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【3話】泥と宝石 1

 

 つぎの日――。


 朝、チカが学校へ向かっていると、


「おはよう、チカちゃん」


 いきなり、だれかに肩を叩かれた。


 ふりむくと、そこにはクラスメイトの根(ね)岸(ぎし)モリオがいた。


 サラサラヘアーのおかっぱ頭にピンクフレームの丸メガネ。


 そしてピンクのダウンジャケット。


 インパクトばつぐんの外見は前(まえ)田(だ)兄妹(きょうだい)にも負けていない。


「チカちゃん。〈将来の夢〉の作文は書けたかい?」


「書けてない」


「じゃあ、夢は決まってる?」


「いちおう料理人のことを調べてるけど、ぜんぜん興味が湧(わ)かない」


「そうかそうか。じゃあ、まだやりたいことは決まってないんだね。それなら、ぼくと一緒に――」


「しません」


「まだ、なにもいってないよ」


「どうせ、ぼくと一緒にオカルト研究者になろうとかいうんでしょ」


 見た目だけでもじゅうぶん濃(こ)いキャラなのに、モリオにはオカルトマニアという、さらに濃(こ)いキャラづけがある。


「き、きみは人の心が読めるエスパーなのか!?」


「保育園からのつきあいだもん。モリオくんの考えてることなんて、だいたいわかるよ」


「ぼくの思考がわかるなら、なおさら研究のパートナーにぴったりだ」


 300回かきまぜた納豆のように、モリオがねっとりと笑いかけた。


「ざんねんだけど、オカルトの研究者にはならないよ。わたし、お化けとか妖怪とか興味ないもん」


「そりゃ、いまは興味ないかもしれないよ。けど、これから興味が湧くかもしれない」


 そういって、モリオは丸メガネを押しあげた。


 いまから怖い話をするというサインだ。


「きみはマッドマンのウワサを知ってるかい?」


「知ってるよ。全身泥まみれの頭のない怪人が人を襲うってウワサでしょ」


「なーんだ。オカルトに興味ないなんていいながら、ちゃんと知ってるじゃないか」


「かんちがいしないで。5年の子がたまたま話しているのを聞いたから知ってるだけ」


「じゃあ、マッドマンが、じつは昔から日本に存在してきたっていうのは知ってるかい?」


「え?」


 思わず足がとまった。


「どういうこと?」


「江戸時代に夢(ゆめ)路(じ)馬(うま)ノ助(すけ)という絵師がいたんだけど、彼の絵の中にマッドマンらしき怪人が描かれたものがあるんだよ」


 モリオがスマートフォンを操(そう)作(さ)して、画面を見せた。


 画面には、頭のない泥まみれの怪人とお侍が戦っている絵が映っていた。


「これだけじゃないよ。つい先日、学校の近くにある石(せき)燕(えん)寺(じ)の倉の中から、星影(ほしかげ)ミツルっていう昭和時代の作家の日記が見つかったんだ。その中にマッドマンと相撲を取った力士の話が載(の)ってたんだよ」


 それはこんな話だった。




 ある夜、星影は仲のよい時(とき)葉(ば)山(やま)という力士と料亭で食事をしていた。


 その料亭が相撲部屋に近かったこともあり、星影は相撲部屋に泊めてもらうことにした。


 ふたりが夜道を歩いていると、


「助けてー!」


 闇の中から女性の叫び声がする。


 いそいで声のほうへ行くと、頭のない全身泥まみれの怪人が女性を襲っていた。


 怪人はまるまると太っていて、宝石のように輝く七色のまわしをつけている。


 頭こそないが、一目で力士だとわかった。


「女性を襲うとは許せん。わしが相手だ!」


 時葉山は怪人と組み合った。


 怪人はすごい力だったが、時葉山も負けていない。


 なにせ彼の番付(ばんづけ)は最高位の横綱。


 のちに前人未到の68連勝を達成し、相撲の神さまと呼ばれる人である。


「うおぉぉ!」


 まわしをつかむと、時葉山は怪人を投げ飛ばした。


 背中を強く打ちつけた怪人はそのまま闇の中に逃げていき、それを見ていた星影は、あらためて横綱の強さを思い知ったというものだった。




「星影(ほしかげ)の日記はボロボロで、いま夢(ゆめ)野(の)大(だい)学(がく)のオカルトサークル仲間が修復作業をしてるところなんだ。修復が進めば、これ以外にもマッドマンの話が見つかるかもしれないよ」


 モリオは小学生だが、オカルトマニアのあいだではけっこう有名らしく、地元の大学のオカルトサークルとも交流がある。


「マッドマンは日本だけじゃなく、世界各地で目撃情報があるんだ。にもかかわらず、こいつらについての資料はほとんどない。だからこそ、ぼくはこの怪人のことを、もっと知りたいんだ」


 モリオはこぶしをにぎりしめると、空を見あげた。


「マッドマンだけじゃない。ありとあらゆる奇怪な謎を解きあかす。それがぼくの夢だよ」


 夢を語るモリオは、それだけでカッコよく見えた。


「とういうわけで、チカちゃん。将来はぼくのパートナーとして一緒に――」


「あ! もうこんな時間。早く行かなきゃ」


 わざとらしく手をたたいて、チカは走り出した。


「モリオくんも早くしないと遅刻しちゃうよー」


「チ、チカちゃん、待ってよ~」


 さっきまでのカッコよさはどこへやら。


 モリオは情けない声をあげて、チカを追いかけはじめた。



(つづく)


更新は毎日おこなう予定です。


本エピソードに登場した時葉山は第35代横綱・双葉(ふたば)山(やま)をモデルにした架空の力士です。実在はしません。


なおエピソード内で彼の成績を68連勝と紹介しましたが、モデルとなった双葉山の最高連勝記録は69です。


これは「架空の力士が実際の横綱――しかも昭和の角聖とよばれた双葉山の偉大な成績に並ぶのは、いかがなものか……」と自問した結果、白星の数をひとつ少なくしたからです。


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