泥と宝石 2
学校がおわると、チカはすぐに帰路についた。
チカが帰宅したとき、自宅である203号室にカギはかかっていなかった。
「お姉ちゃん、帰ってるの?」
かばんはソファの上にあるが、本人のすがたが見えない。
ミホ姉の部屋に行くと、彼女はベッドで横になっていた。
「あ、チカ、おかえり」
ミホ姉が真っ赤な顔をこちらに向けた。
「だいじょうぶ? もしかして風邪?」
「たぶんね」
「熱は?」
「37・6度」
朝は一緒に自宅を出たので、おそらく午後から体調が悪くなって早退したのだろう。
「チカ、ごめんだけど、きょうの夕食、自分で買ってくれる」
「わかった。お姉ちゃん、なにかほしいものある?」
「スポーツドリンクを何本か買ってきて。あと、あんま食欲ないけど、アイスみたいなつめたいものなら食べられそう」
「わかった。スポーツドリンクとアイスだね」
ふだんはケンカもするけど、こういうときはやはり姉妹である。
夕食代をもらうと、チカは近くのスーパー・トクヤスへ自転車を走らせた。
店に入ると、すぐにスポーツドリンクとアイスを買い物かごに入れた。
自分の分のお弁当をゲットするために惣菜コーナーへ向かっていると――。
「あれ?」
こども連れのママや学校帰りの高校生にまじって、ゴスロリドレスの女の子が、お惣菜を見つめている。
きのう、おとなりに引っ越してきた花子だ。
あれだけ目立つ格好をしているのに、どういうわけか、だれも花子のほうを見ようとしない。
(見えてないわけじゃないよね)
聞き耳を立てたが、花子についてのヒソヒソ話はどこからも聞こえてこない。
もしかして花子は自分にしか見えない、お化けじゃないのか?
そんなことを考えると、氷のムカデが張りついたみたいに背筋がつめたくなった。
そのとき、不意に花子がこちらに顔を向けた。
「あ、どうも」
目があって、あわてておじぎをした。
本当はそのまま退散したかったが、お弁当を買わないと自分の分の夕食がない。
(ゴスロリのお化けなんて、いるはずない!)
デタラメな理屈で自分を奮い立たせると、チカは花子に近づいた。
「花子ちゃんも夕食を買いにきたの?」
「ええ」
「なに買うの?」
「これよ」
買い物かごに入っているのは横綱カレー、大関ハヤシ、関脇シチュー。
どのパッケージにも、ニコニコ顔のお相撲さんが映っている。
「花子ちゃん、お相撲さん好きなの?」
「ええ。おかしい?」
「おかしいっていうか、その格好で相撲好きは意外だなって……」
「その格好……」
花子が顔を強張らせた。
「あなた、もしかして見えてる?」
「え?」
「わたしの髪、何色に見える?」
ロングの金髪をなでながら、花子が訊いた。
「こたえて。わたしの髪、あなたには何色に見えてるの?」
「ふつうに金色だけど」
「じゃあ、目の色は?」
「右目が赤で、左目が青」
「服装は?」
「白いヘッドドレスと、フリルがいっぱいついたゴスロリドレス」
「やっぱり見えてるのね」
花子がハアッとため息をついた。
「やけにジロジロ見てくるから、あやしいとは思っていたけど……。まさかおとなりさんがスペシャルだったとはね」
「スペシャル?」
「あなたにはいろいろと話さなくちゃいけないみたいね」
「話すって、なにを?」
「ここじゃなんだわ。近くの公園へ行きましょう」
花子がチカの手首を握った。
「花子ちゃん」
「なに?」
「花子ちゃんが、なにいってるのかまったくわかんないし、なんで公園へ行くのかもわかんない。けど、これだけはいわせて」
チカはまっすぐ花子の顔を見た。
そして、こういった。
「……先にお弁当選んでもいい?」
★ ★ ★ ★ ★
お弁当を選び、買い物をすませると、ふたりは近くの『きらぼし公園』へ向かった。
(いったい、なにを話すつもりなんだろう)
花子は口を結んだまま、チカの前を歩いている。
時刻はすでに午後5時30分。
まわりが暗いこともあり、公園にはだれにもいない。
「花子ちゃん、お姉ちゃんが待ってるから、あんまり長い話は……」
「わかってる。手短に話すわ」
ベンチにすわると、花子はチカの顔を見た。
「あなた、名前は?」
「あ、そういえば、まだ自己紹介してなかったね。わたし、土屋チカ。一日遅れのあいさつになっちゃったけど、これからよろしくね」
チカがさしだした手を、花子は無言で握った。
「チカ。あなた、食べるの好き?」
「え、あ、うん。好きだよ」
「いままでお化けを見たことは?」
「お化け? ええと、ない……かな」
いま話しているのが、ゴスロリお化けでなければの話だが。
「霊感はないみたいね。わかったわ、それじゃあ――」
いいかけて、とつぜん花子が立ちあがった。
「花子ちゃん?」
「……いる」
花子がチカの前に立った。まるで闇からチカを守ろうとしているみたいだ。
「チカ、ここから逃げなさい」
「え?」
「早く!」
そのとき、
トン トン トン トントントン
どこからか太鼓の音が聞こえてきた。
「もしもし」
花子がスマホを耳に当てた。太鼓はスマホの着信音だったのだ。
「花子、いまどこにいる?」
電話の相手は太郎だった。
「野良ネコからの報告だ。射撃競技のユウマが出た。スーパー・トクヤスの近くだ。すぐに向かってくれ」
「その必要はないわ」
花子はスマホを耳に当てたまま、公園の奥を見すえた。
「ユウマなら、いま目の前にいるもの」
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。




