? ええと、ない……かな」


 いま話しているのが、ゴスロリお化けでなければの話だが。


「霊感はないみたいね。わかったわ、それじゃあ――」


 いいかけて、とつぜん花子が立ちあがった。


「花子ちゃん?」


「……いる」


 花子がチカの前に立った。


 まるで闇からチカを守ろうとしているみたいだ。


「チカ、ここから逃げなさい」


「え?」


「早く!」


 そのとき、


 トン トン トン トントントン


 どこからか太(たい)鼓(こ)の音が聞こえてきた。


「もしもし」


 花子がスマホを耳に当てた。


 太鼓はスマホの着信音だったのだ。


「花子、いまどこにいる?」


 電話の相手は太(た)郎(ろう)だった。


「野良(のら)ネコからの報告だ。射撃競技のユウマが出た。スーパー・トクヤスの近くだ。すぐに向かってくれ」


「その必要はないわ」


 花子はスマホを耳に当てたまま、公園の奥を見すえた。


「ユウマなら、いま目の前にいるもの」



(つづく)



更新は毎日おこなう予定です。

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